第七十一話
前書き、そろそろ何を書いていいのか分かりません、まる
「ふっ、なかなか良い拳打だが、それだけでは勝てん。自分の身は自分で守らねばならん。さぁ、来い」
とりあえず村に戻ってきた六人と一匹の視界に入ってきたのは、村の子供たちに手のひらを叩かせているラルウァの姿だった。その表情は深い微笑みにつつまれている。
「師匠っ!」
ヴァンがラルウァを呼び、右手を振る。右手には先ほどの秘宝がつけられていた。呼ばれた師匠はヴァンたちに顔を向ける。
「戻ってきたか。どうやら怪我も無いようだな」
「あ、女神様おかえりなさいーっ」
ラルウァの手を叩いていたトーニャがヴァンたちに気づき手を振って、そして、他の子供たちも声を揃えて叫んだ。
「女神様ー!」
「・・・・・・え?」
いつの間にか子供たち全員に女神様が浸透している。トーニャが走り出し、子供たちもそれにつられて駆け出す。嫌な予感が頭をよぎり冷や汗をかくヴァン。アリアたちも何かを悟ったらしく、ヴァンからすすっと離れた。
子供たちの走るスピードは全く落ちない。
「ま、まて、お前ら、さすがに全員はっ!」
「めがみ、さまーっ!」
「ひにゃあああっ!」
ヴァンの制止を無視しトーニャたちがヴァンに飛びつく。トーニャ一人ならまだしも、その後に続いてきた四人の男の子女の子を抱きとめるのは無理だった。
計五人の子供に抱きつかれたヴァンはあっさり地面に押し倒される。正直油断もあった。なぜなら最近はあまりアリアたちに襲われてなかったからである。昨夜のお風呂も結局普通に仲良く入っただけで、ヴァンが怒るようなこともなかった。つまり、子供たちがこんなことをするだなんて、全く思ってなかったのである。
「女神様、心配したよぉっ」
最初に抱きついてきたトーニャがヴァンの胸にぐりぐりと頭をこすりつけた。
「あっ、ト、トーニャ、くすぐっ、ひゃんっ」
「女神様のお肌すべすべー」
二人の女の子が外気に晒されたままのヴァンの細く白い足を撫でる。帰りも森の道だったため、普段のドレスに着替えず、あの短いズボンと革服のままだ。
「ま、まって、そこはだ、ふわっ」
「やわらかーい、ぷにぷにだー」
太ももあたりを撫で続ける二人の女の子を止めようとヴァンが手を伸ばすが、今度は腹部に抱きつく男の子二人がヴァンのわき腹をもんだり突いたりしてきた。
「あっ、まっ、やめ、んんっ、も、だめだ、って、あぁっ」
「・・・・・・ごくり・・・・・・」
幼い子供たちに蹂躙されていくヴァンを眺め、アリアが生唾を飲み込んだとか飲み込まなかったとか。
「ふっ、人気者だな、ヴァン」
その光景を微笑ましそうに見つめるのはラルウァ。
結局ミリナが慌てて駆けつけてくれるまで、子供たちに弄ばれるヴァンであった。
「はぁ・・・・・・ひどい目にあった・・・・・・」
借りた宿屋の一室で黒いフリルドレス姿に戻ったヴァンがうつむく。セレーネたちも普段の格好に着替えてあり、変わらないのはフランと男二人、ラルウァだけだ。
「・・・・・・」
溜息をつくヴァンをアリアが人差し指を少しだけ唇でくわえて物欲しそうな顔で見つめる。
「・・・・・・なんだ?」
「いいえ、なんでもないわ」
アリアは本当なら今すぐにでもヴァンを引っ張りお風呂にでもベッドにでも連れ込んで、あれやこれやをしたいという衝動に駆られていたのだが、ラルウァをまじえて少し真面目な話をする空気になってきたので、とりあえず見つめるだけで気持ちをおさえているのだ。
最近ヴァンに触れてなかった禁断症状が出始めてるあたり、末期である。
「・・・・・・ヴァン、それが見つけてきた秘宝か?」
「あ、はい、師匠」
ラルウァに聞かれ、ヴァンが右手を持ち上げて手首にはまっている腕輪を見せた。金の腕輪はヴァンにはかなり大きく、無理をすればヴァンの両手首が入りそうだ。装飾は簡素で、曲がりくねった文字のようなものが彫られている。上の部分に宝石が一つはめ込まれていて、フランの弓のように光ってはいない。
あのローブの少女が消えた後、どうすれば秘宝を吸収できるかと六人と一匹で悩んだのだが、結局答えが出ず、こうして村に戻ってきたのである。
ふむ、と金の腕輪を珍しげに見るラルウァ。
「秘宝といえば、魔道具のような使い方をするらしいが・・・・・・これもそういった使い方ができるのか?」
「はい、これは・・・・・・・・・・・・えーと、セレーネ、なんだっけ?」
