第八十二話
病院での騒動を終えた後、一行は宿で部屋を借り、思い思いに寛ぎながらも剣呑な空気を部屋中に満ちさせている。
「・・・・・・では、あの気配は、ヴァンを狙うテリオスというやつのものだったのか?」
丸いテーブルに腕を置いて椅子に体を預けるラルウァが、ベッドの上で足を伸ばすヴァンに顔を向け、横目と声をセレーネとヘリオスに投げかけた。
ヴァンの右足の添え木はしっかりとしたものになり、布も清潔な包帯に変えられている。
「はい。・・・・・・もっとも、もう面影が少しもありませんでしたが」
「・・・・・・あれはもう化け物よ」
ラルウァに言葉を返すセレーネに続き、アリアが吐き捨てるように言う。セレーネの側に立つヘリオスも顔を歪ませた。
「それなんじゃが、わしとラルウァは彼奴をみておらん。一体なにがあったんじゃ?」
ウラカーンが占領するベッド近くの壁を背もたれにするフランが、敵と遭遇したヴァンたちに尋ねる。
問うてくる赤髪の同士を見上げてウラカーンが苦笑した。
「正直聞かないほうが精神衛生的に良いと思うんだけどなー」
そこでヴァンが、鉤爪を見下ろして怪訝な表情をするフランとラルウァを交互に見て、口を開いた。
「・・・・・・いや、フランと師匠にも知っておいてもらったほうが良いな」
一つ息を吐き、ヴァンは再度口を開く。あの時のことを。
「・・・・・・ますます綺麗になったな、アリスよ」
目の前でヴァンを見下ろす異形が、唇をゆがめたまま声を落とす。
かろうじて人の形を取っているテリオスを、ヴァンは呆然と見上げていた。
異形は両手の甲から短い刀身を生えさせ、肩から刺々しい装飾をつけた肩当が文字通り突き出ており、背中には黒く鋭利で大きな棘が見え、肘と膝からも同じように尖った棘が皮膚にくっついている。
以前は人と変わらぬものであっただろう顔の額から、角が二本、斜めに伸びていた。
「アリスから離れろ! テリオォォス!!」
ヘリオスが叫び異形へと跳びかかる。自らより大きな巨剣を両手で握り、振り上げた。その後方には両手を左右に広げるセレーネが見える。
「相変わらず、アリスのこととなると感情が抑えられんな、お前たちは」
巨剣を振り下ろされる異形は、しかし、全く動じることなく、その巨剣を右手から突き出る短剣で押さえた。
「くっ」
苦しげな顔で両腕に力を込めるが、魔力で作られた巨剣はびくともしない。
異形はそんなヘリオスをあざ笑うかのように、巨剣を押し返し右腕を振った。まるで後ろから引っ張られるかのような力が、握る巨剣から伝わりヘリオスの体はいとも簡単に吹き飛ぶ。
そのまま後方のセレーネに激突し、二人は森の中へ転がっていく。進行方向にいた激情のオートマータ、ドラステーリオスは飛んでくる二人を軽く避け、異形の側へ駆け寄った。
「ヘリオス! セレーネ! ・・・・・・くっ」
動かぬ右足を押さえ、ヴァンが異形と、寄り添うように立つオートマータ二体を睨む。
テリオスは唇をゆがめたままヴァンを見下ろして口を開く。
「動くでない、アリス。怪我が悪化してしまうぞ? ・・・・・・それと、そこの女。動いたら殺す。声を出せば殺す。魔力をめぐらせても殺す」
ヴァンからアリアへ視線を移し、淡々と告げる異形。
見られた瞬間、心臓を鷲づかみにされた感覚がアリアを襲い、全身から嫌な汗が噴き出し、呼吸が乱れた。
「そんなことを、させると思ってるのか・・・・・・!」
右足から鳴り響く痛みの警告を無視して、ヴァンが立ち上がる。両手から炎を燃え上がらせて、構えを取った。だが、異形は敵意を向けるヴァンに笑みを返し、首を横に振る。
「アリス、可愛いアリス。誤解をしないでくれ。私はお前たちを殺しに来たのではない。これを取りに来たのだ」
そういって左手を差し出した。右足の痛みで朦朧とする意識を無理矢理起こし、ゆっくりと異形の左手に視線を落とす。
そこにあったのは、丸い宝石。赤く光る小さな石は、中に炎のような揺らめきを持っていた。
宝石を持つのが敵であるのもわすれ、ヴァンはそれに見入ってしまうほど、美しい宝石だった。
「これ、は・・・・・・まさか・・・・・・」
「そう、地表にある数少ない秘宝の一つだ」
呆然と呟くヴァンに、異形が返す。
