第七十四話
そろそろ話を進めないと・・・。
「・・・・・・まず、魔族としての魔力行使を教える前に、アリス、魔装魔術を使ってみてくれ」
「あ、あぁ。・・・・・・サラマンダー、イグニッション」
ヘリオスの言葉に従い、ヴァンがすぐさま四肢に炎を宿す。ヴァンと向き合うセレーネとヘリオスはお互いの顔を見合わせ、目だけで意思疎通をすると、セレーネがヴァンへ近づく。
すぐ近くではラルウァとウラカーンが興味深げにそれを眺め、アリア、フランも『魔族の魔力運用』が気になるのか真剣な表情だ。
「アリス、手を出してください」
目の前で立ち止まる姉に、妹が戸惑いながらも手を差し出す。すると、いきなりセレーネがヴァンの手を掴んだ。
二人の魔族以外が息を呑み、ヴァンは慌てて手を引き抜く。
「何してるんだ!」
怒鳴る妹にセレーネは苦笑しつつ掴んだ手を見せた。それにまたヴァンたちが目を見開く。
手には火傷どころか、黒煤すらついていなかったからだ。驚愕するヴァンに姉兄が口を開く。
「やっぱり、アリスは属性に縛られてるみたいですね。無理に炎属性にしようとしてるせいで、全然熱くありませんでしたよ」
その言葉にヴァンは少なからず衝撃を受けた。言っている意味はあまり理解できなかったが、『熱くない』という意味だけは分かる。つまり、炎系魔術として『弱い』ということだ。だが、しかし、思い当たる節はいくつもある。自らの四肢で燃え盛る炎は、この姿になってから火力を失っていた。まさに見掛け倒しだ。
苦虫を噛み潰したような顔をするヴァンに、ヘリオスが問いかけた。
「アリス、君は今まで、その魔術を炎属性ではなく別の属性で形成したことは無いか? ・・・・・・例えば、氷水属性で、とか」
これにはヴァンだけでなく、アリアも思い出す。フランと出会う前、路地裏で複数の男に襲われたとき。ヴァンは炎を使っていたはずなのに、体から漏れ出していたのは、冷気だった。
「どうやら、あるみたいですね。語弊がありますが・・・・・・私たち魔族は全属性が使えます。さらに、魔術式が正しくあれば、どの属性でもその魔術を行使することが可能です。・・・・・・もっとも、氷水属性の魔力で、サラマンダーイグニッションを形成しても、威力は全く無いので意味がありませんが」
苦笑するセレーネに、アリアが声を上げる。
「ちょっと待って。あり得ないわ、そんなこと! それって、人間がエラ呼吸できるようなものじゃないの!」
たとえが微妙だか、とどのつまり、不可能であるということがいいたいアリア。それに対し、セレーネが答える。
「はい、あり得ません。私たちが全属性を使える理由・・・・・・。それは、私たち魔族が、炎、水、土、風の四属性ではなく、純粋に魔力を使うところにあります。無属性、とでもいえばいいのでしょうか? 無属性はその名の通り、魔力そのもの」
セレーネが言い終わる前に、ラルウァとアリアは気づいた。ヴァンとウラカーン、フランの三人は首をかしげている。
「つまり・・・・・・無属性である魔力を、『他の属性に見せかけることが出来る』・・・・・・ということか?」
ラルウァの問いに、セレーネは微笑みうなずいた。
師匠の言いたいことすら分からず、まだ首をかしげるヴァンたち。アリアがため息をつき、補足する。
「こういうことよ。魔族である二人がサラマンダーイグニッションを氷水属性で形成した場合、実際に使われている魔力は『無属性』。で、その無属性の魔力を、氷水属性に見せかけることができるってこと。そして、そのサラマンダーイグニッションは燃えてるようにみえても冷気を漂わせていても、本質は『無属性』であるってわけ」
そうよね? とヘリオスに確認を取るアリア。ヘリオスは、素晴らしいと言わんばかりの表情でうなずいた。補足されても首をかしげるウラカーンとフラン。
ヴァンはアリアの説明で分かったのか、何かを考えるようにアゴに手をそえた。炎もどきは今だ燃え盛っている。
少しの間うつむいた後、考えをまとめ終えたのか、顔を上げてセレーネたちに聞いた。
「属性が無いというなら、ただ衝撃を与えるだけにならないか? 俺が魔術を放出しただけのように」
その言葉に、きょとんと妹を見る姉兄。今度は二人がアゴに手を当てたり腕を組んだりしてうつむく。だが、ヴァンの時と違い、すぐに口を開いた。
「どうやら、人の使う魔装魔術と、私たち魔族が使う魔装魔術では少し意味合いが違うようですね」
「・・・・・・違う?」
首をかしげる妹に、次はヘリオスが話す。
「あぁ。今アリスが使っているその魔装魔術や、アリスの言い方からすると、その魔装魔術事態が攻撃力を持っているみたいだな。僕たち魔族がつかう魔装魔術は違う。どちらかというと、防護服である意味合いが強い」
それを聞いてさらに首をかしげるヴァン。アリアが隣から横から口を挟んだ。
「私たち人が使う魔装も同じよ? 一応、攻撃力増加もあるけど、防御性も高くなるわ」
「いや、そういう意味じゃない」
「ヘリオス、一度見てもらったほうがいいのではないですか?」
姉に言われ、そうだな、とだけ返すと、右手に見えない魔力の揺らめきを宿させる。
「これは僕たち魔族が使う魔装魔術の一つだ。無属性だから色が無い。このままではヴァンが使っているサラマンダーイグニッションと同じだ」
確かに。とうなずくヴァンたち。そこでヘリオスが右手を振り上げて地面を思い切り叩いた。地面が少しへこむ。
「地面が敵だとして、今のが人の魔装の使い方」
言い終わり、再度腕を振り上げる。
「今度は、僕たち魔族の使い方だ」
今度の振り下ろす速度は、先ほどとは比べ物にならない。一瞬で地面に届くと、地響きと共に地が大きく陥没した。
目を見開かせるヴァンたちにセレーネが問いかける。
「違い、分かりましたか?」
分かるわけが無い。否、威力のほどは分かったが、それはただ力を込めたか込めてないかの違いではないか?
