第六十四話
あまりお話は進みません。
ヴァンとヘリオスの快復を待って、六人は工房長の家を出た。時間はすでに昼を過ぎている。
「じゃぁな、また遊びに来いよ」
大きなあくびをしながら工房長がヴァンたちを見下ろす。
返事を返しているヴァンの耳にエリュトが顔を近づけた。
「こんなこというのはあれだけど・・・・・・ヴァン、あんたの兄さんには気をつけたほうがいいよ。もしかしたら襲われるかもしれないからね」
言うエリュトの脳内には今朝のヘリオスの姿が思い出されている。ヴァンは何のことか分からなかったが、微笑んで首を横に振った。
「良い人だから平気だ」
「・・・・・・エリュトさん、聞こえてるんだが」
「え? は、はは」
聞こえてるとは思わなかったエリュトは、ヘリオスの言葉に慌ててヴァンから離れ愛想笑いを浮かべる。何気にアリアとフラン、ウラカーンは肩を震わせて笑っていた。
「お前ら、笑うな・・・・・・。って、姉さん、何故アリスを自分の後ろに隠す!?」
「・・・・・・念のためですよ」
「・・・・・・姉さん、僕は姉さんの弟だよな・・・・・・?」
「はは・・・・・・」
セレーネに肩を抱き寄せられるヴァンは、嘆くヘリオスを見て苦笑するしかない。
「ねぇ、馬車が出るまで待っててもよかったんじゃない?」
アリアが前を歩くヴァンに声をかけた。その言葉を指すのは先ほどのことだ。
馬車待合所で、次の馬車が出るのはあと数時間ほどだといわれ、時間がもったいないこととお金を節約するために関所まで歩こうとヴァンが言い、今まさにその通りになっている。
街道を六人でぞろぞろ歩く。フランの不思議袋の中に、以前工房長たちからもらった試作型魔獣除けが入ってるので――むしろそれがなくても――魔獣が襲ってくることは無い。
「駄目だ。お金は大事だし、時間はお金より大事だ。それにいつも馬車を利用していたら、運動不足になる。こうやって歩いて、自然を感じながら自らの気を高めていく・・・・・・それが師匠の教えだ」
「そういうものなの・・・・・・?」
首をかしげるアリアに、ヴァンがそういうものだ、と頷いた。セレーネとヘリオスがヴァンに続く。
「確かに、こうやって歩くのはいいものだな。僕たちの故郷では外を歩けば魔獣に襲われるから、こうゆっくり出来ることも少ない」
「そうですね。地表は風も気持ち良いですし、気持ちも落ち着いてきます」
ニコニコ顔の二人に視線を向けながらフランも頷いた。
「うむうむ。うぉ〜きんぐは健康にも良いしのぅ。・・・・・・ところでウラカーン、おぬし、さっきから何をしておるのじゃ?」
歩く速度が五人より遅いウラカーンは、少し後方で両手を顔の前で広げ、うんうんと唸っている。目線を鋭くしてなにやらブツブツ呟きもしていた。集中しているのか返事は無い。
歩幅を小さくしてウラカーンの隣を歩き、怪訝な表情になるフラン。
「なにをブツブツと・・・・・・」
「・・・・・・まれぇ、ちぢまれぇ、むしろひっこめぇ、えぐるようにひっこめぇ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
フランは頬を引きつらせて足を速め、ヘリオスにおいつくと小声で話しかける。
「あれは何をしておるんじゃ。おぬしがさっき何やら言っておったじゃろう? かなり危ないやつにみえるんじゃが」
たずねられたヘリオスはフランからウラカーンに視線を向けて口を開く。
「あれは形象特訓だ。収納術といっても一応魔術だからな。爪を引っ込ませる想像をさせてる」
説明を受けてもピンとこなかったが、再度ウラカーンを見るフラン。
「・・・・・・あれが特訓・・・・・・?」
「あぁ、そうだ」
「・・・・・・魔術を習得するにはああいう練習が必要かえ?」
「そうだな、魔力を識った上で形を創らないといけないからな。それは全て頭の中で行われる。想像するのは、効果的な練習だ」
「・・・・・・ハーフエルフとして魔術に憧れを持っておったが、日陰の部分を見た気がするぞい」
夢を壊された気分になったフランは、ヴァンとアリアに顔を向け、聞いてみた。
「ヴァン、アリア、おぬしらも魔術を学ぶ際に、あのウラカーンのようなことを?」
