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第八十一話


進んだような進んでないような。

「これは・・・・・・!」

 ラルウァは、全身を冷気で包まれたような感覚に思わず足を止め、それを感じさせた禍々しい気配のする森へと意識を向けてしまう。

「余所見とは愚かな」

「むっ!?」

 襲い掛かってくる手甲と灰毛に包まれた人狼の腕。左右から迫る攻撃を、ラルウァも両腕を広げて迎え撃つ。しかし、半ば反射的であったゆえに、腹部への隙が生まれてしまった。

 人狼の前蹴りがラルウァの腹にめり込み、さらに体を後方へ押し出す。歯を食いしばるが、足は地面から浮き、人狼より少し小さい鍛えられた体は森の中へ吹き飛ばされた。

 背中にいくつもの木々がぶつかる。それでも自らの体は止まらないので、木々はどれも本来成さない形にされていることだろう。

 いつまでも吹き飛ぶわけにはいかない。無理矢理体勢をくの字から前かがみにし、両足で地面をえぐっていく。少しでも速度を落とすために、右腕も地へ振り下ろした。

 急停止させたのも束の間、蹴られた鈍痛を無視し、ラルウァは地面を蹴って奔る。

「くっ・・・・・・ヴァン・・・・・・!」

 あの恐ろしいほどの魔力と真っ黒な気配は、明らかに弟子たちの側にいる。それがラルウァの冷静さを奪っていった。

「ふん、主殿の気に当てられたか。所詮貴様はその程度ということだ!」

 一直線に向かってくる超人に、人狼も奔る。

 冷静さを欠いたニンゲンほど脆いものは無い!

 ライカニクスの表情が楽しげなものに歪む。次の瞬間には、自分の爪がこのニンゲンを切り裂くのだと、暗い歓びが胸に踊った。

 事実、ライカニクスの右手から伸びる爪は、ラルウァの左肩に食い込み、心臓へと進んでいく。

 爪から伝わる肉を裂く感触に人狼の口が大きく裂ける。

「畜生ごときが! 『俺』の邪魔をするな!!」

 刹那、その爪が心臓へ、否、肩から深く抉り込むより前に、ラルウァの強拳が人狼の左肋骨に突き刺さった。

「ごっがっ!?」

 ラルウァの拳はライカニクスの灰毛を燃やし、肉を貫き、骨を砕く。それでも勢いを止まらせず、ラルウァは右腕を振りぬいた。

 人狼の巨躯は街道を四回、五回と跳ね、地を爆ぜらせながら森の中へと跳ばされていく。

「ヴァン・・・・・・!」

 禍々しい気配が漂う先、ヴァンたちがいる場所へと駆けるラルウァは、すでにライカニクスのことなど眼中に無い。



 ラルウァがヴァンたちの元へたどり着き、最初に感じたのは安堵だった。

 すでに気配は消えていて、無傷であるのはアリアとヘリオスだけだが、それでも全員生きている。

 オートマータ二体の姿も無く、ヴァンたちの表情は暗い。

「あ・・・・・・師匠」

 地面に座り込みアリアの治癒術を受けている弟子がこちらに気づき、顔を向けてくる。

「ヴァン、無事か? ・・・・・・ひどい傷だな」

 ラルウァがヴァンに歩み寄り、膝を落として傷に目を移す。

 ヴァンを中心に地面が陥没していて、しかもこの衝撃に耐え切れず内側から破裂したかのような傷。明らかにあの魔力放出を使ったことによる代償だろう。

 骨も折れているようだし、アリアの治癒術では出血を止め裂傷を小さくすることしか出来ないはずだ。

「大したことないで、いっつ、あ!」

 苦笑をラルウァに返そうとしたヴァンの顔が痛みに歪み、アリアが慌てて傷から手を離した。

「あっ、ご、ごめんなさい。だ、だいじょうぶ?」

 どうやら治癒術で元に戻ろうとした足の肉が折れた骨に刺さったようだ。ヴァンは脂汗を額に浮かばせつつも何とか笑みを作った。

「あ、あぁ」

 頷くヴァンから傷へ視線を移し、アリアは真剣な表情で慎重に再度治癒術を行使する。

 ヴァンの血が止まるまで、ここを動けんな。

 内心溜息をつき、あたりを見回すと、 セレーネとヘリオスは遺跡へと向かっていて、ウラカーンは手でわき腹を押さえながらも周囲に気を配っていた。

 そこでラルウァも先ほどまで戦っていた人狼のことを思い出し、ウラカーンと共に警戒に当たる。


 しばらくして、杖があれば何とか歩けるようになるまで回復したヴァンと、フランがヴァンたちの場所にたどり着いたのは同時で、その間、どんな襲撃者も現れることは無かった。




