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第三十六話


さぁキャッチボールしましょう。

「これはこれは・・・・・・美しいものだな」

 緑の髪を後ろに撫でつけヘビのような顔と目をしたローブの男が、唇を歪めた。あの男が、ここに来るまでに見かけた魔獣の死骸の山を作り出したのだろうか。おかげでこの広間へたどり着くのは簡単だったが。

 オスマンの背後には女性を模した像があり、オスマンと女神像の間に台座が見える。その上にある瓶が『フォカーテの香水』なのだろう。

「あれが、『フォカーテの香水』・・・・・・」

 ヴァンが呟き、ぐっと体を屈ませたかと思うと、疾走した。遅れて真っ白な髪が暴れる。

「あっ、ヴァン!」

「待て! 不用意に近づくでない!」

 奔るヴァンの後ろからアリアとフランの叫び声が聞こえてくる。

 それでもヴァンは止まらなかった。すぐ近くに『フォカーテの香水』があり、その前にはアリアを狙う『蛇風のオスマン』がいるのだ。

 そう思うと、ヴァンはどうしようもなく焦燥に駆られる。待ってなどいられない。

「ふっ、邪魔をするか。小娘、心苦しいが仕置きが必要だな?」

 オスマンが右手を振る。風の塊がヴァンへ襲い掛かってきた。

 地を蹴る足に魔力を込め、速度を上げる。右へ、左へ、風塊を避ける。

「・・・・・・?」

 ヴァンが駆け回りながらも疑問に思った。向けられる魔術には『気』が感じられない。殺気や敵意、当てようとする『気』が。

 確かにオスマンは仕置きといっていたが――その言葉を鵜呑みにする気はないが――それにしても手を抜きすぎているように感じる。

 舐められているのか? 胸のうちに少しの怒りが宿るが、それならそれでよし。今はオスマンから『フォカーテの秘宝』を遠ざけることに専念しよう。

 さらに奔り、オスマンを睨む。その表情は余裕に満ちていた。

 オスマンが左手を振るう。今度は風が鞭のようにしなり、ヴァンへ迫る。前に跳び、体を回転させ風鞭の間をかいくぐり、オスマンの少し前に着地した。

「ほぉ」

 オスマンの声が頭上から聞こえてくる。ヴァンは魔力で満たされた足で地面を蹴り、台座に向かって跳ぶ。

「ふっ」

 オスマンの唇がさらに歪んだのが見えた。フランの叫び声が響く。

「ヴァン! 罠じゃ!」

 どんな罠があるか何が起こるのか、フランは分からなかったが、嘲笑わらうオスマンをみて、危機感だけで叫んだ。

 オスマンの狙いは、『秘宝』前にある結界にヴァンが突っ込ませること。あとから来た三人は結界があることを知らない。

 そこへ突っ込めば一体どうなるのか、オスマンはそのためにヴァンを阻止する『振り』をして、ヴァンをさらに急がせたのだ。

 ヴァンの伸ばした手が、『フォカーテの香水』前の空間に、届く。オスマンがこの後の惨劇を想像し笑みをさらに深くさせた。


 結界は発動せず、ヴァンは『フォカーテの香水』を掴み、台座を蹴って逆方向へ、跳んだ。

 光より眩しい真っ白な髪が躍らせ、黒のドレスを従え、ヴァンは背中を地面に向け宙で回転する。

 


