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第七十六話

 商人である彼は、街道は安全な物だと思っていた。彼だけではない。この世界に生きるほとんどの人は街道で命の危機にさらされたことは無いだろう。

 もし街道で死ぬようなことがあれば、とても運が悪いと同情することが出来る。

 そして、今の彼は、その他大勢から見て、運が悪いと同情される立場にあった。

「ひ、ひぃっ」

 目の前に広がる現実に彼は腰を抜かして悲鳴を上げる。自分がガレー町に持っていくはずの商品や、やっとの思いで買えた馬車が粉々にされているが、彼が恐怖しているのはそれらの悲惨な光景によるものではない。

 彼を見下ろしている大きな魔獣の牙によって、自らの人生が強制的に終了させられると思ったからだ。

 灰の剛毛に体を覆われ、突き出した口からは鋭い牙が並び、天に向かって伸びる耳はどんな音さえ聞き逃さないだろう。その巨躯を支える四肢の先からは巨大な鋭爪が生えていて、地面にめり込んでいる。

 彼はいつこの魔獣がその爪を、牙を、自らに抉りこませるのか、それだけしか考えられなかった。

 魔獣はそれを嘲笑うかのように、否、本当に嘲笑い、声を出す。

「ニンゲンよ、そう怯えるな。今すぐ殺そうというわけではない。我の問いに答えることが出来れば、生かしてやるぞ」

 商人の顔が驚愕に塗られる。それは、命を助けてもらうことに対してではない。言葉を話したことに対してのものだ。

 しかし、彼の顔はさらに驚愕に彩られることとなる。

「・・・・・・怯えるのも無理はありません。おじ様は恐いお顔をしていらっしゃいますから」

 静かに、それでいて少女のような高い声を発しながら、魔獣の影からローブを着込んだ人が出てきたからだ。それも、二人。

「・・・・・・申し訳ありません。あなたの商売道具を破壊してしまいましたね。あとで弁償いたします。その代わり、とはいえませんが、一つ、お尋ねしたいことがあるのですが・・・・・・よろしいですか?」

 その丁寧な話し方は、商人の恐怖を薄れさせ気持ちを落ち着かせるのに、十分な効果を発揮した。

「き、ききたいこと・・・・・・?」

「はい。実は、この辺りに秘宝が隠された遺跡があると噂で聞いたのですが、その遺跡について、ご存知ありませんか?」

 淡々と聞いてくる声に、商人はつい首を横に振る。秘宝なんていうのは全く知らないし、遺跡にも何の関心もなかったからだ。

 しかし、すぐに商人は自らの危機感の無さに後悔することになる。

「ちっ、だから言ったじゃねぇか。こんなのに聞いてもわかんねーって。知らねーんなら、殺すか」

 もう一人のローブの人物が吐き捨てるように言った。声だけ聞けば、丁寧なほうと似たものだったが、内容があまりにも違いすぎて別人の声に聞こえる。

 だが、商人はそんなことを気にしている場合ではない。もう一人のローブの人物は、明らかに言った。殺す、と。

 薄れ掛けていた恐怖が再度色濃くなる。このままでは殺されてしまうと商人は慌てて声を出した。

「あ、ああっ、思い出した! た、たしか、ここから南にいけば遺跡があったはずだ!」

「・・・・・・本当ですか?」

 聞き返すもう一人の少女の声に、悪寒が男の体を支配する。口調は丁寧なままなのに、殺すと明言されたときより、恐怖を感じた。

 声が出せない。だけど死にたくない。商人は必死に首を上下に振った。

「・・・・・・」

 ローブで包まれた冷たい少女は、じっと商人を見つめたあと、ふっと息を吐く。

「そうですか。ありがとうございます。おじ様、スーリ、行きましょう」

 ローブの少女が歩き出し、魔獣がそれを追う。だが、もう一人のローブは微動だにしない。

「おい、エピ」

 名前と思われる単語を短く言うと、歩く少女が振り返る。呼ばれた少女は困ったような笑いを落として、告げた。

「良いですよ、もういりませんから」

 はじめ、男には何のことだか分からなかった。しかし、何かの許可をもらった少女が自分に近づくのを見て、気づく。

 『殺して、良いですよ』。

 あの言葉は、殺すのを許可するものだったのだ。男は悲鳴を上げて立ち上がる。駆け出そうとして、足がもつれ、地面に倒れた。

 激情の少女がローブから出した右手に炎を宿し、商人に向かって振り下ろす。

 しかし、その狂拳は男に届くことは無く、かわりに少女の体が光の魔弾に吹き飛ばされ、さらについでとばかりに、魔獣と冷たい少女にも人影の風が突撃する。

 轟音が響き砂ぼこりが舞い、街道が破砕された。ローブの冷たい少女と魔獣は何時の間に跳んだのか、少しはなれたところに降り立っている。魔弾に吹き飛ばされた少女も、その近くに倒れていたが、今は何事も無かったように立ち上がっていた。

