表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/132

第七十九話


ウラカーンの場面です。

 ウラカーンは、今までに無い危機に陥っていた。それは命の危機、ではなく、戦いに負ける、という危機でもない。

 かといえば、目の前に微笑むエーピオスがヴァンに瓜二つなので、戦うことが出来ないという意味での危機でもない。

 ウラカーン自身にしてみれば、男だろうが女だろうが少女だろうが少年だろうが、自らと戦える強さがあるのなら全身全霊を持って相手をする。これは信条であり、戦う相手に対する礼儀でもあると思っている。

 ならば、危機的状況とはどういうわけか。それは精神的な危機であり、目の前の少女が今まで会ったことのないほど強烈な――言いかえれば危険な――人物だということが分かったからだ。

 エーピオスは赤く染めた頬をしたまま、再度悩ましい溜息をついてウラカーンに言葉を投げる。

「どうしたのですか、爪のお方。はやく、はやく私をいじめてくださいませんか?」

 またもウラカーンの顔がひきつり、後退りを余儀なくされた。エーピオスは先ほども今と同じような言葉をウラカーンに送っているのだ。

 ウラカーンとて、自分が女性と関係を全く持っておらず、それに対して興味が無いとは言わない。いや、むしろ旺盛であるといえるだろう。

 その点で言えば、この少女の『いじめてほしい』発言は、ある意味嬉しいものであると思われる。

 しかし、しかしである。この少女が言う『いじめてほしい』というのは、自分を殴ったり蹴ったり裂いたりという『過激』なことを指しており、それをウラカーンに求めているのだ。

 正直、かなりの恐怖である。それを本気で求めている変態性が怖い。ウラカーンの名誉のためにいっておくが、彼は『正常者』だ。

「・・・・・・ええーとー、その、君って変態?」

 ドン引きしているウラカーンが人差し指の爪をエーピオスに向けて聞く。冷たい少女はにっこりと、それはもうとても良い笑顔で頷いた。

「はい。私、痛いの大好きなんです。さっきのあなたの蹴り・・・・・・おへその奥がきゅんってなりましたよ」

 言いながら三度悩ましい溜息をついて両手でへその部分を撫でる。その言葉と行動にウラカーンの背筋に怖気が走った。

 超怖い! げに恐ろしい! 嫌だっ、こいつと戦うのは嫌だ!

 それはウラカーンが今まで生きてきて、はじめての戦闘拒否である。

「・・・・・・そんな心底恐ろしいといった顔をなさらなくても・・・・・・。仕方ありませんね、乗り気はしませんが、私から参ります。しっかり戦ってくださいまし」

 エーピオスは残念そうに言うと、両手から魔力を飛び出させ両刃の剣に形作らせた。ウラカーンと同じ二刀流。といっても、ウラカーンの場合、得物は自前の爪だが。

「ふふ、楽しみです。あなたは私にどれだけ傷をつけられるでしょうか?」

 これまたウラカーンの背中に寒気がはしり、今回はエーピオスも共に、こちらは文字通り奔る。

「くっそーっ、お前とは戦いたくないなー! なんかやだなー!」

 ウラカーンの叫びに微笑みを返し、エーピオスが両刃の双剣を振るう。二つとも全く違う軌道を描くが、ウラカーンも今まで両手の爪で戦ってきたのだ。後れを取ることは無い。

 魔力剣を爪五本ずつで弾く。しかし、冷たい少女は弾かれた反動さえも利用して踊るように剣を振り回した。

 それに対し、ウラカーンも負けておらず、時には回り、時には押さえ、その剣撃を全て爪にぶつけていく。

「うふふ」

「・・・・・・その期待の込めた目は正直やめてほしいんだけどー」

 周囲の木々に裂傷をつけつつ、大気を裂き森の中を踊るウラカーンとエーピオス。

 そこでふと、ウラカーンが気づく。もしや、被虐趣味は嘘なのでは? と。

 こちらに攻撃をしにくくするための虚言なのかもしれない。そうだとすれば、効果は抜群だ。今まさに、ウラカーンはエーピオスに攻撃を加えることが出来なくなっているのだから。

