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第七十二話

「ん・・・・・・」

 温かな感触に包まれながらヴァンは意識を覚醒させた。目を開けずに包んでくれている何かへもぞもぞと入り込む。

「起きたか?」

 頭上から声がかけられた。低くて優しい、静かな声だ。ぱちっと開く視界に入ってきたのは、限界まで引き絞られた筋肉がたくましい胸板。

「・・・・・・」

 ゆっくり顔をあげ、声の主を見る。そこにあったのは、左腕をまげて手のひらを枕にし、ヴァンを見下ろすラルウァの微笑んだ顔。少し固まったヴァンは、今自分が師匠であるラルウァの腕に抱かれて眠っていたことに気づき、慌てだした。

「し、ししょうっ わっ!?」

 慌てすぎたヴァンはベッドからずり落ち、床に頭を強かにぶつける。

「・・・・・・何をしてるんだ、お前は」

 体を起こして、床で後頭部を押さえ悶絶する弟子を見下ろす師匠。

「はっ!?」

 ヴァンは唐突に我に返るとすばやく立ち上がって自分の体を見下ろし、両手でペタペタと触る。

 服は昨夜と同じ革服のワンピースもどき。特に何も変わってない自分にほっと安堵すると、師匠に視線を向けた。ラルウァは不思議そうな表情でヴァンを見ている。

「どうした?」

「いえ・・・・・・別に・・・・・・なんで師匠、上脱いでるんですか? なんで俺、師匠と寝てるんですか?」

「お前が昨日泣きつかれて眠ったからだ。・・・・・・ふっ、成長したかと思えば、まだまだ子供だな」

 ちなみに私は寝る時いつもこのスタイルだ。と付け加えた。

 師匠の言葉にヴァンは思い出す。そういえば昨日師匠の胸を貸してもらって大泣きしたあとの記憶が無い。

「その・・・・・・昨日は・・・・・・」

「・・・・・・ヴァン、私はお前のなんだ?」

「え?」

 ラルウァはベッドから降り立つと、ヴァンの頭に手を乗せた。

「俺の・・・・・・師匠です」

「それだけか?」

 聞かれ、師匠の顔を見上げる。少し躊躇した後、しっかりと言った。

「・・・・・・父さんだとも、思ってます」

 弟子の答えにラルウァは嬉しそうに頷く。

「私もお前のことは息子・・・・・・今は娘か。実の子のように思っている。・・・・・・私に対して遠慮をされると、少し悲しいな」

 師匠であり父であるラルウァの言いたいことが分かり、ヴァンは一度目を伏せ、顔を上げた。その表情は微笑んでいる。

「ありがとう・・・・・・お父さん」

 自然と出てきたのは、初めて言った言葉。ラルウァが破顔し、ヴァンの頭を強めに撫でた。

「それにしても、ヴァン。お前は本当に女になってしまったようだな」

 頭から手をどかしてベッドから離れるラルウァ。師匠の言っていることがよく分からず、ヴァンは首をかしげた。

「どういう意味ですか?」

「先ほど、私と共に寝たことが分かった時、自分の体に変化が無いか調べただろう?」

 言われて気づく。確かに、自分の服装がそのままだったとこに安堵もしていた。

「あ、あれは・・・・・・師匠が上脱いでるから・・・・・・」

「ふっ、私には男としての信用が無いのか。・・・・・・まぁ、女としての自覚があるのは、父としても、娘のガードが高くて喜ぶべきところではあるか」

「ち、ちがっ、そんなんじゃっ、あれはっ、その・・・・・・寝ぼけてただけで!」

 しどろもどろになりながら身振り手振りで弁解するヴァンを微笑のまま眺める。

「だから、師匠のことを信じてないわけじゃなくて・・・・・・。・・・・・・?」

 ヴァンが言葉を並べていると、部屋の外からヴァンの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。アリアとセレーネたちがヴァンを探しているようだ。

 何故探してるのだろうと首をかしげるヴァンだったが、すぐに思い出す。昨夜は皆が寝静まっている時に黙ってここにきたのだ。アリアたちからすれば目覚めたときヴァンが忽然と消えていたと思うだろう。

