第三十七話
バトルスタート!
魔力を爆ぜらせ、地を駆ける。オスマンが右手と左手を交互に振った。
風の塊が二つ、襲い掛かってくる。奔る体の軌道を無理矢理右にずらすと、軸にした左足がきしむ。元いた地面が大気にえぐられた。さらに前へと疾走。
オスマンとの距離がほとんど無くなると同時に、ヴァンが男の顔目掛けて右拳を突き出した。炎を宿していない拳が上へ昇る。
「ぬぅ!」
ヴァンの拳打が見えない壁に防がれた。オスマンの風障壁だろう。握った右手に鈍い痛みが走る。
だが、止まるわけにはいかない。この男は、絶対に、一発殴る!
「はぁぁぁっ!!」
身に流れる魔力が、全身から右腕に移り、突き出した右拳へと巡っていく。
魔力に覆われた拳打が、風を破る。
「な、にっ!? かぼっ」
ゴズン、と肉を殴るにしては鈍すぎる音が響き、ヴァンの拳がオスマンの左頬へ突き刺さった。
「ああああっ!」
吼え、拳打を振りぬく。オスマンの首が、ローブの体を引っ張り吹き飛んだ。
オスマンの肉体は地面を跳ね、三度目で横たわった。
「はぁ、はぁ」
魔力を使ったあとの虚脱感を感じながら、倒れるオスマンに視線を向ける。
「う、ぐぐぐ」
うめき、オスマンが左頬を押さえ立ち上がった。脳に衝撃がいったのか、足元はおぼつかない。
「小娘・・・・・・貴様ぁ」
「はぁ、はぁ・・・・・・ふっ!」
ヴァンが息を整える前に奔る。オスマンが苦い顔をし、右手を振るった。
風鞭がしなり、ヴァンへ向かう。それを最小限の動きで避ける。風が頬を少し切るが、気にしない。
「はぁっ! せい!」
オスマンの懐に入り込むと、両手を握り何度も交互に突き出す。オスマンは後ろへ逃げながらそれを避けていた。
「ぬ、く、このっ」
執拗な拳打にオスマンが痺れを切らし、左手をヴァンの目の前で開く。
ヴァンは右へ体ごと移動しそれから逃れると、左手で向けられた左腕を掴み、跳ぶ。
「でやぁぁ!」
右足で飛び回し蹴りを放つ。オスマンは左腕を掴まれていたため防御ができず、その鋭い蹴りを側頭部で受けることになった。
「ぎっ、がっ」
左腕を手放し、地面に着地すると、ヴァンはさらに拳打をオスマンに叩き込む。
「はああああっ!!」
乱打、乱打、乱打。
オスマンの体が次々と突き刺さってくる拳に、体を揺らした。
ヴァンとオスマンの闘いの場から少し離れた場所で、フランとアリアはいた。
「なんじゃあれは・・・・・・ヴァンはあれほど強かったのか?」
フランが、ヴァンの猛攻を呆然と見て呟く。
「・・・・・・確かにヴァンは強いけど、あれは相性のせいよ」
アリアが治癒術でフランの傷を癒しながら答えた。今ヴァンがオスマンの相手をしているうちに、援護可能な状態にまで回復しなければならない。
「相性じゃと?」
聞き返すフラン。
「えぇ。魔術師が魔術を行使するというのは、頭の中で魔術を形象して、魔力の流れを理解した上で、やっと発動できるの。その魔術が強力であればあるほど、その形象が複雑になってくるわ。思考を魔術に集中させないといけない・・・・・・だけど、闘士であるヴァンは接近戦を仕掛けてくるわ。その攻撃は魔術に集中することを許さない。しっかりと形象できなければ、魔術は発動しないもの。その証拠に、オスマンが使えてるのは下級魔術だけでしょ」
そして、声に出して詠唱することで形象が容易になる。ゆえに詠唱がある。
フランが感嘆の溜息をもらした。
「ほほぉ、ヴァンはそれを知っていて休まず攻撃をしかけているわけか。なるほど、相性、か。言い得て妙じゃの。このまま行ければ勝てるかもしれんな」
