第四十話
とうとうきました、四十話!
ありがとうございます!
「うぐ〜・・・・・・すごく・・・・・・痛い・・・・・・」
「むぉ〜・・・・・・これは、二百年以上生きてきて初めて味わう痛みじゃ〜・・・・・・」
「うーんうーん、痛い〜痛い〜」
昨夜食べたアリアの料理が遅効性で、ヴァンたちは朝から激しい腹痛に襲われていた。
ベッドの上でうずくまっているヴァンとアリアは――特にヴァンは――服を着ていては寝辛いという理由で恒例の下着姿。
フランは元々軽装だったため、昨夜は革服に革ズボンという普段着のまま眠り、今は腹を押さえて椅子に座っている。
ちなみに、この家の主である工房長とエリュト、一緒に住んでいるオイエスも、別の部屋で腹痛に悩まされていた・・・・・・合掌。
この家の中の人たちが復活できたのは、昼を過ぎてからだった。
「・・・・・・俺は固く決意した。アリアの料理の腕を、普通の、せめて普通の腕にまで高めることを」
工房長宅の居間、大き目のテーブル前の椅子に座り、紅い瞳を閉ざしてヴァンが言った。
「あ、あはは〜、ごめいわくおかけしました」
愛想笑いを浮かべながら、テーブルを囲む五人に謝るアリア。
「がはは、なぁに、最初からうまく出来るヤツぁいねぇよ。気にすんなって」
工房長が豪快に笑う。その両隣にはエリュトとオイエスが座っており、苦笑していた。
今日は休みらしく、というよりも休まざるを得なかったのだが、ともかく昼過ぎでも家に居る。
「んで、ギルドに仕事探しにいくのかい?」
エリュトが、皆が居間に集まったときに聞いたヴァンたちの今後を確認した。
「あぁ。先立つものがないとな」
世話になった礼もしたいし、と心の中で続ける。工房長たちにそのまま伝えても「ばかやろう」とか怒鳴られるに違いないからだ。
「ギルドの依頼ねぇ。おれも若ぇころは、無茶ばっかしてたからなぁ」
思い出すように言う工房長にエリュトが呆れ顔をした。
「なにいってんだい、無茶は今でもするじゃないか」
「がはは、違ぇねぇ!」
自覚があるらしい工房長は声をあげて笑う。ヴァンたちの頭の中には、大型魔獣が街を襲撃したときに、工房長が大剣を持って小型魔獣どもを蹴散らしているのが思い出された。
たしかに、年の割りに無茶をしている気がする。まぁそれを言えばフランなんて二百歳以上なのだが・・・・・・。
「それはさておき、ギルドの仕事で遅くなるようなら、また戻ってきな。宿は取れぇだろうからよ」
「はい、ありがとうございます」
工房長の好意に、ヴァンが苦笑しながらお礼を言った。知り合って日は浅いが、工房長一家がどんな人柄かは十分理解できたつもりだ。
工房長たちがどのような人たちかを考えれば、遠慮をするのはむしろ無粋であると思えた。
「と、いうわけで、今依頼を見ているわけだ、が」
ヴァンがアリアとフランに挟まれギルドの掲示板を眺めている。髪の色は違うが、長身のフラン、中ぐらいのアリア、小さいヴァンと一緒に並ぶと美しい姉妹に見える。もっとも、フランは他の人間と違い、耳が尖っていてエルフと一目で分かるわけだが。
「アリア、フラン、お前たちに教えておく注意点がある。・・・・・・その前に、頭に入れていて欲しいのは『一度受けた依頼の契約を破棄すると、莫大な違約金、または命を危険に晒してしまう場合がある』ということだ。いいか?」
二人が頷いたのを確認すると、ヴァンは掲示板に張られてある一枚の依頼書を指差す。フランとアリアが視線をヴァンからそれに向けた。
「まず、こういう依頼だが、受けてはだめだ」
アリアがどんな依頼か読み上げた。
「えーと、『報酬金貨二枚。内容は討伐。詳しいことは会ってお話します』?」
「それの何がだめなんじゃ? 金貨二枚とは豪勢な依頼じゃと思うがのぉ」
フランが疑問を口にし、ヴァンがそれに首を横に振って答えた。左右に揺れる真っ白な髪が、光を受けて銀に輝く。
