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第三十三話


ちまちま進みます。

 暗い。暗い。暗い。

 あたり一面、真っ暗だ。

「ここは・・・・・・どこだ」

 ヴァンは今、闇の中にいる。

「俺は・・・・・・確か、魔力の使いすぎで気絶した後・・・・・・どうなった?」

 自分の体を見下ろす。闇の中でも、不思議と見えた。黒いフリルドレスにレースが編まれた黒のドレススカート。その黒の中で長く蒼い髪が混じっている。

 アリアの魔術で、この姿になり、服も選んでももらった。

「そうだ・・・・・・アリア、あのあとどうなったんだ。アリアは無事なのか? フランは? オイエスたちは? リモの街は? ここは一体どこなんだ!」

 叫ぶ。ヴァンの高く甘えるような声だけが闇の中で響く。

「ひっく、ひっく」

 不意に、子供の泣き声が聞こえてきた。振り返ると一人の女の子がしゃがみこみ、両手で顔を覆い泣きじゃくっている。

 戸惑いながらも、ヴァンは女の子に近づき、その側でしゃがむ。

「・・・・・・どう、した?」

 女の子はぴたりと泣き止んだ。光より真っ白な長い髪。黒のドレスを身につけ白い手足を覗かせている。

 女の子がゆっくりとヴァンを見上げた。

「っ!!」

 ヴァンが息を呑む。女の子の顔に見覚えがある。

 この女の子は、六歳ほどにしか見えず幼い上に瞳も血のように真っ赤だが、確信をもって言える。

 ヴァンが女になったとき鏡でみた顔に似ている。

 そう、女の子は、ヴァンに、似ていた。

 ヴァンはさらに困惑した。

「な、なんで・・・・・・誰だ、お前は、なんなんだ!」

 女の子から離れ、怒鳴る。先ほどまで泣いていたのに、今は感情の全く無い顔でヴァンを見ている。

 女の子は口を少しずつ開き、言葉の形を作っていく。声は出ておらず、言いたいことは分からない。

「・・・・・・何を、」

 聞こうとして、ヴァンの視界が闇に埋もれた。



 闇が薄れ、少しの光がまぶたを通して瞳に入ってくる。

 ヴァンはゆっくりと目を開けると、所々シミがある茶色の木造天井が見えた。

 背中に当たる感触でベッドに寝ていることが分かる。む、前にもこんなことがあったような。

「ヴァン!」

 凛として澄んだ声が聞こえ、柔らかい感触が体を包んだ。伝わってくる温かい体温と優しい重みに、アリアが抱きついてきたのだと分かった。

「むぁ? おぉ、ヴァン、ようやく目覚めおったか。心配したぞ、三日も起きなかったからのぉ」

 ベッドの左側、フランが椅子に座っていた。最初の間抜けな声は、居眠りしていたからのようだ。目が眠そうにしている。

 三日間も眠っていたのか、とヴァンは内心驚く。同時に、その間側にいてくれたであろう二人に感謝する。

「・・・・・・心配、かけたな」

 ヴァンの首筋に顔を埋め、肩を震わせて涙するアリアの頭を撫でる。

「ほんとよ、ぐすっ、もう目覚めないんじゃないかって、こわかったんだから!」

 アリアがさらに腕に力を込めて抱きついてくる。少し苦しいが、今は心地よかった。


 しばらくして落ち着いたアリアがヴァンから離れ、ベッド右側の椅子に腰掛ける。

 ヴァンも体を起こそうとしたが、力が入らずアリアとフランに手伝ってもらった。

「それで、あのあとどうなったんだ?」

 あの後、とは気絶した後のことだ。アリアが一つうなずき、話し始めた。

「ヴァンが倒れた後、魔獣どもは全部逃げたわ。フランの秘宝が衝撃的過ぎてほとんど掃討できなかったけど・・・・・・あの巨大魔獣はこの街に駐留している軍が後始末してたわね。外壁の魔獣除けは壊されたけど、工房長さんたちがすぐに新しいのをつけるって言って、もう終わってるから大丈夫よ。それと、負傷者は多いけど、死者はゼロだって昨日軍が知らせて・・・・・・あとは、今ここは工房長さんのお家よ。こんなところね。・・・・・・ところでヴァン、体の調子はどう?」

