第七十話
遺跡の天井は所々穴が開いており、そこから太陽の光が漏れ出していて明るかった。フランと出会った地下遺跡のように、魔術の炎は必要がない。
「思ったより荒れてないな」
遺跡の廊下を歩きながらヴァンが呟く。その言葉どおり、瓦礫や木々の蔓が散乱しているものの、遺跡の状態は綺麗だった。おそらく、人がここを訪れたことが無いからだろう。
「それはそうデース。ミー以外誰もここにきまセーンから」
初めて訪れた遺跡を興味深げに見渡すフランが続く。
「まぁ、人が来てないなら当然じゃのぅ。人里に近い遺跡はわしらのような者たちに荒らされるでな」
「こういう遺跡も魔族が作ったの?」
ヴァンたちより少し後ろを歩くアリアがセレーネとヘリオスに聞いた。
「多分、そうだとおもいます。もう何千年も昔になりますが、地表で自分の国を作ろうとした魔族は大勢居ますし、それの名残りかと」
「へー、それは初耳だねー、こっちでは魔族のこと、おとぎ話くらいにしか聞いたこと無いけどー」
「見た目は人と変わらないからな。髪の色や瞳だけで魔族だと気づくはずがない。魔族がそうなのだと知らなかっただろうからな」
「なら、実は魔族の子孫だったって人もいるかもしれないわね」
あははと笑うアリアだが、魔族である二人は少し考えたそぶりをしてそれを肯定した。
「あり得ない話じゃないな」
「確かに・・・・・・そうですね」
真剣な表情になるセレーネとヘリオスに、アリアはまた笑うと手を振る。
「ちょっと、真面目に考えないで。冗談よ、じょーだん」
取り留めの無い話をしつつ歩いていると、突然ヴァンが立ち止まり地面を見下ろした。
「・・・・・・ん?」
急に立ち止まったヴァンにぶつかりそうになったアリアも急停止する。
「わっ、と・・・・・・どうしたの、ヴァン?」
アリアの言葉に全員の視線がヴァンに向けられた。ヴァンは何も言わずしゃがみこみ地面を撫でた後、リーちゃんを見上げる。
「・・・・・・リーちゃん、本当にここには誰も来ないのか?」
「イエース、もっとーも、ミーが村で過ごすよーうになってかーらは、分かりまセーンが」
「アリス、一体どうしたんだ?」
今度はヘリオスに聞かれ、ヴァンは地面を指差した。皆がそこを覗き込むのを確認すると、口を開く。
「この蔓、誰かに踏まれている」
「あら、本当ですね。へこんじゃってます」
セレーネの声に、アリアたちも気づいた。そのままヴァンは話を続ける。
「踏まれた部分の幅からみて、多分身長は俺と同じくらいかアリアくらいの間。完全に潰れてないから、体重も軽いだろう。考えにくいが、子供か、女か・・・・・・どちらにしろ」
ヴァンはそこで顔を上げて廊下の先を見据えた。
「この先を進んでいる。・・・・・・俺たち以外の誰かが秘宝を狙ってるのかもしれないな」
言い終わり立ち上がる。そこで、はーと口をあけているアリアたちに気づいた。
「ん? どうした?」
「どうしたもこうしたも・・・・・・相変わらずすごい観察眼ね」
「全くじゃ。よく気づくのぅ」
「すごいですっ、アリス!」
「・・・・・・どうだ、ウラカーン。僕の妹だぞ、この子」
「はいはい・・・・・・。にしても、ほんとにすごいねー」
全員から手放しで褒められてヴァンは顔が自らの瞳よりも赤くなっていく。
「こ、これくらい普通だ、普通。さぁ、そんなことより、先に進むぞ!」
真っ白で長い髪を振り乱して大またで歩くヴァン。それをリーちゃんが、オー道分からないデショーウとついていく。
「ふふ、照れちゃってー」
ねー、とセレーネ、フランと顔をあわせるアリアに、微笑みを浮かべるヘリオス、そしていつもと変わらぬヘラヘラ顔を少し深くさせたウラカーンは、それぞれ温かい眼差しでヴァンの背中を眺めていた。
いつまでもついてこない五人にヴァンが、がーっと怒鳴る。
「おいっ、なにしてるんだっ」
「はいはい、今行くわよー」
幼い子供をあやすように言い、アリアたちも歩き出した。
結果としてヴァンの予想は的中した。秘宝のある場所だと案内された大広間、その中心奥に、フォカーテの香水と同じく台座の上に置かれた腕輪のような秘宝がある。
そのすぐ側にも、ヴァンより少し高いくらいの身長の、ローブを深く被った人物が立っていた。
