第七十八話
ウラカーン、セレーネ組の戦闘です。
「うーん、疾いなー。追いつけないかもー?」
両腕の鉤爪手甲を後ろに向けて森を奔るウラカーンが、前方を同じく疾走する二人のヴァンに似た少女を見て呟く。
森の木々をかわしながら奔っているので、思うほど速く走れないウラカーンに対し、前の二人は速度を衰えさせない。まるで最初から決められた道筋を沿っているかのようだ
「・・・・・・あなたも十分速いですけどね。やっと追いつけましたよ」
隣を並走する人影が視界の端に入り、ウラカーンはその声で人影がセレーネだと分かった。視線を前に向けたままセレーネに言葉を投げる。
「あれー? セッちゃんどうしたのー?」
「どうしたって・・・・・・ウラカーンさん一人であの二体を相手するのは危険ですから、こうしてついてきてあげたんじゃないですか」
「えー、一人でも平気だったのにー。・・・・・・あ、それともセッちゃんオレっちに気があるとか! やだなーヴァンちゃんにも惚れられてるのにー」
「違います。あり得ません。あなたの勘違いです。なぜそうなるのですか? あなたの思考回路は理解できません。脈絡がなさすぎます。バカです。アホです。アンポンタンです」
「・・・・・・それはさすがに言いすぎだとおもうんだけどー・・・・・・」
「何か言いましたか、脳内お花畑さん」
「・・・・・・いえ、なんでもー・・・・・・」
ちょっとした冗談のつもりだったのに、ボロクソに言われて余計な心の傷をつくってしまったウラカーン。しかし、ここは、あまり話す機会の無かったセレーネの人となりを知りえたという事で、なんとか自分を持ち直す。少し代償が大きかったような気がするが、それは考えないようにした。
そんなウラカーンの心境を意に介さず、セレーネは前のオートマータ二体を睨む。
「さすが疲れを知らない人形ですね。常に全力疾走ですか。・・・・・・このままではいずれ振り切られてしまいます。ウラカーン、私が道と隙を作りますので、あなたも全力で走ってください」
いつの間にか、さん付けですらなくなっているが、協力するつもりはあるらしいので嫌われてはいないはずだと自分に言い聞かせ、ウラカーンはセレーネの言葉に応を返す。
「りょーかいー」
「・・・・・・それでは」
ウラカーンを横目で見ていたセレーネが走る足を止めずに、右手を前で横に薙ぐと、右手が通り過ぎていく空間に拳大の光の玉が次々に現れた。
一つ一つは大した大きさではないが、数が半端ではない。数えるには時間がかかりそうだが、優に三十個はありそうだ。しかも、どれもこれも走っているセレーネの前で同じように前進し、位置がずれることはない。
セレーネがそれらの光弾に視線を向けると、魔弾たちはそれぞれくっついていき、最終的に巨大な光球となってセレーネの頭上に浮かび上がった。時たま木々の枝があたるが、微動だにせず当たった枝をへし折っていく。
「準備は良いですか?」
再度ウラカーンを横目で見る。ウラカーンが頷くのを確認したセレーネは右肘を曲げて腕を肩の位置まで上げると、言葉を発しながら一気に突き出した。
「行きなさい、ベルグランテ・クルテル」
主の命に従い、巨大な光球は前方の敵へ一直線に飛ぶ。球体は少しでも速く飛ぼうと意思を持ってるが如く、長く薄い鋭利な形状へ変わっていく。
立ちはだかる木々たちをなぎ倒し、オートマータへと迫るが、二体の人形、エーピオスとドラステーリオスは飛来する魔刃を一瞥し、軽く左右に別れるだけでそれを避けた。
しかし、セレーネに当たらぬことへの悔しさは全く無い。なぜなら目的である隙を作るのには成功し、さらに前に進むのを阻止できたからだ。
「止まっちゃだめだよねー」
暢気な声と共に、ウラカーンのヘラヘラ顔がドラステーリオスの眼前へ現れる。
目を見開く激情の少女に蹴りを叩き込み、太い大木へ激突させ、蹴った反動を利用して跳躍、同じく動きを止めていた冷たい少女へも蹴りを放ち、樹木へ吹き飛ばした。
そのまま二人の少女をセレーネと挟める位置に降り立つと、両手の鉤爪をこすり合わせ音を出す。
「・・・・・・ふぅ、どうしても邪魔をするということですか」
冷たい少女、エーピオスが大樹から背を離しゆっくりと立ち、片手で水色のフリルドレスをたたく。その頬は少し赤みを帯びているが、蹴られた痛みは感じていないようだ。