「ダメダメだ。こんな依頼。これには三つ、ダメなところがある。まず、一つ目、『報酬が先に書いてあること』。冒険者がギルドで依頼を受けるってことは、金に困ってる場合が多々だ。つまり、報酬が良ければ食いついてしまう。だが、なるべく命に危険がないやつがいい。そう思うだろう?」
二人に問うと、そりゃぁ、と首肯する。
「だけど、依頼者としては依頼を受けて欲しい。そこで冒険者を危険な依頼に食いつかせる方法がある」
アリアとフランがそれぞれ、あ、と声をあげた。
「それが、高額の報酬を先に書く、なのね?」
「なるほどのぉ。依頼報酬に目がくらめば、冷静な判断が出来なくなるしのぉ」
各々の答えにヴァンが満足そうにうなずいた。
「その通りだ。そして、二つ目、これは報酬によって違うんだが・・・・・・内容が『討伐』であること。金貨二枚だなんていう報酬で『討伐』となれば、明らかに強力な魔獣、少なくともB級以上であるのは間違いない。もしくは数が多いとかな。もちろん、報酬が少なければ弱い魔獣の可能性もあるが・・・・・・討伐依頼ではある程度強いやつのはずだからな」
もしやるなら複数人数応募のやつが良い、と付け加えた。
「へぇ〜・・・・・・それで、最後のダメなのは?」
「この、『詳しいことは会って話す』、ってやつかの?」
アリアが聞き、フランが消去法で残りの駄目と思われる部分をあげる。
「まさに、それだ。『詳しいことは会って話す』。これは全ての依頼に言える事だが、依頼書に詳しくかけないような依頼は、まずやばい」
「やばいって・・・・・・魔獣がすごく強い可能性があるとか?」
「まぁそれもあるが、それだけじゃない。場合によっては国を敵に回すときもあるし、依頼人に会いに行って、いきなり殺されるなんてのも珍しい話じゃない。とにかく、『会って話す』依頼には関わらないほうがいい。報酬はギルドからもらえるし、ギルドは依頼人から後日、依頼料と立て替えた報酬を支払ってもらう・・・・・・なのに、わざわざ会って話そうだなんてのは、おかしな話だろう?」
理由を加えてヴァンが話し終えると、アリアとフランが感嘆の声を出した。
「やっぱりヴァンって色んなこと知ってるのね」
「さすがじゃのぉ」
ヴァンとしては今までの経験を踏まえた上での話だったし、褒められることに――というより、今まで普通に会話をする機会が少なかった――慣れてないヴァンは、むず痒い気分になった。
「いや、そんなことは・・・・・・」
でも、やっぱり嬉しい。頬を赤く染めて長く伸びる白い髪を指でいじくる。
アリアから見て、いや、誰が見ても悶えるほど可愛いであろうヴァンをじっくり観賞し、アリアがフランをぐいっと引っ張り尖った耳に顔を近づけた。
「どうどう、この子、これが素なのよ? 可愛いでしょ? すっごくかわいいでしょ! これはもう反則よね!?」
小声で耳打つ。フランがヴァンを見下ろし、掲示板を眺めているのを確かめるとアリアに目信号を送る。その中身に気づいたアリアは頷く。
二人はヴァンより少し後ろにより、振り返って背をかがめ、ヒソヒソと話し出した。
「うむ・・・・・・なんというか、魔性の如くじゃな。これは、もっと見たくなってくるのぅ?」
「でしょう? でも、たまに本気で怒るから、手を出しすぎてもダメなのよ」
「ほぅ、思うにあれじゃな? ヴァンのことじゃから、人が大勢いる、つまり公衆の面前では嫌がるんじゃろう?」
「ずばり、その通りよ。良く分かったわね。それと、他の人の気配がしてもダメね。工房長さんたちのお家では、絶対に怒るわよ。迷惑かけるなって」
「では、狙い所はわしらしかおらぬ上、誰にも迷惑をかけない空間・・・・・・すなわち宿屋、というわけじゃな?」
「えぇ。ヴァンは嫌がるけど、恥ずかしがってるだけだと思うの。だから、ゆっくり出来る時間で、羞恥が少しでも抑えられる状況であれば、本気で怒ることは無いはず」
「じゃが、羞恥が抑えられたら、わしらが求める表情をしてくれないのではないかえ?」
