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第五十五話

「ここは・・・・・・」

 白と黒が混ざっただけの、何もない空間でヴァンが呟く。声は遠くまで響いたようでもあり、近くでささやかれたようでもあった。

 ヴァンはここがどこだか知っている。否、正確には思い出した。魔力切れを起こし、気絶していたときに見た、夢。

 その時は泣いていた女の子がいて、真っ黒な闇の世界だった。

「ん・・・・・・?」

 その事が頭によぎった瞬間に、女の子が目の前に現れる。真っ白な長い髪に、血のような赤い瞳、黒いドレスを着たヴァンに似ている女の子。

 ヴァンは思う。セレーネたちの話が全て真実なら、やはりこの女の子はヴァンの幼少時になるのだろう。

「・・・・・・」

 女の子は黙ってヴァンを見上げていた。もう泣いていない。

「君が・・・・・・アリスか?」

 なんだかこの子と自分は他人に思える。そんな考えがつい口から出てしまった。

「・・・・・・」

 黙って首を横に振り、ゆっくりヴァンを指差した。

「・・・・・・俺?」

 首をかしげるヴァンから指を離し、今度は自らを指差す。


 あなたは、私。


 話したわけじゃないけれど、ヴァンはそう言われたような気がした。

「・・・・・・君は、俺。ってことか?」

 ヴァンが諦めたような声で言うと、アリスはにこっと微笑む。全く表情が無かった顔に落ちるその笑みは、華が咲いたよう。

 笑みの形のまま、口を動かす女の子。声は聞こえず、何を言ってるか分からない。

「え?」

 ヴァンが聞き返す。一つだけ分かったことは、話していたのが長かったことくらいだ。



「アリスっ!!!」

 女性の大声でヴァンがびくっと目を覚ます。椅子に座って寝ていたので体がずり落ちそうになった。

 寝ぼけ眼であたりを見回すと、セレーネが汗だくになってベッドから身を起こ、肩で息を吐いている。悪い夢でもみたのだろうか。

 隣の椅子で眠るアリアと、壁の前で座り寝るフランから、寝ぼけた声が聞こえてきた。

「セレーネ・・・・・・? どうした?」

 ヴァンが声をかけると、慌ててこちらを見る。

「ア、アリス・・・・・・」

 最初、呆然としていたが、青い顔がだんだん赤みを帯びてきた。そして

「アリスゥっ!」

 ヴァンに飛びついてきた。

「ふわぁっ!」

 突然抱きつかれ、昨日と同じように椅子の背もたれに背中を強打する。

「あぁ、アリス、アリス・・・・・・夢じゃなかったんですね、あなたに会えたのは、夢じゃなかったんですね・・・・・・!」

 ベッドから椅子へ乗り出し、ヴァンをきつく抱きしめるセレーネ。少し苦しい。

 ・・・・・・この人は、夢に出るほど俺のことを心配してくれたのか。ヴァンは、目を白黒させるアリアとフランはとりあえず置いといて、セレーネの背中に手を回しゆっくり撫でた。


「・・・・・・姉さん」

 後ろのベッドから低い声が聞こえる。セレーネとヴァンが抱き合いながらも視線をそこに向けると、ヘリオスが、悲しそう、というか、切なそう、というか、そう、うらやましそうに二人を見ていた。

「ヘリオス。起きたのですか?」

 セレーネが妹を抱きしめたまま、弟に言う。頬に涙の跡があるが流れている様子はない。

「あぁ。起きたとも。姉さんの声でな。・・・・・・いや、それよりも、ずるいじゃないか。一人だけアリスに抱きついて!」

 ベッドから身を起こしたヘリオスの抗議に、セレーネ以外の目がまたも白黒になった。

「ずるくはありません。だって、久しぶりに会えたんですもの、ねー?」

 完全には離れず、ヴァンの顔を至近距離でみつめ、同意を求めてくるセレーネ。

「・・・・・・いや、あの・・・・・・落ち着いたなら離れて欲しいんだが・・・・・」

 姉といっても記憶が無いので、普通の美しい女性なセレーネの顔がそんな近くにあっては恥ずかしい。

 ヴァンは頬を赤くして視線をそらす。

 そして兄だという人物がさらに声をあげた。

「なら! 僕だって久しぶりに会えたのだから、抱きしめてもいいだろう! アリス、この兄の胸にも飛び込んできてくれ!」

 ベッドで身を起こして両手を広げ、さぁ! と言ってくるヘリオスは、兄といってもやっぱり記憶が無いので、ヴァンにとっては端正な顔の男がベッドで情事をしようと言っているように聞こえ・・・・・・こほん、そこまではないか?