 余裕の表情から驚愕の顔へ変わるオスマン。

「何故だっ!?」

 慌てて右手を振る。風が着地寸前のヴァンを襲った。

「くっあっ!」

 瓶を手放し、地を転げる。

 瓶はくるくると空中で回転し、オスマンの元へ飛んだ。左手を高く上げ、瓶を掴む。

「ぬぐっ!」

 同時に、掴んだ左手に衝撃が走り、瓶はまた宙を舞う。

 衝撃の方向を睨む。フランが弓を構えていた。

「小癪な!」

 左手をフランへ向けて突き出す。フランの周りにある大気が動き、刃となってフランの全身を少しずつ裂いていく。切断まではされないものの、派手に赤い鮮血が飛び散った。

「ぐっ・・・・・・ア、アリア!」

 フランが膝を突きながら叫ぶ。

「分かってるわ!」

 オスマンの視界の端で、アリアの姿が見えた。目を向けると、高く上がった瓶を見上げたまま走っている。

「させるものか!」

 オスマンも走り、右手を振った。

「きゃぁっ!」

 突風がアリアの行く手を防ぐ。あまりの強い風に、アリアが飛ばされまいと両手を地面につける。

 その間にオスマンが瓶の落下地点につき手を掲げた。

「さぁ来るがいい」

 フランは体中にある裂傷で弓を構えられない。アリアは強風のせいで身動きが取れない。

 もう少しでオスマンの手の中に、瓶が落ちる。


「させ、るかぁ!」

 瞬間、オスマンの頭上を怒声と共に、白い風が黒い風を従えて通過した。ヴァンだ。

 ヴァンが瓶を掴む。だが、着地のことを考えていなかったようで、そのままの勢いで地面に体を叩きつけると、瓶を胸に抱き丸まりながら転がった。

「邪魔をするなぁ!」

 痛みでうずくまるヴァンに向かって、オスマンが風の塊を投げつける。

 風塊は、ヴァンに届く前に炎塊によって爆散した。

「・・・・・・風属性と土属性の身でありながら、炎を扱うとは、合理的ではないな? 我が『狼殺し』よ」

 炎の塊を撃った張本人、少し距離を置いて左隣に立つアリアをオスマンが見た。

 アリアがヴァンの方向へ左手を突き出した状態で睨み返す。オスマンが別の魔術を行使したことにより、動きを封じていた強風は消えていた。

「あんたと同じ属性を使うのは嫌だし、あんたを倒すために炎を使ってるの。あと、私はあんたのものじゃない。死ねば?」

 この男への三度目の『死ね』発言である。一度目は会ったとき、二、三度目は今この広間でだ。

 倒すための炎というのは、魔術、ひいてはこの世界全生命が生まれながらに持つ属性に関すること。

 属性によって、その者の『色』が決まる。同程度の力であれば優劣も決まる。『風は、炎を燃え上がらせる』。

「口が悪いな、お仕置きしてやろう」

 オスマンが左手をアリアに向ける。

「気持ち悪い言い方しないでくれないかしら?」

 アリアも右手を突き出す。

「トルネード・ランス」

「フレイムアロー!」

 両者が同時に詠唱する。オスマンの左手からは竜巻の槍が、アリアの右手からは炎の尖矢が飛翔する。

 激突。爆発。轟音。砂塵。

「相打ち!? ・・・・・・っ!」

 舞い上がる砂ぼこりを蹴散らし、竜巻が飛び出してきた。これが力の差。

 竜巻の槍は、先の魔獣のようにアリアを貫くことはしなかったが、柔らかい肢体の腹部に容赦ない衝撃を与えた。

「かはっ」

 鈍い激痛を感じ、肺の中の酸素が口の外へ押し出される。それだけで飽き足らず、竜巻はアリアの体を吹き飛ばした。

「・・・・・・はっ・・・・・・あっ!」

 地面に叩きつけられ、両腕で腹部を押さえて痛みに耐えるアリア。

「自らの属性を無視するから、弱くなるのだ。我の物になるまで、そこで寝ておくといい。・・・・・・次は貴様だ」

 転がるアリアから視線をはずし、ヴァンを見る。

「よ、くも・・・・・・アリアと、フラン、を・・・・・・」

 荒い息を吐きながら、ヴァンが足を震わせてゆっくり立つ。その紅い瞳は爛々(らんらん)と燃えていた。