「そこは大丈夫。私も今まで何度かヴァンを襲ったけど、何度やっても慣れてくれないわ。まぁ、それは好都合なんだけれど」
「ふむ・・・・・・それなら問題はないのぅ」
「でも残念なことに、今日はチャンスが無いわ。次の機会に持ち越しってところかしら」
「そうじゃのぉ、真に残念じゃ。まぁ、楽しみは後に取っておくのも悪くはなかろうて」
フランの言葉を締めに、二人で妖しい笑いを漏らした。
二人が離れていることに気づき、ヴァンが掲示板から目を離す。
「二人とも、何してるんだ?」
話しかけられた二人は、少し慌てながらも取り繕った笑みを浮かべる。
「な、なんでもないわ」
「う、うむ。なんでもないのじゃ。して、何か良い依頼はみつかったかの?」
「? あぁ、これなんか良いかなと思ってな」
小首をかしげながらも、見つけた依頼を見せる。
内容は『お店の手伝い、お願いします。報酬:銀貨一枚。募集人数三名』
アリアとフランが差し出された依頼書を覗き込み、それぞれ口を開いた。
「ふむ、店の手伝いか。銀貨一枚とは、なかなかじゃな。いわゆる日雇いというやつかの?」
「わざわざギルドに依頼するなんて、よっぽど困ってるのね。・・・・・・募集も三名だし、ちょうど良いんじゃないかしら」
二人の感想にヴァンが、じゃあ決まりだな。と言い窓口へ向かう。アリアとフランもそれについていくが、不意にヴァンが振り返った。
「そういえば、フランはギルド登録してあるのか?」
尋ねられたフランは首を横に振る。
「いや、しとらんぞ」
「え? 秘宝探しの旅してるのに、どうやってお金稼いでるの?」
アリアが驚いた顔で横から聞く。もっともな疑問だ。
「ん? 遺跡にあった秘法以外のものを適当に売り払っておったぞ。いくらか調査されたといっても、探しが甘いからのぉ。隠し部屋にはそれなりに売れるもんが落ちてあったわい」
思い出しているのか、唇を金勘定のそれにしている。
それって泥棒じゃ・・・・・・と思っても口には出さない二人。そもそも遺跡は保護指定をされているわけでもないので、中の遺物類は基本的に見つけた人の物となる。
「まぁ・・・・・・まだならしておいたほうがいいぞ。損はないしな」
「あい分かった」
ヴァンの勧めに乗り、別の窓口へフランが歩き、ヴァンも目の前まで来た窓口の受付嬢に依頼書を渡し、口を開く。
「この依頼を受けたい」
受付嬢が恭しく頭を下げた。
夜とは別の姿を広がらせる外殻周辺。
ヴァンたちとオスマンとの死闘が繰り広げられた場所。
オスマンの暴走で崩れ、瓦礫の山と化した遺跡跡地。その前に、ローブを深くかぶった人物が二人。
「・・・・・・ここに、香りが残っていますね」
二人組の一人が、女性の高い声で静かに言った。その声と背格好、胸のふくらみから、女性と分かる。
「そうだね。あれを吸収したとなると、厄介だ。しかもこの質・・・・・・解けかかってる」
女性の言葉に、もう一人が答えた。少し高めの声でも男のものだと分かる。背はローブの女性より頭一つ分高い。
「今はまだ・・・・・・完全にではないようです。ですが、一刻も早く、あの子を」
女性が焦りを含む声を出し、体から魔力があふれる。周囲に地鳴りが響き、灰岩が揺れた。
男が女性の肩に手をおく。
「落ち着くんだ。僕たちも簡単に見つけられない状態だし、奴もそうだと思う。ここは少しずつ、確実に距離を縮めたほうがいい」
女性から力が抜けていく。同時に、地響きがぴたりと止んだ。
「えぇ・・・・・・そうですね。すみません、取り乱しました」
「気にするんじゃない。僕だって内心はすごく焦ってる・・・・・・少しずつ確実に、だけど、なるべく早く探し出そう」
男が歩き出す。女性もそれに続いた。
「はい、必ず」
二人が濃霧へ消えたあと、灰岩の一つが音を立てて砕けた。
読んで頂きありがとうございます。
今回はヴァンの『初心者にも分かる依頼の見分け方講座』でした。え?分かりづらい?ごめんなさい。
最後の二人は一体・・・!!・・・これからどうなっていくんでしょう?