第六十九話
遺跡いせーき。
「遺跡のあるとこぉろは、人が足を踏み入れないベリィベリィ森の奥デース。なのーで、フランさんが見つけられなかったのーも、仕方ないことデース」
そう言って、秘宝と遺跡を見落として落ち込んでいるフランを、リーちゃんが慰めた。
「ちょっと、はぁ、はぁ、リーちゃん・・・・・・まだ、なの?」
荒い息を吐きながら声をあげるのはアリアだ。
「もうちょっとデース」
「さっきも、はぁっ、そう言った、わよねっ?」
というのも、このやり取りも、二時間森を歩く中で三度目である。魔術師であるアリアは、他の魔術師同様例に漏れず体力が低い。むしろ、二時間も歩き通しのことを褒めるべきだろう。そんなアリアの後ろで歩くヴァンの額にも、大きな汗の粒が浮かび上がっていて口で息をしている。
フランやウラカーン、生粋の魔族二人組は息も全く乱れず慣れた足取りでリーちゃんの後をついてきていた。
「きつそうじゃのぅ、ヴァン、アリア。どれ、このあたりで少し休憩にするかえ?」
「そうしましょう」
「さんせい〜」
フランの提案にセレーネが同意の声を出して、ヘリオスは無言で頷き、ウラカーンは左の鉤爪を高く上げてひらひらと左右に振った。
アリアが何も言わずに大木を背もたれにしてへたり込む。相当疲れていたようだ。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
そのアリアの隣にヴァンも腰かける。レースが編まれた黒いドレススカートが花のように広がった。
「・・・・・・」
ヴァンが無言でセレーネを見る。大して疲れていない四人と一匹は遺跡の話や森を適当に見渡したりしていた。
セレーネを見ている理由は一つ。セレーネの格好だ。赤いフリルが所々についた真っ黒なドレス。ヴァンもフリルドレスをつけているが、スカートは膝より少し下までで脛やふくらはぎは見えた。だが、セレーネのスカートはもう本当にドレスだ。足元までしっかりと隠れているロングスカートである。何故あれでこの森の中をすいすい歩けるのか、ヴァンには不思議でたまらなかった。
そんなことを考えているとセレーネがヴァンの視線に気づき、微笑む。
「どうしました、アリス?」
「あ、いや・・・・・・なぁセレーネ」
「はい、なんですか?」
気になることは聞くに限る。
「その・・・・・・歩きにくくないか?」
最初、何を言っているのか分からなかったセレーネだったが、ヴァンの視線がスカートへ向けられているのに気づくと、また微笑んだ。
「もう慣れましたから」
そういう問題なのだろうか? また悩むヴァンにフランが口を挟む。
「確かに、おぬしらの格好は場違いじゃのぅ。どれ、たまには着替えてみるかえ?」
フランがアリアとヴァン、セレーネを見て言う。アリアは呼吸を整えながらも聞き返した。
「着替えるって・・・・・・服ないじゃないの」
「わしのがあるぞい」
言いながら自分の腰にかけてある不思議袋に手を突っ込むフラン。
「どれがいいかのぅ。・・・・・・これなんかどうじゃ?」
ふんっと手を引き抜くと明らかに袋の大きさより数倍大きい革服が出てきた。
「・・・・・・え、それ、おかしいよね、なにそれ?」
ウラカーンが目を丸くしながらフランの不思議袋を指差す。隣にたつヘリオスとセレーネがかわりに答えた。
「『テッタラ袋』ですか。それ、結構便利なんですよね。秘宝といってもそれだけは量産されて私たちのところでは日用品になってますよ」
「ほう、これは『テッタラ袋』というのかえ? 日用品なら、おぬしらも持っておるのか?」
「あぁ、持ってこようとしたんだが・・・・・・地表にのぼるときにどこかへ落としてしまった」
戻ったら新しいのを買わないと、とヘリオスがうなる。
「ふむ。して、どうじゃ、これならセレーネのサイズに合いそうじゃが」
服をセレーネに手渡し、フランは再度テッタラ袋に手を突っ込む。服を渡されたセレーネは肩部分を持って自分の体に重ねた。
茶色の革服は両胸にポケットがあり、今フランがつけてあるものと同じ種類のもの。