 だが、それだけで皆で名前を叫んで探すのはちょっとやめて欲しいとも思うヴァンである。

「ふっ、愛されてるな、弟子よ」

「・・・・・・はは」

 ラルウァが扉を見て笑い、ヴァンも曖昧な笑みを浮かべた。

「行ってやれ」

「はい」

 扉へ向かうヴァン。ラルウァはその後ろで着替え始める。

「・・・・・・あれ?」

 ヴァンは、扉のノブをまわそうとし、鍵がかかっているのに気づいた。昨日は鍵をかけてなかったはず。

「あの、師匠」

「ん? なんだ?」

 振り返るとラルウァが白い肌着をつけているところだった。顔をこちらに向けて微笑んでいる。なにやら有無を言わさぬような圧力を感じた。

「えっと・・・・・・」

「どうした?」

 聞こうとしても、すぐさまラルウァが聞き返してくる。

「・・・・・・いえ、なんでもないです」

「そうか」

 鍵を外し扉を開くヴァンに、ラルウァは微笑みを深くして出て行くヴァンを見送った。


 部屋から出ると、すぐにアリアたちに見つかる。

「ヴァン!」

「アリスっ」

 アリアとセレーネ、ヘリオスが慌しくヴァンに駆け寄ってきた。フランとウラカーンは付き合わされていた様で、離れたところで溜息をついている。

「もう、心配したわよ。朝起きたら急に居なくなってるんだから」

「全くです! 何かあったのかと思ったんですから!」

 厳しい表情をしてヴァンを叱る二人。ヴァンは苦笑し、謝った。

「悪い。ちょっと師匠と話しててな。・・・・・・というか、そんなに心配しなくても」

「アリス、君は狙われてるのだから、それをもうちょっと自覚してくれ」

 そう言って苦い顔をするヘリオスは、所々尖っている真っ白な髪を手で押さえつけている。額には汗が浮かんでいた。

 良く見ればアリアとセレーネも少し汗ばんでいて肌が上気している。

 自分が狙われていることを思い出すと同時に、改めて、大事にされてるのだと痛感した。

「・・・・・・ごめん」

 しょんぼり俯き呟く。そんな妹にヘリオスはオロオロしながらも前言撤回する。

「あ、いや、無事であるならいいんだ。うん、今度から黙ってどこかにいかないでくれたら、それでいいから」

「うん・・・・・・心配してくれてありがとう」

 ヴァンが顔を上げて三人に微笑んだ。ヴァンを愛で隊である三人の胸中に花が咲き乱れたのは言うまでもない。

 そんな四人を少し離れたところで見ていたウラカーンが真剣な顔でうなる。

「なんじゃ、難しい顔しおって。これっぽっちも似合っとらんぞ?」

「・・・・・・」

 ウラカーンは隣から冷やかしてくるフランに、ゆっくりとジト目の視線を向けた。

「・・・・・・分かった分かった、わしが悪かった。して、何をそんなにしかめっ面をしておるんじゃ?」

「いやねー、なーんかヴァンちゃん、段々子供っぽくなってくなーって思ってさー」

 その言葉にフランが、ふむ、と腕を組む。確かに、最近のヴァンはどこと無く子供っぽさが表面に出ている。見た目は十二歳ほどの美しい少女であるのだから、はたから見ればなんら違和感はないのだろうが、ヴァンという人格を知り、今に至るまでの経緯を聞いたウラカーンにとっては少し気になるところのようだ。

「まぁ、精神は肉体の影響を受けるというしのぅ。あれがヴァンの本来の姿ではないかの?」

「そっかー。オレっちとしては年上の女の人が良いからなー、ヴァンちゃんのは見た目とのギャップが良かったんだけど・・・・・・でも、見て愛でるだけなら十分かわいいよねー」

 ヘラヘラと笑うウラカーンに、フランが鼻を鳴らす。

「わしは年下もおっけぇじゃからな。余すところ無く楽しめるわい。・・・・・・それにしても、おぬし、年上好きじゃったんじゃな?」

「そうだよー、フーちんもばっちり守備範囲だから」

 片目をつぶって親指を立ててくるウラカーン。フランが間髪いれずに赤髪の頭を叩く。

「たわけ」

 言いながら歩き出すフランの耳は少し赤くなっている。だが、頭を叩かれて前のめりになっているウラカーンはそれに気づくことは無かった。



 ヴァンたちは今食堂でテーブルを囲み、朝食を取っている。ヴァンは革服のワンピースもどきから普段の黒いフリルドレスに着替えていた。

「あ、師匠っ」

 料理を食べていたヴァンが、食堂に入ってきたラルウァに気づき呼びながら手を振る。ヴァンたちは六人で大きなテーブルを囲んでいたので、ラルウァが入る余地も十分にあった。

 ラルウァは他の五人と挨拶を交わしながら席に着き、店員に注文をする。内容はヴァンたちが食べているのと同じ、スープとパン二つだ。

 ヴァンたちがいつものように一番安いものを食べているのは、節約のつもりではない。ただこの食堂で朝食で注文できるのがどれも似たり寄ったりだからだ。

 すぐに料理が運ばれてきて、ラルウァも食事を始めた。

「ヴァン、好き嫌いはなくなったか?」

「・・・・・・師匠、俺はもう子供じゃないです」

「そうかなー? かなり子供っぽいとおもうけどー」

「そうよね、少なくとも大人じゃないわよね」

「まぁそれがいいところでもあるんじゃないのかえ?」

「あぁ。昔のアリスもこんな感じだった」

「ヘリオス、昔のアリスは本当に子供でしたよ」

「・・・・・・俺って、そんなに子供っぽいのか・・・・・・?」

 がくっとうな垂れるヴァンにラルウァが意地の悪い笑みを浮かべる。

「ふっ、大人なら、昨夜あんな」

「わーわー! し、ししょう!!」

 いきなり昨夜の出来事を話そうとする師匠に、弟子が大声で遮った。

「ど、どうしたの、ヴァン」

「な、ななんでもないっ」

「・・・・・・なに取り乱しておるんじゃ?」

「と、取り乱してないぞ、うん、ない。・・・・・・師匠っ」

 あははと愛想笑いを浮かべた後に、小声でラルウァをいさめ、頬を少し赤く染めて睨む。

 予想以上の反応にラルウァが楽しげに笑った。二人に何かあったと直感したアリアが、ラルウァに尋ねる。ヴァンに聞いてもどうせ無駄であろうからだ。

「師匠さん、何かあったんですか?」

「ん? そうだな・・・・・・」

 アリアもラルウァに対しては敬語だ。理由は『ヴァンの師匠』だというのが大半を占めている。

 聞かれたラルウァはヴァンを見る。ヴァンは真っ白な髪を左右に振り回してぶんぶん首を振っていた。

「聞かれたくないらしい」

「わしも気になるな・・・・・・そういわず教えてくりゃれ?」

「私も気になります! 姉として知る権利があると思います!」

「なら、兄である僕もだ!」

「それじゃーヘリオスの友であるオレっちにも権利がー」

「無いだろ!? ていうか、権利ってなんだ!? その前に聞こうとするなーっ!」

 がーっと吼えるヴァンに皆が声を出して笑う。ラルウァも久方ぶりのにぎやかな食事に頬を緩ませた。


読んで頂きありがとうございます。

進みが遅いですね・・・シッショさんが止まらない!


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