第三十一話
脱出脱出!
「うー・・・・・・死ぬかと思った・・・・・・」
アリアがぐったりと浜辺に手をついて四つん這いになり、力無く言う。
「向こうにいたら、それこそ死んでたぞ」
ヴァンがアリアを見下ろしながら、黒いドレススカートの裾をまとめ絞る。大量の水が出てきた。あげられたスカートから見える濡れた白い足が眩しい。
「しかし、あの水脈が海につながっていたのは僥倖じゃったのぉ」
からから笑い、三つ編みにしていた赤い髪を解くフランガスタス。
三人ともそれぞれ髪が長いため、水分を含んで重みを増し体に巻きついてくる。濡れた服が体に張り付いてくる感触がわずらわしい。
先ほどまで流されていた濁流の終着点は海であった。今三人は砂浜の上にいる。
この砂浜に来るまでも大変だった。泳げないアリアを、ヴァンとフランガスタス二人で何とか背負いながら泳いできたのだ。
黒いフリルドレスが吸った水が思いのほか重く、ヴァンは初めて、着ている服に殺されるかもしれない、と危機を覚えたほどだった。
それに、アリアもマントをしていたのでそれがまた重く・・・・・・そこでヴァンはアリアに何かが足りないことに気づく。
「・・・・・・アリア、マント、どうした?」
アリアが普段から羽織っているマントをしていない。濡れて透け黒い下着がばっちり見える白い服は体のラインをピッタリ浮き上がらせて色っぽい。
「え? あれ!? ど、どこいったの!?」
ヴァンの言葉に初めて気づいたのか、辺りを慌てて見回すアリア。慌てるのも無理は無い。あのマントには『レーラの村』でもらった携帯食糧の袋と銅貨の入った貨幣袋がつるされていたからだ。
「おぬしの外套なら、流されているときに離れていったのをみたぞ」
両手で髪をぎゅっと絞り、フランガスタスが呑気に言った。
アリアが愕然とし、ヴァンが頭を抱えた。
「そ、そんな・・・・・・あれ高かったのにー!」
「嘆くところが違う」
ツッコミをいれ、溜息をつく。
「とりあえず、街に戻るか。まだ暑いといっても、風邪を引く。フランガスタスさんにも聞きたいことがあるしな」
「わしのことならフランと呼んでくれんか? 長くて呼びづらいじゃろ。かわりにわしも呼び捨てにさせてもらうからの」
フランが言い、二人は了承した。
ある程度髪と服を絞り終えたあと、三人は街に向かう。フランも髪を三つ編みに戻している。
砂浜は上り坂になっていて、頂上に近づくにつれ草花が増えていく。絞った後も、普段より少し重い服をきて砂地の上り坂というのは結構きつい。
そうでなくとも、少し前に怪物から逃げるため全力疾走をし、さらに激流に流され、なおかつ海を泳いだのだ。
体力はかなり消耗していて、少し休んだくらいでは疲れが抜けそうに無い。
ヴァンにいたっては、その上魔力もかなり消費している。魔力は直接の肉体疲労には繋がらないが、使えば脱力感や虚脱感に襲われ、限界まで使い果たせば気絶することもある。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
ヴァンが苦しそうに息を荒くさせている。アリアが心配そうに背中へ手を添えた。
「だいじょうぶ? やっぱり少し休んでからいかない?」
「いや、大丈夫、だ。それ、に、休んでる、ときに、魔獣が、きた、ら、休め、ないだ、ろう」
水をぬぐった額は、今度は汗で濡れている。
ヴァンが心の中でうめく。この姿になって筋力が落ちたのは分かっていた。だが、まさか、体力もここまで無くなっているとは・・・・・・。
男だった時は、あの程度の運動量で消耗することはなかった。
アリアはヴァンの言葉を聞いても、すぐにでも休ませたいという想いを顔一面に出している。
「そうだけど・・・・・・」
ヴァンは苦しげな顔で微笑み、足を止めずアリアを見上げた。