 しかし、それならばわざわざ戦う相手にいじめて欲しいなどと言うのも合点がいく。否、逆にそうであって欲しいと切に願う。

 どちらにせよ防戦一方ではどうしようもない。こちらも攻撃に転ずる必要がある。幸い、今のエーピオスの剣の技量は闘技場で戦ったヴァンと同程度。二本の両刃を巧みに使うので、ヴァンよりエーピオスのほうがウラカーンにとっては少し厄介ではあるが、問題が無い範囲だ。

 ならば、とウラカーンの動きが変化する。

 上と右下から迫る両刃の剣を、五指の爪で挟み、即座に前蹴りを放つ。エーピオスはそれを目で追い、自らの腹部にぶつかる瞬間、楽しげに微笑んだ。

「げっ」

 頭から冷水を被ったような感覚がウラカーンを遅い、蹴りを止めようとするがもう遅い。

 ウラカーンの右足での前蹴りがエーピオスに深々と突き刺さると、少女の口から声が漏れた。

「んぁぁっ」

 はっきりいって、明らかに痛みに耐える声ではない。しかもその顔は快感に耐えるような表情をつくり、さらに頬には紅が差している。

 衝撃を殺すつもりも、受け流すつもりもないらしく、前蹴りを喰らったエーピオスはあっさりと吹き飛び、地面を二、三度転がった。

 前蹴りの状態で固まるウラカーンを尻目に、オートマータはゆっくり立ち上がると潤んだ瞳を鉤爪手甲に向ける。

「あぁ・・・・・・良いです・・・・・・危うく達しそうになりました」

 はふぅ、と息を吐くエーピオスに、ウラカーンは全身鳥肌の状態で後ずさり、搾り出すように声を出した。

「か、勘弁して・・・・・・」




 ウラカーンが不利な状況もとい精神の危険に陥っているとき、ヴァンたちは木偶人形をほぼ倒し終わっていた。

「はぁっ!」

 ヴァンが一体の木偶を地面に倒し、その上に魔族としての魔力放出を使った拳打を叩き込む。普段の倍以上の速度と威力を持った拳打は木偶を粉々に粉砕する。

 これは今の木偶たちとの戦闘で思いついたことなのだが、今の自分が『行き止まり』が無い状態で魔力放出を使い、腕の関節などがそれに耐え切れないとすれば、『行き止まり』がある状態で使えば良い。

 つまり、伸びきることの無い状況を作ればいいのだ。例えば、今のように地面という『行き止まり』がある状態などだ。

 もっとも、その場合使える時が限られるし、相手に「そこに寝転んでください」と言っても、頭大丈夫かこいつと思われるのがオチだろう。

 ヴァンが押し倒すなりすれば使えるが、もし外れれば地面を直接殴り、数倍の威力を持つ放出付き拳打は地面をえぐる。そうなれば、『行き止まり』の意味がなくなり、腕に何らかの代償が求められてしまう。

