第二話
もう本当に進みが遅いです。プロローグにすら追いついてません。
王都から出たヴァンとその他九名は、次の町に繋がる道をはずれ森の中を歩いていた。討伐対象の魔獣『レガベアード』。何でもこの魔獣、近隣の村を襲い、人も殺しているそうな。依頼人は襲われた村の人々。おそらく、複数の村だろう。お金を出すくらいなら、王都の騎士団にでも頼めばいいのに、とヴァンは思った。が、すぐに思い直す。
「(たぶん、動いてくれないだろうな)」
人死にが出たとはいえ、件の魔獣は村を襲った後、すぐに森の中に逃げるらしい。騎士団はあくまで軍隊。危険な森に入ってまで討伐をするというのは、人的にも資金面でもマイナス要素が大きい。そんなことを私腹を肥やすのを趣味としている貴族たちが許すはずがない。
危険な森、というのは、今歩いているこの森に限った話ではなく、すべての森にいえることだ。人が通る道には魔道具が置かれてあり、それの出す臭いや光が魔獣を寄せ付けない。よって、その魔道具から離れるのは、危険が百倍以上に跳ね上がることを意味している。高級の魔獣には効果が薄いが、それでも、人里の近くに強力な魔獣が降りてくる自体稀なので、効果は抜群だ。
だが、たまに今回の『レガベアード』のように、森の深いところに生息している強大な魔獣が、いきなり凶暴化するときがある。そういうとき、動きたくても動けない騎士団のかわりに、お金を出して冒険者に来てもらうのだ。
「それにしても、金貨三十枚とは、太っ腹なもんだな、おい」
一人の冒険者が、口を開いた。
「全くだぜ、十人といっても頭割りで三枚ずつ。こりゃうめー仕事だ」
それをきっかけに、他の者たちも喋りだす。
どうやら、さっきまで静かだったのは少なからず緊張していたからのようだ。ため息をつき、その様子を最後尾で眺めるヴァン。周りには木々が立ち込めて、明るい時間だというのに薄暗い。少しでも離れていると樹木と闇が邪魔をして見えなくなっている。足を踏みしめるごとに落ちている枝が折れ、湿った土のせいで歩きにくい。起伏がほとんどないのが救いか。
そこで、妙な気配を感じた。
「待て」
ヴァンの一声で、前の九人が怪訝な顔をして振りかえる。
「なんだぁ、びびったのか?」
剣士風の男が笑いながら言う。ヴァンは気にせず、冒険者たちのちょうど右の奥をじっと見ていた。つられて全員がそこを向く。と、何か音がする。その音は重い物が連続して落とされているかのようだ。音はだんだんと大きくなり、こちらに近づいてくる。何かが迫ってくることを瞬時に理解した冒険者たちが、それぞれ得物を構える。さすが、腐ってもA級魔獣討伐が受けられるだけはあるな、とヴァンは思った。目で見てから対応を考えるようでは、冒険者は生き残れない。即座に身を守る準備をしなければならないのだ。
なのに、ヴァンは身構えない。ただ立っているだけだった。
「来たぞ」
ヴァンの声と同時に、木々の間から魔獣が飛び出してきた。人間より一回り大きく、茶色の体毛に覆われ、細長い四肢からは異常に長い爪がそれぞれ三本ずつ伸びている。顔から突出した口には鋭い歯が並び、唾液でぬらぬらと光っている。
魔獣の姿を捉えた瞬間、冒険者たちは動いていた。円陣を組み魔獣をすばやく囲むと、攻撃を仕掛け、剣が、槍が、斧が、矢が、それぞれ魔獣の体に深々と突き刺さる。空気を裂くような絶叫の後、魔獣は地に倒れ動かなくなった。冒険者たちは武器を引き抜くと付いた血を払う。
「よく気づいたな、あんた。おかげで楽が出来た」
斧を持っている冒険者がヴァンに顔を向けた。その表情にはヴァンが戦闘に参加しなかったことによる非難の色はない。
「あぁ。俺は臆病だからな」
ヴァンは剣士を見ながら言った。剣士はばつが悪そうにそっぽを向き、歩き出す。
「気を悪くすんな、あいつも馬鹿にするつもりで言ったんじゃないんだ」
斧を腰にかけながら男が苦笑する。どうやらあの剣士とこの斧男は旧知らしい。
ヴァンは何も言わず歩く。目の端で斧男が肩をすくめるのが見えた。
どれくらい歩いただろうか、森は深い。
「ギルドからの情報によると、このあたりのはずだが・・・・・・」
弓を肩にかけている男が地図を広げながら首をひねる。他の冒険者もあたりを見回す。ヴァンもそれにならうが、特に変わったところもなく、何も居ない。そして疑問が浮かぶ。
「おかしい・・・・・・魔獣が一匹も居ない」
ヴァンの言葉が耳に入った斧男が気づく。
