第四話
むしろここからが本編? 前置き長すぎましたね、反省。
ここでプロローグ部分が入ってしまうわけで。
どこかの宿屋で目覚めたヴァンに、少女の大告白。
「私、あなたのことを好きになっちゃったわ。だから、女の子にしてみたの」
「な、な、な、なんだとぉー!!」
驚愕と衝撃と絶叫を交えたヴァンの顔は、あの恐ろしい悪人面ではなく、妖精かと思われるほど可愛らしかった。すらりとした鼻立ちに、ほっそりとした小顔。三白眼の面影は全く無い、くりっと大きな青い瞳。肌は浅黒いを真逆に行くほど白く、滑らかだ。頭から伸びる髪は蒼く長い。ベッドの上に座っているヴァンの周りにこれでもかと敷き詰められている。
「待て。待て待て待て。女にした? なぜ? どうして? なんのために!?」
右手を目の前の少女を抑えるように突き出すと一気にまくし立てる。
少女はにっこり微笑む。こんな状況じゃなければ見とれる華の微笑みだ。
「私の異名、知ってる?」
質問を質問でかえされ、気を殺がれたヴァンは、記憶をたどる。
「『狼殺し』・・・・・・だったか? それと俺の質問に何の関係が」
「私、男が大っ嫌いなのよね」
ヴァンの言葉をさえぎって少女が言う。その目は本気と書いてマジと読める。狼は古来より男の比ゆで使われることが多いが、『狼殺し』、そういうことか。
言っておくけど誰も殺してないからね、と少女が付け加える。
ヴァンは先ほどの告白との矛盾点に気づいた。
「いや、俺も男なんだが。さっき好きになったとか言わなかったか?」
少女はそう聞かれるのが分かっていたかのように肯いた。
「えぇ、好きになったわ。でもそれは、男のあなたをではなくて、あなたの魂が綺麗だったからよ」
ヴァンの目が点。
「た、たましい? 魂ってあのー・・・・・・命とかそういう?」
「ちょっと違うけど、失ったら死ぬという意味では同じね。私くらい魔力が高くなると、自然と相手の本質、つまり『魂』が見えてくるわ。そのときの、魂の色? とでも言えばいいのかしらね、それらで今その人が考えてることも大体分かってくるわよ」
驚いた。ヴァンも噂では聞いたことがある。力を持った魔術師はそれが出来るとも聞いたこともある。だが、目の前の年下に見える少女がそこまでの力を持ってるとは信じがた・・・・・・くもなかった。あの魔獣との戦闘が、真実を物語っている。
「疑うかと思ったけど、信じてもらえたみたいね」
嬉しそうに破顔する少女。今の内心の動きを表情に出したつもりはなかったが、なるほど、魂が見える。
「まぁな。あの戦闘に、今の俺の心の動きを読んだこと。信じるしかない。だが、俺の魂が綺麗というのはどういう意味だ?」
ヴァンの疑問に、少女は頬を赤くして答える。
「あなた、私の怪我を見てくれたとき、本当に怪我のことだけを心配してくれたわよね」
あの時も魂を読んだのだろうか。確かに、怪我を治すこと以外は考えていなかったが。
ヴァンがそのときのことを思い出している間も、少女は続けた。
「私に近づいてくる男なんて、みんな体目当て。下心ありあり。うんざりしてたわ」
はたから聞けば自慢のように聞こえるが、少女の顔は心底嫌そうにしている。
どれほどのものかと、ヴァンは少女の体を見た。全体的に細いせいで、胸や腰の辺りが強調されている。背中に流れる金髪は波がかかって煌いている。
そしてこの顔か。放っておかれる容姿じゃないな、確かに。と、そこまでみて、ヴァンは慌てて少女の目に視線を戻す。こんなに凝視していては、自分も下心があるんじゃと勘ぐられるのを恐れたというのもあるが、それより、見ていることで少女が傷つかないように。
「それで、その男たちの魂といったら、もう汚くて汚くて・・・・・・」
少女は気にしていない様子で、ヴァンを見ていた。ほっとするヴァン。
「いや、だが、何もそんな男だけじゃなかっただろう?」
「そうね、そういう男もいるかもね。あなたみたいに。でも、私が男嫌いになるのは、簡単だったわよ」
なんだか同じ男として―今は少女だが―申し訳なく思ってしまう。
「それに、あなただって、そういう苦労はあったんじゃない? あれだけ恐い顔してたんだから」
ああ、そうだ。ヴァンはうつむく。見た目だけで判断されることなんて、たくさんあった。自分がかっこよければ、こんな悲しい思いはしないんじゃないかと考えたことさえあった。
「君は綺麗だけど、それだけでなんの苦労もないなんて、無いんだよな」
綺麗といわれたことに頬を染める少女だが、ヴァンは気づかない。なんだか吹っ切れた気分だ、自分だけじゃない、仲間を見つけた気分。