ヴァンはその秘宝から目を離し、再び異形を睨んだ。
「お前は、何故秘宝を探しているんだ」
「これは異なことを。私の姿を見て、気づいているはずだ」
異形は、ヴァンの問いにおどけた調子で答える。その意味に、ヴァンとアリアの表情が苦しげなものへ変わっていく。
「そうだ、その通りだ。・・・・・・こうするために、集めているのだよ」
二人の反応に満足したように、異形は赤い宝石を握りつぶす。金切り声に似た音が響き、異形の握った左手から赤い強光があふれ出した。
その輝きに思わず目を強く紡ぐヴァンとアリア。敵を前にして目を紡ぐなど、自殺行為でしかないが、瞑らなければ永遠に光を失ってしまうと思うほど、その赤光は強かった。
徐々に光の氾濫が治まり、それにあわせてヴァンたちも目を開く。開かれた視界に、赤い宝石は入ってこなかった。
代わりに、異形が赤い霧を纏っている。それが意味することは、つまり。
「・・・・・・吸収、したのか・・・・・・」
小さく呟くヴァンに、異形は鷹揚に頷いたあと、口を開く。
「さて・・・・・・用は済んだ。帰るとしよう」
あっさりと踵を返す異形とオートマータ二体に、ヴァンとアリアは驚愕を禁じえない。
「待て! お前の狙いは、何なんだ? 俺が狙いじゃないのか?」
「無論、お前を手に入れることだ。アリス」
それを聞き、ヴァンはますます混乱した。ならば、今このときは、絶好の機会ではないのか。ウラカーンは倒れ、ヘリオスとセレーネも動けず、アリアという人質にも取れるヴァンにとって大切な者が側に居て、しかもヴァン自身、右足の怪我で抵抗すらできないというのに。
「不思議そうだな、可愛いアリス。安心したまえ。今は何もしない。役者が揃ってない上に、私の準備も終わってないからな」
「役者・・・・・・? 準備・・・・・・? どういう意味だ」
振り返る異形は、ヴァンを上から下までじっくりと眺めて、また唇をゆがめた。
「それは教えられぬな。・・・・・・次、見える時まで、その体、清潔にしておくのだぞ?」
唇をゆがめたまま舌なめずりする異形に、ヴァンの背中に先ほどまでと違った寒気が走る。
ヴァンの言葉を待たず、異形は少女二人を抱き寄せて、文字通り消えた。
「そのあと、師匠が俺たちのところに」
「そうか・・・・・・」
話を聞き終えたラルウァは苦い顔をしてアゴを手でもつ。
「役者、そして準備・・・・・・秘宝を吸収出来ること・・・・・・ふむ、確かに、聞いて楽しいもんではないのぅ」
フランも同じように顔をしかめ、腕を組み替えた。
「くそ、まさか奴も秘宝を吸収できるなんて・・・・・・すまない、奴を浅く見たせいで、今回の秘宝も奪われ、しかも、あそこまでの力をつけさせてしまった」
「・・・・・・すみません・・・・・・」
苦しげな表情で俯く魔族二人に、アリアが言葉を投げる。
「何謝ってるの? あなたたちのせいじゃないわよ。吸収能力が本当に稀なのは聞いてたし、それが常識なら気づけってほうが無茶だわ。それに、もし可能性として考えていたとしても、あいつが秘宝を集めるのを阻止できたわけじゃないでしょうし」
アリアの慰めに、ウラカーンもヘラヘラと続けた。
「そーそー。過ぎたことを悔やむよりも、前を見なくっちゃねー。とりあえず、ヴァンちゃんの・・・・・・なんだっけ、香水? のやつが解除できる秘宝でもなかったみたいだしー。その点も踏まえて、今後のこと考えようかー」
二人の言葉に、セレーネとヘリオスの表情が柔らかなものに変わっていく。
それを確認したフランが、ふっと笑みを落としつつ、口を開いた。
「ウラカーンの言うとおりじゃな。ヴァンたちの話を聞く限り、あやつは地表にある秘宝のほとんどを吸収したと考えたほうがよさそうじゃが、どう思うかのぅ?」
「そう、ですね・・・・・・秘宝を吸収した際、変異が起きるようですが、あの異形の姿・・・・・・少なくとも二桁には達していると思います」
「この短時間でよくもアレだけ集めたものね・・・・・・」
げんなりとしながら溜息をつくアリアに、ヘリオスが眉をひそめてそれに答える。
「恐らく、あの人狼が魔獣たちの情報網を使って探し当てたんだろう。魔葉の王も、フランが知らない遺跡を知っていたのだし」