先ほど帰路で教えてもらったのだが、すっかり忘れている妹に姉が苦笑した。
「それは『アミュンテーコンの腕輪』といって、宝石部分を中心に防御壁を展開させることが出来る秘宝ですよ」
「・・・・・・というわけですよ、師匠」
「ほぅ、なるほど。つまり即座に障壁が出せるというわけか。・・・・・・それで、誰と戦ったんだ?」
ラルウァの言葉にヴァンたちは目を見開く。ローブの少女のことを話してもいないのに、ラルウァは弟子とその仲間たちが誰かと戦ってきたことに気づいていた。
「よく気づいたのぅ」
「戦いの臭いがついてたからな」
「・・・・・・くんくん・・・・・・」
「・・・・・・アリア、くさいとかそういうんじゃないからな?」
自分の体を嗅ぎ始めたアリアにヴァンは一応ツッコミを入れておく。
「・・・・・・あいつは一体何者なんだろうか」
師匠に敵のことを話したヴァンがつぶやく。
「パパ、ってやっぱりテリオスのことなのかしら?」
「そうだと思いますけど・・・・・・テリオスは独身で子もいないはずですし、それに、あの少女からはなんというか・・・・・・妙な気配がしました」
「転移魔術を使ったから、魔族である可能性はあるんだが・・・・・・」
ヴァンはセレーネの言葉に眉を少し動かして反応し、アリアがヘリオスの言った単語に食いついた。
「その転移魔術ってなんなの?」
尋ねられたヘリオスが口を開く。
「あぁ、魔族が良く使う魔術の一つでな。魔力を通わせた者同士を出発点と到着点にし、空間を越えて行き来するというものだ」
なるほど、と納得するアリア。ヴァンとフラン、ウラカーンはクエスチョンマークを頭一杯に浮かべている。
「えー・・・・・・つまり、どういうことー?」
魔術に詳しくないウラカーンが手を上げて発言した。それにアリアが答える。
「例えば、私とヴァンが魔力を通わせた者同士だとして、その魔術を使った場合、私はヴァンのいるところ、ヴァンは私のいるところ、それぞれ転移できるってことよ」
「・・・・・・つまり糸電話じゃな?」
「・・・・・・もうちょっとマシな物と例えて欲しいけど、そういうことよ」
アゴに手を当てていたヴァンが顔を上げた。
「あいつは・・・・・・何故秘宝を手に入れようとしてたんだろうか?」
ヴァンの疑問にウラカーンがつけたす。
「パパに褒めてもらうためって言ってたねー」
「あのライカニクスって魔獣にも探させてるようなことを言ってたわね」
二人が言うあの少女の言葉に、セレーネが首をかしげた。
「ということは、テリオスが秘宝を求めている・・・・・・ということでしょうか?」
「しかし、奴が秘宝を集める意図がわからない」
「・・・・・・考えられるとすれば、単純に戦力強化か・・・・・・俺のように吸収できるか、だが」
妹の懸念の声をヘリオスが否定する。
「それは無いと思うよ。前にも言ったが、秘宝を吸収できる魔族というのは極稀なんだ。テリオスが生まれたのは千八百年ほど前で、そのときには既に一人秘宝を吸収できる人が生まれていると史書に書かれていた」
「数千年に一度生まれると言われている『秘宝喰い』・・・・・・これは私たちが勝手に呼んでいるだけですが、その『秘宝喰い』が同じ時代に二人も生まれるなんて、あり得ません。星の数を数えきったといわれるほうがまだ現実的です。それくらい珍しいんですよ、アリスの能力は」
生粋の魔族がそういうのだから、可能性としても除外して良いのだろうが、それでもヴァンは心臓に何かが絡みつくような感覚をぬぐえない。結果としてその予感が正しかったのだが、それをヴァンは知る由も無い。
フランが椅子に体を預け、大きく溜息をついた。
「ふむぅ。ならば、あの娘を逃がしたのは少々痛かったかもしれんのぅ。秘宝も、ヴァンが吸収した『フォカーテの香水』を解除するようなものでもなかったようじゃし」
その言葉に、セレーネたちも肩を落とす。秘宝を見つけたが目当ての物でもなく、一人敵の存在が分かったが、謎を増やすだけで成果と呼べるものは何も無い。
誰も話すでもなく刻だけが過ぎ、日が暮れる。そこでラルウァが口を開いた。
「・・・・・・考えて何も出ないときは、とりあえず腹を満たすに限る。夕食にするとしよう」
思えばラルウァはここにいることもなかったのだが、弟子であるヴァンのことが気になっていたのだろう。口出し等はせず、ただ椅子に座っていた。