「私はドレスでも平気ですけど、たまにはこういうのも良いですね・・・・・・」
「アリアにはこれじゃ」
次取り出した革服は中に白いシャツが縫い付けられ、革服部分を羽織っているように見せるタイプだ。ズボンは長く黒い。
「へぇ、結構オシャレね」
受け取り、セレーネと同じ行動を取るアリア。フランはまた袋に手を突っ込むと、今度はすぐに引き抜いた。
「で、ヴァンはこれが似合うじゃろうて」
「俺もか・・・・・・。って、なんだこれは」
渡された革服の上着はアリアのものと似ていて、ヴァンの言葉はそれに対してのものではなく、ズボンに向けられたものである。
そのズボンは、かなり、短い。短いとかもうそういう問題ではない。男物の下着かと思うほど、小さく短い。こんなのを穿いたら太ももの上から足全てが外気に晒されるだろう。
「いやいや、おかしいだろ! なんだこの森を歩く上で機能性ゼロのズボンは!? ていうか、ズボンかこれ? 本当は男物の下着とか、そういうオチなんだろ?」
短いズボンの端を両手で掴み前に突き出すヴァンだが、フランは溜息をついて首を横に振る。
「わかっておらぬな、ヴァン。それは膝を曲げるときに邪魔にならず、なおかつ通気性を格段に上昇させ、さらに森の空気を肌で感じることによって疲労を抑えるという優れものなんじゃぞ?」
「・・・・・・ほんとか?」
「ほんとじゃよ」
「・・・・・・・・・・・・ほんとにほんとか?」
「ほんとよ、ヴァン。私も聞いたことがあるわ」
横から口を出してきたアリアを見て、ヴァンが首をかしげた。もちろん、嘘である。ちなみに、フランが言っているのは嘘ではない。格段に誇張されているだけだ。
「じゃあ、なんでセレーネとアリアには普通のズボンを?」
「それはですね、アリス。私たちは魔術を主に使う魔術師タイプなので、少しでも防御性をあげたいのです。それに対して、アリスは闘士。動きやすいほうがいいでしょう?」
「・・・・・・まぁ・・・・・・」
「決まりじゃな、ウラカーン、ヘリオス、リーフ、ちょっと離れて周囲を見張っとれ」
いつの間にか着替えるのが決定になっていたが、発言力が無いに等しい男衆は超受身の心構えでそこから離れる。
「・・・・・・言っておくけど、覗いたら分かってるわね?」
声を低くさせて釘を刺すアリアに、二人と一匹は、もちろんだヨ、と良い笑顔を見せた。
普通魔獣が跳梁跋扈する森の中で着替えようなどとは思わないのだが、この周辺の長であるリーちゃんがいる上に、地表の魔獣側から見れば化け物だと思うほどの力を持った魔族が二人もいるのだから、むしろすばらしいほど安全だと言えた。
男衆が離れたのを確認すると、全員服を脱ぎはじめる。ヴァンは三人に背中を向けて、アリアたちが視界に入らないようにした。ヴァンの後ろから布がこすれる音と三人の会話が聞こえてくる。
「フランがそんな便利な秘宝持ってるんなら、これから着替えの服を持ち歩けるわね」
「ん? なんじゃ、欲しい服でもあったのかえ?」
「そういうわけじゃないけど・・・・・・やっぱり他のも着たいし」
「確かに、ずっと同じのじゃちょっと・・・・・・」
「それはいえてるのぅ。ヴァンにももっと色々着せたいしのぅ」
「え? いや、俺は別に・・・・・・」
後ろを向いたまま下着姿になったヴァンは、突然名指しされ会話に参加した。
「駄目よ、前にも言ったでしょ、女の子には可愛くなる義務があるって! そうよね、セレーネ」
「えぇ、アリアさん、全く持ってその通りです。アリス、今度お洋服屋さん行きませんか?」
「・・・・・・どうせ嫌だって言っても連れてくんだろう?」
ため息をつきながら言うヴァンに、三人は声をそろえて、もちろん、と笑う。そこで、いきなりアリアたちの笑いが消えた。
「? どうした?」
少しだけ首を動かして後ろを見るヴァンに答えず、アリアが怒鳴る。
「覗くなって言ったでしょう!」
次の瞬間、轟音と共にヴァンの背中に熱風があたった。ヴァンが慌てて振り返ると、茂みの一画にアリアの十八番、フレイムアローが突撃するのが視界に入った。