「本当に、平気、だ。街に、着いたら、ゆっくり、休ませて、もらう、から」
「・・・・・・ヴァンよ、ぬしの気持ちを裏切るようで悪いがの、しばらくは休めなさそうじゃぞ」
先に砂浜の頂上、草花揺れる草原に足を踏み入れていたフランが、歩みの遅いヴァンたちを見ずに、街があるであろう方向に向きながら言った。
ヴァンは答える余裕が無かったが、アリアが首をかしげ、代わりに聞く。
「どういう意味よ?」
「見れば分かる」
不思議そうな表情をした二人だが、頂上につき草原を踏みしめ、街の方角を見た。
その顔が驚愕に変わる。
「あ、あれは・・・・・・!」
アリアが叫び、ヴァンが顔をゆがめ、フランはただ睨む。
三人の視線の先、確かに街がある。高い外壁に囲まれた『リモの街』が。
そして、街の外壁に体当たりをしかけている、あの魔獣の姿もまた、見えた。
手足の無い胴体だけの巨大な体躯を外壁にぶつけている。ぶつかった瞬間、激突音がここまで聞こえてきた。
耳を澄ませば、人の怒声や、爆発音も響いてきている。時折、魔獣の体に小さく爆発が光るところをみると、街にいる兵士や冒険者たちが戦っているのだろう。
「どうやら、わしらを見失った後地上に出てきたようじゃな」
二人がその光景を呆然としてみていたが、フランの冷静な声で我に返る。
「な、なんでそれで街を襲ってるの!?」
声を荒げるアリアに、ヴァンが答えた。
「・・・・・・復讐だろうな」
「復讐・・・・・・?」
アリアが聞き返し、次はフランが口を開く。
「うむ。曲がりなりにも自らの子らを殺されたのだからな。もっとも、彼奴の復讐の対象は、すでにわしだけじゃなく、人全てになっているじゃろうが」
そんな・・・・・・と声を出せなくなったアリア。ヴァンが再び歩き出す。
「・・・・・・止めないと・・・・・・」
苦しげに言葉にした行動は、逆にヴァンに実行された。
「待って! 駄目よ、そんな体で何をするっていうの!」
肩をつかまれたヴァンは、その手を払うこともなく振り返る。
「何もできなくても、見捨てるわけにはいかない・・・・・・。それにあの街にはオイエスたちもいる」
「・・・・・・分かったわ。私が行ってくるから、ヴァン、あなたここで待ってて」
その言葉にヴァンが眉をひそめる
「・・・・・・何を言ってる?」
「魔力も体力も尽きかけてる体で、戦えないでしょ。私はまだ魔力も十分あるわ」
反論しようと口を開きかけるヴァンだが、そこでフランが口を挟んだ。
「ここで言い争ってどうするんじゃ。怒りはあれにぶつけい。それに、ヴァンをここで一人にしたほうが危険じゃろ。他の魔獣に襲われたらどうする。なら、危なくとも目にとどくところにいてくれたほうが助けることができるじゃろ? さぁ、分かったらさっさと走らんか!」
言いたいことだけ言うと、フランは走り出した。
ヴァンも疲労した体にむち打ち、走る。それでもやはり、いつもより断然遅い。
アリアがヴァンの小さな手を取りそのまま引っ張った。
「・・・・・・怒鳴って、悪かった」
「ううん・・・・・・ヴァンもオイエスたちが心配なのよね。私のほうこそ、ごめんなさい」
本当は怒鳴ったのはアリアを危険にさらしたくなかったゆえだが・・・・・・。
「フラン! あなたも手伝ってくれるのっ?」
もうアリアはフランへ意識を向けている。わざわざ言うのも恥かしいので、ヴァンはそういうことにしておいた。オイエスたちが心配なのも、まぁ嘘ではないからだ。
フランが横目で後方のアリアたちを見て、叫ぶ。
「当然じゃ! なにせ元はといえばわしのせいじゃしな! それに、この秘宝『リャルトーの弓』も試したいしのぅ!」
浮かべる笑みは、まさに獰猛そのものだった。
読んで頂きありがとうございます。
ゆっくり進んでいきます。長い目でお付き合いくださいませ。次は大戦闘!
感想批評、大歓迎でございます。