 一気に話し終えると、アリアが聞いてきた。

「そうだな・・・・・・寝すぎて体が重いが、まぁ平気だろう。それがどうかしたのか?」

 聞き返すヴァンに、アリアとフランが視線を合わせる。

 フランがヴァンを見て、口を開いた。

「おぬし、気づいてないのか?」

「? なんのことだ?」

 もしやどこかに致命傷を負ったか? とヴァンが自分の体を見下ろす。

 いつもと変わらない黒いフリルドレスが見える。だが、普段とは違うそれに、ヴァンが息を呑む。

 ドレスにかぶさっているのは、光より眩しい、真っ白い髪。背中にぞくりと寒気が走った。

 ふくらはぎまで伸びる長い髪は、今は座っているベッドの上に散乱しているはずだ。

 周囲を見回す。白い髪白い髪白い髪。

「・・・・・・これも、みて」

 混乱しているヴァンに、アリアが手鏡を渡した。胸に不安があふれる。ゆっくりと手鏡を覗き込むと、ヴァンの顔が映った。

 小さな顔に、形の良い細い眉、長めのまつげ。そして、血のように紅い、瞳。

 ヴァンの心臓が高鳴った。なにか、なにか忘れている。この言いようもない感情。不安と困惑と疑念と焦燥が胸に渦巻く。

 呆然としているヴァンに、フランが口を開いた。

「医者の話によると、急激な魔力消費と、戦場という極限の精神状態に、肉体がショックをうけて色素が抜かれたと言うておった」

「でも、命にかかわるような危険もないし、普段どおりに生活して問題ないとも言ってたわ。だから、大丈夫よ」

 二人が優しく言い、ヴァンをなだめる。

 胸を激しく焦がす感情が弱まっていき、同時に、思い出さねばという危機感が薄れていった。

「・・・・・・あ、あぁ。平気だ。少し驚いただけだから・・・・・・」

 落ち着きを取り戻し、ヴァンはそれだけ言う。手鏡をアリアに返し、ベッドへ倒れるように横たわる。

 沈黙は、工房長が部屋へ来るまで続いた。



 ヴァンとアリア、フランの三人は工房長宅のヴァンが寝ていた部屋で椅子を向かい合わせにし、座っている。

 エリュトの「で、この人から話は聞けたのかい?」という言葉に二人は目的を思い出し、来たばかりの工房長たちにご退場願ったところだ。

「すっかり忘れてたのぉ。おぬしら、わしに聞きたいことがあったんじゃったな」

「ちょっと濃い出来事ばっかりだったしね・・・・・・」

 アリアが溜息をつきながら言った。

「そうだな・・・・・・。さて、早速だが、本題に入ろう。フラン、聞きたいこととは他でもないある『秘宝』についてだ」

 まぁそうじゃろうな、とフランが相槌を打つ。

「して、その『秘宝』の名前は?」

 この問いに、アリアが答えた。

「えぇ。『フォカーテの香水』よ」

 フランの目が少し開かれる。

「ほぉ、まさかその名が出るとは、少々驚いたぞ」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も、それはわしが知る中でもっとも厄介な『秘宝』じゃよ」

 厄介、その単語が示すのは果たしてどちらの意味か。

「その秘宝、どこにあるか知ってる?」

「うむ、知っておるよ」

 さらっと答えるフランに、今度は二人が驚いた。アリアが椅子から勢いをつけて立ち上がりまくし立てた。

「ほんとう!? どこっ、どこにあるの!?」

 これにヴァンだけ驚いた。まさかここまで欲しがってるとは思わなかったからだ。

 フランはアリアの勢いを平然と受け止めている。

「教えることも出来るが、聞こうかの。何故『フォカーテの香水』を求めておる? あれは人の心を支配できる、神の領域に近いものじゃ。悪用するつもりじゃあるまいな?」

「ち、ちがうわよ!」

 疑われたアリアが慌てて叫ぶ。実のところ、ヴァンも手に入れたい理由が知りたいので、黙っていた。

「なら、聞かせてもらおうかの? なぜじゃ?」

「そ、それは・・・・・・」

 ちらっとヴァンをうかがうが、その目には期待の色が宿っている。

 アリアは、観念したように溜息をつき、椅子に深く座った。


「実は・・・・・・私、狙われてるの」

「狙われてる?」

 聞き返したのはヴァンだ。

「えぇ・・・・・・『ヒルデスター・アグリッパ・オスマン』って魔術師がいるんだけど」

「む? もしや『蛇風のオスマン』と呼ばれている魔術師のことかの?」

 フランが口を挟むと、アリアはこくりと頷いた。ヴァンだけが分からない。

「誰だ?」

 首をかしげるヴァンにフランが説明をしてくれる。

「『ヒルデスター・アグリッパ・オスマン』。腕の立つ魔術師での。冒険者ギルドにこそ登録しておらんが、修めた魔術は百を超えるといわれておる。わしも一度会ったことがあるぞ。あの男は、わしの故郷『エルフの里』にも来た事があったしのぉ」

