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第四十八話


バトルバトルゥ

 ウラカーンとの距離が一気に縮まる。

 両手の赤い手甲から伸びる、五本の鉤爪は指の動きと連動して金属音を鳴らしていた。

「ちゃんとよけてねっとぉ!」

 ウラカーンが右爪を左に薙ぐ。ヴァンは体を低くかがませてそれを避ける。そのまま懐に入り込み、左の掌底を放つ。

 ウラカーンは痩躯を半身にして、それをかわし、左手甲を自分に引き寄せるように、ヴァンの背後へ振り下ろす。

 左肩の動きでそれを察知したヴァンは、右足でウラカーンの左膝を踏み、後方へ宙返り。跳ぶ最中に左足で蹴ろうとするが、

「おぉっ!?」

 首を左に動かされ、当てることができなかった。

 ドレススカートをふわりと揺らし地面に降り立つと、すばやく後方へ跳んだ。

 ウラカーンはヴァンの避け際の攻撃で体のバランスを崩されたことにより、追撃を諦めている。

 試合開始と同時に静まり返っていた観客たちが、わっと歓声を上げ、司会者も我に返ったように声を出した。

「すごいすごい、すごすぎるー! なんとヴァン選手その小さな体を十分有効活用している身軽な動きー! しかし、その速さに翻弄されず対応しているウラカーン選手も相当だー!」

