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第二十八話

有力情報を得たヴァンたちは、ゆく!

「・・・・・・アリア、歩きにくい」

 そよぐ風が頬をなで草花達の合唱が聴こえる草原で、ヴァンは後ろからしなだれかかってくるアリアに言った。

「ごめんなさい、でも、こうしていたいの」

 話すことだけ聞けばシリアスシーンかと思えるが、今のアリアにその言葉は程遠い。

 自分の頬とヴァンの頬をすり合し、両手をヴァンの胸の辺りで交差させている。ヴァンは小柄でアリアの胸辺りまでしかないので、当然少し前かがみになった。

 その状態で歩いているのだから、器用というか腰が痛くなりそうである。


 二人は今、あの男が言っていた遺跡へ向かっている。周りには草原が広がり、街道の上ではない。

 今まで集めた情報を整理すると、『フランガスタス』と思われるエルフは、西にある『スペーライオン遺跡』に行き、帰ってきてないらしい。それが二日前だという話だ。

 先ほど、ヴァンが落ち着いた後、アリアがすぐにその遺跡へ行こうと言い出した。

 ヴァンとしてはアリアが心配だったのだが

「『フランガスタス』が危ない目にあってるかもしれないじゃない! もしそうなら助けないと!」

 という言葉にヴァンは何も反論せず西にあるという遺跡に向かった。



 こうして今に至るわけだが、街を出た時に、突然アリアが抱きついてきてずっとこの状態だ。

「・・・・・・歩きにくいだろう?」

「少し。でもそんなの、ヴァンの柔らかい体を味わうためだったら、へっちゃらぴーなんだから!」

 何やら力説し、頬ずりを強くするアリア。きらめく蒼い髪と波打つ金髪が混じった。

「それに、落ち着くから」

 その言葉に、ヴァンの顔が暗くなった。立ち止まり、俯く。

「どうしたの?」

 ヴァンの頬から顔を外し、小さな体を見下ろす。

「アリア・・・・・・すまない。俺のせいでアリアが、怖い思」

 最後まで話せなかった。アリアがヴァンをきつく抱きしめたからだ。

「ヴァンのせいじゃないって、さっきも言ったわよ。それに謝るのは私のほう。ヴァン、私のせいでそんな姿になっちゃったわけだし」

「それは違うっ。あれは、俺のせいで・・・・・・」

「じゃ、おあいこだね」

 抱く力がよわめられ、ヴァンが腕の中で振り返りアリアを見上げる。微笑む顔が空からふる光を背負い、美しかった。

「おあい、こ?」

 ヴァンが弱くそれだけ問い、小首をかしげる。アリアが大きくうなずいた。

「そう、おあいこ。私、ヴァンの気にするなっていうの、聞くから。ヴァンも私の、気にしないでっていうの、聞いて?」

「アリア・・・・・・」

 ヴァンは、また泣きそうになった。高く甘えるような声は震え、熱っぽい。

 女になってからどうも涙腺がゆるい。

 視界が少しぼやけてきた。アリアの喉がなる音がする。風吹く草原の中、抱き合い見詰め合う二人。周りに白い花が咲き乱れる幻覚が見えた!

「ヴァン・・・・・・」

 だんだんとアリアの顔が落ちてくる。ヴァンは今アリアが何をしようとしたか気づいたが、何故か動けない。心臓が高鳴り、体が硬直する。

 お互いの唇が触れるまで、あと指一本ほど・・・・・・といったところで、お約束発動である。

 二人の周りの地面から、魔獣が飛び出してきた。オイエスたちを襲っていたのと同じ姿をした魔獣だ。群れをなすタイプのようで、今は八匹ほど。

 ヴァンとアリアを囲むようにして円を作っている。

「・・・・・・っ!」

 体が動くようにあったヴァンは、赤い顔をしてアリアの腕から逃れる。

 アリアはしばし固まった後、がっくりとうなだれた。肩が震えている。

「も、もうすこし・・・・・・もう少しだったのにー! あんたたち、邪魔するんじゃないわよー!」

 怒声を上げ、体中から火の粉を撒き散らさせた。

 ヴァンはアリアに背を向け、魔獣と相対する。その顔は真っ赤になり、今から戦闘を行うという緊張感が感じられない。

「サ、サラマンダーイグニッション・・・・・・」

 震える声で魔術名だけ唱える。四肢に炎が現れた。勢いは弱いが、それでも両手両足を完全に覆うくらいには燃えている。

 両足の炎が、地面の草花を燃やす。

 ヴァンは考える。今こそ普段通りの火属性だが、路地裏での自分の魔力は水属性になっていたはずだ。

 実は、ヴァンが使える魔術は二つしかない。四肢に炎の鎧を纏う『サラマンダーイグニッション』と、炎の剣を創る『フレア・ソード』だけだ。だからこそ、唯一使える二つの魔術には自信があり、事実、強力だ。

