第二十九話
ダンジョンダンジョーン、ヘイヘーイ
ピンと立てたアリアの指に浮く小さな火が、壁を照らす。そこらには草の根や蔓が張り付いていた。
地下へ続く遺跡の階段は広く暗い。進めば進むほど、空気が冷たくなってくる。
「なんだか、不思議な感じね」
「アリア、前を向かないと転ぶぞ」
遺跡に初めて入った二人だが、その反応は正反対だ。アリアは珍しげに周囲を眺め、ヴァンは足を踏み外さないよう前だけ見ている。
「平気よ。それに転びそうなのはヴァンじゃない」
アリアの心外な言葉にヴァンが横目で隣を見る。
「それはどういう意味、はぶっ!」
たまたま偶然にもアリアを見た瞬間、階段が終わり、さらに蔓が地面を這っていて、ヴァンはそれに足を引っ掛けたようだ。
つまり、盛大にこけたのである。はぶっ、はぶっ、はぶっ、悲鳴が遺跡内でこだまする。
相変わらずのバンザイポーズで地面に体を叩きつけてしまうヴァン。ほこりがもうもうと舞った。
「・・・・・・そういう意味よ」
しばらく倒れたままだったが、すっと立ち上がり黒いフリルドレスについたほこりを払う。
「・・・・・・うるさい」
俯きながら、ヴァンは小さく呟いた。
階段の終着点には左右に分かれた廊下がある。二人の周りはアリアの火で明るいが、両方の廊下の先は真っ暗だ。
「どっちかしら?」
「そうだな・・・・・・ほこりが積もってるから足跡が残ってそうなもんだが、無いな」
「それはヴァンがこけたせいでしょ」
アリアの冷静なツッコミに、うぐ、と口ごもるヴァン。
「勘で行くしかないわよね。んー、左にしましょう」
アリアは悩んだ振りをしながら、右へ即決する。
「自信満々だな?」
「人って、右か左かで悩んだら左を選びやすいのよ。だから私はあえて左を選ぶわ」
「なんだそのひねくれた考えは」
溜息をつきつつも、左を選びやすいなら『フランガスタス』も左を行ったかもしれないと考え直し、ヴァンはアリアの決断に従った。
二人は左の廊下を進む。階段の段数を考えると、ここは地表からかなり深いと思われる。それを裏付けるように、天井は高く、アリアの火の光が届いてない。
廊下は階段と同じく左右に広い。ヴァンとアリアが並んで歩いても、あと四人ほどは一緒に歩けそうだ。
「無駄に広いな。遺跡は数百年から数千年前に作られたものを言うそうだが・・・・・・昔の人は何を考えていたのか」
ヴァンが率直な感想を漏らす。
「でも、そんな大昔で地下に建物を作るなんて、すごいわよね」
「そうだな。秘宝なんていう今の技術じゃ作れないものもあるし、昔といえど今よりすごかったかもしれないな」
ほのぼのと会話をしているが、目的は『フランガスタス』の捜索という人命救助だ。真剣に。
そこで、廊下の奥から、音がした。大きな物を引きずるような音だ。
「ねぇ、ヴァン。遺跡にも魔獣っているのかしら?」
「知らなかったのか? 調査後放置された遺跡は、魔獣の巣になるんだぞ?」
「へー、そうなんだー。知らなかったわー。『フランガスタス』さんは平気かしらー?」
「どうだろうな、一人でここに来たらしいから、腕に自信があるのだろうが、とりあえず今は現実逃避をせずに、目の前の問題から対処しようか?」
ヴァンが詠唱し、炎が四肢から燃え上がる。隣にいるアリアも体から少しばかりの火の粉を散らす。
ヴァンの炎で、先ほどより明るい範囲が広がる。闇から出てきたのは、手足のない、太い紐のような体だけの魔獣。こちらに向いている先端にあるのは丸い口だけで、鋭い牙が内側に並び、その大穴からはよだれらしきものが滴り落ちている。
「・・・・・・ねぇ、ヴァン」
「・・・・・・なんだ?」
「・・・・・・正直、ずるいと思わない?」
「・・・・・・そうだな、反則だな、これは」
二人が言うのも当然。その魔獣はとてつもなく、でかい。
高かったはずの廊下の天井に届きそうで、広かったはずの廊下の半分ほど幅を取っている。ついでにいうと、その大きな口は、赤ずき○ちゃんを一飲みどころか、十五人くらい一気に食べれそうだ。
「・・・・・・逃げて良い?」