「となると、わしが見つけた秘宝たちは全て彼奴の腹の中、といったところじゃな。・・・・・・許せんのぅ」
秘宝が悪用されるのを極端に嫌うフランは、目を細めて瞳の中で怒気を揺らめかせた。
「・・・・・・なぁ」
そこで、会話に参加しなかったヴァンが顔をあげ、フランに声を飛ばす。
「ん? どうかしたかえ?」
「前見つけた秘宝、ちょっと貸してくれ」
前見つけた秘宝。それは『アミュンテーコンの腕輪』を指していて、その秘宝はフランの不思議袋に入れているのだ
理由はもちろん、腕にはまらずずり落ちるから。といっても、セレーネたちの話では大きさを変える事が出来るようなのだが。
「・・・・・・ほれ」
フランは言われるがまま袋から腕輪を取り出し、ヴァンに投げる。
「何するの?」
投げ渡された秘宝を両手で受け止めるヴァンに、アリアが尋ねた。その問いは全員の表情からもうかがえる。
「あぁ。テリオスが秘宝を吸収していただろう? あれを真似してみようかと思ってな」
ヴァンの言葉に、アリアが少し前、異形と相対した時のことを思い出す。確かに、秘宝を吸収する瞬間をこの眼で見た・・・・・・が、しかし、あれだけでは、どういう風にして吸収したのかは分からなかった。
「・・・・・・もしかしたら吸収は、秘宝を壊してやるものなのかもしれない。フォカーテの香水のときも、魔装中に思い切り握り締めた気がする」
顔に出ていたのだろうか、アリアの疑問に答えるように、ヴァンが言う。
「で、それ、壊しちゃうわけー?」
ウラカーンがヘラヘラを薄めた笑みを浮かべて一本の爪を秘宝に向ける。
「うーむ・・・・・・壊すのはわしにとって少々辛いもんがあるんじゃが・・・・・・」
「だが、確かに、的を得ているかもしれんな。人も物を食べるときは、咀嚼という『壊し』をする」
「・・・・・・食べ物と同義にするのはちょっとどうかと思いますが、試してみる価値はありますね」
「そうだな。アリスの考えなら、反対しない」
「じゃぁ、ヴァン、さくっとやっちゃってちょうだい!」
「・・・・・・なんか釈然としないが・・・・・・分かった」
何だかんだと言いつつ結局ヴァンの考えに異を唱えることの無い面々を見て、妙な重圧を感じるが、信頼されているのだと思えば何のことは無かった。
全員を見回して最後に秘宝へと目を移し、真剣な目で睨みながら腕輪を両手で包んだ。
しばらくの沈黙。すぐ側に座るアリアが、ごくり、と喉を鳴した。
不意にヴァンが顔を上げて戸惑うように首をかしげる。
「で、どうやったら壊れるんだ?」
「ええー・・・・・・」
ずるっと転びそうになる六人の中、ウラカーンだけが呆れの声を出すことが出来た。
「えー、こほん。では、第一回秘宝吸収議論会、略して秘吸会を開催したいと思います」
丸いテーブルをヴァンが座るベッドまで引き寄せ、それを囲んで座る六人の内、アリアが椅子から立ち上がって宣言する。
そこで、ウラカーンが手を伸ばした。
「はい、ウラカーン」
「秘吸いってなんかいやらしいとおも、ドゥブッハァ!!」
「発言内容は、秘宝を吸収することに論点をおいて述べてください。ていうか、あんたそういうことしか考えてないの?」
鉄拳をめり込まされ椅子から転げ落ちたウラカーンを、アリアが冷たい視線で見下ろす。
そんないつもの光景を尻目に、フランが手を上げた。
「はい、フラン」
「やはり、壊すとなると打撃や衝撃を与えたほうがいいのではないかの? あと、この阿呆が考えてるのは戦うこととエロいことだけじゃよ」
「そうね・・・・・・その辺りはどうなの? セレーネ、ヘリオス」
「え? えぇっと・・・・・・え、えっちなことを考えるのは男の人として仕方ないんじゃないかと思いますっ」
「姉さん姉さん、そっちじゃない。・・・・・・衝撃や打撃、つまり物理攻撃で壊せるとは思わないが、一応試してみよう。もしかしたら特殊な力が加わるかもしれない」
顔を赤くして声を裏返させながらも言った姉に、弟が一応ツッコミをいれつつ本来の問いに答え、ヴァンと秘宝に目を向ける。
全員の視線を一身に受けたヴァンは、一つ咳をしたあと左手で腕輪を持ち、右拳で思い切り殴った。