「エルフの里に? なぜ魔術師が?」

 ヴァンの疑問に、アリアが嫌そうな顔をし、フランが呆れた表情をした。

「そりゃ決まっとる。エルフの女を見にじゃ」

「・・・・・・は?」

「エルフの者は皆美しい顔立ちをしておるからのぉ。わしも人の血が入ってるとはいえ、いけてるとはおもわんか?」

 にやっと笑うフランに、ヴァンが率直な感想を口に出した。

「あぁ。十分綺麗だと思うぞ」

「んなっ、な、ご、ごほん。そ、そうか。そうじゃろうて」

 いきなりうろたえるフランを不思議そうにヴァンが見ている。アリアは隣でヴァンを横目で睨んでいた。もちろん、ヴァンは気づくわけが無い。

「どうした?」

「おっほん。いやいや、なんでもないぞい? さて、それでじゃ、あー、どこまで話したかの?」

「エルフの顔立ちがいいってところまでだ」

「おお、そうじゃったの。まぁつまりあれじゃ。ヒルデスターという男は、たいそう女が好きらしくてな。あの時は一日中飽きもせず女の顔ばかり眺めておったわ」

「・・・・・・で、そのヒルデスターに狙われてるというのは、どういう意味だ?」

 とりあえずヒルデスターという男について、ある程度理解したヴァンが、アリアに話の先を促す。

「半年前の話なんだけど・・・・・・街を歩く私に話しかけてきて、いきなり『我のものになれ』って言ってきたの」

「・・・・・・ストレートだな」

「私は、蹴りと一緒に答えたわ、死ねと」

「ものすごい返事だ」

 ヴァンの言葉を無視し、疲れた顔で一呼吸おくアリア。 

「そのあとオスマンは何を勘違いしたのか知らないけど、『我にこのような扱いをするのは、お前がはじめてだ。面白い。その心を蹂躙してくれる。我が『秘宝』を手に入れてくるまで待っているがいい』とか言って、どっか行ったんだけど・・・・・・」