「確かに。姿を見せないにしても、餌が十匹も居れば様子見でもしてそ」
斧男は最後まで話すことができなかった。その原因は、遠くから響いてきた爆発音のせいだ。
ヴァンは即座に轟音のしたところへ走る。ほかの冒険者も慌てて後を追った。
近づくにつれ爆発音が連続しているのが聞こえる。たどり着いたヴァンは、息をするのを忘れてしまった。目の前に居る自分より二回りも大きい、件の魔獣のせいではない。それと戦っている女神を見たから。
否、女神ではない。人間だ。一人の少女。光り輝く黄金の髪は、波をもち揺れている。遠くからでも分かる碧眼は、春の新緑より鮮やかで、透き通る白さを持った肌は、細いが女性らしいふくよかな体をつつみ、まさに女神のよう。黒いマントをなびかせ、魔獣の攻撃を避ける少女は、さながら触れさせるのを焦らす踊り子。そして、その口から発せられる呪文は、凛として響いた。絶え間なく両手から繰り出される炎で、その少女は魔術師で、今まさに魔獣と戦っているのだと、かろうじて分かる。目の前で死闘が繰り広げられているのを忘れるほど、少女は美しかった。
「あ、あれは・・・・・・」
見とれていたヴァンは、後からやってきた剣士の声で我に返る。見ると、九人の冒険者はヴァンと同じように見とれていた。かに思えたが、その表情は顔面蒼白。体は小刻みに震えている。
そこで、少女がヴァンたちに気づいた。と思いきや、いきなり怒声を上げる。その間も魔獣から距離をとっているところをみると、戦いなれているようだ。
「ちょっとあなたたち! 邪魔よっ、ここから消えなさい!」
いきなりの罵りにヴァンは目を丸くする。だが、他の冒険者たちの反応は違った。皆悲鳴をあげ、一目散に逃げ出した。わけが分からず動けなかったヴァンの肩を、斧男が掴む。
「おい! はやく逃げろ! あの魔女は『狼殺し』だ!」
その言葉で分かったことは二つ。あの少女が、魔女と呼ばれるほど強力な魔術師であることと、『狼殺し』という異名を持っているのだろう、ということだけ。
詳しいことを聞こうとしたが、斧男はすたこらさっさと逃げていった。頭には疑問がいっぱいだが、それらを考えることは後回しにすることになる。
「きゃああっ」
少女の悲鳴に顔を戻すと、少女が魔獣の一撃に吹き飛ばされているのが見えた。防御壁を張ったのか、致命傷ではないが衝撃までは消せないことをヴァンは知っている。地面に倒れ、魔獣の追撃を避けようとする少女だが、体が思うように動かない。魔獣は、自らの胴体より長い腕を振り上げる。
「まずいっ!」
ヴァンが疾走する。ローブがめくれ、顔が外気にさらされる。両手をローブから出し、わずかに呪文を唱えた。瞬間、ヴァンの四肢に炎が纏われる。一気に加速する感覚を得ると、魔獣との距離を一瞬で埋め、そして、跳ぶ。燃え盛る右足を前に突き出し、魔獣のわき腹に突き刺した。
ずどん、と轟音。魔獣は蹴られた部分から半分に折れるかという勢いで全身が曲がり、豪速で否応なく飛ばされた。巨体は、木々を巻き込み、へし折り、地面との邂逅を果たす。
その光景を見開いた目で見る少女。その瞳は、光の反射で青い宝石に見えた。ヴァンが少女の目の前に降り立つ。その四肢は未だ炎に包まれていたが、火傷も負わず、身に着けているローブも燃えていない。ヴァンと少女の目が合う。また、怯えられるのだろうか。
そんなヴァンの悲しみを目の前の少女はあっけなく粉砕した。
「な、何勝手なことしてるのよ! 誰が助けてなんて言ったの!? 男のくせに余計なことしないでほしいわ!」
そこでまたヴァンの目が丸くなる。助けたのにその罵声はいかがなものかというのもあったが、何より、自分の顔をみて怯えるどころか怒ってきたのだ。こんなことは初めてだ。
「何がおかしいの!?」
顔を真っ赤にして怒る少女。どうやら自分は笑っているらしい。
「あ、いや、すまん。だが、俺も仕事でな。文句があるなら後で聞こう」
少女はまだ何か言いたげだったが、魔獣がゆっくり起き上がるのをみて口をつむぎ、ヴァンを睨みながら立ち、距離を作った。ヴァンはそんな様子を見て苦笑したが、今は目の前の魔獣に専念するかと意識を切り替えた。
ヴァンが両手を前に持っていき構える。同時に四肢の炎が激しく燃えた。
魔女は、半身になり右手を突き出し、呪文をつむぐ。
それに応えるように、魔獣『レガベアード』が吼える。
新たな戦いの開幕。
読んで頂きありがとうございます。次でやっとプロローグに追いつきます。