ゴイーン、と情けない鈍い音が響き、ヴァンの体が自身の腕から伝わる振動で震える。
「・・・・・・ぐすっ・・・・・・」
涙を目尻に浮かべ秘宝からアリアたちに視線を移し、首をぷるぷる横に振った。
「ふむ・・・・・・物理が駄目なら、やはり魔力攻撃になるが・・・・・・」
「師匠さん、発言は挙手してからお願いします」
「ん? あ、あぁ・・・・・・はい」
鋭い目で睨まれ、ラルウァはおとなしく手を上げる。アリアはそれを見て、よろしい、と満足そうに頷き手で発言を促した。
「あー、それでだ。ヴァンが普段使っているように、魔力を直接その秘宝にぶつける、というのはどうだ?」
そこで今度はセレーネが手を上げ、アリアと視線を交差させる。目で許可をもらい、口を開いた。
「ですが、それだと秘宝の魔力があふれ出るだけになると思います。最悪、アリスの魔力を引っ張り、枯渇させる可能性も・・・・・・」
ヘリオス、挙手。アリア、首肯。
「ならば、溢れさせた魔力をアリス自身が吸収する形象をするならどうだ? アリス、フォカーテの香水を吸収したとき、どんなことを思い浮かべた?」
「え、えーと・・・・・・」
話を振られたヴァンは、ちらとアリアを見ておずおずと手を上げる。
「はい、ヴァン」
おっかなびっくりのヴァンに、アリアがくすっと笑う。
「こほん・・・・・・あの時は確か、魔装が暴れたから、暴走したと思って慌てて魔力を引っ込めようとしたんだ」
それを聞いて再度手を上げようとしたヘリオスだが、溜息をついてアリアに声をかける。
「アリア、ちょっとこの挙手制度は話が進みづらい。やめにしないか?」
「そうね。私もそう思ってたところだわ」
あっさりと受け入れ、アリアが椅子に座った。
やっぱり形から入りたがっただけか・・・・・・と内心ヴァンは思ったが、口に出せば何をされるか分からないので、思うだけにしておいた。
「ふぅ・・・・・・話の続きだが、もしその感覚を覚えていれば、勢いでやっても成功するんじゃないか?」
「確かにねー、やってみれば簡単にできるっていうのもよくある話だしー」
何時の間に復活したのか、椅子に座りなおしたウラカーンがヘリオスの言葉に同意する。
「・・・・・・ふむ、なら、魔力回復を意識しても良いかも知れんな」
ラルウァが思いついたように口に出す。魔術を行使する面々は、なるほど、と納得するが、ウラカーンとフランは首をかしげた。
そんな二人に、アリアが嬉々として説明に入る。
「フランも思い当たると思うんだけど、魔力って使ったあと、しばらくしたら回復してるでしょ? あれは空気中に流れている魔力を体が吸収してるからなの。まぁ、こっちのはマナって呼ばれてるんだけどね」
「ほぅ、そうだったのかえ。全然気がつかんかったぞい」
驚くフランに、セレーネが横から補足を入れた。
「普通は気づきませんよ。呼吸と同じようなものですしね」
「えーとー、それでーその魔力回復で、どうやって秘宝吸収をー?」
ウラカーンがさっぱり分からないという顔をラルウァに向けて、続きを求める。
「あぁ。秘宝を破壊した場合、魔力が溢れるのだろう? ならば、ヴァンがそのあふれ出る魔力を一気に吸い込めばいい。まぁ、いうなれば、魔力の深呼吸だな」
ふーん、と返すウラカーン。分かったのは、深呼吸という部分だけだ。
「そうと決まれば・・・・・・この部屋がめちゃくちゃになったら困るな。森に行こう」
腕輪を左手でいじっていたヴァンが言い、腰だけでずりずりとベッドを横断する。
「アリス、僕の背に乗ったらいい」
言いながら、ヴァンの目的地点でしゃがむヘリオス。
一瞬困ったような表情をつくるヴァンだが、ここで断ればまた無理矢理肩に乗せられたりされそうだと思い直し、素直にその背へと伸しかかった。
ヴァンからは見えないが、ヘリオスがとても嬉しそうな顔をしたのは言うまでも無い。
もちろん、純粋な意味で。
読んで頂きありがとうございます。
さて、やっと秘宝吸収に本腰を入れたヴァンたち一行。いったいどうなるのでしょう、かっ!
感想批評、大歓迎でございます!メッセージでも「キモい」程度までなら受け入れます。「気持ち悪い」は死ぬかもしれないので勘弁してください。