その言葉に、アリアが暗い顔をし首を横に振った。
「それはたぶん難しいと思うわ・・・・・・ヴァンの力は、今は見た目通りにしかないの。魔力を込めてるけど、衝撃を増やすくらいしかできないと思うし、殴って戦闘不能にさせるのは、たぶん・・・・・・」
私の、せいで。と最後に呟き、俯いた。その言葉にフランが疑問を持つが、今は気にしないことにした。
「ふむ、では、ヴァンの体力と魔力が切れる前に、加勢するとしようかのぉ」
まだ完全に傷は癒えてないが、フランは立ち上がり弓を握りなおす。
アリアがフランを見上げうなずくと、立ち上がる。
「えぇ。・・・・・・ヴァンは絶対死なせない・・・・・・そのためにも、私は」
最後まで言わず、戦うヴァンを助けるべく走った。
「どうやら、限界のようだな?」
オスマンがヴァンの攻撃を風障壁で弾きながら笑う。
「くっ・・・・・・!」
体が重い。明らかに拳打の速度も落ちていた。だが、ここで動きを止めてしまったら、もう何も出来なくなる。
今のオスマンは、先ほど叩き込まれたヴァンの渾身の一撃を警戒しているのか、体力が尽きるのを待っているようだ。と考えた矢先、オスマンの口がわずかに動く。
詠唱だと直感した。それを阻むために拳を突き出す。
「は、あっ!」
魔術を撃たせまいと焦ったため、大振りの拳打になってしまった。オスマンはそれを難なくよけ、顔をニヤリと歪ませる。
詠唱は、囮!? 目を見開くヴァン。後方へ軽く跳んだオスマンが左手を前に出す。
「トルネード・ランス」
オスマンの手のひらから、竜巻の槍が飛び出してくる。体勢を崩したヴァンは避けられない。
いずれくる激痛を予感し、目をかたく瞑った。そこに、凛として澄んだ声が響く。
「風よ! 護れ!」
アリアの声に目を開くと、横に飛ぶ竜巻がヴァンを囲む縦の竜巻と激突している。
「『オピス』!」
次に、低いが張りのある声が聞こえてきた。六本の光矢がオスマンに襲い掛かった。
フランがもつ『リャルトーの弓』から発せられた魔力の矢だ。
オスマンが真っ直ぐ向かってくる矢に面食らい、横に跳ぶ。直線でしか跳ばないはずの光矢は、オスマンを追跡するように、直角に曲がる。
「なんだと!?」
不自然に曲がった六本の矢は、全てオスマンに激突する。
「があああ!」
魔矢は刺さることはなかったが、ぶつかった端から爆発していった。連続した爆音が響く。
「が、はっ・・・・・・」
爆発がおさまり、オスマンの体からは黒い煙が所々たちのぼっている。そのまま、うつ伏せに地面へと倒れこんだ。
二つの竜巻が消え、ヴァンの側にアリアとフランが駆け寄ってきた。
「ヴァン、平気?」
「あ、あぁ。アリアのおかげだ。・・・・・・風、使えたんだな」
アリアを紅い瞳で見上げる。金髪碧眼の少女は少し嫌そうな顔をした。
「えぇ・・・・・・まぁ。こいつが風属性だってわかって、封印したんだけど・・・・・・。ほら、私の目、緑でしょ? これ、風属性の証。ついでに髪は土属性の色よ」
付け加え、でもヴァンが護れたから少しは好きになれそうよ、風も。と微笑んだ。
それならこの少女は、四つの属性を使えることになるのだが・・・・・・。
「・・・・・・頑張ったんだな」
ヴァンが言った。その言葉の意味を理解したアリアは、照れくさそうにまた微笑んだ。
「あー、仲良きことは良いことじゃがの? あの男、まだ気絶しとらんでな」
フランに苦笑され、急に恥ずかしくなってきた二人。
