第三十五話
※返事が無い、ただの屍のようだ
工房長たちに見送られたのち、ヴァンたち三人は草原を歩く。
フランの摩訶不思議道具袋に入った魔獣除けは十分機能しているようで、街からかなり歩いた今も、魔獣が襲ってくることはない。
「そういえば、なんでフランは『フォカーテの香水』の置かれている遺跡が外殻にあるって分かるの?」
ヴァンを真ん中にし、左を歩くアリアがフランに視線を向けて言う。
フランは一度アリアを見た後、また前に顔を戻した。
「それはのぅ、わしが外殻周辺まで行き、実際に遺跡をみたからじゃて」
思いがけない言葉に、二人が目を丸くした。フランはそんなヴァンたちを気にせず続ける。
「元々わしは『フォカーテの香水』を求めてこの国に来た。首都で資料を読み漁り、香水の在り処を探し出し、行ってみたはいいんじゃが・・・・・・」
フランが口を閉ざし、ヴァンが代わりに口を開く。
「外殻の魔獣のせいで断念した、か?」
フランが苦虫を噛み潰したような顔でうなずく。
「その通りじゃ。ああでかいのがいてはかなわん。じゃが、諦めるわけにもいかんでな。仕方なく武器を探すことにしたんじゃ。歴史書によれば、この国には『秘宝』らしき物が結構あるようじゃったしな。もっとも、この弓があった遺跡は、当たりでもあれば外れでもあったがの」
それはヴァンたちがフランと初めて出会ったあの遺跡のことだろう。
ある程度旅を急いで正解だったようだ。フランの口ぶりは、首都のほうから南下してきて、『リモの街』が最後のようで、遅ければ行き違いになってたかもしれない。
それどころか、もしかしたらフランが一人で『蛇風のオスマン』と相対していたかもしれない。
アリアがフランにさらにたずねる。
「それで、なんでフランも『フォカーテの香水』を探してたの?」
フランは少し吊り上った猫目を鋭くさせて答えた。
「悪用されるかもしれんからじゃ。わしは『秘宝』を悪しきことに使うのが許せん。ゆえに人の心を支配する『フォカーテの香水』を探し出し、誰にも見つからんところに隠すつもりじゃった」
壊すことはできんしの。付け加え、厳しい表情をするフラン。だがそれは一瞬で、またふっと普段の食えない顔になった。
「そこで、わし一人じゃ厳しいかもしれんしの、二人には期待しとるよ。かっかっ」
笑うフランを見て、ヴァンとアリアは『フランガスタス』という人を少し知った気がした。
濃霧のせいで周りが良く見えない。それでも地面を踏む感触で、まだ草原の上を歩いているのだと分かる。
それが突然、固くなったかとおもうと、霧が晴れた。否、正確には、霧から出た。
背後にはまだ濃霧が出ており、目の前には灰の岩山が散乱している。
霧の内側にある外殻は、先ほどまで歩いていたところとは、別世界に見えた。
「ここが外殻・・・・・・」
ヴァンが喉を鳴らす。アリアは自らの肩を抱き、震えた。
「・・・・・・嫌な感じ。寒いわ」
二人は外殻上部を見上げていて、灰の地面で一際目立つ赤い液体に気づかなかった。
「ヴァン、アリア、気を引き締めい。見ろ、血じゃ」
一人、周辺を見回していたフランが灰の上の鮮やかな赤を指差す。
大量の血は大きな灰岩の向こうから流れてきたようだ。すでに固まっている。
三人が息を殺し、ゆっくり岩山に近づく。ヴァンが二人を手で止め、顔だけを出し覗く。
「なっ・・・・・・!」
驚き、岩から完全に体を出したヴァン。アリアとフランも続き、目に入る光景に息を呑んだ。
「これは・・・・・・すさまじいのぉ」
呑んだ息を吐くと、それに近づく。
三人が見たもの、それは、灰巨岩に叩きつけられ絶命している、竜種の魔獣。
「・・・・・・これは・・・・・・魔術ね。しかも風の」
魔獣の体に開く二つの穴を見て、アリアが言った。
ヴァンがさらに近寄り、右手の手袋を脱ぎ素肌で魔獣に触る。
血がヴァンの白く細い指を湿らせた。
「血がまだ固まりきってないな。死んだのは少し前か」
「誰がやったか思い当たる節があるんだけど、考えたくないわ」
手袋を付け直すヴァンに顔を向けるアリア。フランがため息をつく。
「風属性の魔術と、ここを通る目的がある人物、のぉ。わしも一人しか考えがつかん」
すなわち、『ヒルデスター・アグリッパ・オスマン』。『蛇風』の異名どおり、風使いの魔術師。
「あぁ・・・・・・急ごう! まだ間に合うはずだ!」
ヴァンの言葉に二人がうなずき、三人は駆け出した。
一方オスマンは、すでに遺跡を見つけ、『フォカーテの香水』、その目の前まで来ていた。
ここに来るまで大量の魔獣を葬ってきたため、少し疲れた顔をしている。
今オスマンが立つこの部屋は正方形でかなり広く、その中心一番奥の台座に『フォカーテの香水』と思われる瓶が置かれていた。
