第六十五話
リーちゃん再登場。
「じゃあ、俺が手続きをしてくるから、みんなは休憩室で待っててくれ。あ、アリア、ついでに携帯食糧を買っておいてくれないか?」
「えぇ、分かったわ」
リモニウム共和国側の長机の前で、ヴァンがアリアに硬貨袋を渡す。
「銀貨一枚以内におさえろよ?」
節約しろといってくるヴァンに、アリアは、はいはいと苦笑した。
長机の向こうに座る兵士が一枚の書類をヴァンの前におく。
「これに全員の名前を書いて」
「はい、わかりました」
すらすらと名前を書いていくが、ふと気づいた。そういえば、ヘリオスたちの姓はなんなのだろうか。
少し思案し、ま、いっか。と自分の姓を姉兄の名前のうしろにつける。書き終え、紙を兵士に手渡した。
「・・・・・・それじゃ、少し休憩室で待ってろ。問題が無ければ呼ぶから」
「はい」
ヴァンは机から離れ、アリアたちもいるだろう休憩室に向かう。途中、誰かと肩がぶつかった。
「え?」
これにヴァンが目を見開く。今、この廊下には自分と、両端にいる兵士だけしかいなかったはずだ。
誰にぶつかったのかと右を向くと、ヴァンより少し背の高いローブを深くかぶった人物がいた。
「あ、す、すみません」
存在に気づけなかっただけだろうか。突然そこに現れたような人物にヴァンが謝る。
「いえ・・・・・・こちらこそ」
その声を聞いたとき、ヴァンの背筋に寒気が走った。声は少し高めの少女のようなものだったが、なぜか違和感がありそこに怖気を感じたのだ。
深くかぶったローブのせいで顔を窺うことは出来ないが、ヴァンはその少女を見上げているので、唇の部分が少しだけ見える。
肌は真っ白で、唇は血色がほとんどなかった。生気が、感じられない。
「・・・・・・あ」
「ヴァン? そんなところでなにをしておる?」
何かを言おうとして、フランに声をかけられた。反射的に首を動かし、フランに視線を向ける。
「フラン」
ほっとした表情を浮かべるヴァンに、フランが怪訝な顔をしたずねた。
「どうかしたのかえ? 一人でぼぉっとしおって」
フランの言葉に、驚きの色を顔中にぬりたくって、ヴァンは勢い良く振り返る。
そこには、誰もいなかった。見える人間は、長机でこちらを不思議そうに見てくる兵士だけ。
ローブの少女はどこにもいない。
「・・・・・・」
口を開いたまま呆然とするヴァンに、フランが近づいた。
「本当にどうしたんじゃ? 気分でも悪いのかえ?」
「今・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・いや、なんでもない。たぶん疲れてるんだろう」
額をさわりヴァンは横目で苦笑する。片眉を少し上げるフランは、そうかえ、とだけ言った。
通るのは問題なしと判断された六人は、また街道を歩く。関所にも馬車はあるのだが、携帯食糧を買ったのでその分を浮かせようとヴァンが言ったのだ。
うっそうと茂る森の間、魔獣避けが設置された街道だけが自然から隔離されている。ここはもうガレーラ王国だ。
先ほどは草原で気持ちの良い風にあたっていたが、やはり周囲が森ばかりだと湿った空気が流れている上に風も弱い。
高い木々に囲まれた街道は枝や葉の天井が出来ていて太陽の光が少し差し込まれている。
「またずいぶんと雰囲気が違うな」
「私としてはあっちの草原のほうが好ましいです・・・・・・」
「だねー。オレっちも共和国のほうがいいなー。森って思いっきり走れないから戦いにくいんだよねー」
「おぬしは戦うことしか考えておらんのぅ」
「戦闘バカだもの。仕方ないわよ。ねぇ、ヴァン?」
アリアが呆れ顔でヴァンに同意を求めるが、聞かれた当人は俯き何かを考えている。
「・・・・・・」
「ヴァン?」
再度名前を呼ばれ、今気づいたようにヴァンが顔を上げた。
「ん? あぁ、そうだな、森より草原のほうが気持ちよかったな」
「・・・・・・や、その話はもう五秒くらい前に終わってるんだけど」
