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第三十八話


前回話で『フォカーテの香水編』終了でございます。

 夜の闇が広がる外殻周辺で男はただ一人そこにいた。

「・・・・・・やはり、壊れてしまったのか」

 瓦礫の山と化した遺跡を眺め、頭からローブを深く被った男が独りごちる。

 闇とローブのせいで、その顔をうかがい知る事は出来ない。

 深く深呼吸をし、遺跡の前に漂う魔力の甘い残り香を肺一杯に満たす。

「予定外ではあるが・・・・・・これで距離がかなり縮まったか。奴らも私に気づいたようだし、計画を早める必要がある、か・・・・・・。しかし、時は程なく過ぎているというのに、この濃厚な香り・・・・・・想い昂ぶるな。ふっ、もうすぐ、もうすぐであの子に・・・・・・」

 男は残り香を十分に楽しんだ後、外殻の闇へ消えていった。



 『リモの街』へ戻ってきたのは、日が沈みかけた夕暮れ時だった。

 街に来たのは、向かった場所が場所なため一先ずお世話になった工房長たちに、生きていることと目的を達成できたことを報告にすることにしたのためだ。もちろん、夜の旅は危険だというのも理由の一つだが。

 ヴァンたちが工房長の家へ行くと、工房長とエリュト、オイエスの三人は諸手を上げて生きていることを喜んでくれた。

 心配してくれることを嬉しく思うと同時に、そこまで心配させていたことを申し訳なく感じるが、ヴァンたちは目的を果たしたことを報告する。

 その後、工房長が「泊まっていけ」と言い、さすがに何度も厄介になるわけにはいかないとヴァンが一度は断ったのだが、まぁ以前の通り、エリュトの「泊まるとこ、他に無いよ」発言で工房長の言葉に甘えることとなった。


