第七十五話
タララタッタラー♪
「・・・・・・もう少し練習が必要だな・・・・・・」
昼食の場でヴァンが自分の右手を握ったり開いたりしながら呟く。それを見て姉兄が心配そうに尋ねた。
「大丈夫か、アリス?」
「ごめんなさい、私たちがちゃんと魔装のやり方を伝えなかったばっかりに・・・・・・」
しゅんとうなだれるセレーネに苦笑するヴァン。
「いや、あれは俺の魔力コントロールが拙かったせいだから。セレーネたちには感謝してるよ。魔族としての魔力の使い方、教えてくれてありがとう」
そう言ったあと、ヴァンは自分の右腕を見て唇の端を吊り上げた。あの魔力放出を習得することができれば、今の自分の非力さを補える。もっと強くなれるのだ。
「・・・・・・ふむ・・・・・・」
スープを口に運んでいたラルウァが、攻撃的な笑みを浮かべる弟子を見つめる。その視線に気づいたヴァンは師匠に視線を向けて小首をかしげた。
「師匠?」
名を呼んだだけだが、それには視線の意味を問う色が混ざっている。ラルウァはすぐに答えず、アリアたちも見回してから口を開いた。
「・・・・・・お前たちの旅だが、私も同行して良いか?」
「え?」
いきなりの提案に素っ頓狂な声を上げたのはヴァンだ。他の面々も意外そうな表情をしている。
弟子が師匠の言葉の意味を頭で租借した後、嬉しそうな顔をして聞き返した。
「俺は嬉しいですけど・・・・・・いきなりどうしたんですか?」
ラルウァは返答にうなずくと、自らの意図を伝えるため再度口を開く。
「無論、お前を狙う輩が居ると聞いて黙っていられないからだ」
父として当然だろう? と続け、さらに言葉をつむぐ。
「それに、今日の稽古で分かったことだが、ヴァン、お前の技はまだまだ伸びる余地があるし、私にしてもお前に教えてない技がある。さらにいえば、魔族であるセレーネ、ヘリオスたちの戦闘技法を盗もうとも思っているからだ」
最後の盗む云々は悪そうな笑みを浮かべながら言った。名指しされた二人は微妙な顔をしていたが、口を挟むことは無い。
話し終えた師匠から視線をはずし、ヴァンがアリアたちを見回す。瞳は期待の色に彩られ、まさにお願い事をする少女で、どこか小動物も思わせる。
そんな顔をされては断ることなど出来ようはずが無い。少なくとも、ヴァンを愛で隊のアリアとセレーネ、ヘリオスの三人には。
フランとウラカーンにしても、異を唱える理由など無い。ヴァンの師匠であり、あの稽古を見る限り、一行の総合的な戦闘能力は格段に上がるであろうし、ヴァンを護りたいと思っている気持ちも分かる。
全員がうなずくのを確認し、ヴァンが嬉しそうに笑ってラルウァを見た。ラルウァも心なしか嬉しげな微笑みをもってアリアたちに顔を向ける。
「ありがとう。娘ともどもよろしく頼む」
こうしてヴァンたちの旅にラルウァが加わることと相成った。
「オー、もういってしまうのデースかー?」
別れを惜しむ言葉をヴァンたちに送っているのはリーちゃんだ。同じように、村長一家も子供たちも、悲しげな表情を見せている。
「あぁ。早めにこの国の西側にいきたいからな」
ヴァンが苦笑して自分たちの旅の指針を話す。『ガレーラ王国』の西側を目指す理由はもちろん秘宝を探すためだ。それらの秘宝がある遺跡を見つけたフランが言うには、この国の西半分にあるらしい。もっとも、それだけなら旅を急ぐ理由はない――と思っているのはヴァンだけで、他の面々は『フォカーテの香水』を一刻も早く無効化したいと思っている――のだが、何故かテリオスも秘宝を狙っていて、セレーネたちは否定しているが様々な可能性を考慮し、秘宝集めを急ぐことにしたのだ。
「ぐすっ、女神様、また来てね?」
トーニャと子供たちがぐずりながらヴァンを見上げる。一緒に遊んだりしてもいないのに、妙になつかれてしまっていた。ヴァンは再度苦笑を浮かべるとその場に屈み、子供たちと視線を同じくする。
「あぁ、また来る。約束だ」
今度は優しく微笑んで小指だけを立てた拳を子供たちに突き出す。トーニャたちはそれの意味に気づき、それぞれヴァンの小指に自分たちの小指を絡ませていった。
「約束!」
トーニャが代表して声を出し、ヴァンもうなずく。『約束の儀式』に満足したのか、もう涙は流れていない。
うん、とまたうなずき立ち上がり、村長一家とリーちゃんに顔を向けて軽く会釈した。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「お気をつけて」
ミリナが微笑みながら言った。ヴァンたちも微笑を返し、振り向いたとき、リーちゃんが呼び止める。
「オー、言い忘れてマーシたー」
体をうねうねと蠢かせて人語の音を出す。
「ここのちかーくの人がいっぱいいる場ー所、そこから森をミナーミにすすむーと、人の作ったタテモーノがありマース。たぶーん、ヴァンさんたーちが探しているイセーキだと思いマース」
ここにきてまた意外な人物からの情報だ。