「一体どうしたんじゃ? 関所から様子が変じゃぞ? さっき疲れているといっておったし、やはり一泊したほうがよかったんじゃないかのぅ?」
フランの言葉に反応したのは、ご存知姉兄である
「え、アリス、疲れているのですか? それならそうと早く言ってください、無理はだめですよ?」
「そうだぞ、やっぱり関所に戻って宿を」
「待て待て、平気だ。疲れてない。さっきはちょっと・・・・・・」
「ちょっとー、なにー?」
ウラカーンに聞き返され、何かを言おうと口を開くが、首を横に振るヴァン。
「・・・・・・いや・・・・・・それより、この先にある村で、知り合った言葉を話す魔獣が住んでるんだ。今何をしているか気になるし、ちょっとよってもいいか?」
フランたちは首をかしげるが、アリアは分かった。
魔獣というのは『ギガンリーフ・バシレウス』ことリーちゃんを言っていて、ヴァンの細く白い指は『レーラの村』の方角を指差しているのだ。
強引に話題を変えるヴァンに、アリアが続く。
「リーちゃんに会いに行くのは私も賛成ね。みんな、駄目かしら?」
「ふむ・・・・・・わしはかまわんが」
「オレっちもちょっと興味あるなー」
「・・・・・・まぁ、獣が話すのはあまりありませんし」
「友好的なら・・・・・・話してみる良い機会だな」
五人は無理に聞き出そうとせず、あえてヴァンの提案に乗る。
「じゃあ、決まりだな」
嬉しそうに微笑むヴァンに、フランとウラカーン以外の胸が、きゅんと音を出した。
ヴァンの指差す先で街道が二つに分かれている。レーラの村にたどり着くのはそう時間はかからないはずだ。
その頃、レーラの村では。
「リーさーん、今日のお夕飯、一緒にどうですかー?」
緑髪を肩で切りそろえた女性が、村の中心の井戸近くで子供たちに囲まれている魔獣に叫ぶ。
「オー、お誘いデースかー? うれしいデース、もちろんオッケーデースよー」
大量の蔓を人の形にしている魔獣、魔葉の王『ギガンリーフ・バシレウス』ことリーちゃんは人の男性より少し高い程度の身長を形作っていた。
子供たちはリーちゃんの蔓を引っ張ったりよじ登ったりしてはしゃいでいる。
緑髪の女性はリーちゃんの想い人でもあり、この村の村長の娘でもあるミリナだ。リーちゃんの告白は断ったが今は良き友人。
「ふふ、それじゃあ、美味しいお水を用意しておきますね」
「イエース、ベリィベリィサンキューねー」
蔓で出来た右腕を振り上げて左右に揺らす。
「ねーねー、リーちゃんー今日は鬼ごっこしようよー」
胴体によじ登っていた男の子がリーちゃんを見上げて言った。リーちゃんは赤い相貌で子供を見下ろすと音を出す。
「オー、イエース、いいデースよー。ではー、ジャンケンで鬼を決めまショーウ」
男の子がするすると滑り降りて、他の子供たちの顔を見渡す。子供たちは打ち合わせていたかのように悪戯の笑みを浮かべて叫んだ。
「リーちゃんの鬼ー!」
「ワッツ!?」
大げさに両手の蔓を広げるリーちゃんを尻目に、子供たちは全員で同じ方向へ走った。
「オーウ、ひどいデース、そうやっていつもミーを鬼にシテー。ゆるしまセーン!」
人間のように両足の蔓を動かして走り出す。子供たちは必死になって逃げている。
その光景を子供たちの母親や父親たちが微笑みながら見守っていた。
これが、リーちゃんが来てからの村の光景だ。
その平和な日常に一閃の蹴りが入った。
逃げている子供たちの間を大きな黒風が奔り、それを追いかけていたリーちゃんの胴体をえぐる。
凄まじい威力にリーちゃんの上半身と下半身は別れを告げ、上半身は宙を高く舞い村の入り口まで吹っ飛んだ。
残った下半身を飛び越え、リーちゃんに飛び蹴りを叩き込んだ男が地に降り立つ。
子供たちや村の人々は何が起こったのかわからず、ただ呆然とするだけだった。
「ついたぞ、ここがレーラの村だ」
村の入り口まで来た一行の中で、ヴァンがフランたちに教える。
「変わってないわねー。・・・・・・あ、ヴァン、ほら、リーちゃんがいるわよ?」
村を見渡していたアリアがリーちゃんの姿を見つけ指差す。それにつられてヴァンも視線を向ける。