 それを考えれば、やはり、しっかりと習得したほうがいい。

「これでっ」

 最後の一体の頭部を左手で鷲掴み、両足から魔力を放出。木偶を思い切り地面に押し倒し、馬乗りになると、右手を振り上げて肘の部分から魔力を放つ。

「最後っ」

 木偶の胴体に魔力を纏わせた右拳を叩き込む。今回も木偶は衝撃に耐え切れず破砕された。

「師匠!」

 木偶戦の勝利を喜ぶことなく、ヴァンがラルウァに視線を向ける。

 ラルウァは人狼となったライカニクスに拳を突き出している最中だった。人の姿に近くなった魔獣は拳をかわしながら両手から伸びる変形した爪を振り回す。

「ヘリオス、アリア、師匠の援護に行くぞ! フラン、商人さんをこの先の街道へつれてってくれ!」

「あぁ!」

「分かったわっ」

「うむ、まかせい」

 それぞれ応を返すと、地を蹴りラルウァに駆け寄ろうとする。が、それをラルウァが声を上げて制止した。

「来るな、お前たちの目的は別にあるだろう! 秘宝のほうを追え!」

 ライカニクスを蹴り飛ばし、ヴァンたちを横目で見る師匠の言葉に、ヴァンが戸惑う。

 確かに、ヴァンたちの目的は秘宝を入手すること。それに、あのオートマータたちの実力は未知数で、追ったウラカーンとセレーネのことも気がかりだ。

 ライカニクスの場合、人型になったとしても獣のときより格段に強くなっている、とは思いにくい。師匠ならば負けはしないだろう。

「分かりました!」

 頷き、森の中に奔る。アリアとヘリオスはヴァンに続き、フランは商人を引っ張ってラルウァと魔獣から十分に距離を取って走り抜けた。

「・・・・・・ふん」

 ラルウァとライカニクスだけが残る破壊された街道の上で、獣が鼻を鳴らし森を見る。

「よく素直に通したな。邪魔をすると思ったが」

「貴様がそれをいうか。我があの者どもに飛びかかろうものなら、その隙を突いて滅するつもりだったのだろう?」

 睨んでくる人狼にラルウァの唇が少し歪む。

「ふっ、まぁな。お前が背を見せてくれれば、弟子に降りかかる火の粉を減らせたんだが・・・・・・残念だ」

「減らず口を。・・・・・・まぁいい。我も本気を出したかったところだ。美しき者が近くに居ては、巻き込まれるかも知れぬからな」

「・・・・・・ヴァンは人外にも好かれるか。父として、娘の将来が不安になってきたぞ」

 軽い調子の言葉の投げあいにおいても、お互い隙を見せることは無い。

 不毛なやり取りにラルウァは溜息をつくと、左手の人差し指を獣に向け、くいくいと動かす。

 ライカニクスは口を大きく裂き、音を出した。

「くく、その余裕、いつまで続くものか・・・・・・」

 続けて出る魔獣の声に、ラルウァは目を見開く。

「我が身に巡る魔の力よ、我が意思に通じ、形を創れ。我求むは魔人の鎧なり。ライカン・セグメンタタ」

 それは、魔術だった。獣の全身から魔力が溢れ、四肢にともされていき、形を成す。

 魔力で出来上がったのは、魔獣の手首から肘までを守る手甲と、すねを覆うグリーブ。

 ヴァンたちが使うような揺らめきの魔力ではなく、本当の鎧を魔獣は身につけた。

「・・・・・・使えるのか、魔術が」

 驚きの感情はあったが、広い世界そういうこともあるとすぐに思い直す。冒険者として生き抜くには、あらゆる可能性、あり得ない状況、常識でない非常識を考えておかねばならない。

 だが、ラルウァ自身、物事を深く考えるのは好きではなく、こうして目の前の敵を倒すことだけに集中するほうがいい。そういえば、昔そのことを弟子に話したら、俺も師匠を目指します! と宣言された覚えがある。親として考えれば、むしろ自分とは違う考え方を持って欲しいものだが・・・・・・背中を追ってもらえるのは悪い気分でもない。

「・・・・・・何がおかしいのだ?」

 獣に威嚇の声を上げられ、ラルウァは初めて自分が思い出し笑いをしているのに気づいた。ライカニクスはそれを余裕の表れと受け取ったらしい。

「いや、私は親バカなようでな。娘を狙うお前たちを絶対に倒さねばならんと考えていたところだ」

「ふんっ、美しき者は貴様のことを心底信頼しているようだな。気に入らぬ。美しき者が頼る相手は、我が主だけでいい。それを作り上げるためにも、貴様らは全て殺さねば」

「・・・・・・なるほど。そういう計画か」

 獣の言葉から考えるに、ヴァンを孤独にし、関わりを持つのをテリオスという魔族一人にだけするつもりのようだ。その後、セレーネたちが話していた『蹂躙の法』かそれに準ずる魔術を使い、ヴァンを手に入れる算段だろう。

「ますます、許すことは出来んな」

 父としての想いがあるラルウァにしてみれば、「娘さんを私たちの好きにさせてもらいます」と言われているようなもの。

 まだあの鉤爪手甲の軽そうな男に「ヴァンちゃんをオレっちにください!」と言われたほうがマシ・・・・・・いや、やはりどっちも駄目だ。

「貴様、先ほどから我のことを無視しおって!」

「ん? あぁ、すまん。いつまでもかかってこないから、怯んでるのかと思ってな。どうだ? 心の準備は出来たのか?」

 明らかな挑発に魔獣が吼え奔る。ラルウァも両拳を軽く握り締めて地を蹴った。


読んで頂きありがとうございます。

シッショさんの戦闘があまりかけなくなりました。次もやっちゃおうかな・・・。

え?エーピオス?変態ですが、何か?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