第三十話
フランガスタスさん、そんな人?
「ほう。それではおぬしらは、わしを探しにここまできたというわけじゃな?」
助けてもらった礼を言った後、ヴァンがフランガスタスに事情を話した。
「あぁ。聞きたいことがあってな。秘宝についてなんだが・・・・・・」
ヴァンが用件を済まそうと口を開くが、フランガスタスがそれを手で止めた。
「まぁ慌てるでない。話はあとでゆっくり聞こう。今は、この遺跡から出るほうが先じゃて」
「そういえば、あなた、二日間もここでなにしてたの?」
アリアが思い出したように聞く。赤髪のエルフは目を見開き、腹を押さえた。
「ほっ、もう二日もたっておったのか。道理で腹が減るわけじゃ。娘、何か食い物はもっとらんか?」
いきなりの娘呼ばわりに、アリアが眉をひそめた。
「娘じゃないわ。私はアリア。こっちはヴァンよ」
「おぉ、それは失礼したのぉ。わしのことは知っとるのに、名を明かしてくれんから言いたくないのかと思ってしまったわ」
フランガスタスの言葉に、あっ、と声をあげばつが悪そうに顔を背けた。
マントの中にある道具袋から携帯食を取り出し、差し出す。
「そうだったわね、ごめんなさい・・・・・・はい、どうぞ」
乾燥させたパンを受け取ると、フランガスタスは満足げにうなずいた。
「うむうむ、気にするでない。ありがたくいただくよ」
「それで、ここに二日間もいた理由は?」
乾パンを頬張るフランガスタスに、今度はヴァンがたずねる。
「いやはや、それが聞くも涙語るも涙の出来事でな。この弓、実は秘宝での。遺跡の隠し部屋にあったんじゃが」
背中に背負う弓を指差し、あっさりと言うフランガスタス。
工房長から聞いた話では、秘宝は見つからなかったはず。
それを目の前にいる赤髪のエルフは見つけ出した。しかも隠し部屋かららしい。
フランガスタスの実力を知るには十分な発言だった。驚く二人を気にせず、エルフは話を続ける。
「その部屋がな、あの馬鹿でかい魔獣の巣だったらしくての、卵がたっぷりあってなぁ。ついでにあの魔獣もその部屋で寝てたんじゃが・・・・・・ばれないよう秘宝と取ったら、部屋が崩れてしまってのぉ」
なんだか話のオチが読めてきたヴァンたち。最初は真剣な表情だったが、段々と呆れ顔になっていく。
「そしたら、部屋の卵全部つぶれてしもうてな。しかも寝ていた魔獣も起こしてしまってのぉ。おかげでああやって入り口を見張るように廊下を行き来しちょる。怒らせてしまったようじゃな、はっはっは」
「笑い事じゃないでしょ! それってつまり、私たちが追いかけられたのも、あんたのせいってことじゃないの!」
アリアの怒鳴り声に、フランガスタスはさらに笑う。
「はっはっは! まさにその通りじゃ!」
ヴァンは額に手を当て、溜息をついた。
「ここにいたかったわけじゃなく、ただ出られなかっただけか・・・・・・」
緊張感が感じられない会話だったが、事態はかなり深刻だ。
何せ、ヴァンとアリアも、フランガスタスと同じ立場になってしまっているからだ。
「他の出口はないんだろう?」
ヴァンの問いに、フランガスタスは首をゆっくり縦に振る。
「うむ。もしあればこんなところに二日もいるわけがなかろうて。出入り口はあの階段の上だけじゃ」
「でも、あの魔獣、あきらめるつもりなんてなさそうよ?」
アリアが亀裂の外から聞こえてくる、大きい何かが地面を引きずる音に耳を傾けながら言う。音は魔獣が出しており、本当に行ったり来たりを繰り返しているようだ。
「戦うにしても狭いし・・・・・・かといってずっとここにいたら餓死してしまうな」
「困ったのぉ」
あまり困った感じのしない声でフランガスタスが呟く。
話し合っても良い案が出ないことに、三人が肩を落とす。
「・・・・・・ん?」
そこでヴァンが顔を上げた。
「どうしたの?」
「いや・・・・・・なんか音が」
音なら先ほどからズリズリとしているが、ヴァンの言葉はそれ以外のものをさしているだろう。
魔獣が離れたのを確認すると、ヴァンは亀裂から頭を出し、辺りを見回す。
右は、追いかけられ逃げてきた廊下が伸びていて、闇の中巨大な魔獣の影が見える。
左を向く。そこには逃走を邪魔した壁があったはずだが、魔獣が激突したせいで壊れていた。
闇が広がっている。音はそこからしているようだ。耳を澄ませると、音の正体がわかった。
亀裂に引っ込み、二人のほうへ振り返る。
「あの壊れた壁の向こうから水の音が聞こえる。地下水脈があるみたいだ」
伝えると、アリアの表情が明るくなった。
「じゃあそこから逃げましょう」
「いや、待て。地下水脈はどこに繋がっておるのかわからんぞ? もしかしたら水棲魔獣の住処に流れ着くやもしれん」
「だが、ここでじっとしているわけにもいかないだろう。助かる可能性もある」
正直、魔獣の住処へ行く確率のほうが高いわけだが、ここにいる限り助かる確率は零のままだ。
フランガスタスは、仕方ないのぉ、と首を振る。
「あの魔獣が十分に離れてから、一気に行くぞ」
ヴァンの言葉に、二人はそれぞれの顔で頷いた。
「今だ!」
ヴァンの合図と共に、三人は亀裂から飛び出す。元壁の瓦礫に駆け上る。後方からこちらに気づいた魔獣が向かってくる轟音が響いた。
瓦礫の頂上まで登り終え、見下ろす。地下の川は流れが激しく水飛沫が舞っている。
予想以上の勢いに三人の動きがとまるが、魔獣との距離は狭くなる一方だ。
ヴァンとフランガスタスが飛び込もうとする。アリアは動かなかった。
「アリア! 何してる、はやく!」
ヴァンが声を荒げるが、アリアは青ざめた顔で濁流を見るだけだ。
「だ、だめよ。だめ、むり!」
ここにきて急に腰を引くアリア。
「ここまできてか! 濡れるのくらい我慢しろ!」
「ち、ちがうわよ! そうじゃなくてっ 私泳げないの!」
ヴァンは今更の告白に固まる。フランガスタスが笑い、それで復活できた。
「は!? 一番最初に地下水脈から逃げようっていったくせにか!?」
「こ、こんな流れ速くて深そうだなんておもわなかっただもん! 歩けるとおもったんだもん!」
アリアが子供のように駄々をこね始める。魔獣はもうそこまで来ていた。
ヴァンがアリアの手を掴み、持ち上げる。
「泳がなくていい! 泳がなくていいから、この手を絶対はなすなっ」
握った手を思い切り引っ張り、アリアが反論する前に、濁流へ飛び込む。
「きゃああー!」
アリアの悲鳴がこだまして、ついで飛び込み音が二つ響いた。
「やれやれじゃのぉ」
フランガスタスも一つ溜息をつくと、勢い良く流れる水へ向かって跳んだ。
読んで頂きありがとうございます。アリアは泳げない人でした。
今回はちょっと短かったかも。あるとおもいます!
感想批評、大歓迎ですっ。もうけっちょんけちょんにしてください、私を。