同じように激情の少女も立ち上がり、唇を歪ませるだけの笑みを作るとセレーネに視線を向け、自らの姉に対して言葉を投げかける。
「おい、エピ。ここまで邪魔されたんなら、戦るしかねぇよな?」
「そうですね、仕方ありません。私もこの方と少し楽しみたくなりましたし」
ドラステーリオスの問いかけに、片手を頬に当て悩ましい溜息をはくエーピオス。
「それに・・・・・・セレーネお姉様のおかげで遺跡もみつかりましたから」
エーピオスは続けて言い、セレーネの放った魔術の行き先に目を向けた。ウラカーンとセレーネもその視線を追い、言葉の意味を理解する。
なぎ倒されていった木々はまるで大きな道のようになっていて、その道の先には遺跡と思われる建物があった。
「つーわけで、いくぜ年増ぁ!」
激情の少女が四肢に赤い炎を灯し、地面を蹴ってセレーネに奔る。髪の色も長さも、顔立ちや体型も全てヴァンにそっくりだが、セレーネはそのことで躊躇などしない。
ヴァンと違って着ているフリルドレスは真っ赤な紅だし、なにより、口が悪い。口調もさることながら、自分を年増と呼ぶのが許せない。
「私はまだ若いですって、何度言ったら分かるのですか? 人形なだけあって、頭の中はすっからかんみたいですね」
セレーネは、自分に走ってくるドラステーリオスに対し、右腕を突き出すことで相対する。突き出すと同時にセレーネの右腕を中心として、周囲に光の魔弾が五つ出現し、一つずつ矢の形をなしていく。
「アァ!? それはオレがバカだっていいてぇのか!?」
「あら、ごめんなさい。バカにされてるのが分かるくらいには入ってるんですね」
セレーネの言葉に激昂しドラステーリオスが速度を上げて声を荒げるが、当のセレーネはそれを涼しげに流し、右腕の周りに浮かぶ魔矢を放つ。魔矢はそれぞれ直進せず翻弄するように不規則な動きを持っていた。
「はっ、しゃらくせぇ!」
激情の少女は飛び回る魔矢を四肢で叩き落しながらも前進を止めない。
セレーネが左腕を下から右斜め上へ払う。すると、ドラステーリオスの奔る地面から魔の柱が飛び出してきた。しかし、激情の少女はそれを宙返りで避け、また走り出す。
「・・・・・・」
セレーネの瞳が鋭いものへと変わり、両手を左右に勢い良く広げ、数多の魔弾を出現させ、即座に右手、左手の順に前へ突き出し、発射した。
ドラステーリオスはそれに対し腕を目の前で交差させて、魔弾の雨の中を走り抜ける。ぶつかった魔弾はそこで爆ぜ、当たらなかったものは地で次々に小さな爆発を起こしていく。
接近戦が得意ではないセレーネは、後方へ跳び距離をとりつつ、魔弾を再度周囲に浮かばせ、出来上がった順に発射していった。
「逃げんじゃねぇよ!」
距離が縮まぬどころか、休む間もなく降り注いでくる魔力の塊にドラステーリオスが苛立ちの声を上げる。
読みどおりですね。とセレーネは内心呟く。こちらに迫り続ける激情の少女が魔装魔術を使い、放出系を使用しないところをみると、生粋の接近戦型。ヴァンと同じ戦い方だ。この手のタイプは懐に入り込ませなければ問題はないのだが、やはり油断はできない。もしかすると隠し玉で何かを持っているかもしれないし、何より接近戦に持ち込まれないよう注意を払わなければ。
これは二度目になるが、セレーネは接近戦が苦手だ。もちろん、非力だからという意味ではない。確かに、他の魔族と比べれば力は無いが、それは魔力放出で十分差を埋める事が出来るし、筋力だけでも普通の男よりは強いだろう。
しかし、それでも接近戦は苦手だ。これの理由として、常に弟であり白兵戦が得意なヘリオスと共に行動していたので、接近戦に必要な技術を覚える必要が無かったことがあげられる。無論、それだけではなくセレーネ自身、魔装魔術より放出系のほうが自分にあっていたので、自らが接近戦をしようと考えてなかったことも理由の一つだ。
「・・・・・・一つくらいは覚えてたほうが良かったかもしれません」
つまり、今セレーネが使える魔装は、テリオス戦での『超鎧魔術』のみ。その頼みの綱の超鎧魔術も、使用後の反動が強い上に完全に回復しきっていない今の魔力残量では詠唱しても発動させることはできないだろう。
なにより、対峙しているオートマータは、決して弱くは無い。少なくとも、あの木偶人形百体のほうが楽に倒せる。そんなオートマータが、詠唱する隙を与えてくれるとも思えない。