「邪魔をしなければ、痛い目をみずに済んだのだ」

 右手を開き、ヴァンへ向ける。

「ふざけ、るなっ。アリアの本当の心を無視して、自分の物にしようなんていうのを、黙って見てるわけにはいかない! そんなこと、絶対にさせん!」

「ふん、いくら吼えようとも、貴様はここで死ぬのだ」

 オスマンが言い終わると、右手に風が集まっていき、巨大な塊になる。

「では、さらばだ」

 放つ。竜巻が轟音を鳴らしヴァンへ突撃する。それを見据えながら叫んだ。

「サラマンダアアアアアイグニッション!!!」

 四肢が激しい炎に包まれる。刹那、左手に握っていた瓶が、『フォカーテの香水』が、爆発した。

 左手を見下ろすヴァンが、竜巻を放つオスマンが、傷をおさえるフランが、痛みに耐えるアリアが、全員の表情が驚愕に塗られる。

「な、んだ!?」

 ヴァンの戸惑いの叫びは、自らの四肢の炎が激しく燃える轟音でかき消された。

 『フォカーテの香水』の魔力が、ヴァンの炎を食い荒らし、燃え上がり、オスマンの竜巻を吸収し、さらに広間天井近くに燃え昇る。

「ヴァン!」

 アリアが腹を両手で抱きながら立ち上がる。視線の先には、激しく燃える炎の柱。中にある人影はヴァンのものだ。

「そんな・・・・・・」

「なんという、ことじゃ・・・・・・」

 炎が弱まっていく。二人は、最悪の状況を考え、顔を真っ青にした。つまり、ヴァンの死。


 だが、その予想はあっさり裏切られる。

 消えた炎のあとに残ったのは、火傷一つ負っていないヴァン。

 アリアとフラン、オスマンさえも驚きの表情を作る。一番驚いてるのは、ヴァンだった。

「・・・・・・え?」

 緊張感の無い声をあげ、ヴァンは自分の体を見回した。どこも焼けてない。服も、白くなった髪も、ススすらついていない。四肢の炎もいつの間にか消えている。

 そこでオスマンが気づいた。

「貴様! 『フォカーテの香水』はどうした!」

 問われ、ヴァンも気づく。左手を持ち上げた。無い。落としたのか? 地面を見る。無い。


「まさか・・・・・・燃え尽きたのか? 秘宝が?」

 フランの愕然とした声が聞こえてきた。その言葉は、フランの百四十九年間を使って知りえたことを否定するものだった。

 『秘宝』は、壊れないもののはずだ。事実、今まで手に入れこそ出来なかったが、見つけてきた秘宝たちはどれもきれいな状態だったし、叩いても切りつけても、傷一つつかなかった。

 『フォカーテの香水』だけ、壊れるものだったのか? 否、それでは納得できない。あの小さな瓶は、ただ台座に置かれてるだけだった。

 三百年前一度使われたにせよ、もし『フォカーテの香水』がもろければ、そのままの形で残ってるはずが無いし、しかも今しがた風をぶつけたり、魔矢を当てたり、ヴァンが握りながら転がったりしたのだ。

 偽物だとしても、あの衝撃の中で壊れてないのはおかしい。

 理由は分からないが、『フォカーテの香水』はこの世から消えた。

「き、貴様・・・・・・よくもぉ!」

 オスマンを中心として周囲に強い風が吹き荒れた。

 ヴァンはその風を正面から受ける。光り輝く真っ白の長い髪が背後で暴れる。血のように紅い瞳でオスマンを睨んだ。

 何故かは分からないが、『フォカーテの香水』は無くなった。あとは・・・・・・。

「お前を、倒すだけだっ!!」

 ヴァンが叫び、魔力を込めた両足で、地面を蹴る。


 この男だけは、絶対に許さない!


 奔るヴァンは、音の無い声で吼えた。



読んで頂きありがとうございます。次はオスマンとのバトル開始です。

「熱くなってきたー!」と思ってもらいながら読める文章であれば幸いです。


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