 そして今三人は、今朝ヴァンが目覚めた部屋で小さなテーブルを挟み向かい合って椅子に座っている。

 窓から見える外はすでに日は沈み暗いが、室内は魔道具の明かりで照らされていた。

 だが、それでも外くらいに雰囲気が暗い。

 ヴァンがテーブルを見つめ、考えるのはオスマンのことだ。 死んだのだろうか。遺跡のあの崩壊で生き残れるとは思えない。

 オスマンが死んだ、それは自分の『正義』を貫いた結果だ。止めなければアリアの『幸せ』を、人生そのものを殺していたかもしれない。

 だけど、やはり、直接手を下してないにしても、人の死は慣れない。アリアを救えたのに、気分が晴れない。

 同じ思いをフランも感じていた。

 フランは『秘宝』を悪用させないという『信念』を守れた。そして人が死んだ。二百年以上生きていても、仕方ないと思えても、暗い気持ちはぬぐえない。

 だが、それでも二人は『人の死』というのが珍しくない世界で生きてきた。問題なのはアリアだ。この前まで、そんなこととは無縁な人生を送っていただろうから。

 ヴァンがアリアを見る。目に入るアリアの表情は、今にも泣き出しそうで、悲痛な面持ちをしていた。


「・・・・・・」

 アリアの胸の中は、恐怖と罪悪感で一杯だった。

 私のせいで、オスマンは死んだ。そんな考えがずっとある。では、オスマンの物になっていればよかったのか? それは嫌だ。

 それは狂うほど想われていたことが恐いから。

 ほとんど面識もなく、話した回数も片手で数えることが出来る。なのに、オスマンはアリアを、狂ったほど想っていた。

 どうしようもなく、恐い。もうオスマンは居ないのに、叫びながら逃げ出したいほど、恐い。

 アリアが無意識に両手で体を抱いた。

「アリア・・・・・・」

 左隣に座るヴァンが、アリアの手に触れる。

「・・・・・・平気。だいじょうぶ、だから」

 ヴァンへの言葉だったが、それは自分に言い聞かせているような弱いものだった。


 そこで部屋の扉を叩く音が響く。三人の視線が扉へ向いた。

「ちょっと良いかい?」

 聞こえてきたのはエリュトの声だ。

「どうぞ」

 ヴァンが応えると、扉が開きエリュトの姿が見えた。赤い髪を肩で切りそろえた長身の女性は、今は大剣を担いでなく簡素な服にエプロンをつけている。

「今から夕飯にするんだけど、苦手なものとかないかい?」

 エリュトが、部屋の雰囲気を感じ取ったのか明るい声で言った。どうやら御飯はエリュトが作っているようだ。少し意外。

「いや、食事まで世話になるわけには・・・・・・」

「なにいってんだい、豪勢な夕飯をご馳走するって約束してたじゃないのさ。食材も使わなきゃ腐っちまうしね」

 ヴァンは思い出す。そういえばフランを探しに行く前に工房長がそんなことを言ってたような・・・・・・。

 それに食材を無駄にさせるわけにはいかない。そういうことなら話は別だ。

「そうか、すまない、ご馳走になる。手伝わせてもらっていいか?」

 ヴァンの提案に、フランとアリアも続いた。

「おぉ、そうじゃのぅ。世話になっとるし、それくらいはせんといかんな」

「・・・・・・そうね、うん、手伝うわ」

 ヴァンとフランが、ちらとアリアを見る。

「そうかい? それはありがたいけど、うちの台所もそう大きくないからねぇ。三人がギリギリ入るくらいなんだけど・・・・・・」

 エリュトは三名の中に入っているから、ヴァンたちからはあと二人ということになる。

 それなら、と口を開こうとするアリアだが、フランが先手を取った。

「では、わしは辞退させてもらうとするかの。若い者に経験をつませておくのが、年老いた者の役目でもあるしな、のぅ、アリア?」

 フランがアリアへ声を掛けた。何かをしていれば気もまぎれるだろう、という配慮からの言葉だ。

「え、でも・・・・・・」

「もしや、料理が出来んというわけでもあるまい?」

 フランがニヤニヤと笑う。アリアが頬を紅潮させて叫んだ。

「で、できるわよ! ただ・・・・・・ちょっと回数こなしてない、だけで」

 いつもの調子に戻ってきたアリアを見て、ヴァンが微笑む。

 それに気づいたアリアが、「ち、ちがうからね? できるからね?」と弁明してくる。

「まぁ、それはお手並みを見せてもらってから決めるとするかな?」

 悪戯っぽく笑うヴァンに、アリアが言葉を詰まらせた。


 もし、オスマンを止めることができなかったら、こんな何でもない日常にアリアは居なかったのだろう。

 それだけは事実で、沈んだ気持ちを少しは和らげてくれる。

 部屋は、もう、明るかった。



 台所で早速料理の手伝いをするヴァンとアリア。ヴァンは黒いドレスの袖を捲くりあげ、白の手袋は外してある。

 フランが「料理をするのに邪魔じゃろうて」と言って髪を結ってくれたたため、まぶしい真っ白の髪は、頭の後ろで一つの束にされている。

 アリアも同じように髪をまとめているが、どことなく表情が固い。ちなみにフランはというと、男二人と酒を楽しんでいた。


 料理は音声でお楽しみください。


「さてと、じゃあ二人には材料切るのをお願いするよ」

「あぁ。任せろ」

「ま、まかせて!」

「・・・・・・」

「へぇ、ヴァン、うまいもんだねー。・・・・・・ア、アリア? そんな力んでどうするんだい?」

「は、はなしかけないで! 今、かつてないほど真け、痛ー!」

「なんで早速指を切るんだお前は・・・・・・」

「不器用なんだねぇ、アリアは」


「次は火を通すのか」

「そうさ。これから作る料理は『リモの街』を代表する家庭料理だからね」

「それは楽しみだな・・・・・・ん? アリア、何してるんだ? あ! まて! それはっ」

「え? なに? やっ、きゃー! 爆発したー!」

「消化消化! アリア! それをいれて!」

「こ、これ!?」

「待てアリア! それじゃない!」

「きゃーきゃー! なんかもうたいへんなことにー!」

「落ち着きなって!」


「・・・・・・あたしは今まで料理をし続けてきたけど、こんなに疲れたのははじめてだよ」

「・・・・・・ごめんなさい」

「まぁ、良いじゃないか。あとは味付けだけして終わりだろう?」

「ふぅ・・・・・・そうだね、さて、仕上にはい、る・・・・・・」

「・・・・・・なんだこの色は? アリア、何した?」

「わ、私!? 問答無用で私!?」

「で、したのか?」

「・・・・・・さっき、隠し味をやってみようと、おもって。それを・・・・・・」

「あれを入れて紫色になるなんて・・・・・・まるで魔術だねぇ」

「アリア」

「・・・・・・はい」

「お前には俺が料理を少しずつ教えていってやる」

「・・・・・・そんな哀れむようにいわれたら、泣きそうになっちゃうわ」



「のぅ、工房長殿」

「なんでい、フランさん」

 酒のコップをかたむけ、台所を方向を見ながらフランが言った。

「わし、ちょっとお腹痛くなってきた」

「奇遇だな、おれもだ」

 げんなりする二人と台所から聞こえてくる声に、オイエスは一人苦笑した。



 次の日、工房長の家に居る者は腹痛に悩まれたという。

「・・・・・・まぁ、食べてるときは、味は悪くなかったがのぉ。遅効性とはちとずるいでないか?」

 とは、赤髪のエルフ談である。


読んで頂きありがとうございます。

第三十八話から、次の編へ突入でございます。


もうすぐで四十話ですね。そのときにもいつものように『世界に生きる人々』をするつもりなのですが、誰にしようか迷ってます・・・。皆様のご意見をお聞かせ願いたく・・・。


今のところあるのは

過去物『ある日のヴァン』『ある日のアリア』『ある日のフラン』『オスマン、恋事情』

脇役物『斧男と剣士の今』

を候補に上げてるのですが・・・どうしましょ?


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