「ふぃー、やるねー」

 両手の鉤爪をぶつけ、カチカチとならすウラカーン。

「お前もな」

 体を左右に動かし、軽く足踏みをしたあと、ヴァンがまた疾走した。

「おお!?」

 ウラカーンが目を見開く。ヴァンの速度が先ほどの比ではなかったからだ。

 それもそのはず。さっきの奔りは、ヴァンの脚力だけで走っていた。今は両足に魔力をこめ、自らの体を押し出している。

「それが本気かぁー!」

 どこか嬉しそうな声だが、その表情は真剣だ。

 両手の鉤爪をヴァンが目の前に来た瞬間に、交互に振り下ろす。一度目の左爪は体をかがめさせて避け、二度目の右爪は左に跳ぶ事によってかわした。

 男の右側面に出たヴァン。ウラカーンは右爪を振り下ろしきっている最中で、ここが隙となる。

「はぁっ!」

 ヴァンが地面を蹴り、左拳をウラカーンのわき腹に向けて突き出した。だが、衝撃はウラカーンのわき腹ではなく、ヴァンの腹部を襲った。

「がっ!?」

 激痛が走り、ヴァンの小柄な体が吹き飛ばされる。観客がどよめき、アリアとフランが声を上げ、司会者が叫ぶ。

「おおっとー! これは痛恨のカ、ウンタァァァ! かなり痛そうだぞー、ていうか、ヴァンちゃんだいじょうぶかー!?」

「げ、ほっ、かはっ」

 地面に片手をつき、もう片手で腹を押さえ、何が起こったのか確認するため男を見る。

 ウラカーンは、右足をヴァンに向けて突き出した状態で体を浮かせていた。支えとなっているのは、先ほど振り下ろした右爪。

 それを地面に刺し、体を浮かせているのだ。恐るべきは、ウラカーンの腕力か。

 ゆっくりとヴァンを蹴った足を地につけ立ち上がり、右爪を引き抜いた。

「すごく速いんだねー、ちょっと焦ったよー」

 左爪で右爪についた土を払う。何ともいえない不快な音を鳴らす。

「はぁ、はぁ・・・・・・ふぅ・・・・・・」

 呼吸を整え、立ち上がるヴァン。蹴られた腹はまだ右手でおさえていた。

「・・・・・・やっぱり、得物持ちに徒手空拳は無理だな、今の俺には」

 自嘲気味な笑みを浮かべ、右手を腹からはなし、ウラカーンに向ける。

「おんや? もしかして魔術ー? させるわけないよー」

 鉤爪手甲が奔った。それより速く、ヴァンが詠唱する。

「フレア・ソード」

 ヴァンの右手から炎が噴き出すのと、ウラカーンが左爪を右に大きく振り回すの同時だった。

 高い金属音が響く。

「・・・・・・詠唱も速いだなんて、ちょっとずるいかなー?」

 ウラカーンの視線の先には、両刃剣の形を創った炎があり、切っ先を下に向けて爪の動きを止めている。

「ななななんとー! ヴァン選手、魔術も使えたー! その手に握るは断罪のつるぎ! まさに戦う愛☆天使だー!」

 司会者が叫ぶが、誰も聞いていない。

 ヴァンの唇が笑みの形になった。

「ふっ!」

 気合を込めて炎剣を振り上げ、左爪を弾く。男の左手甲を無理矢理上へ向かせると、

「はぁぁっ!」

 両手で炎の柄を握り、相手の上下左右に振り回した。ウラカーンが両手甲を動かし、斬撃を一つずつ受け止め、流し、はじいていく。

「はははっ、すごい、すごいよ、ヴァン! こんなに楽しいのは久しぶりだ!」

 さっきまで『ちゃん』付けだったのに、今はもう呼び捨てだ。道化の振りを忘れるほど、高揚しているらしい。

「そいつはっ、どうも!」

 ヴァンの表情も楽しげなものになっている。

 炎剣をウラカーンの爪にぶつけ、続けざまに振り回す。

「今度はオレっちからもいくよ!」

 今度はウラカーンが炎剣を弾き、連続して爪をヴァンに向かわせる。ヴァンは炎の柄を胸の前で固定し、そこを軸にして刀身だけで連爪を受けた。

 何度も何度も、金属音が闘技場内を走る。もう歓声はない。観客たちは、目の前で繰り広げられる剣戟の舞を、固唾を呑んで見入っている。

「たぁっ!」

「でぇいっ!」

 二人が気合を発し、一際大きな撃音を鳴らすと後方へ跳び距離を取った。

 タイミングを合わせたように、また歓声がとどろく。さらにさらに司会者が興奮して声を出した。

「これまたすごいー! あまりの攻防にわたくし、一瞬司会者であることをわすれてしまっていましたー!」

 司会者というよりは、もう実況である。

「はぁっ、はぁっ」

「ははっ、はははっ」

 ヴァンが肩で息をする。ウラカーンも呼吸は乱れているが、笑うことができる程度であった。

 技はわずかにヴァンが上。だが、力と体力で劣る分、ヴァンのほうが不利だ。

「はぁ〜、あぁ、楽しい。オレっちはこの大会に何度も出てるけど、君ほど楽しい相手はいなかったよー」

 再びニコニコと笑みを浮かべるウラカーン。ヴァンの呼吸が整うのを待っているのだろうか。

「はぁ、はぁ、それは、光栄、だな。・・・・・・ふぅ」

 最後、一つ息を吐くと、もう乱れていない。

「もういいかい?」

 聞いてくるウラカーンに、ヴァンが苦笑した。

「お前はほんと、変な奴だな」

 炎剣を軽く振り回し、構える。ウラカーンも両爪を上げ、左手甲を少し前に出して構えた。

 そして、歓声が止んでいく。

「行くぞ」

「いつでもー」

 ぐっと足に力をいれる二人。

 観客たちが喉を鳴らし、ヴァンとウラカーンが地を蹴ろうとする、刹那。


 巨大な何かが、闘いの場、二人より少し離れたところの地に激突した。

「っ!?」

「な、なんだー?」

 轟音と共にくる強風と砂塵に、腕で顔を庇う。

 風が止み、砂ぼこりが消えていくと落ちてきたものが何か分かった。

 ヴァンとウラカーンが息を呑む。二人だけじゃない、観客席にいたアリアとフラン、それ以外の観客たち、うるさかった司会者、全員が固まっている。

 落下してきた物の正体は、巨大な魔獣だった。

 大きさは長身のウラカーン二人分ほどで、全身が灰色の毛皮に覆われていて、突き出された口には鋭利な牙が並んでいる。

 赤い目をもち、空にピンと向かう尖った耳、体を支える四肢からは太く鋭い爪が伸びていた。ときおり、巨体の向こう側で動くのはこの魔獣の尻尾だろう。

 魔獣は赤い目でヴァンとウラカーンを交互に眺め、天に向かって咆哮した。

 それが合図となり、闘技場が悲鳴と怒号につつまれた。

「こ、これはなんということでしょう! 魔獣が! 魔獣が闘技場に乱入してきました! 皆さん、落ち着いて、落ち着いて逃げてください! では、わたくしも逃げます! 皆さん本日はご来場ありがとうございましたー!」