灰色のローブの人物は六人と一匹に顔を向けると、完全に袖に隠れている手を振る。
「やっほー。意外とはやかったねっ」
その高めで媚びるような声に、ヴァンの背中に悪寒が走った。この感覚には覚えがあり、少女だと思われるローブの人物の声も、聞いたことがある。そう、関所で消えた、ローブの少女と同じ。
ヴァン以外の皆も少し目を見開く。少女の声はどこかで聞いた覚えがあるからだ。
「・・・・・・お前、関所にいたな? さっきも俺たちのことを見ていただろう?」
灰ローブの少女は首をかしげる。ローブはまったくずれず、やはり顔を見ることはできない。
「ええー? たしかにさっき着替えのぞいてたけどぉ、関所になんかいってないよぉ?」
「あんたが覗いてたの?」
「うん、そうだよぉ。一番きょにゅーのおねーさん」
「なっ!?」
きゃはっと笑う少女に、アリアは両手で自分の豊満な胸を隠して顔を赤くした。どうやらそういうことの直球は苦手のようだ。
「こほんっ・・・・・・。で、お前の目的は?」
ヴァンも少し顔を赤らめつつ一つ咳をし、目を鋭くさせる。
「そんなの、きまってるでしょ? おねーちゃんたちと同じだよ。・・・・・・こ、れ」
少女は腕輪のような秘宝を掴み、指にかけてくるくる回した。
「・・・・・・」
ヴァンたちは秘宝と少女を睨むと、少しずつ戦闘体勢に入っていく。目の前にいる少女は、おそらくただの人ではないだろう。魔獣が大量にいる森を通り、この遺跡にヴァンたちより速くたどり着いているのだ。油断はできない。
「むぅ、そんな睨まないでよね。アペレース、おねーちゃんたちと戦うつもりないもん」
アペレースとはこの少女の名前だろうか。
「それでー? その秘宝、何に使うわけー?」
鉤爪を揺らしつつウラカーンが聞く。少女はローブ越しに秘宝を頬ずりし、うっとりした声で答えた。
「もちろん、これ持ってかえってぇ、パパに褒めてもらうんだぁ。ライカニクスのおじさんより先に持ってったら、きっと一番褒めてくれる。おねーちゃんたちもそうおもうでしょ?」
ヴァンとアリアの表情が驚きにぬられる。フランとウラカーンも顔をゆがめた。
少女の言った名前の者を知っていたからだ。『ライカニクス』。魔獣の王と名乗り、闘技場でヴァンたちを襲った、ヴァンを狙うテリオスという人物の仲間。
「・・・・・・お前、テリオスの手下か」
ヴァンが搾り出すように吐く。妹の口から出る宿敵の名に、姉と兄が一瞬驚愕するが、すぐさま敵意の表情で少女を睨む。
少女も少し驚いた様子をみせ声をあげた。
「えぇー、なんで分かったのぉ? うー、困る、困るよぉ、パパのことがバレちゃったって分かったら、怒られちゃう。秘密だって言われたのにぃ。・・・・・・あ、そっか」
頭を抱えた少女はしばらくうなったあと、良い方法を思いついたとばかりにヴァンたちを見る。
「バレちゃったんなら、殺しちゃえばいいんだ。おねーちゃんだけ連れて帰れば、もっと褒めてもらえるかも! うんっ、そうしよっとっ」
少女の体から殺意があふれ出た。それに反応し、全員が戦闘体勢に入る。瞬間、脆くなった天井を突き破り、柔らかくなった石の床から複数の影が広間に飛び込んできた。
ガシャガシャと音を立てながら着地する影たちが太陽の光でその姿を浮かび上がらせる。
「・・・・・・人形?」
それらは雑な木偶人形だった。人の形を模した木で作られた体。間接は丸い球で出来ており、それらに長い棒をくっつけてある。顔には何も描かれてなく、ただ楕円の木が乗っかっているだけだ。数はかなり多く、二十はいるかもしれない。人形たちは体を不自然にくねらせ、骨を鳴らすような音を出した。
「かわいいでしょ? パパからもらったの」
クスクスと笑うアペレースに、ヘリオスが鼻を鳴らす。
「ふん、趣味が悪いな」
「ひどぉい。そんなこと言う人は、死んじゃって?」
少女の言葉を合図に、木偶たちは一斉にヴァンたちへ躍りかかった。
「ははーっ、いいねーいいねー!」
ウラカーンが跳ね、空中にいる木偶たちを蹴り飛ばしていく。
「全く、おぬしは本当に戦闘狂じゃのぉっ!」
言いながらも唇をゆがめたフランは構えたリャルトーの弓に魔力を込め、魔矢を射る。