ヴァンたちの心境を表情で読み取ったのか、二人が苦笑する。
「一度目は、今までのアリスがしてきたように、魔装を用いて殴っただけだ。二度目は、それに魔力放出を使っている」
「んん? ちょっと待てい。もしそれが魔力放出とやらを使った結果であるならば、今ラルウァ殿の腹には風穴があいとるはずじゃないのかえ?」
「だよねー・・・・・・。それにヴァンちゃんは今まで魔力放出使ってきたんでしょー? そこまでの攻撃力は見えなかったけどー」
今まで傍観者であったフランとウラカーンが口を出してきた。他の三人も同じ疑問を持っている。
「はい、そこで、先ほど私がアリスに言った、魔力の使い方が間違っている、という言葉が関係してきます」
セレーネが一息つき、皆が声を出す前にヘリオスが続いた。
「簡単に言うと、アリス、君は魔力を放出してる向きが逆なんだ」
「へ?」
ヘリオスから出てきたのは、聞く分には間抜けな感が否めない言葉。
「つまり・・・・・・今のように拳打を繰り出すとき、拳からじゃなくて、肘、肩、背中、どこでもいいから逆方向に魔力を放出し、推進力として使うのが、魔族としての使い方だ」
話し終わるのを見計らって、ラルウァが声を上げた。
「待て、あの衝撃は受けたから分かるが・・・・・・推進力として使った場合、腕や関節がもたんぞ?」
予想通りの問いだというように、セレーネがそれに答える。
「はい、ゆえに私たち魔族は、魔力の爆発的な推進力から肉体を守るのに魔装魔術を使うのです」
なるほど、とヴァンは思う。先ほどヘリオスが使った『防護服』という単語の意味が分かった。
「となると、俺が魔力を魔族として正しく使えれば、筋力に関係なく強烈な打撃を放てるんだな?」
妹の言葉に、セレーネとヘリオスがうなずく。肯定を確認した後、言葉を続けた。
「少し試してみたい。魔族の魔装はどういう感じにするんだ?」
「そうですね・・・・・・形象としては、自分を包む何かという感じで。何かはなんでもいいです。服でも、鎧でも、薄い布でもいいですよ。・・・・・・でも・・・・・・」
心配そうな表情になるセレーネに、同じく不安げな顔をしたヘリオスが言う。
「気をつけてくれ。それがしっかり出来てなければ、本当に危険だ」
無言で首肯し、体に魔力をめぐらせる。そして、右腕をみつめ、形象。鎧を形象しては重そうな感じがするので、服を思い浮かべた。
ヴァンの右腕が魔力の揺らめきに包まれていく。それを見守るアリアたち。
「ふぅー・・・・・・」
一つ息をはき、構える。次に形象するのは、肘からの魔力放出。
誰かの喉がなった。瞬間、ヴァンの右半身、背中、肩、肘の部分から魔力が一気に放たれ、右腕が思い切り突き出される。
「っ!?」
この衝撃にヴァンの目が見開かれた。予想以上の推進力だ。すぐ近くでセレーネとヘリオスが叫ぶ。
「アリス!」
「魔力を止めろ!」
え? と返事を返す前に、ごきん。鈍い音が響いた。しかも、同時に三つ。
「あっ! がっ、うぁっ」
体から放出されていた魔力が消え去り、ヴァンが右腕をおさえてその場にへたり込んだ。驚く時間さえ惜しいというように、即座に全員がヴァンに駆け寄る。
ラルウァがヴァンの右腕を優しく掴む。すぐにヴァンが苦しむ原因が分かった。あまりの勢いに、魔装が意味を成さずヴァンの右肩、右肘、右手首が全て外れてしまったのだ。その衝撃にもかかわらず、腕が千切れなかったのは不幸中の幸いか。
「はっ、はっ、かっはっ」
ヴァンが口を大きく開き酸素を求める。開かれた口は閉ざすことが出来ず、涎が垂れた。
「大丈夫か、ヴァン。今はめる。誰か、布をかませてやってくれ」
ラルウァが短く言い、アリアがヴァンの口にハンカチを挟ませると、ヴァンの左手を握る。
「・・・・・・いくぞ」
師匠の合図に、弟子は目を固く瞑り、口に咥えさせられたハンカチを思い切り噛んだ。
ごきん、とまた鈍い音が響く。
「・・・・・・っ! ・・・・・・っ!」
ヴァンの体が小刻みに震え、握り締めるアリアの手に力が入った。が、ラルウァは素早く終わらせようと右肘と右手首を連続ではめる。それに呼応するようにヴァンの体は大きく跳ね、アリアの手が血の気を失っていく。
骨が外れては、治癒術で治すことは出来ない。痛みに耐えるヴァンに、アリアだけじゃなく、セレーネたちも悲痛な面持ちだ。
「あっ、はぁっ! はぁっ!」
口から歯型のついたハンカチを地面に落とし、アリアに体を預ける。アリアは背中をさすりながらヴァンが落ち着くまで抱きしめた。
読んで頂きありがとうございます。
さて、今回ヴァンが何故ああも弱いのか、ということでパワーアップの布石を起きました。あとは努力次第というわけですね。え?誰の努力かって?もちろん作者のです。
今回、とっても痛い思いをしたヴァンでした、ちゃんちゃん。