「大賛成だ!」
魔獣の大穴から、空気を震わす怒号の音が飛び出し、遺跡を揺るがす。それを合図に、ヴァンが四肢の炎を消し、アリアを引っ張ると背中に背負い、足に魔力を込める。そのまま今歩いてきた廊下を大逆走した。
無論、魔獣は追ってきた。両足に魔力を込め、前へ前へと跳ぶ。背後から激しい音が聞こえてくる。
「ヴァン! あいつ速い! 理不尽なほど速い!」
片手で必死にヴァンにしがみつきながら、後ろを確認したのか叫ぶアリア。もう片方の手はヴァンの前方の闇を排除するために、火を灯し前にかかげている。
「分かってる! しっかり掴まっていろ!」
ヴァンが叫び返し、さらに地面を蹴る。アリアは魔獣のことを理不尽なほど速いといっているが、それは巨体だから進むのが速いだけだ。実際に超速度を出しているのはヴァンのほう。
かなり長かった廊下も終わりを告げた。目の前に見えるのは大きな壁。
「っ!?」
慌てて急停止。ほこりと音を出しながら地面を足でこする。しがみついているアリアが振り回されるように浮く。
壁のすれすれで止まり、振り返る。アリアもヴァンにしがみついたまま、地面に立ち、同じ方向を見た。
少しだけ差が出来たようだが、今だあきらめてない魔獣が向かってくる。
「やるしかないのか・・・・・・!」
アリアがヴァンから離れる。
「無理よ! あんなのに突っ込まれたら、そこで終わりだわ!」
全くもってその通りだ。広い場所ならまだ戦えたが、戦うにしては狭いこの廊下で戦うとなると、あの魔獣が俄然有利。倒れこむだけでも、ヴァンたちを押しつぶすことができる。
「くそっ!」
歯軋りするヴァン。せめてアリアだけでも守りたい。どうする。どうする。
「おぬしら! こっちじゃ!」
焦るヴァンたちに、二人以外の声がした。驚き、周囲を見回すと、右の壁に明かりが見えた。大きな亀裂があり、そこに誰か居る。
突然の第三者の登場に面食らうヴァンとアリアだが、魔獣はもう目と鼻の先に来ていた。
「なにをしておる! はやくせんか!」
再度怒鳴られ、二人は慌ててその大きな亀裂に飛び込む。
次の瞬間、魔獣が壁に突撃したであろう巨大な激突音が響いた。
慌てて亀裂の中に飛び込んだせいで、ヴァンとアリアは地面に手をつく羽目になった。もっとも、命が助かったのだから、その程度で済んで安いものでもある。
「危ないところじゃったのぉ」
老人のような喋り方をする声に、違和感を覚える二人。口調に反してその声は、少し低いが張りのある若い女性の声だったからだ。
ひとまず命を助けてもらったことに礼を言おうと、ヴァンとアリアは立ち上がり、恩人を見た。
そこで息を呑む。
燃えるたいまつを持った女性は、その火より紅い髪を一束の三つ編みにしており、腰に届くほど長く、女性的なふくよかさはないが全体的に細い長躯。紅玉のような赤い瞳に、すらりとしたあごの端正な顔。肌は、浅黒いとまではいかないが健康的に焼けている。
動きやすそうな革服に、これまた動きやすそうなズボン。
腰のベルトには変わった道具袋とナイフが引っかかっており、背中には大きな弓を背負っている。
そこまでは、ただ美しいだけの女性だ。変わったところは無い。ここが遺跡だということを除けばだが。
二人が息を呑んだのは、別に理由がある。
それは耳だ。先の尖がった、普通の人にはまず無い形の長い耳。二人は知っている。こんな耳を持つ種族は、あの種族しかいない。
この耳は、『エルフ』の耳だ。
遺跡であったエルフ。
呆然としたヴァンたちの口から、自然と名前が出てくる。
「『フラン、ガスタス』・・・・・・?」
エルフが怪訝な表情をする。
「んん? なぜおぬしら、わしの名前を知っておるんじゃ?」
まさかの出来事に、二人はフランガスタスの疑問に答えられなかった。
読んで頂きありがとうございます。やっと登場しました『フランガスタス』。もちろん王道の如く女性でございます。うふ。
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