第五十六話
お話し合い〜
「ぬぬぬー・・・・・・」
ウラカーンが両手の爪を使い、パンを少しずつ切っていく。結局悪ふざけが過ぎて、話し合いが終わったあとに教えると怒られてしまったらしい。
料理屋に入った六人は大きめの丸いテーブルを囲み、運ばれてきた料理を食べている。
「・・・・・・大変そうだな、どれ」
鉤爪で一生懸命切ったパンをヴァンが一つ掴み、ウラカーンの口まで持っていった。
「・・・・・・へ?」
パンを差し出されたまま首をかしげるウラカーンに、ヴァンが眉をひそめる。
「何してる、口をあけろ」
ウラカーンが言われるままに口をあけた。その中にひょいっとパンを投げ込む。
つまり、はいアーンして、というやつである。アリアとセレーネ、ヘリオスは固まっていて阻止できなかった。
「やー、なんか照れるなー」
咀嚼しながらの言葉に、ヴァンが笑う。
「本当にお前は変な奴だな、今のどこに照れるところがあったんだ?」
楽しげに会話する二人を、フランを除いたその場の全員が是とするはずが無く。
「あいだーっ」
ガタンと机が動き、ウラカーンが悲鳴を上げた。ヴァンは気づかなかったが、アリアがウラカーンの足に、まさに殺す勢いで瞬速の蹴りを放ったのだ。その速さ、音すら出さず。
セレーネが黒い微笑みを浮かべて、弟を見る。
「ヘリオス、ウラカーンさんはお一人で食べるのが大変みたいですよ、手伝ってあげたらどうですか?」
ヘリオスも黒い笑みでうなずいた。
「そうだな、姉さん。よし、グラウクス。今度はスープが飲みたいだろう? 遠慮するな、さぁ、ぐいっと飲め」
「いたた・・・・・・え、ちょっと待って、ヘリオス。それ熱い、熱いから、ていうか、普通スプーンとかじゃないのー? それにオレっち、猫舌なんだけ、あ、まってまって、そんな皿ごとっ、がぼぼぼーあぢゃぼぼぼー!」
アリアの蹴りで足をさすっていたウラカーンは、なすすべなくアツアツスープをなみなみと口の中に入れられていく。
ヴァンが感心した様子で声を出す。
「へぇー、ヘリオスとウラカーン、いつの間にそんな仲良くなったんだ?」
「・・・・・・ヴァン、おぬし、ちょっとそれはあれじゃぞ? もうわしの語彙じゃ表現しきれないほど、鈍感じゃぞ?」
ツッコむフランは、セリフとは裏腹に笑いをこらえていた。
「ふぅ・・・・・・して、話の続きじゃが、秘宝は元々、完全に力を使いきれない魔族の子等の身を護るために創られたんじゃな?」
セレーネを向きながら確認するフラン。
「はい。成人を迎えれば別なのですが、力に目覚めきっていない魔の者の子供たちは、いわゆる放出系の魔術を行使できません。使えるのは魔装系のみです。アリスもそうでしょう?」
聞かれ、ヴァンがウラカーンから視線を外す。
「ん? あぁ、確かに俺は放出系がからっきし駄目だが・・・・・・そんな理由があったのか」
言葉通り、ヴァンが使える魔術は二つだけの上に、両方とも魔装系だ。これが『力に目覚めていない』状態というやつらしい。
「そして、力に目覚めていないからこそ、私たち姉弟はアリスに封印を施すことができたのです。テリオスが使おうとした『蹂躙の法』も同じく不完全で生きた時間が短い子供にしか効きません。・・・・・・だから、地表で成人まで生きてもらおうと考えたのです」
目を伏せるセレーネに、アリアが危惧したことを口にした。
「待って、それって、ヴァンは今まだ魔族での成人を迎えてないってことよね? そのテリオスっていうのがヴァンにまた『蹂躙の法』を使ったらまずいんじゃないの?」
その言葉に、セレーネとヘリオスの瞳が決意の色に光る。
「それをさせないために、私たちはここにきました。それに、『蹂躙の法』は時間がかかる上に失敗しやすいです」
「・・・・・・僕たちは昔弱くて、アリスの記憶は消されてしまったが、今度はそんなことはさせない。何が何でも、アリスを護る」
覚悟を胸に秘める二人の言葉は力強かった。ヴァンは、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
ここまで想ってくれているのに、姉兄と過ごした思い出もあったはずなのに、不可抗力とはいえヴァンは忘れてしまっているのだ。それがとても悲しい。
「・・・・・・すまない」
謝るヴァンにセレーネたちが目を見開く。
「どうして謝ってるですか、アリス?」
「いや、だって・・・・・・俺は忘れてしまってる。昔の・・・・・・あんたたちとの思い出を」
忘れている、ということに、セレーネたちが一瞬悲しげな表情を浮かべるが、すぐに優しい微笑みにかわった。
「・・・・・・確かに、アリスは僕たちのことも、昔の思い出も、全部消されてしまってる。けど、それはアリスのせいじゃない」
「そうですよ、アリス。思い出が消されたことは私たちも悲しいです、すごく・・・・・・。でも、私たちはその悲しみよりも、あなたと出会えて、また話せて・・・・・・そっちのほうが、とっても嬉しいんです。だから、謝ることはありません。それに・・・・・・思い出はこれからだって作れるでしょう、ヴァン?」
今の名前で呼ばれ、少し驚いた顔をするが、すぐにふっと息を吐く。
「あぁ・・・・・・そうだな・・・・・・姉さん」
最後の呟きは、口の中だけで転がした。
「・・・・・・えーと、それでー、これからどうするのー?」
ウラカーンがパンを爪で刺し口に運びながら、おずおずと切り出す。フランが、はぁ、と溜息をついた。