着替えている四人の視線の先、燃え盛る茂みの向こう側で、誰かの人影が一瞬だけ見える。
「・・・・・・ん?」
その見えた人影に対し、フランが眉をひそめ、セレーネも首をかしげた。
「今のって・・・・・・どなたですか?」
セレーネの疑問の声にアリアが続く。
「ローブをつけてたような・・・・・・」
「・・・・・・」
ヴァンもその茂みを凝視している。と、燃え盛る茂みとは逆方向の茂みが騒ぎ、ヘリオスたちが飛び出してきた。
「どうした!?」
「だいじょうぶー?」
「何がありまシータかー?」
飛び出してきた男三人組の目に入ってきたのは、宿屋で見た桃源郷のまさにそのもの。
着替えを中断し、下着姿になっていたヴァンたちである。
「・・・・・・あんたたち・・・・・・」
アリアの言葉を合図に、アリアとセレーネの魔力が高まっていく。
「ま、待て、これは不可抗力・・・・・・」
「まさか二回もこれを拝めるなんて、眼福眼福」
「オー、エクセレ〜ンツ、ダイナマ〜イツ、アルティメ〜ット」
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
ヴァンがため息をつき、次いで轟音が響き、最後に悲鳴が上がる。森に住む小鳥たちはあまりの衝撃に木々から飛び去ったのであった。
「つ、つきマーシタ、ここが秘宝のある遺跡デース」
またもや一回り小さくなったリーちゃんが目の前の廃墟を指差す。
「ボロボロですね」
廃墟を見上げ、セレーネが感想をもらした。いつもの赤いレースの黒いドレスではなく、フランに似た革服を身に纏っている。
「今まで見た中で一番いかにもって感じがするわ」
隣で同意の言葉を吐くアリアも、白いシャツに革服を羽織り、黒い長ズボンという格好だ。
「・・・・・・なぁ、やっぱりズボン、他のにしたいんだけど」
さらにその隣で革服の裾を思い切り引っ張って足を隠そうとしているのはヴァン。その行動は、とてつもないほど短いズボンが原因である。
下着までは見えないものの、ヴァンの細く白い足、それこそ太ももから足首までの全てが外気にさらされていた。
もう革製の下着と言っても良いと思う。
「え? どうして? かわいいわよ?」
「うむ、似合っておるぞい」
「そうですよ、アリス。とってもかわいいです。・・・・・・・・・・・・ナマアシイイ」
「おい!? その最後の発言はなんだ!?」
「何も言ってませんよ?」
「・・・・・・はぁはぁ・・・・・・」
「ヘリオスヘリオス、もうホントやばいから。そろそろ戻って来い、な?」
とまぁ、道中、ヴァンの艶かしくも可憐なナマアシにちょっとやられてきた姉と兄がいるわけだが、アリアもまた油断をすればよだれが落ちかねない勢いだ。
「くっ、なんで俺がこんな目に・・・・・・っ。リーちゃん! はやく案内しろ!」
「ミーに当たらないでくだサーイ」
意外にも普通のリーちゃんに、アリアが聞く。
「どうしたの、あのヴァンの姿を見て冷静だなんて、あんたほんとにリーちゃん?」
何気にひどい言い草なのだが、リーちゃんは両手の蔓を左右に開き肩をすくめる真似をし、一本の蔓を目の前で振った。
「チッチッチッ、ミーは絶対領域派なのデース」
「・・・・・・なるほど、それも良いわね」
一人と一匹がにやりと不純な笑みを浮かべてヴァンを見る。ヴァンはひとつ身震いすると本能的に辺りを見回した。
「な、なんだ? 今妙な寒気が・・・・・・」
「何をしておる、ヴァン。行くぞい?」
気づけばリーちゃんは遺跡に入っていき、皆もそれに続いて中へと歩みを進めている。
「あ、あぁ・・・・・・」
ヴァンは首をひねりながらも、遅れないよう小走りになった。
読んで頂きありがとうございます。
ナマアシイイ!絶対領域もイイ!やっぱりチラリズムが最高!
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私?・・・・・・変態はわけ隔てなく愛します。あとは分かりますね?