台座の向こう側には女性の像が建てられており、まるで『フォカーテの香水』を供物にしているように見える。
この部屋に至るまでも、一本道の廊下で、外から見たこの建物は、まさに神殿だった。
「くく、これさえあれば・・・・・・」
青白い唇を歪め、『秘宝』に手を伸ばす。瞬間、瓶の前方まで伸ばした手に光が走る。それが青く光る電撃だと気づけたのは、焼け付くような痛みを感じた後だ。
「ぐおお!」
あまりの痛みに慌てて右手をかばう。忌々しげに瓶を、正確には瓶前方の空間を睨む。
「おのれ・・・・・・結界か。今だ衰えぬとは・・・・・・」
結界とは見えない壁であったり、燃え上がる炎であったり、焼き尽くす電撃であったりと様々だが、用途は全て同じ。何かを守るためにある。
「ぬぅ・・・・・・この程度の結界なぞ、切り刻んでやる!」
魔術を行使しようと右手を高く上げ、風を『秘宝』めがけて投げつけた。だが、風はいともあっさり結界に受け止められ、四散する。
二重結界だ。
「これは・・・・・・魔力分散の結界も張られているのか・・・・・・む!」
オスマンが後方へ少し下がった。『フォカーテの香水』がおかれている台座の上に、男が出現したからだ。
男は宙に浮き、真っ白の髪と紅い瞳を持っており、顔はどこか女性的で整っている。
その長身痩躯の体は時たまざらつき、透けて奥の女神像が見える。
オスマンはこれが何かを知っている。幻影の魔術。実体は無く、ただ伝えたいことを『その場』に記録する魔術だ。
「人の子よ、何ゆえ我が秘宝を求める?」
男は雑音の入った声で問う。
「我が秘宝・・・・・・? ならば貴様は『フォカーテ』か」
幻影に聞いても無駄だと分かっていたが、オスマンは聞いた。だが、幻影の男は予想外にもそれに答えた。
「いかにも。我が名はフォカーテ。フォカーテ・グラン・アリュベリッシュ。『魔の者』なり」
オスマンの目が見開かれる。『魔の者』。それはつまり、人ではない。その名称の別名もまた、オスマンは知っていた。
「魔族・・・・・・だと?」
そんな馬鹿な。とオスマンはすぐに思った。なぜなら書物に書かれているのは『愛を司る神フォカーテ』だったからだ。魔族のはずがない。いや、それ以上に、魔族なぞ子供の頃聞かされる御伽噺にしか出てこないのだ。
「もう一度、問おう、人の子よ。何ゆえ我が秘宝を求める?」
オスマンはほくそえむ。魔族がいるいないはどうでもいい。どうやらこの男の問いに答え、それが男の満足にいくものであれば、『秘宝』が手に入るようだ。
二重結果を破壊するほどの魔術を使えば、『フォカーテの香水』も一緒に破壊してしまう可能性がある。ここは正攻法で行くべきか、とオスマンは考えた。
もっとも、秘宝は壊れないらしいのだが、オスマンがそれを知るはずも無い。
「さぁ、答えよ、人の子よ」
男が促す。書物には『愛を司る神』と描かれているくらいなのだから、愛を使えば満足するだろう。オスマンは自信満々に答えた。
「愛する者を手に入れるためだ!」
だが、幻影の男は目を伏せ首を横に振ると、即答した。
「しからば、渡せぬ」
それだけ言うと、消える。残されたオスマンは呆然とした。結界が解かれた様子はない。
「おのれ・・・・・・! たばかったな!」
答えを間違えたという発想がないオスマンは、怒りに任せ魔術を発動させようとした。
「オスマン!」
そこでオスマンを呼ぶ声が響く。少女特有の高さに、どこか甘えるような声。
振り向くと、部屋の入り口に、三人の女が立っていた。一人には見覚えがある、どころか、欲しがっている少女、まさにその人。
「おぉ、我が愛しい人よ。我に会うためにきてくれたのか?」
オスマンの言葉に、全体的に細いが女性らしいふくよかな肢体の美しい少女が、波打つ金髪を手で払い、一言だけ言った。
「死ねば?」
中々辛らつな一言。
「お前に『フォカーテの香水』を渡すわけにはいかない」
真ん中に立つ少女は、光より眩しい真っ白な髪を地面すれすれまで垂らし、血のような紅い瞳を持つ顔は妖精と見間違えるほど可憐だった。黒のフリルドレスがその存在をさらに幻想的にしている。
「うぬが悪用する前に、わしらがちょちょいと隠すとするでな」
三つ編みの赤髪を揺らす女は、少し低いが張りのある若い声に似合わぬ口調で話す。
金髪の少女のようなふくよかさはないが、長身で細めの体躯は引き締まっており健康的だ。
「これはこれは・・・・・・美しいものだな」
三人を見たオスマンが唇を歪める。
ヴァンたちは台座の前にたつ、『敵』を睨んだ。
(アレイズ!)ふぅ・・・。
読んで頂きありがとうございます。
盛り上がってきた感じが出せていればいいのですが・・・。
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