「お、おい、ウラカーン・・・・・・俺、もう一人で歩けるから」

 遺跡にはもう秘宝は無かったというセレーネたちの報告を受けて、一行は一先ず『ガレー町』に来ている。

 ちなみに、ヴァンの声は今ヴァンを肩に座らせているウラカーンに向けられたもので、何故そういう状況なのかというと、木の枝を杖にして歩こうとするヴァンを、ウラカーンが肩に座らせてここまでずっと歩いてきたからである。

 どうして肩に座らせているかというと、数多の少女が憧れるお姫様抱っこも、背に背負うのも、どれもヴァンの足に負担がかかるからだ。もっとも、お姫様抱っこの場合は、ヴァンが断固拒否したというのもあるが。

 ウラカーンの肩にすわり、ぷらぷらと揺れる両足の片方、ヴァンの右足は両側に添え木がされていて、布で巻かれている。

「だーめー」

 ヴァンの言葉を受けても、ウラカーンは頑なにヴァンを下ろそうとしない。

 町の人から向けられる好機の目を感じて顔を少し赤くしたヴァンは、助けを求めるようにアリアやセレーネたちに視線を向けるが、アリア以外は仕方がないという表情で苦笑するだけだ。普段なら怒るはずのアリアも、今回ばかりは目を瞑ろうという顔をしている。

 もちろん、全員の表情の意味も、ウラカーンの心情も、全く分かっていないのはヴァン一人だけだった。

 


 体を休めさせる宿に行く前に、ヴァンたちは病院へと寄る。理由は言わずもがな、ヴァンの足を診てもらうためだ。

 ガレー町の病院は、町というだけあって結構大きめなものだった。リモニウム共和国のリモの街で見た魔道具工房よりはかなり小さいが、系統も目的も違う建物なので、比べるのは意味が無い。

 ゾロゾロと七人で院内に入り、患者にも看護婦にも驚きの顔で見られる。しかし、それは仕方がないことだ。見た目で怪我をしていると分かるのはヴァンだけ――ラルウァたちはすでに治癒術で治し終わっている――だが、服装はそうはいかない。

 綺麗な状態なのはアリアとヘリオスだけで、他の面々は所々服が破れたり汚れたりしていて、ウラカーンとラルウァに至っては革服に黒ずんだ斑点がつけられているのだ。もちろんそれは固まった血である。

 冒険者や魔獣がいるというこの世界において、怪我をした者が飛び込んでくるというのは珍しい事ではない。

 が、しかし、服を見る限り明らかに大怪我を負ったはずであろう人物が、怪我らしい怪我が見えない体でゾロゾロと病院に入ってくるその光景は、普段あまり見ることができない。

 しかも、唯一、右足が痛々しいことになっている妖精のような少女を、鉤爪手甲の獣のような青年が肩に乗せているのだ。それは、正直異様と言えた。

「え、えーと・・・・・・今回はどういったご用件で?」

 周囲の目など一切気にせず、迷いの無い足取りで窓口まで来た一行に、受付を担当している看護婦が尋ねる。この怪しい集団を目の前にして職務を全うしようとする姿勢は、この仕事に誇りを持っているがゆえだろう。