ヴァンが咳払いをすると、オスマンへ近づく。後ろの二人も同じように近づくが、フランは弓をすぐに撃てるよう少し持ち上げ、アリアも体から風を出し波打つ金髪をなびかせた。
「ぐっ・・・・・・」
オスマンが頭だけを持ち上げ、三人を見上げた。もう立つことも出来ないようだ。
ヘビのような緑の目で見るのはアリアだ。
「・・・・・・分かったでしょ? 私は、あんたのものにならないわ」
告げるアリアにオスマンが目を伏せた。
「そもそも、力づくで物にしようというのがいかんのぅ。本当に愛しているならば、根気良く正攻法で攻めるべきじゃったな? 『秘宝』なぞを使って無理矢理我が物にしたとて、わしはそれを幸せだとはおもわぬ。もし、わしらがぬしを止められねば、ぬしは遠からず後悔したじゃろうな」
オスマンは顔を地面に向けたまま、何も言わない。フランが苦笑し、年寄りの話は聞くもんじゃぞ、と言った。
「・・・・・・」
ヴァンはただ悲しい色をした紅い瞳でオスマンを見下ろすだけだ。
「・・・・・・なら・・・・・・して・・・・・・おう」
オスマンが何かブツブツと声を出す。
「なに・・・・・・?」
冷や水をかけられたような悪寒を感じた。
オスマンが、突然顔を上げる。その形相に三人が息を呑む。細かった目は大きくなり瞳孔がは開かれ、青白い唇は頬を頬を裂くほどつりあがっている。
「我の物にならぬなら、殺してしまおう!」
狂気に満ちた声を張り上げ、地面と自らの体の間に風を作る。
破裂音が鳴り響き、オスマンが後ろへ高く飛んだ。
「馬鹿者が!」
先に反応したのはフランだ。
「『スコルピオス』!」
叫び、赤い細い光矢を射る。先ほどの魔矢と違い、『スコルピオス』はオスマンの左肩を貫通した。
「ひゃははは!」
だがオスマンは笑う。肩から痛みが走っているはずなのに流れ出る血を全く気にせず、それどころか、両腕を高く上げた。左肩には風穴が開いているにもかかわらず。
オスマンの体から強風が撒き散らされる。その風に乗って左肩の血も跳ねた。
「狂ってる・・・・・・」
ヴァンが苦しげな顔でうめく。アリアとフランも呆然と、魔力を溜めながら笑うオスマンを見ていた。
先ほどまで正常だったのに、何故、狂った?
アリアが手に入らないと分かったから? 元々狂っていたから?
分からない。分からないが、何か、おかしい。頭の中、その奥の何かが警報の鐘をガンガン鳴らしている。
そして、ヴァンは今すべきことが一つだけ分かった。
「二人とも、逃げるぞ!」
ヴァンがアリアの手を引き、広間入り口へ走る。フランもそれに続いた。
そう、今は逃げないといけない。
広間は暴風に吹き荒らされ、壁に亀裂が走り、天井が砕けていく。
「魔術の・・・・・・暴走・・・・・・」
地響きとオスマンの狂笑が響く中、顔を後ろに向けて手を引っ張られるアリアの呟きが、引っ張るヴァンの耳に入ってきた。
一直線の廊下を三人は走りぬける。廊下の天井や壁がかけていき、瓦礫を落とす。
廊下の向こうに灰の岩たちが見えた。外だ。揺れる地面を必死に駆ける。
ヴァンたちは遺跡を飛び出す。
「ひゃーははははは!」
最後に聞こえてきたのはオスマンの笑い声と遺跡が崩れる轟音だった。
読んで頂きありがとうございます。
オスマン、なんと狂いました。ありきたりすぎたかな?でしたね。でも一応理由があるです、はい。
アリアも四属性使えるみたいですよ、すごいですね?書いていてたまにキャラたちが勝手に動いてくれるので、楽しくかけます。これからも頑張ります!
感想批評、大歓迎でござる!