「えぇ。まぁ、あんな感じではなかったけどね」
首肯しながらもウラカーンを見て苦笑するアリア。
ヴァンはアゴを右手でさわり考えるような仕草をすると、否定の言葉を口にした。
「いや、俺はああいうのはしなかったな。師匠が「頭で考えるな、魂で感じろ」と言ってたから、勢いとか気合とかで覚えた」
ヴァンではなく、その師匠とやらの言にアリアが顔をしかめる。
「一応魔術も学問なんだけど・・・・・・でも、ヴァン魔術使えるし、なんだかすごい人ね、ヴァンの師匠さんって」
アリアは皮肉を込めて言ったのだが、それをそのままの意味で受け取り嬉しそうな顔をするヴァン。
「あぁ。師匠は本当にすごい人なんだ。どんな大型魔獣も拳で叩きのめすし、使う魔装魔術は俺のとは比べ物にならないほど大きくて、強力で・・・・・・一緒に旅をしてたけど、途中で魔術学園に放り込まれて、それ以来音沙汰が無い。俺は師匠との修行で、一度も師匠に触れることができなかった。・・・・・・今どこにいるかな・・・・・・」
遠くの空を見つめ眩しそうに言うヴァンに、アリアは面白くないといった表情をした。
後ろではセレーネたち姉兄が複雑な顔でヴァンを見ている。その師匠という人物に感謝の念はあるが、妹がもっとも信頼している人物にも思えて、ヴァンを溺愛している二人にとっては――アリアとは違った方向だが――あまり楽しいものではない。
フランは四人の心境が手に取るように分かってしまい、やれやれと苦笑する。
そんな五人の後方では、まだウラカーンがうなっていた。
以前ヴァンとアリアだけで歩いたときはかなりの時間がかかり、体感でもそれは長かったが、今回は他愛ない雑談を交えながらだったので、気づけばもう関所は見えている。
「あれが関所ですか? ・・・・・・なんだか、頼りない建物ですね」
「そうだな・・・・・・関所となれば、獣どもを抑える役目も負う時があるんだろう? もう少し頑強に造りなおしたほうが良いと思うが・・・・・・」
「あれでも大げさなくらいだと思ってたんだけどな」
魔界育ちの感想にヴァンが苦笑した。二人の言葉を聞くに、魔界は相当荒れてるようだ。ここのように魔獣除けである程度魔獣を遠ざけることも出来ないのだろう。いや、相当な強さを持つ魔獣が多いということだろうか。どちらにしろ、そこで生きてきた二人の戦闘能力はヴァンたちと比べ物にならないことは確かだ。
ヴァン自身、セレーネの強さを目の当たりにしている。あれほど巨大で熾烈で強力な放出魔術は見たことが無かった。アリアなら同程度の力を発揮できるだろうが、詠唱に時間がかかるはずだ。セレーネはあれを一瞬でやってのけた。実力を知るには十分な光景だった。
この関所に来る途中、ヴァンはセレーネにたずねた。ヘリオスは強いのか? と。少し考えるセレーネから返って来た答えはこうだ。
「少なくとも、私よりは」
微笑みながら言う姉。それが事実で、セレーネより強いとすれば、今この六人の中で一番戦闘能力が高いのはヘリオスということになる。
その本人は『妹に手を出そうとしている変態』のレッテルを貼られているが。もちろん、アリアに。
「アリス? 僕の顔に何かついてるのかい?」
ヘリオスに声をかけられ、ヴァンは自分がヘリオスをじっと見つめていることに気づいた。
「あ、いや、なんでもない」
「ヘリオスのことを警戒してるんじゃないのー?」
「そうね、だって、ヴァンに手を出そうとしてるものね」
「・・・・・・何度も言うようだが、それは誤解だ。僕は純粋にアリスを愛している」
「純粋なものほど歪みやすいというしのぅ」
「ヘ、ヘリオス・・・・・・そんな・・・・・・」
「フランさん、いい加減ややこしくするのはやめてくれ! あと姉さんも何で信じるんだ!?」
「はは・・・・・・」
ヘリオスがいじられ役になってくれるので、ヴァンはアリアたちにいじられることがほとんど無くなっている。肩の荷が下りた気分にほっとしつつ、心の中でヘリオスに謝罪する。
・・・・・・とりあえず臆面もなく愛してるとかいうのはやめてほしい、とも心の中でついでに呟くヴァンであった。
読んで頂きありがとうございます。
関所に逆戻りです。ヘリオスは変態さんに昇格しました、合掌。