「この程度の人形どもで僕たちを倒せると思ってるのか?」
片手に自分よりも大きな大剣を出現させ、地を駆けるヘリオス。その隣を四肢に炎を宿したヴァンが疾走した。
「ヘリオス、まずあの秘宝から奪おう」
「分かった、アリス」
短く言うヴァンに、ヘリオスも短く返すと周囲の木偶たちを薙ぎ、蹴り、殴っていく。
「アリアさん、援護に回りますよ」
「えぇ、分かってるわ」
「・・・・・・じゃぁ、ミーはアリアさんたちを守りマース」
魔矢を射るフランの右側でアリアとセレーネが魔力を解放し、片手を突き出した。二人の手のひらから炎の尖矢と魔の尖矢が放たれ、木偶たちを貫いていく。三人の後ろでは小さくなってしまったリーちゃんがうねうねとうごめくだけ。
「わぁわぁ、すごいすごーいっ。でも、まだまだいるよぉ」
腕輪を胸の前で持ち、アペレースがきゃっきゃと跳ねる。少女が言い終わると同時に、また天井から十数体の木偶たちが飛び降りてきた。
「ちっ、きりがないな・・・・・・」
ヴァンが舌打つ。その間にも一体の木偶を殴り飛ばし、体を回転。背後の木偶にかかとをぶつけ、さらに次の木偶の頭へ右回し蹴りを叩き込む。何気に今の短いズボンでの動きやすさを実感していた。
「・・・・・・」
ヴァンが吹き飛ばした木偶を巻き込みヘリオスの大剣が一薙ぎで五体もの木偶を粉砕する。その目は木偶を見ておらず、ローブの少女を見据えていた。
「はははははっ!」
笑い声が響き、ヴァンたちの所へウラカーンが突撃する。ついでとばかりに木偶数体を爪で切り裂き、蹴りで破砕する。
「はははっ、あーたのしいー」
隣に立つウラカーンが元いたところにヴァンは視線を向けた。大量にいた木偶たちは分解され粉々にされ散らされている。
振り返ればアリアたちによって穴だらけにされた木偶や、木偶であったであろう灰などが散乱していた。
自らの足元に転がる両断された木偶を見下ろす。頭と思われる部分に少し焦げた部分がある。ヴァンが蹴った箇所だ。どうみても致命傷に至っていない。
「全部壊しちゃうなんて。ひどいよぉ」
「あいにくと人形遊びは数百年前に卒業してるんだ。・・・・・・姉さんは分からないが」
「ヘリオス、余計なことは言わないでください」
弟の発言にセレーネが間髪いれずツッコむ。そのやり取りでか、それともヴァンたちとの距離が離れているからか、アペレースの肩の力が抜けたように見えた。
「むぅ、やっぱりアペレースがやるしかないね」
腕輪を右手で投げては掴み、投げては掴み、投げて。そこで、ずっと少女から視線を外さなかったヘリオスが、動いた。
アペレースのローブが風で少し動く。
「・・・・・・あれ?」
右手にかかってこない重みにアペレースが首をかしげた。セレーネ以外の五人と一匹が目を見開く。
「探し物か?」
少女の背後から声が発せられる。アペレースが勢い良く振り返ると、そこには秘宝を手におさめ壁を背もたれにして立ちながら、不敵な笑みを浮かべるヘリオスの姿があった。少女の手から秘宝が離れた瞬間奔り、宙に浮く秘宝を掴んだのだ。
もちろん、ヴァンたちはその速さを目で追うことは出来なかった。
「・・・・・・おにいちゃん、素敵だね」
少しだけ見えるアペレースの唇がつりあがる。ヘリオスと向き合い、両手でローブの頭部分を持ち上げようとし、ぴたっと動きが止まった。
「・・・・・・パパ? ごめんなさい、パパ。今から秘宝を・・・・・・え? でも・・・・・・・・・・・・うん、わかった。戻るね。・・・・・・うん、私も大好きだよ、パパ」
まるで誰かと会話をしているように喋る少女を、ヘリオスと少し離れているヴァンたちは怪訝な表情で見た。
とうとうアペレースはその顔を見せず、ヘリオスに言葉をかける。体からは光の粒子が漏れ出した。
「残念。パパが戻ってこいって。その秘宝、あげるね。・・・・・・今度会ったら、アペレースと遊ぼ、お兄ちゃん」
きゃははっ、と笑い少女が消える。あとに残ったのは光の粒子と、ヴァンたちだけ。
「・・・・・・転移魔術か」
呟くヘリオスの声がヴァンの耳に届いた。
読んで頂きありがとうございます。
新たな敵キャラ登場ですね、はてさて、どうなるでしょう、かっ!