「そうですね・・・・・・」
ヴァンたちはラルウァの提案にのり、夕食をとるために食堂へ向かった。
静かな夕食の間に決まったのは、今後も秘宝を探すということ。ひとまずヴァンの『フォカーテの香水』を解除するのを優先しようということになったのである。
しばらくの方針を固めたのは二時間ほど前。今ヴァンは暗い部屋の中、ベッドに横たわり天井を見ていた。下着姿ではなく、フランから借りた革服の上着をつけている。フランが普段つけている物と同じもので予備の服らしい。大きさはヴァンに全然合わず、革製のワンピースのようだ。
「・・・・・・」
今夜はヴァンが怒ったので、アリアたちはそれぞれ自分のベッドで寝ている。
「・・・・・・ふぅ・・・・・・」
息を吐き、体を起こす。部屋を見渡すと暗いながらも三人が寝息をたてているのが分かった。
ヴァンが思い返すのは、今日の戦闘のこと。自分は、本当に役に立たなかった。
ヘリオスとウラカーンは上手く隠しながらやっていたつもりだろうが、ヴァンには分かっている。あの二人がヴァンを護りながら戦っていたことに。
もちろん、それには語弊がある。二人はあくまで、ヴァンが木偶のバランスを崩し、そこが狙い目であったからトドメをさしていったのだ。だが、いつでも助けられるよう、すぐ側に居たというのもまた事実。
ただ護られるだけということに暗い表情を落とすと、ベッドからゆっくり降り、のろのろと部屋を出て行く。
「・・・・・・」
ラルウァは部屋で本を読んでいた。小さな丸眼鏡をかけ、椅子に座り文字がびっしり並ぶ書物に視線を落としている。
そこで扉から控えめな音が響く。
「・・・・・・開いているぞ」
こんな遅くに誰だと思ったが、心当たりは一人しかいない。入室を許可すると部屋の扉が少しずつ開いていき、真っ白な長い髪をして大きな革服をワンピースのように身につけた妖精と見間違う少女が入ってきた。
「・・・・・・師匠・・・・・・」
ラルウァの予想通り、訪問者は弟子であるヴァンだ。本を閉じてヴァンに視線を向ける。
「どうした、眠れないのか?」
「いえ・・・・・・その・・・・・・」
何かを相談しようとしているのは分かった。この可愛い弟子は昔からそうだ。どう話したら良いか分からず、離れたところでもじもじするばかり。
変わってないな、と少し微笑む。ラルウァが椅子から立ち上がり、今度はベッドに腰掛ける。
「ヴァン」
弟子の名を呼び、手招きした後、自分の太ももを小さく叩いた。
それの意味を知っているヴァンは、赤い顔でうつむきながらもテクテクと歩き、ラルウァの膝にちょこんと座る。甘い匂いがラルウァの鼻腔をくすぐった。
「・・・・・・何か、あったのか?」
問いながら、ヴァンの頭を撫でる。ヴァンは二、三度深く息を吸っては吐き、口を開いた。
「・・・・・・師匠・・・・・・俺、弱いんでしょうか」
「そんなことはない。私の弟子だからな」
「でもっ、でも・・・・・・いつも護られてばっかりで・・・・・・今日の戦いのときだって、役立たずで、今日だけじゃないんです。前も、その前も、いつもいつも・・・・・・皆を護りたいって思ってるのに・・・・・・全然、駄目で・・・・・・ぐすっ」
声が震えていき、最後には鼻もすすっている。ヴァンは革服の袖でぐいぐいと顔をこすった。
「なん、で泣いて、るんだ・・・・・・俺。ごめんなさい、師匠・・・・・・女になってから、ぐすっ、涙が良く出るようになっ、ひっく」
ヴァンの頭を撫で続けるラルウァには、その気持ちが痛いほど分かる。護りたいのに、自分の力が足りない悔しさ。それは護りたい者が大切であればあるほど、心に突き刺さる。護れなかった時は、本当に心が壊れそうになるほど。
「・・・・・・ヴァン・・・・・・我慢するな。お前は溜め込むからな、たまに発散しろ」
撫でるだけだった手でヴァンの頭を自分の胸に引き寄せた。アリアたちとは違う、久しぶりに再会した温かさに、ヴァンの瞳から涙が溢れる。
「う、くっ・・・・・・ああぁぁぁっ」
ラルウァは、声を上げて泣くヴァンの背中を、静かに撫で続けた。
読んで頂きありがとうございます、まる
ヴァン、子供にすら襲われる。
ヴァン、そんなに悲しかったんですね。でも、勝手にそういうシーンに行かないでくれませんか?たまには私の言うことを・・・!
シッショさん、ちょっとかっこよすぎですよ、あなたホントに私が書いた人ですか?