「あ・・・・・・?」

 突然の出来事に呆然としている商人の肩に、誰かが手を置く。振り返ると、視界に入ってきたのは、真っ白で長い髪をもち、赤い瞳でこちらを見下ろす妖精のような少女。

「大丈夫ですか?」

 高く、甘えるような声でこちらの安否を気遣ってくる少女に、助かったのだと辛うじて理解できた。

「・・・・・・いきなり何をなさるんですか?」

 丁寧で静かな口調が響く。それは砂塵の中に居た二人の人物に投げかけられたものだった。

 一人は後ろに居る少女と同じように、真っ白な髪を所々尖った髪型にした青年と、両手に手甲をつけ、そこから五本ずつの鉤爪を伸ばす青年。

「さて、僕たちは何をしたかな、グラウクス?」

 白い髪をした青年が、鉤爪手甲にたずねる。鉤爪の青年は右手の爪を一本、自分の目の前で振りながら返す。

「決まってるよ、ヘリオスー。今したのはー、ふ、い、う、ち」

 鉤爪のヘラヘラ言葉に、ローブと魔獣を包む空気が歪んだ。



 こんなときでも道化を捨てないウラカーンにヴァンが苦笑する。

「ほぅ、あれがお前たちの相手か」

 遅れて歩いてきたラルウァが魔獣とローブの者二人を見て目を細めた。少し後ろには魔弾を放ったセレーネとアリア、フランがいつでも援護できるように集中している。

「・・・・・・はい、まぁ」

 歯切れが悪く答える弟子に、師匠は視線を向けた。視界には殺されそうになった商人も入ってくる。商人はいまだに茫然自失の状態で座り込んでいた。

 ヴァンが断言できなかったのは、あの魔獣、ライカニクスの側に居るローブの人物二人のせいだ。一人は多分、アペレースという少女だと思うのだが、もう一人は誰だろうか。

 ヘリオスたちに話しかけた声には聞き覚えがあるが・・・・・・そうなると、関所で出会った時、すでに敵だったということになる。

「あ、あんたら」

 そこでやっと自分を取り戻したのか、商人がヴァンを見上げてきた。混乱しているのだろう。何かを言おうとしてやめるのを繰り返している。

 ヴァンは微笑みを浮かべると商人の口をつむがせて、前方の敵を睨んだ。

「お前たち、何故この人を殺そうとした?」

「何故? それはその方が私たちにとって不要だからです」

 むしろ、何故そのようなことを聞くのか分からないといった風に、冷たい少女が答えた。その言葉にヴァンたちの体から怒気が漏れる。

 そんなヴァンたちを見て、もう一人の激情の少女が笑った。

「はっ、怒ったのか? え? これだからてめぇら人間は。ただただ洗脳されたように『人の命は大切なんですぅ』って言いやがる。反吐が出るぜ」

 ぺっと唾と一緒に言葉を吐き捨てる少女に、セレーネが首をかしげる。

「・・・・・・今日は不機嫌なんですね、アペレース」

 少女がアペレースだと思ってたわけではない。ただ、遺跡で会ったアペレースと雰囲気が似ていて、一言も口調を聞いてないからそう思い込んでいただけだ。

 激情の少女は心底嫌そうな表情をし、また吐き捨てる。

「あぁ? 誰がアペレースだ、ババァ。あんなアホと一緒にすんじゃねーよ、殺すぞ」

 少女が言い終わると、何かが引きちぎれる音がした。瞬間、無数の光の槍が魔獣と少女二人へ襲い掛かる。

 轟音と砂塵を森に響かせながら、いくつも魔槍が爆ぜた。最後にとてつもなく巨大な槍が地面に突き刺さり、天へ昇る爆発を起こす。激しい地響きが静まると、残るのは砂塵だけとなった。

「私は、まだ、若いです」

 右手を前に突き出したセレーネが完全に据わった目で言う。その豹変振りにヴァンたちは頬を引きつらせて笑みを浮かべ、弟であるヘリオスは額を押さえて溜息をついた。

「姉さん、少しは手加減してくれ。あいつらから情報を得ることが出来なくなったじゃないか」

 弟に言われ、しゅんと項垂れるセレーネだが、ヘリオスの言葉は杞憂となる。

 それは砂塵の中から飛び出した嘲笑のせいだ。

「手加減か。無用のものだな」

 砂ぼこりに浮き出る影は、かなり大きい。しかし、この声の主がヴァンたちの知るあの魔獣だとすれば、明らかにおかしいところがある。

 影は、人の形を取っていたのだ。砂塵を体に纏わりつかせて、嘲笑と共に出てきたのは、まさに、人狼。

 人の形をとりながら、全身は灰毛に覆われ、顔は魔獣であるときのまま、四肢から伸びる爪はさらに禍々しいものへと変わっている。

「・・・・・・お前・・・・・・その姿・・・・・・」

 目を見開くヴァンの、問いとは言えない問いに、ライカニクスは口を大きく裂く。

「どうだ、美しき者よ。これは主殿から頂いた力によるものだ。ニンゲンに近い姿とは少々嫌悪を覚えるが・・・・・・主殿に近づけたと思えば、何、気になるものでもない」

「・・・・・・おじ様、少しよってくださいませんか?」

 楽しげに話す魔獣の後ろから、静かで高い声が発せられる。苦い顔をつくりつつ、ライカニクスがどく。

 その後ろに居た二人の少女に、全員息を呑んだ。その理由は、セレーネの猛攻を受けたにもかかわらず、ローブがボロボロになっただけに済んだということによるものではない。

「なん、ですって・・・・・・?」

 アリアが、何とかその言葉だけを搾り出す。

「あぁ、そういえば、ご挨拶がまだでしたね」

 そういって、水色のフリルドレスを身に纏った冷たい少女と、

「こちら、私の妹のドラステーリオス。あなた方が前に会ったアペレースも、私の妹になります」

 赤いフリルドレスを身につけた激情の少女、

「そして、私は二人の姉の、エーピオス、と申します。以後、よろしくお願いいたしますわ」

 優雅に礼をする、二人の少女は、

「・・・・・・俺・・・・・・?」

 少し大人びていても、ヴァンに瓜二つだった。


読んで頂きありがとうございます。

なんと!ヴァンは三つ子だった!・・・うそですごめんなさい。

敵方もなんだか戦力増強してますね。がんばれ、ヴァン!

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