「ちっ、めんどくせぇな・・・・・・」
急に動きを止めたドラステーリオスに、セレーネも足を止め怪訝な表情を浮かべた。止まってる間も魔弾生成を忘れない。
「親父には止められてたけど、少しぐらいなら良いよな」
少女が発する言葉の意味は、隠し玉の存在を明らかにした。何がきても対処できるよう、魔弾を鋭利な矢に変えていく。
しかし、その戒心は無駄になった。
「っ!?」
一瞬では埋められないはずの距離を、注意深く離していた距離を、激情の少女が一瞬で埋め、獰猛な笑みをセレーネの視界一杯に映した。
「はっ」
オートマータが笑い、その息がセレーネの鼻に当たる。次にセレーネに当たったのは、腹部から頭に響く鈍痛だった。
「あぐ!?」
肺の酸素を一気に吐き出さされ、体は衝撃に耐え切れずくの字に曲がり、かすむ視界に見えたのは着ているドレスに突き刺さる炎を纏った拳。
意識を持っていかれそうになるが、それは即ち死を意味するだろう。奥歯をかみ締め、自らの周りに浮かぶ魔力の塊へ指示を送る。魔弾たちは、形象を邪魔されたせいで、鋭利な形からただの魔球になってしまっていた。
「ハハァッ!」
ドラステーリオスが再度笑い、ぐんとセレーネの体を持ち上げ、すぐさま突いていた右拳を引き抜く。
「だっらぁっ!」
宙に浮かばされたセレーネに、激情の少女は右後ろ回し蹴りを向かわせる。
せめて直撃を免れようと、セレーネは先ほどの人形のように両腕を交差させ、さらにその前方に魔弾たちを集めて障壁にする。
障壁が割れる音に続いて、腕を蹴撃する音が響く。
セレーネの体はオートマータの蹴りに吹き飛ばされ、大樹にぶつかる。
「かはっ」
ぶつかった瞬間、まだ酸素が残っていたのか、口から空気が吐き出された。
大樹に体を預けつつ、倒れないよう両足に力を込めてオートマータを睨む。
「・・・・・・まさか・・・・・・魔力放出が使えるなんて・・・・・・」
「あぁ、驚いただろ? オレのことをバカにしてたけど、オマエもたいしたことねぇな。その考えに至らなかったんだからよ!」
バカにされたことを根に持っていたのか、オートマータは楽しげに笑い、セレーネを眺める。
「そうですね・・・・・・まさか人形に言われるとは思いませんでしたが、これを教訓にあらゆる可能性を考えるようにしましょう」
ふぅ、と呼吸を整え、大樹から体を離すと両手でドレスのロングスカートをはたく。
「ですが、『考えが至らない』という点については、あなたも同じですよ」
セレーネが微笑みを浮かべた。
「ア? どういう、がっ!」
後頭部からの衝撃のせいで、人形の最後まで喋ることが出来なかった。まさか、もう一人のやつが!? と慌てて振り返るが、そこには誰も居ない。と、また後頭部に衝撃がはしる。
「ぐっ!?」
今度は振り返る暇も無かった。四方八方から次々と衝撃が襲い掛かったからだ。一つ衝撃がぶつかるごとに、オートマータの口からくぐもった声が漏れる。
「がああ!」
オートマータが吼え、燃え盛る四肢を振り回した。そして、右手の甲に何かがぶつかる感触。見れば、それは光の魔弾だった。大きさは握り拳の半分ほど。
光の球はバレたのが恥ずかしいとでも言うかのように、セレーネの側へ飛んで行く。視線を移すと、セレーネの周囲には同じような光の球が五つ浮かんでいた。
「・・・・・・なんだそりゃぁ」
どうみても魔力の塊なのだが、それでは説明がつかないことがある。
「なんでそいつら、オレを殴ってたんだ? アァ!?」
そう、あの光の球がドラステーリオスにぶつかっていたのは明らかで、先ほど、手の甲でも叩いた。なのに、あの魔力の塊は爆発しなかったのだ。
「それをわざわざ教えると思ってるんですか? ・・・・・・まぁ、頭がすっからかんなようなので、一つだけ。この子たちは、あなた方のような猪突猛進のおバカさんたちと戦うために考えた魔術ですよ。・・・・・・さて」
言うことはそれだけだと言う様に言葉を切り、何かを思い出そうとアゴに手を持っていく。
「えぇと、こういうときヘリオスが良く使う言葉があったんですが・・・・・・あ、そうでした」
考えるのも一瞬ですぐに顔をあげると、にっこりと微笑んで口を開いた。
「では、第二ラウンド、といきましょうか?」
読んで頂きありがとうございます。
思いのほか長くなりそうなので、今回はセレーネの戦いで。次はウラカーンです、はい。