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第六話

ちょっとほのぼの? かも?

 ギルドからの依頼を受けた二人は、時間が遅いこともあり、宿屋に戻ってきた。目覚めたときと部屋から出たときはゆっくり見ることが出来なかったが、雰囲気の良い質素な宿屋だ。アリアが受付といくつか話をし、鍵をもらってきた。受付の右手にある廊下の奥の部屋を借りている。

 部屋に入るとアリアはふらふらとベッドに歩いていき、身を投げ出す。流れる金髪が一瞬浮いた。ヴァンはマントをはずすと壁にかける。外装の下は、ぶかぶかの革服にだぼだぼのズボン、小柄な体にちょうど良い道具袋。ゆるんだ襟の間から鎖骨が見え隠れしており、ずり落ちるズボンはベルトをきつく締めることで押さえている。肩にかかる蒼い髪が服の隙間に入ってむずがゆい。手で払うと、さらさらと髪が動いた。

「ねぇ、ほんとにあの依頼をこなさないとダメなの?」

 うつ伏せの状態から体をひねると顔をヴァンに向ける。

「そうだな、そうしないとこの先ギルドから依頼がうけられない」

 ヴァンは肩をすくめながら空いているほうのベッドに腰掛ける。

「それに、依頼内容は同じなんだから、二人でやればすぐ終わる」

「同じ依頼が出るなんて変。それじゃぁ合計四十匹になるじゃない。そんなのどうするの」

 頬を膨らませながら不満をたれるアリア。

「さぁな。魚をどうするかは知らないが、依頼内容が同じなのは別に変じゃない。ギルドとしては、依頼を達成できる実力があるかどうかが知りたいだけだしな。それに、請負人が品物の用途とかを詮索するほうが、変だ」

「そんなものなの?」

「そんなものだ」

 ごろんと仰向けになりながら唇を尖らせるアリア。

「なんだか、納得いかないわ。依頼によっては命をかけることもあるんでしょう? それなのに、渡した物がどうなるかわからないなんて」

 ヴァンは苦笑する。アリアの気持ちも分からなくはない。ヴァンも以前はそう考えていたからだ。だが、そういう風に出来てしまっているのだから、どうしようもない。いつの間にかそれに慣れてしまっているので、その不満に答えることもできない。ヴァンは話題をかえることにした。

「そうだ、アリア、探している秘宝についてまだ何も聞いてないな。教えてくれないか」

 ヴァンの言葉に、アリアが体を起こす。座りながらヴァンに体を向けた。

「そういえばそうね。こほん、私が探してるのはずばり、『フォカーテの香水』よ」

 ずばりといわれても、ヴァンにはちっとも分からないので、その続きを待つ。

「『フォカーテの香水』を体にふりかければ、好きな人を簡単に手に入れることができるといわれているわ」

「惚れ薬みたいなものか? そんなの手に入れてどうするんだ?」

 その疑問に、アリアは固まる。そして何かを思い出したかのように我に返ると、見る見るうちに顔面蒼白となる。

「ま、まぁいいじゃないの。だいじょうぶ、悪用するつもりはないから。ていうか、それを防ぐために探してるんだから!」

 頭をかかえるアリアを怪訝な顔で見るヴァン。とりあえず、悪事の片棒を担がされることはないようだ。少し安心。

「それで、目星とかはついてるのか? その〜・・・・・・香水の」

「いえ、近くの村で森の中にあるらしいって噂を聞いたんだけど・・・・・・たぶん嘘だったんだわ。今思い返せば不審な点がいくつも・・・・・・」

「魔獣退治に利用されたか。大変だな、異名が通ってるのも」

 どうやらアリアが何者か気づいた村人が、あの魔獣を倒させるためわざと森の中に入らせたようだ。なぜ戦っていたかという疑問は解消された。

「おかしいとは思ったんだけど・・・・・・はぁ」

 そう思いながらも、それにすがりたくなるほど秘宝探しは遅々として進んでないらしい。

「まぁ、とりあえずギルドの依頼を終わらせて、情報収集といこう」

「やっぱり魚獲りは必ずしないといけないのね」

 がっくりとうなだれるアリア。諦めろ、とヴァンは肩をたたく。それに反応して金髪の少女は顔を上げた。近い。新緑の瞳に吸い込まれそうだ。少女が頬を染めてまたうつむく。ヴァンも気恥ずかしくなり、アリアから手を離し、ベッドに倒れこんだ。そういえば一つ屋根の下で共にすごすのだったと今更気づく。

 少しの沈黙の後、アリアが立ち上がる。

「お風呂、入ってくるね」

 短く言うと早足で風呂場に向かった。それを見送るヴァン。しばらくすると水音が響いてきた

 考えてみれば、こんなことは初めてだ。自らの顔を隠さず話し、長い時間一緒に居るのは。胸があたたかい。

「男のときじゃ、ぜったい味わえなかっただろうな・・・・・・」

 ぼそっとつぶやく。体を思い切り起こし頭をぶんぶんと横に振った。蒼髪が暴れる。

「違う違う! そうじゃないだろう、俺! 何流されそうになってるんだ!」

 ひとしきり髪を暴れさせた後、ため息をついた。

「これからどうなるんだろうか・・・・・・」

 アリアの前では冷静を保とうとしていたが、心の中は不安でいっぱいだった。アリアを信じていないわけではない。約束は守ってくれるはずだ。だが、これから先、今までとは違うだろう。それが不安なのだ。