「ん・・・・・・? 待て、それで何故女にしたのか、理由を聞いてないぞ」
危うく流されそうになったヴァンだが、少女は目を輝かせながら答える。
「そんなの決まってるでしょう。私が・・・・・・」
そこでうつむく少女。
「私が・・・・・・?」
突然、少女が思い切り抱きついてきた。ベッドに押し倒されるヴァン。
「おわあ!」
「女の子大好きだからに決まってるじゃないー! んんーっ、もう我慢できない! 可愛い可愛い可愛いー! 三年もこの魔術を研究した甲斐があったわー! もう大成功ね! 初めて人に使ったから、自信なかったの! 目覚めないときはどうしようかと思ったわ、けど、起きてくれてよかっ・・・・・・良かったよぉ、うわーん!」
思い切り頬ずりしてきたかとおもうと、今度は泣き出してしまった。一応心配してくれたらしい。初めて人に使ったのくだりでは顔が引きつるかとおもったが。
こうしてると女にしたことを少しだけ許してしまいそうになる。この少女も大変だったんだろう。苦笑しながら、頭を撫でてあげようと右手を少女に近づける。
と、少女が耳を甘噛みしてきた。全身を電流が走ったような感覚が襲う。
「ひゃわあ! な、何をする!」
思い切り少女を押し返す。その顔には涙は流れておらず、ニヤニヤとしていた。嘘泣きだったのか。
「えへへー、がまんできずに、つい」
舌をぺろっと出した少女にヴァンの顔が真っ赤になる。
「ついじゃないだろう! 人がせっかく少しは・・・・・・ああもういい! 男に戻せ、今戻せ、すぐ戻せ、さぁ戻せ!」
「嫌よぉ、男に戻したら、かわいくないじゃないの」
少女がそっぽを向く。勝手な言い分にもう開いた口がふさがらない。だんだんと怒りのボルテージがあがってきた。と、少女が慌てて両手を前に振る。
「ま、まってまって! おこらないで! 私に協力してくれたら戻すから!」
しゅんしゅんしゅんと怒りが縮こまっていく。
「協力?」
首をかしげるヴァン。少女は胸をなでおろし、肯いた。
「そう、私、ある秘宝を探しているんだけど、一人じゃ限界があるって昨日の魔獣相手にして分かったの。あなたとは相性いいし、ちょうどパートナーも探してて・・・・・・」
ちらっちらっとヴァンを伺いながら話す少女。
「そんなの、ギルドで依頼だせばいいだろ。俺が協力する理由が無い」
ヴァンの言葉に、うなだれる少女。少し言い過ぎただろうか。少女の話を聞く限り、パートナー探しも楽じゃなさそうだが・・・・・・冒険者は男ばかりだし。
心配になり顔を覗き込むヴァン。少女がぼそっとつぶやいた。
「じゃあ、あなた、一生女ね」
突然の死の宣告に固まるヴァン。ゆっくり顔をあげる少女の表情は悪戯を思いついた子供のようだった。
「いっておくけど、あなたにかけた魔術、私が三年間みっちり研究して創りあげた完全オリジナルよ。私以外、解ける人はいないわ。でも、私も鬼じゃない。あなたがどうしても協力したくない、というのであれば、潔く身を引くわよ。だけどその場合、あなたにかけた魔術を解くつもりは無いわ。疲れるだけだもの。本当に残念だわ。良い関係を築けると思ったのだけれど。それじゃ、お元気で。さようなら」
すらすらと言うと、少女が立ち上がった。瞬時にヴァンが少女のスカートの裾を掴む。
「なにかしら?」
含み笑いで問う少女。ヴァンは少女を睨み上げつぶやいた。
「・・・・・・協力してやる」
「協力、させて、ください」
うぐっと言葉を詰まらせるヴァン。真っ赤になった顔を背け、ぼそぼそ。
「・・・・・・協力・・・・・・させてください」
にっこりとものすごく良い笑顔の少女が肯く。
「素直になってくれて嬉しいわ」
ヴァンが裾を離すと、少女はまた椅子に座った。
「それじゃ、まず自己紹介ね。私は、アリア。アリア・エキーア。よろしくね」
「・・・・・・ヴァン・グラシアード、よろしく頼む」
にこにことヴァンを見るアリア。妙な居心地の悪さを感じたヴァンは、ごまかすようにベッドから降りた。
「あ、気をつけて」
何を? と問おうとしたが、遅かった。視界が高速で揺らぎ、ビタンと床にキスをする。体も小さくなったヴァンは、サイズがこれっぽっちもあっていないダボダボのズボンを踏んづけ、こけてしまったのだ。普段では絶対あり得ない出来事に受身が取れず、両手を上に掲げている。
少しの沈黙の間、ヴァンがのそのそと床から体を離し、ぺたんと座り込む。右手で鼻を押さえた。結構痛い。
それを見ていたアリアも、ぶつけていない鼻を押さえている。隙間から赤い液体が流れていたが、ヴァンは見ないことにした。
読んでいただきありがとうございます。がんばります。