リーちゃんはすぐに視界に入ってきた。村の中で魔獣がいるという異様な光景なのでかなり目立つ。
「良かった。ちゃんと村ですごせてるよう・・・・・・なっ!?」
ほっと胸を撫で下ろそうとしたヴァンに戦慄が走る。ヴァンだけじゃない、アリアにも、その後ろに立つフランたちにも衝撃が走った。
リーちゃんの上半身が引きちげれ、空高く舞ったのである。六人の視線が空で踊るリーちゃんに向けられた。
上半分だけのリーちゃんはぐるんぐるんと回転し、落ちてくる。一瞬の出来事であるはずなのに、地面にリーちゃんが叩きつけられるまでかなりの時間がかかった気がした。
地響きと砂塵を吹き荒らしリーちゃんの体が地面に衝突する。
「リーちゃん!」
ヴァンとアリアが慌てて倒れ伏すリーちゃんに駆け寄り、フランたちもそれに続いた。
「リーちゃん、しっかりしろ!」
両膝を地面につけて右手でリーちゃんの頭の部分を抱き上げるヴァン。フランもその隣でリーちゃんを覗き込んだ。
「オ、オーウ・・・・・・ヴァンさんじゃないデースか・・・・・・どう、しまシータ・・・・・・」
「リーちゃん・・・・・・っ。アリア! 治癒術を!」
「えぇ! セレーネさん、手伝って!」
「は、はい!」
朦朧としているリーちゃんとそれを腕に抱くヴァンに影がかかる。ばっと顔を上げると、そこにはリーちゃんを蹴り飛ばした男が立っていた。
かなり若くみえる整った顔。真っ黒な髪は伸ばされ放題で背中までかかり、後ろに固められるでもなくボサボサのまま。背はウラカーンほどでかなり高い。革服から見える両腕は無駄な筋肉が無く、限界までしぼられており、それから繰り出される打撃の威力は想像に難くない。
アリアが男を睨み、セレーネとヘリオス、ウラカーンが男の実力を推し量ろうと目を鋭くさせ、フランはどうしたものかと悩んでいる。その中で、ヴァンだけが驚愕の表情をしていた。
「お前ら、何をしている?」
全員の視線をものともせず、低い声で聞く。それには敵意が無く、ただ疑問に想っているだけのようだ。
だが、アリアは関係ないとばかりに怒鳴った。
「あんたこそいきなり何すんのよ!?」
非難された男は少し眉をひそめる。それはそうだろう。魔獣は殺すべき害生物だ。それを淘汰しようとし、悪いことだといわれるのは非常識である。
「何故怒っているのかは知らんが、その魔獣は子供たちを襲っていたのだぞ? お前はそれを見殺しにしろというのか?」
「違うわっ、リーちゃんはそんなことしない! あんたが勘違いしただけよ!! リーちゃん、しっかりして!」
睨む目を困惑する男から外し、横たわるリーちゃんを見下ろす。
「オー・・・・・・アリアさーん・・・・・・ミリナさんに、伝えて、くだサーイ・・・・・・リーちゃんは、あなたを愛していた・・・・・・と・・・・・・がくっ」
右腕をゆっくり上げ、喋り終わると力なく落とした。
「え・・・・・・うそでしょ? うそっていいなさいよ、そんなの自分で言わなきゃ駄目じゃないっ、おきなさいよ、リーちゃん、リーちゃぁぁぁぁんっ!!」
アリアは叫び、倒れるリーちゃんに抱きつく。隣にしゃがんでいたセレーネと、後ろのフランたちも悲しそうに目を伏せた。
ヴァンは驚きの色を顔から消し、リーちゃんを見る。今度は戸惑いの色を表情にぬり、次に怒りを出した。
男をきっと睨み上げると、アリアより強い怒声で男に言う。
「なんで・・・・・・なんでこんなことをしたんですか。あなたなら見抜けたはずです! 敵意がないことを!」
男を知っている風なヴァンに、アリアがリーちゃんに埋めていた顔を上げる。その頬には大量の涙が流れていた。
フランたちもヴァンと男を交互に見るが、男のほうは怪訝な顔をしたままだ。
ヴァンは男やアリアたちにはお構い無しにまた強く怒鳴る。
「答えてください・・・・・・師匠!!」
その言葉に、ヴァンだけの色だった驚愕は、男以外の全員に分けられた。
読んで頂きありがとうございます。
師匠でました、師匠。