 悶々としているとアリアが風呂場から出てきた。

「ふぅ、気持ちよかった。次ヴァン入ったら?」

 髪をタオルで拭きながら出てくる姿。バスタオル一枚を体に巻いただけである。

「ぶーっ!」

 何か分からないものを噴き出し、慌てて視線をはずすヴァン。

「な、なんて格好をしてるんだ! ちゃんと服を着ろ!」

「何を恥ずかしがってるの? 女同士じゃない。それに服は汚れてたから浄化魔道具に突っ込んであるわよ」

「俺は男だ! それなら一緒にあるバスローブがあるだろう! なんでタオル一枚なんだ!」

「今は女の子でしょ。それにめんどくさいんだもの。私、寝るときは何も着けないから」

「風邪引くぞ!」

 顔を真っ赤にしながら叫ぶヴァン。アリアは目を細めながらその視線に入ろうとする。

「あら、心配してくれるの?」

 無理やり視覚の範囲に入ってきたのは、たゆんたゆんな谷間。お風呂上りなので肌はほんのり桃色になっている。体中を真っ赤にするヴァン。

「お、俺も風呂にはいってくる!」

 逃げるようにアリアから離れると風呂場に向かって走る。途中、またもやズボンの裾を踏んづけてしまい、びたん。すばやく立ち上がると、安全区域に突入していく。

「はぅ・・・・・・可愛すぎてやばいわ・・・・・・」

 恍惚な表情で身もだえするアリアだけが、その場に残された。


「はぁ、はぁ・・・・・・参った・・・・・・」

 風呂場のドアを背もたれにしながら呼吸を整える。

「もうなんだろう・・・・・・なんていうか、なんなんだろう」

 今までにない事態に何も考えられない。何気なく左をむくと、大きな鏡が壁に立て付けられている。その下には蛇口と洗面台。

「ほんとに、女の子だな」

 鏡に映る自分の姿をみてつぶやく。透き通るような白い肌に、空に似た色の青い瞳。すらりとした鼻立ちに、細く小さな顔、頭から伸びるさらさらな蒼髪は、自らのふくらはぎに届くほど長い。視線を落とす。アリアほど強調されてないが、女と分かるほどには出ている胸。

「どうやって入ろう・・・・・・」

 今の自分の体だとは言え、数時間前までは男だったのだ。戸惑うのも当然といえる。

 思案していると、ドアがノックされた。びくっと体を震わせドアを見る。

「ヴァンー、だいじょうぶー? 私が洗ってあげるわよー?」

「駄目だ! 大丈夫だから!」

 入ってきそうなので、ドアの鍵を閉める。ここで目覚めたとき、あの少女には耳を噛まれた。風呂を手伝わせたら何をされるかわからない。少しだけトラウマになってるヴァンであった。

「俺の体、俺の体、俺の体・・・・・・」

 ぶつぶついいながら服を脱ぐ。洗面台のちょうど反対側に、入れておくだけで汚れをとってくれる浄化魔道具がある。便利な道具。その中に脱いだ衣服を投げ入れ、蓋を閉める。すでにアリアの服という先客があったが、見ないようにする。

 一糸纏わぬ姿になった自分の体を目に入れないようにしながら、浴室に入った。 風呂の時間がとても長かったのは言うまでもない。


 風呂から上がったヴァンの長い髪を、アリアが乾かしながら梳く。二つのベッドの間に置かれたランプが、二人の姿を照らす。二人は、バスローブ姿で一つのベッドに座っていた。アリアがバスタオル一枚じゃないのは、ヴァンがそれを着ないと風呂場から出ないと立てこもったので、仕方なくバスローブを着たのである。

「それにしても、ほんと綺麗な髪ねー」

 後ろで手を動かし続けるアリアは何が楽しいのか鼻歌交じりだ。

「ん・・・・・・そうなのか? アリアの魔術でこうなったんだから、アリアが考えたんじゃないのか、この姿」

「いいえ、話すと長くなるから割愛するけど、あの魔術は、その人の性別を変えてさらに魂にあった姿にするだけなの。だから、今のヴァンは、もし最初から女として生まれた場合の姿になるわ」

 正直ヴァンには信じられなかった。男のときは、自分で言うのもなんだが凶悪な人相だ。なのに性別が変わるだけで、凶悪のきの字もない顔になるなんて、あり得ないと思う。

「そうかしら。男のときのあなたも、確かに凶悪だったけど、整ってはいたとおもうわよ」

 フォローなのかトドメをさしてるのか分からない言葉だ。

 それにしても、髪の梳かれることのなんと気持ちのいいことか。まぶたが重くなってくる。首に力が入らなくなってきた。その様子にアリアがくすっと笑う。

「眠い?」

「そうだな、眠い」

 そう言うヴァンの表情はぼんやりとしている。声も心なしか弱い。甘えるような音だ。すっとベッドから降りると、隣のベッドにもぐりこむ。眠そうな声で一言。

「おやすみ」

 微笑みながらアリアも答える。

「おやすみなさい」

 言いながらローブを脱ぎベッドに横たわる。ランプに手を伸ばし、火を消した。

 明日はどんな一日だろうか。

読んでいただきありがとうございます。

次は魚に四苦八苦する予定です。

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