「えっと・・・・・・その、足を、折ってしまって・・・・・・」

 肩に乗っているヴァンが恥ずかしそうに俯いて小さな声で伝える。

「そ、それでは整形外科になりますね。こちらにお名前をご記入ください」

「はい。・・・・・・」

 返事を返しつつも、ウラカーンは動きを見せない。

「・・・・・・ウラカーン、下ろしてくれ」

「・・・・・・ちぇー」

 言われ、渋々とヴァンを下ろすウラカーン。それでも完全に下ろさず、ヴァンの両脇を両手で持ち上げたままだ。鉤爪は下に向け、ヴァンを傷つけぬよう手の甲を使っている。

「おい」

「立ったら、足、痛いよー?」

 溜息をつき、何を言っても無駄かと諦めたヴァンは、両脇を抱えられた状態で差し出された書類に名前を書いていく。

 そこで、ラルウァが受付の看護婦にずいっと近づき真剣な表情で口を開いた。

「失礼。聞きたいことがあるんだが」

「は、はい、なんでしょうっ?」

 そのあまりの真剣な顔と声に、看護婦が萎縮する。

「・・・・・・整形外科の医者は、名医か?」

「・・・・・・は?」

「医者の腕前は良いかと聞いているんだ。噂は? 今まで助けた患者の数は? その患者たちの感想は? 女性の趣味は? 軟派か? 女にだらしないのか? どうなんだ!」

「師匠! なにきいてるんですか!」

「しかし、ヴァン! もしも医者が怪我をした右足だけじゃなく、妙な気を起こしでもしたら!」

「師匠師匠! ヘリオスみたいになってます! ヘリオスみたいに変になってますから!」

 呆気に取られた看護婦と病院内ということを無視して、声をあげていくヴァンとラルウァにフランが口を挟んだ。その隣ではヘリオスがヴァンの言葉に肩を落としている。

「病院では静かにせんか。ほれ、さっさといくぞい。ラルウァ、おぬしも心配ならついていけばいいじゃろう。診察は付き添いができるんじゃしな」

「む、うむ・・・・・・確かにそうだな。すまん、私がどうかしていた」

「なに、分かればいいんじゃ。大方ヴァンのことが心配だったんじゃろ? 看護婦さん、騒がしくして申し訳ないのぅ。ほれ、さっさと行かんか」

 そういって赤髪のエルフは呆然とする看護婦と周囲の人々を置き去りにして、ラルウァと、ヴァンを肩に乗せたウラカーンの背中を押して、そそくさとそこを立ち去る。

 その後ろでは今だ落ち込んでいるヘリオスの肩をぽんぽんと叩くアリアとセレーネの姿があった。




 大陸のどこか。人が一度も入ることの無かった遺跡に、獣のうなり声が響く。

「ぐぅう・・・・・・おのれ、ニンゲンごときが・・・・・・」

 その獣は魔獣であるにもかかわらず、人の形をとり、人語を解していた。

「うわぁ、痛そぉ。だいじょうぶ? おじさまぁ」

 獣の隣で甘ったるい媚びるような声を出すのは、真っ白で長い髪に赤い瞳をした妖精のような少女。

 身に着ける黄色のフリルドレスは、無邪気に見える少女にぴったりなものだった。

「レス、おじ様は今お忙しいのですから、邪魔をしてはいけませんよ?」

 そういって闇の中から姿を現したのは、獣の側に居る少女に瓜二つの、水色のフリルドレスを着た少女。

 さらにもう一人。こちらも少女二人と全く同じ顔をしているが、着ているフリルドレスは赤色だった。

「ぶーぶー、だってぇ、暇なんだもぉん。結局アペレースだけお留守番だったしぃ」

「それは仕方ありませんよ。誰かがここにいないと、転移使えませんし」

「分かってるけどぉ・・・・・・。あれ? パパは?」

 無邪気の少女、アペレースが今気づいたように辺りを見回し、パパと呼んだ人物を探す。

「親父ならお休みになられてるぜ」

 激情の少女が言い、冷たい少女がそれに続いた。

「レス、分かってると思いますが、お父様のお休みの邪魔もしてもいけませんよ?」

「ええー・・・・・・むぅ、じゃぁ、ねぇ、エピィ?」

 不満そうな顔から一変、頬を紅潮させてエピと呼んだ少女にしなだれかかり、熱っぽい息を吐く。

 抱きつかれた冷たい少女も困ったように微笑みながらも、顔が赤い。アペレースの腰を抱き寄せて自分の腰に密着させると口を開いた。

「もう、仕方ありませんね、レスは。・・・・・・今日はスーリも一緒にどうですか?」

 赤いフリルドレスを着た少女に誘いの言葉を贈る冷たい少女だが、スーリと呼ばれた少女は嫌そうに顔をしかめる。

「冗談じゃない。オレはお前らみたいな変態じゃねェんだよ」

「変態だって。ひどぉい。くすくす」

 けなされたにもかかわらずアペレースは楽しげに笑う。これから、抱きついた少女とする行為を想っているのか、ご機嫌な様子だ。

 そんな可憐な少女たちのやり取りに、獣が苛立ちを隠さない声を上げた。

「五月蝿いぞ。我の側で喧しい小鳥のように囀るな。傷に響く」

「あら、申し訳ありません。さぁ、行きましょう、レス」

「うん、エピ。じゃぁ、ごめんね、おじさまぁ」

 二人は体を離して、しかし、手はつないだまま、闇の中、遺跡の奥へと消えていく。

 姉妹を視線だけで見送っている激情の少女に、珍しく獣から声をかけた。

「・・・・・・お前も大変だな。一人だけ正常というのも」

「・・・・・・ライのおっちゃんにそんなこと言われるたぁ、驚いたぜ」

 返ってきた返事に、獣はふんっと鼻を鳴らすと、自分の傷に魔力を集中させる。

「・・・・・・」

 激情の少女は獣に近寄り傷を抑える人狼の手に、自らの手をかざし魔力を流し込んだ。

 獣は何も言わず、ただその魔力を受け入れた。


読んで頂きありがとうございます。

シッショさん親バカスキル発動!でもたまになのでご安心を(←

オートマータ二体は変態さんのようです。


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