「え、いや、あの、さぁ! といわれても・・・・・・」

 返事につまるヴァンの言葉をかき消し、アリアが叫んだ。

「駄目よっ、セレーネさんはともかく、男のあなたが軽々しくヴァンを抱きしめて、柔らかくて温かい抱き心地に、妙な気を起こしたらどうするの!」

「そうです! アリスは私がもっと抱きしめるんです!」

「なっ、僕が妹相手に劣情をもよおすと思っているのか!? 僕はそんな変態じゃない! 純粋にアリスを愛しているんだ!」

「・・・・・・じゃが、最近は家族でも気にせんというのがおるしのぅ」

「な! ヘリオス! あなたアリスにそんなことをしたいとおもってるんですか!?」

「信じられないわ! 妹に手を出そうと考えるなんて!」

「ち、ちがう! 僕はそんなこと考えていない! フランさんっ、変なことを言うな!」

「・・・・・・慌てるところがまたあやしいのぅ」

「もう黙っててくれ!」

「アリスも嫌ですよね、そんな兄の腕の中におさまるなんて」

「え? いや、俺は別に・・・・・・それより、頬ずりするのやめてくれないか」

「ヴァン! 男には隙をみせちゃだめなのよ! ていうか、セレーネさんっ、いつまでそうやってるつもり!?」

「ア、アリス・・・・・・そんな・・・・・・僕のことを嫌いになってしまったのか・・・・・・」

「嫌いじゃないけど・・・・・・なんでそうなった?」

「私の妹です。どれだけ抱きついてもいいじゃないですか」

「妹っていったって・・・・・・ヴァンが迷惑そうにしてるじゃないっ」

「えぇ!? アリス、いやでした? あつくるしいですか?」

「は? や、恥ずかしいではあるけど、別にいやってわけじゃ」

「・・・・・・アリスゥー!」

「わっ、ちょっ、く、くるし」

「いい加減にはなれなさいよー!」

「ほっ、よかった。嫌われてないようで・・・・・・」

「はっはっはっ!」

 もう何が何だか分からなくなってきたヴァン。ややこしくした張本人フランは楽しげに笑う。

 結局、騒ぎはウラカーンが部屋にくるまで続いた。

 


 宿泊期間が過ぎたので、宿屋の主人にさらに五十枚の銅貨を渡し、一行は大通りを歩いている。

 大通りは、昨日の魔獣騒ぎが嘘のようで普段どおりの活気が戻っていた。違う点といえば、そこかしこに衛兵が巡回しているところだろうか。

「・・・・・・それにしても、目立つ団体じゃのぉ。わしらは」

 フランが、前を歩くヴァンとセレーネたち、アリアを眺め呟いた。ウラカーンもフランの隣で、そうだねぇ、と同調する。

「おぬしもそれに入っておるんじゃがな」

「それを言うならフーちんもでしょー」

 前の四人は全く気にしていないが、フランは、否応無く視界に入ってくる好機の目をした通行人たちが少し気になった。

 ヴァンとセレーネとヘリオスは、真っ白な髪で目立つ上に美しい顔立ちで、アリアは一般人のそれと変わらない髪色だが、女性らしいふくよかな肉体は男たちの目を引く。自分もエルフの姿をしているのでそれなりに珍しがられるが、前方を歩く四人ほどではない。

 しかも隣に立つ飄々とした男は、両手に鉤爪手甲をしているせいで、それもまた妙な目で見られる。

「ところでおぬし、その爪はいつも出ておるのか?」

 鉤爪に視線をおろし、ウラカーンにたずねるフラン。

 ウラカーンは両手を自分の目の前まで持ってきてカチカチぶつけ合わせた。

「そうなんだよねー、だから服とか慎重に着替えないとビリビリになるしー。今から行く料理屋の皿とか割っちゃったらどうしようかなー」

 やっぱり怒られるよねー、と深刻そうな感じが微塵もしない間延びした声で付け加える。


 というのも、宿屋でゆっくり話し合うことが出来ない上、昨日の夜から何も食べてない一行は、「どこかに食べに行こう」というヴァンの提案で料理屋に行くことに。

 セレーネとヘリオスは、魔界通貨は持っているものの、ここでのお金は持ってない。

 ヴァンたちも残り銅貨二十六枚になっていたが、一昨日の夜食べた料理屋なら十分足りるだろうと思っていたのだが、そこでウラカーンの

「オレっちがおごるよー、お金の使い道最近無くなってたまりにたまってさー」

 なんていうお金持ち発言にアリアが乗ったのだ。

 ヴァンとしては人に奢ってもらうのは好きではないのだが、ウラカーンの、お礼は体で良いよーという言葉に、とりあえず一発殴って奢らせることにした。


 ウラカーンとフランの会話が聞こえたヘリオスが、セレーネと話しているヴァンから離れ、後方の二人と歩みを合わせる。

「グラウクス、君はその爪を仕舞えないのか?」

 なぜかヘリオスはウラカーンのことを名前で呼ぶ。ウラカーンもヘリオスとは妙に気が合うらしく、すでに友人の仲だ。

「うんー、そうだよー、おかげで隠すときは折らないといけなくてさー、大変なんだー」

 溜息をつくウラカーンにヘリオスが何かを考え、口を開いた。

「なら、僕が収納方法を教えよう。僕らの故郷には異なる種族を親に持つ者が多い。そういう魔術も創られてきた。普段の生活が過ごしやすくなるはずだ」

「マジでーっ? それはうれしいなー、さすがヘリオスー」

 ウラカーンががばっとヘリオスに腕を巻きつける。鉤爪が動き、フランがそれを軽く避けた。

「お、おい、抱きつくなっ。ていうか、爪! 爪が痛い!」

 ウラカーンの爪を押さえながらヘリオスが怒鳴る。

 ヴァンたちが何事かと振り返り、フランは嬉しそうな表情のウラカーンを見て静かに微笑んでいた。


読んで頂きありがとうございます。

ウラカーン、気に入ってます。お気に入り?リーちゃんです。

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