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第六十一話


もどりましょったらもどりましょ。

 朝、大通り。ウラカーンはヴァンたちに会うべく宿屋に向かっていた。

 露天商たちは店を開けるための準備をしていて、ここが活気付くのはもう少し時間が経ってからだろう。

 この街に住み始めたのはウラカーンが十歳になってからだ。そのときはまだ母は健在で、母子二人、貧しいながらも幸せな生活を送っていた。

 母が病気を患ってからは、ウラカーンは人より優れた戦闘能力をもって闘技大会に出場。戦い方は大会で学んだ。

 もう母はいないが、怪我を負っては「仕事先で転んだ」と嘘をついていた。今思えば、見抜かれていたのだろう。

 爪をむき出しにし、大通りを歩く。もうすっかり癖になってしまった。指を少し内側に曲げて、誰にも当たらないように歩くのは。ヘリオスに爪の収納法とやらを教えてもらえれば、日常生活がかなり楽になるだろう。

 とりあえずは、昨夜帰るときに言われた「魔力集中を途切れさせるな」という宿題をこなさないと。

「・・・・・・意外に疲れるなー」

 呟き、ふぅ、と溜息をついた。



「・・・・・・なんで外にいんのー? ヘリオスー?」

 ヴァンたちが泊まっている部屋、その扉の前でヘリオスが腕を組んで立っている。

「おはよう」

 質問を無視し、挨拶を投げるヘリオス。ウラカーンも小さく、おはよう、と返す。

「でー、何で外にー?」

 無視されても再度聞き、ヘリオスに近づく。と、部屋の中からヴァンたちの声が聞こえてきた。

「・・・・・・たぎ・・・・・・かわい・・・・・・」

「でしょ・・・・・・ヴァ・・・・・・ぴったり・・・・・・」

「・・・・・・は・・・・・・じゃな・・・・・・これ・・・・・・かのぅ?」

「・・・・・・えら・・・・・・なんで・・・・・・一緒・・・・・・だ?」

 聞き耳を立て、ヘリオスを見る。

「・・・・・・分かったか?」

 ウラカーンはうなずくと、唇をニヤリと歪めた。怪訝な顔をするヘリオスだが、何をしようとしてるのか気づくと、無言で首を横に振る。

 指の先の爪をワキワキ動かすウラカーンに、ヘリオスの表情が険しくなった。

「させんぞ」

「いいじゃんー、減るもんじゃないしー」

「お前はいいとして、アリスの僕への信頼が減る」

「むしろヴァンだけ怒らないってー。オレっちの目の前で下着姿になったしー」

 その言葉にヘリオスの眉がぴくっと動く。

「なに・・・・・・? グラウクス、お前、アリスに妙なまねをしたんじゃないだろうな」

「あはー、オレっちは何もしてないよー。無理矢理ってのは好きじゃないんだー。同意の上だからこそ色々でき、おっとぉっ」

 喋ってる途中でヘリオスの左蹴りが顔面に飛んできた。首を横に動かすことでそれを避ける。

「ちょっとちょっとー、誰もヴァンにするなんていってないじゃんかよー。ていうか、今、蹴り? 普通蹴りはないんじゃないのー?」

 鋭い音を鳴らしながら足を戻し、両手を前に構え、ヘリオスが軽く跳ねる。

「お前のことは友だと思っているが、アリスに手を出すようなら敵だ。危険な芽は早目に潰しておくに限る」

「いいねー、オレっちもヘリオスとは一度やってみたいと思ってたんだー。けど、ここで戦ったら皆に怒られそうだしーそれに今はどっちかというと、ロマン渦巻く女性陣の脱衣姿が見たいっていうかー・・・・・・あっ! 後ろにテリオスってやつが!」