「おぬしは空気ぶれいかあじゃのぉ。もう少し余韻とか残してやらんか」
「・・・・・・フーちんが話を進ませろって言ったじゃないかー」
「おっほん! はてさて・・・・・・そんなこといったかのぉ? 最近物忘れがはげしゅうてな」
非難の視線でフランをみるウラカーン。ヘリオスが苦笑して口を開く。
「すまなかったな。今後の方針だが、とりあえずアリスに吸収された『フォカーテの香水』を解除したほうがいいと思う」
「私もそれに賛成だわ。誰でもヴァンの居場所が分かるなんて、何が起こるかわからないわ。危ない奴が釣れちゃうかもしれないし」
ヘリオスの提案にアリアが続く。これにはセレーネとフラン、ウラカーンも全員賛成した。
ヴァンだけが「そこまで重大なことか?」と首をひねっていたが、皆その意見は無視だ。
「ところで、ヴァンは秘宝を吸収したという話になっとるが、魔族は誰でも秘宝を吸収できるのかえ?」
疑問を投げかけるフランに、ヘリオスが首を横に振り再度口を開く。
「秘宝を吸収できる魔族は稀だ。過去にも数人いたようだが、修練や実験で出来るようになることでもない。完全な先天性で、魂の濃度が関係しているといわれているが・・・・・・まぁそれも噂に近いな」
次はヴァンが聞いてきた。
「じゃあ、セレーネとヘリオス・・・・・・あと、テリオスだったか? も、もしかしたら吸収できるかもしれないのか?」
それにはセレーネが答える。
「言われて見れば、試したことは無いですね・・・・・・。もう何千年も前から先天性ということだけが分かっていて、本当にごく稀ですから、誰も自分が出来るとは思いませんし・・・・・・」
「ふむ。して、ヴァンが吸収した『フォカーテの香水』を解除するにはどうしたらいいんじゃ?」
先ほどまで流れるような返答をしていたセレーネたちが、はじめて言いよどんだ。
不思議がる四人にセレーネが言う。
「実は・・・・・・分からないんです」
姉弟を除く全員が、は? と目を丸くした。
「僕たちの世代で吸収できるのは誰も居ない。元々秘宝は子供たちが身を護るために使うものだ。成人すれば必要がなくなる。それ以上の力を発揮できるからな」
「子供のときは完全ではありませんから、吸収できるほどの力もありませんし・・・・・・」
ヴァンは考える。この二人の話をそのまま考えれば、セレーネたち、そしてテリオスも、吸収できるという可能性があった。
「ふむ、ならば、おぬしらの故郷に行くのはどうじゃ? 話を聞く限り、秘宝が山のようにありそうじゃが」
どこか期待している声のフラン。またもヘリオスが首を横に振る。
「いや、駄目だ。魔界と地表を行き来するのは、時間がかかる上に困難だ。僕たちも地表へ上がるのは死に物狂いだったよ。それに、魔界にはアリスを狙うほかの魔族もいるし、地表より強大で凶暴な獣たちがウヨウヨしている。・・・・・・正直、君たちの強さと体の脆さでは耐え切れないだろう」
言外に弱い、と言われているのだが、セレーネたちの回復した魔力総量を感じ、悔しくも納得してしまう。
「なら、地表っていうんだっけー? ここで探すしかないねー」
ウラカーンが相変わらずの緊張感のない声で言った。
「ですが、秘宝を探すというのは結構名案だと思います。力をつけるという意味でも、集めて損はないですし、私たちも全ての秘宝を知っているわけではありません。地表に出ている物で、秘宝を無効化する秘宝がない、とも言い切れないですしね」
「じゃあ、決まりだな。・・・・・・そういえば、闘技場での秘宝はどうなったんだろうな?」
話し合いが決まり、ヴァンが思い出したように呟く。
と、後ろから見知らぬ男が話しかけられる。
「なんだ、嬢ちゃんしらねーのか? あの闘技場での秘宝なら、襲ってきた魔獣が盗んでったぜ」
振り向くと、以前、闘技場で『秘宝をみた』と料理屋で騒いでいた男いた。椅子の背もたれに腕を乗せてこちらを向いている。
「盗まれたじゃと?」
男に返したのはフランだ。あの秘宝を狙っていただけに聞き捨てならないのだろう。
ヴァンたちも目を鋭くさせた。
「あぁ、おれはみたんだよ、あの魔獣がボロボロになりながら口に秘宝をくわえてるのを! 魔獣のやろう、大会を台無しにしただけじゃなく、秘宝まで盗むなんてゆるせーねよな!」
こういうとき、見ている人はみているものである。
ヴァンが熱くなる男を、ありがとうございます、と微笑み撃沈させ、皆に向き合った。
「ライカニクスが秘宝を・・・・・・どう思う?」
「何のつもりかは知りませんが、もしかすると他の秘宝にも手を出すかもしれません。こちらもなるべく多く探したほうが良さそうですね」
ヴァンの問いをセレーネが返し、皆も頷く。
「・・・・・・そして、それに当たって、今片付けるべき重大な問題がある」
テーブルに肘をのせ、両手を唇の前で絡めるヴァン。その重い口調に、姉兄とウラカーンが何事かと真剣な表情になるが、アリアとフランは嫌な予感がしていた。
ヴァンは全員を見渡し、ゆっくり口を開ける。
「金が、無い」
何というか、もう何というか・・・・・・な発言にセレーネたちのときが止まるが、二度目のアリアとフランはただ頭を抱えるだけだった。
読んで頂きありがとうございます。
ウラカーン、良い目と痛い目でプラスマイナスゼロですね。愛すべきバカです。
次回から少し依頼をこなします。
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