 気になって調べてみたら・・・・・・とアリアは最後まで言わなかった。

「なるほどのぉ。確かに心を支配できる秘宝は『フォカーテの香水』しか見つかっておらんはずじゃし。ヒルデスターが『フォカーテの香水』を狙ってるのは確実じゃのぉ」

「つまり、そのオスマンが、『フォカーテの香水』を使ってアリアを好きなようにしようと考えてるわけだな?」

 ヴァンが低い声で確認した。アリアが目を伏せて頷く。

 今ヴァンの胸はざわついていた。オスマンという魔術師に対する怒りが湧き上がってくる。

「頼む、フラン! 『フォカーテの香水』の場所をおしえてくれ!」

 ヴァンが立ち上がり、頭を思い切り下げた。アリアとフランの目が見開く。

「なぜぬしが頭を下げるのじゃ、ヴァンよ? 見れば、秘宝を探す理由を知らんかったようじゃの。ぬしはアリアに頼まれただけかえ?」

 ヴァンが頭を上げ、アリアを少し見下ろすと、フランに視線を向けた。

「確かに、俺は頼まれただけだ。でも、今はそれ以上に、オスマンを止めたい。アリアを好きにさせたくない。『フォカーテの香水』を悪用するつもりも無い。だから、頼む!」

 再度頭を下げるヴァン。透き通る真っ白な髪が流れた。

 アリアは涙が出そうになる。ヴァンの言葉が、気持ちが、嬉しい。

 立ち上がると、アリアもフランに対し、頭を下げた。

「お願いします! オスマンのものになんか、なりたくないの!」

 二人して頭を下げるのをみて、フランが盛大な溜息をついた。

「頭をあげんか。それでは、わしがおぬしらに懇願させて楽しんでるようではないか。誰も教えんとは言っておらん。理由が知りたかっただけじゃて」

 二人が顔を上げ、嬉しそうな顔をした、瞬間、フランが声をあげる。

「ただし! 先も言ったとおり、『フォカーテの香水』はもっとも厄介な『秘宝』じゃ。厄介なのは効果のこともあるが、それよりも置かれてる場所じゃ」

「どこに、あるんだ?」


「うむ・・・・・・『地の底へ続く奈落』、その外殻にある遺跡じゃ」

 ヴァンとアリアが愕然とする。『地の底へ続く奈落』。それは大陸中心にある大きな大空洞。そこは魔族たちの住処に続いているといわれている。

 定かではないのは、大空洞外殻には、竜などの強大な魔獣が生息しているため、調査隊を派遣するのも困難だからだ。

 その外殻に、『フォカーテの香水』があるという。

「そ、そんな・・・・・・」

「・・・・・・だが、考えようによっては良いことじゃないか? 外殻周辺は、歴戦の戦士でも裸足で逃げ出すほど強力な魔獣がうようよしている。なら、オスマンもそこまでいけないんじゃ?」

 ヴァンの言葉に、フランが首を横に振った。

「ヒルデスターもまた強大な魔術師じゃ。外殻周辺が『壁』になるとは、思わんほうがいいじゃろうて」

 ヴァンが悔しそうな表情をし、俯く。さらにフランが絶望する真実を告げた。

「・・・・・・『フォカーテの香水』には、距離がいらん」

 ヴァンが顔を上げる。言っている意味が分からなかった。

「ど、どういう意味だ?」

 アリアが横から答える。

「つまり・・・・・・オスマンが『フォカーテの香水』を使ったら、私はどこへ居ても、オスマンのことを好きになって、オスマンを自ら探すようになってしまうの」

「嘘、だろう? なんでそんなことわか」

「三百年前、使った者がおるからじゃよ。そやつの研究書にかいてあったらしい」

 ヴァンの言葉を遮り、フランが言った。ヴァンが力なく椅子に座り込む。つまり、オスマンを止めるには、『フォカーテの香水』をオスマンより先に手に入れるしか、方法が無い。

 アリアも椅子に座り、沈黙が流れる。


 それを破ったのは、ヴァンの呟きだった。

「・・・・・・俺はあきらめない」

「え?」

 アリアがヴァンの顔を見つめる。

「アリアの心を無視して、好きにさせることなんて、絶対許さない」

 静かに言葉を出すヴァン。その瞳が、炎のように紅くきらめいている。

 フランが突然笑い出した。

「はっはっは! よくぞ言ったヴァンよ。その言葉を待っておったわ。わしも秘宝を悪用されるのは許せんからのぉ。さぁ、ゆくぞ!」

「あぁ!」

 音を出しながら椅子から立ち上がるフランとヴァンを、アリアが止めた。

「え、ちょ、ちょっとまって! いくぞって・・・・・・二人ともなにいってるの? あの大空洞の外壁なのよ? 死んじゃうかもしれないのよ!?」

 悲痛な表情を浮かべ叫ぶアリア。立ち上がった二人はアリアを見下ろす。その目は穏やかだった。

「気にするでない、アリア。わしはわしの信念でわしのために動いておる。『秘宝』を悪用させない、というな」

「でも・・・・・・!」

 アリアはなおも叫ぶ。ヴァンが前かがみになり、座っているアリアの唇へ人差し指を当てた。

「アリア。俺は嫌なんだ。アリアの心がなくなるのが。アリアが幸せにならないのは。だから・・・・・・」

 言葉を切り、アリアの手を引っ張って立たせる。アリアを見上げ、微笑んだ。

 髪は眩しいほどに真っ白になり、瞳は血のように紅くなったけれど、その微笑みは、変わっていない。

 可憐で綺麗で、美しい微笑み。

「だから、一緒に頑張ってくれないか?」

 見とれていたアリアだが、ヴァンの言葉に、瞳から雫が溢れ出る。

「うっ・・・・・・うん・・・・・・っ、あり、がとうっ」

 アリアは、本当の優しさに触れて、泣いた。


読んで頂きありがとうございます。

アリアが秘宝を求める理由が明らかに!ま、ありきたりですよね。ていうか、今更名前が出るってどうなんでしょ?

そしてヴァンが見たあの子の正体は!なんと!・・・ヒ・ミ・ツ★ ぁ、ごめんなさい、物投げないで、あいたっ

えーこほん。感情描写は苦手です。じゃあ何が得意なの?私。

感想批評大歓迎です!

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