 ウラカーンがヘリオスの背後、廊下の奥を爪で指差す。普通は騙されるはずがない。ウラカーンはテリオスを見たことが無いからだ。

「なんだと!?」

 よって、騙されるのは、ヴァンのことを第一に考え、テリオスを警戒しまくっているからだ、という理由をつけておこう。

「隙ありっ」

 思い切り振り返ったヘリオスと扉の間に入り込み、ドアノブを一気に回し勢い良く扉を開ける。

「しまっ・・・・・・!」

 ヘリオスが騙されたことに気づき、それを阻止しようとしてももう遅い。扉という障害が無くなったウラカーンとヘリオスの視界に、楽園エデンの光景が否応無く入ってきた。

「ん? ウラカーン。もう来たのか?」

 ヴァンが振り返り一人だけ普通に声をかける。アリアとセレーネは固まっていて、フランは呆れた顔で溜息をついた。

 もちろん、全員下着姿である。ヴァンはピンクのワンピースのような格好で、フランは白い肌着に赤い下着。セレーネとアリアは上下が離れている物を身に着けていて、二人とも黒いやつだ。

 そして何気に着やせするタイプであることが判明したセレーネ。

「おおー、眼福眼福ー。ファーンタスティ〜ック!」

「・・・・・・なんて美しいんだ・・・・・・アリス」

 男二人の言葉で我に返ったアリアとセレーネの顔が徐々に赤くなる。無論、羞恥ではなく怒りのほうで。

「最っ低!」

「ヘリオス! あなたまで!!」

「お、おいっ、アリア、セレーネ! 魔術はやばっ」

 大気を揺らしながら魔力を解放する二人をヴァンが慌てて止めようとするが、やはり遅い。


 さわやかな朝を迎えていた宿屋に、轟音と男二人の悲鳴が響いた。




「はぁ・・・・・・いきなり銀貨十枚も無くなるなんて・・・・・・」

 馬車の中で、ヴァンが銅貨袋を覗き込みながら嘆く。アリアとセレーネ、ヘリオスが申し訳なさそうに体をちぢこませていた。

「まーまー、金は天下の回り物っていうしー、またいつでも入ってくるってー」

「おぬしが言うな」

 無駄な出費を出させた張本人のウラカーンが能天気に笑い、隣に座るフランの拳骨を受ける。

 一行は首都から『リモの街』に馬車で向かっている最中で、目指しているのは『ガレーラ王国』。

 理由は「共和国で秘宝を見つけたことがあるんじゃが、そこに行ってみるかえ?」というフランの言葉があったからだ。

 ヴァンが嘆いているのは、今朝の騒ぎで宿屋を少し壊してしまい、それの修理代として銀貨十枚を支払ったことによるもの。

「・・・・・・ところでウラカーン、お前、当然のように一緒に来てるのは何故だ?」

 向かい側に座る鉤爪手甲にたずねるヴァン。

 ウラカーンは邪魔にならないよう爪を下に向けた状態で答えた。

「だってー、ヘリオスにはまだ収納法教えてもらってないしー、闘技大会出てるよりついてったほうが強い奴とれそうだしー、ヴァンちゃんとも決着つけてないしー、それにオレっち必要だよー? シチュエーション的な意味で」

「・・・・・・シチュエーションってなんだ?」

 聞き返すヴァンにウラカーンはただヘラヘラ笑うだけである。

 ふぅ、と溜息をつくヴァン。アリアたちも同じように溜息をつくが、フランだけが苦笑していた。

「ええー、なにみんなー。オレっちがついてくるの、そんなに嫌ー? アーちゃんの下着が予想通り大人っぽいことも、セっちゃんの胸が意外に大きいのも忘れるからつれて、げぶるぁ!」

 他の客がいる中、そんなことを口走るウラカーンに、アリアとセレーネが顔を真っ赤にして比較的本気の拳打をぶつける。

 鼻に強烈な痛みと、後頭部にも衝撃をもらったウラカーンは長い爪の状態で器用に両方をさすった。

「いたた・・・・・・まだ昼なのに星が見えたよー・・・・・・ありがとうー・・・・・・」

 顔を赤くしたままの女性二人は、ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向く。

「礼には及びませんよ」

「えぇ、なんだったらもっと見せてもいいのよ?」

 アリアが拳をつくって自分の顔の前に持ち上げる。さすがにあの威力を二回も喰らうと軽く気絶しそうなのでウラカーンは丁重にお断りした。拳打の威力は魔術師が出したとは思えないものであった。