「本当か?」
「イエース、さくーや、森ーに聞きまシータから」
「森っていうと、木々たちに? さすが、王を名乗るだけはありますね」
セレーネの素直な賛辞にリーちゃんの体がウネウネと激しく蠢き、その場にいたヴァンを含める女性陣が顔を引きつらせる。
「・・・・・・と、とりあえず、次の町の南だな? あ、ありがとう、リーちゃん」
ヴァンは後退りながらも何とか礼をいい、今後の予定にその情報を追加した。
「・・・・・・で、また歩きなわけね」
隣で溜息をつくアリアに、ヴァンが苦笑を向ける。
「仕方ないじゃろ。村からの馬車が無かったのじゃからのぅ」
アリアとは違った種類の溜息をつき、溜息仲間の肩に手を置くのはフランだ。
村をあとにした一行は、昨夜村へ来るときに通った街道の逆方向、つまり王都へ道を歩いている。
このまま進めば、途中で道が分岐しているはずで、そこから王都ではなく『ガレー町』に進む。
リーちゃんの情報では、そのガレー町周辺の森を南へ行けば遺跡があるらしい。詳しい位置はリーちゃんでも分からなかったようで、遺跡を探して森をさまようことになりそうだが・・・・・・この面子なら例え野宿をしても危険は無いだろう。あるとすれば、風呂に入ることの出来ないアリアたちの不満くらいだ。
「まぁ・・・・・・どちらにしろ『ガレー町』についてからだな」
ヴァンは呟いた後、後ろでうんうんうなっているウラカーンの隣まで歩みを落とす。
「どうだ、ウラカーン。調子のほどは?」
「・・・・・・ちぢめぇ、ひっこめぇ、有無を言わさず全力で軋みながらちぢめぇ」
「・・・・・・は、はは・・・・・・」
ヴァンが声すら聞こえていないようで、ウラカーンは真剣な表情で爪を凝視しブツブツと喋っていた。頬を引きつらせて愛想笑いを浮かべたヴァンはまた歩行速度を変えて次はヘリオスの側を歩き、くいくいと袖を引っ張り右に傾けさせて、近づいてきた耳に口を近づける。
「ヘリオス、あれはさすがに見ててかわいそうになってきた。今からでもコツとか教えてあげてくれないか?」
耳に当たるヴァンの吐息にえも言えぬ感覚を覚えつつ、ヘリオスはウラカーンを横目で見た。
「確かに、そろそろ次の段階に進んでも良いな。いや、アリスの頼みなら無理矢理にでも進ませるべきだ」
ヘリオスは断言すると、歩く速度を落としてウラカーンに話しかける。一言二言会話をしている二人をみて、ヴァンは心なし安堵した。あのウラカーンを道中ずっと近くに置くのは精神衛生上良くない。絶対良くない。
ほっとしているヴァンにラルウァが微笑みを向け、頭に手を置いた。
「わぷっ」
いきなり上から来た圧力にヴァンの体が少し縮む。突然の攻撃者に避難の視線を上目遣いに送るヴァン。いや、言葉も送った。
「なにするんですか」
「・・・・・・いや、特に意味は無いが、置きやすそうな位置だったから、つい」
あんまりな理由に、むぅ、と口を尖らせる弟子に、また師匠は微笑む。昔と違って、感情を顔に出すのが自然になっている。
それが嬉しくて、つい何かしらヴァンにしたくなってくるのだ。だが、とりあえず今は、アリアとセレーネがものすごく羨ましそうな視線をこちらに突き刺すので、手をどけておくことにする。
「それより、ヴァン、どうやって魔族としての魔力行使を修めるつもりだ? 私としては普段からの魔力コントロールを意識したほうがいいとおもうが」
聞きながらもさりげなく助言を付け加えるラルウァ。もっとも、魔族としてのコントロールがどういったものなのかが分からないので、想像の範疇を超えての助言は出来ない。
しかし、それでもヴァンにとってはありがたい言葉だ。それに、師匠に教えてもらうということが楽しいし、嬉しい。
「そうですね・・・・・・ひとまず、常に自分を包むような形象をしていようとおもいます。セレーネ、どう思う?」
師匠と相談しながらというのも良いが、やはりここは魔族であるセレーネとヘリオスに聞いたほうが手っ取り早くもある。ヘリオスは今ウラカーンの相手をしているので、セレーネに声をかけた。
聞かれたセレーネはうつむき、考えをまとめてから返答する。
「そうですね、今それで良いかと。あと、自分の肉体・・・・・・例えば、腕が伸びきる距離を完璧に把握するのも効果的ですよ」
セレーネ先生の答えを聞き、ヴァンとラルウァは二人して、なるほど、とアゴに手をかけた。その一寸もたがえない同時の動きに、アリアとセレーネが吹き出す。
笑い合う可憐な乙女たちを、笑われた弟子と師匠は不思議そうな表情でまたも同時に首をかしげた。
読んで頂きありがとうございます。
・・・・・・結局間に合わず二日更新無しをしてしまいました。くやしい!でm(バキューン
さて、シッショさん仲間になっちゃいましたね。ヴァンたちには修行してもらわないと。
お話的にはあまり進んでません。なかなか焦らしますね、みんな。
・・・はい、作者の構成力がつたないだけです。ごめんなさい。