 司会者の声が騒音でかき消され、小さい音で聞こえた。


 大混乱の中、アリアとフランが観客席から飛び降り、ヴァンたちに駆け寄ってくる。

「・・・・・・これはー、やばいんじゃー、ないかなー?」

 ヴァンとウラカーンは魔獣に睨まれ、動けない。もしこの巨体が飛び掛ってきたら、完全に避けることができない。距離が近すぎるし、何より、大きさは比べ物にならないが、この形の魔獣は、瞬発力が高い。

「・・・・・・」

 炎剣を静かに構えなおし、魔獣を睨むヴァン。目の端でアリアとフランが、彼女たちの射程ギリギリのところで立ち止まるのが見えた。

 魔獣が、自らの視線をヴァンの視線に重ねると、鋭利な牙が並ぶ口を動かす。

「お前が、そうか。なるほど、あの方の記憶どおり、美しいな」

 口の先についている鼻をヒクヒクと動かして、低い声で話す魔獣。

「魔獣が!?」

「喋ったじゃと!?」

 驚愕の声で叫んだのはウラカーンとフランだ。ヴァンとアリアも、少し目を見開かせたものの、あまり驚いた様子がない。なぜなら、レーラの村で『ギガンリーフ・バシレウス』ことリーちゃんという前例があったからだ。

「・・・・・・俺のことを知っているのか? あの方とは誰だ?」

 魔獣相手に普通に会話を続けるヴァンに、ウラカーンが戸惑う。

「ちょ、ちょっとちょっと、なんで普通に話してちゃってるの? 魔獣だよ? 魔獣だよこの人?」

 魔獣を向いたまま、横目でヴァンを見てツッコむウラカーン。

 そこで魔獣がウラカーンに視線を移し、煩わしそうに言った。

「五月蝿いぞ、ニンゲン。それと、我のことを『魔獣』と呼ぶな。それは貴様らが勝手に呼んでいる名。我は『魔獣の王 ライカニクス・バシレウス』。誇り高き獣の王よ」

 五月蝿い、の部分で、眉をぴくっと動かすウラカーン。

 ヴァンが再度、魔獣に問いかけた。

「おい、答えろ。何故俺のことを知っている! あの方とは誰だ!」

 声を荒げるヴァンに、魔獣・・・・・・ライカニクスはウラカーンとは全然違う対応で答える。

「そう焦るな、美しき者よ。我がお前を知っているのは、あの方から少々記憶を頂いたからだ。あの方についてだが、あの方に話すことを固く禁じられている。ゆえに、話せぬ」

 このやり取り、どこかで前にもやったことがある・・・・・・そう、リーちゃんだ。

 リーちゃんも人の言葉を話し、それを教えた『あの人』については話せない、と言っていた。その時と今、状況が似ている。

「まさか・・・・・・お前の言う『あの方』とは、リーちゃん・・・・・・『ギガンリーフ・バシレウス』に言葉を教えた『あの人』と同じ奴か?」

 ライカニクスは少しうなり、はき捨てた。

「魔葉の王に会ったことがあるのか、美しき者よ。それだというのに、彼奴は何も『あの方』に言わなかったのか・・・・・・相変わらずの愚か者だ」

「当たりか。・・・・・・で、その口ぶりからすると、お前らの言うそいつは、俺に何か用があるようだな?」

 ヴァンの問いにライカニクスが大きな口を吊り上げる。

「あの方について知りたければ、我と共に来い、美しき者よ。さすれば、あの方が全てをお教えくださるだろう」

 魔獣の誘いの言葉に、アリアが吼えた。

「ふざけないで! あんたみたいな怪しいやつらの所に、ヴァンを行かせるわけないでしょ!」

 ライカニクスがアリアを見る。そして、先ほどまで冷静であったのに、突然怒りの形相になり体中から殺気をあふれ出した。

「貴様は・・・・・・。あの方がおっしゃっていた美しき者の近くに、惑わす者が居ると! それが貴様だな! かみ殺してくれる!!」

 魔獣がアリア目掛けて奔る。

「っ! アリア!!」

 ヴァンが叫び、魔力を最大までためた両足で地を蹴った。


読んで頂きありがとうございます。

戦闘、もっと緊迫した感じに書き上げたいものです・・・。さて、なんか出てきましたね!

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