「おぬしら、そう騒ぐでない。全く、落ち着きがないのぅ」

 フランに叱られ、アリアとウラカーンは「はーい」と唇を尖らせ、セレーネが恥ずかしそうに俯く。

 一人二度目の溜息をつくヘリオスの隣で、ヴァンは静かに笑った。




 リモの街に馬車が入り、六人は大通りを歩く。そのまま関所行きの馬車に乗っても良かったのだが、この街にはお世話になった人たちがいる。ヴァンがその人たちに挨拶をしないとと言い、セレーネとヘリオスも妹が世話になったならとついていくことになった。

 今はまだ明るいので工房長たちは工房に居るはずだ。相変わらず露店で活気付く大通りの側に建てられている煙突が並ぶ建物を目指す。

 ここでも首都と同じく、好奇の目で見られたが気にしているのはフランだけだった。


 工房につき、開け放たれている大扉をくぐる。と、怒鳴り声が飛んできた。

「バカヤロウ! それを扱うときは気をつけろっていったじゃねーか!」

「す、すみません!」

 並べられた長机の一つで、筋骨隆々の初老の男が若い男を怒鳴り散らしている。初老の男は工房長だ。若い男は新人だろうか。

 怒声の歓迎に後ろの三人が目をぱちくりさせていたが、ヴァンたちは二度目ということと、工房長の人となりを知っているので苦笑するだけだ。

 忙しそうなので出直そうかとヴァンが言おうとしたとき、背後から声をかけられる。

「ちょっと、用があるなら入りなよ、入り口に立たれたら邪魔だよ」

 ぶっきらぼうな物言いの女性の声。危機覚えがある。

 全員が振り返るが、ヴァンとアリアは前に居たので、後ろのセレーネたちの影に隠れ、その人が見えない。

「あ、すみません」

 セレーネたちは邪魔になっていたことを謝ると、左右へどいた。

 ヴァンたち三人と、女性が顔を合わせる。女性が少し驚いた表情をするが、すぐに嬉しそうなものへと変わった。

「ヴァン! それにアリア、フランさんも!」

「エリュト」

 女性は工房長の娘で、過去ヴァンたちが街道で助けた赤髪の女剣士、エリュトだった。

「ずいぶんと大所帯になったねぇ。どうしたんだい?」

「あぁ、ちょっとガレーラまで戻ることになってな。通りかかったから挨拶でもと思って」

 笑いあうエリュトとヴァン。

「そうかい。ちょっと待ってな」

 エリュトが、ヴァンとアリアの間をすり抜け、工房に入ると声を上げる。

「親父ぃ! ヴァンたちが来たよー!」

 呼ばれた工房長は新人らしき男から視線をはずし、こちらを見た。怒りのしかめっ面だったがヴァンたちに気づくと、おぉ! と声を上げて破顔し、どすどす歩いてくる。

 ヴァンの前で立ち止まり、白い髪の頭に大きな手を乗せて、がしがし撫でた。

「てめぇ、こいつ、金おいてくなんて粋なことしやがって! がはははは!」

 豪快に笑いながらヴァンの頭を左右へ揺らす。

「ここここうぼうちょおおお、ゆゆゆらららさささ、あぐっ」

 揺らされつつ口を両手でおさえるヴァン。また舌を噛んだ様だ。あのときのように涙目になっていた。

「工房長、今度こそ殺す気ですか?」

 大きな体の後ろから呆れた声が聞こえてくる。工房長が半身になって振り向くと、青髪の青年が現れた。エリュトの相棒で、同じく街道で助けたことのあるオイエスだ。

「おう、オイエス、あいつにはちゃんと教えたか?」

「はぁ、えぇ、教えましたよ。ヴァンさんたちが来たのが嬉しいのは分かりますが、仕事を放棄しないでください」

 ジト目でみるオイエスに工房長は豪快に笑うことでごまかす。

 そんな工房長を見て、セレーネたちを紹介できるのはもう少し先になるかな、と苦笑するヴァンであった。


読んで頂きありがとうございます。

またも工房長一家登場ですね。

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