 どちらも火属性の魔装系魔術で、触れた部分を凍らせるどころか、冷気を出すはずも無い。

 さらにいうと、ヴァンは放出系が使えない。苦手ではない。使えないのだ。魔装系しか使えず、しかもそれもたった二つだけ。おかげで魔術学校では落ちこぼれ扱いだったし、事実中退した。

 そういえば、少し凍らせてしまった男二人は生きているだろうか? 運ばれているときうめき声をあげていたので死んではいないだろうが・・・・・・。

「まぁ平気だろうな、たぶん」

 考え事をしていも魔獣は襲ってくる。飛び掛ってきた魔獣を後ろ回し蹴りで叩き飛ばす。

 回転の勢いを殺さず、第二、第三と向かってくる魔獣どもに拳を放ち、避け、蹴りをぶつける。

 ちなみに、ヴァンに向かってきているのは三匹。背後ではアリアが五匹を相手にしているはずだが、心配することはないはずだ。

 それは先ほどから爆音と熱風が伝わってくることで分かる。しかも絶え間なく伝わってくる。

 たまにアリアが「あははっ、報いを受けなさい! あははははー!」と笑っているが、ヴァンは爆音がうるさくて聞こえなかったことにした。

「はぁぁっ!」

 最後の一匹、地面を這ってくる魔獣にかかと落としを叩き込む。魔獣の体毛に火がつき、一気に燃え上がった。

 五匹を相手にしていたアリアと同時に倒し終えた。

 本当なら殺傷力が極端に高い『フレア・ソード』を使えばよかったのだが、路地裏で魔力を大幅に消費したせいで、節約しなければならない。なので、『サラマンダーイグニッション』も最低限の魔力で発動させていた。

「ふんっ、人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて三途の川よ」

 アリアが鼻を鳴らし、風に揺られる金髪を手で払う。

「・・・・・・なんだそれは?」

 四肢の炎を消し、呆れた表情でアリアに視線を移すヴァン。金髪の少女の前には、黒焦げになったりばらばらになったりと、もう元が何なのか分からない物体が転がっている。

「私の格言。それより、ヴァン?」

「な、なんだ?」

 ヴァンに近づくアリアは妖艶な笑みを浮かべていた。不穏な空気を察したヴァンが距離を置こうと後ずさるが、『女の子』限定の超接近戦仕様(インファイターモード)になったアリアにあっさりつかまり、腰を引き寄せられる。

「続き、しましょうか」

 くいっとヴァンのアゴを手で持ち上げ、顔を近づけてきた。

 先ほどは魔獣だったが、今度、唇が合わさるのを邪魔したのは、ヴァンの手のひらだ。

「ま、まて」

 アリアが不満げな顔をしてヴァンのアゴから手をどけ、少し離れる。もちろん、腰は抱いたままだが。

「なによ? さっきはしてくれようとしたじゃない。・・・・・・するの、嫌?」

 瞳に悲しみの色を宿すアリア。正直、それは卑怯だ、とヴァンは思った。だが、このまま流されてしてはいけない気も、また大きい。

「嫌、というか・・・・・・その、ほら、こんなところでするのもどうかと思わないか? それに・・・・・・恥ずかしい、だろ」

 アリアから顔を背けながら言う。それは、目を見ながら話したら流されそうになるからであって、他意はなかったヴァンだったが、アリアにしてみれば『恥ずかしい・・・・・・明かり、消して』といわれているようなものだ。

 ヴァンは何とか回避しようと必死のあまり、逆にここ以外なら許す発言をしていることに気づかない。

 鼻から出そうになる熱いパトスをヴァンにかけないよう、アリアは腰にまわしていた手で鼻を押さえる。

 解放されたヴァンが、さっと逃げた。

「・・・・・・そうね、楽しみは後に取っておかなきゃね。あの『約束』もあるし、うふふ」

 アリアから離れたことと、ちょうど吹いてきた強風により、ヴァンは「そうね」の部分しか聞こえない。

 危機は去ったと早とちりしたヴァンは、安堵する。

「そうだろうそうだろう。さぁはやく『フランガスタス』を助けに行こう!」

 びしっと西を指差す。ふくらはぎまである蒼い髪が風と踊り、黒いドレススカートがめくれそうだった。下着こそ見えなかったが、白く細い足は太ももまで見え隠れしている。

「(な、なんてチラリズムなの! 狙うことなく自然と出来るなんて、恐ろしい娘っ!)」

 アリアが心の中で戦慄したことを、妙なテンションになったヴァンは知る由もなかった。



 結構な距離を歩いたつもりだったが、光を放つ太陽が街を出たときより幾分か傾いただけのところをみると、時間はそう経ってないかもしれない。

「この遺跡が・・・・・・『スペーライオン遺跡』?」

「多分な。街から西の方角にあると言っていたし、工房長の話によると街に近いらしいからな」

 近い、といってもやはり距離は結構あった。振り返っても緩やかな坂で街は隠れている。

 改めて遺跡を見た。草原の中にぽつんとある石造りの建造物は、想像していたより小ぢんまりとしている。

 入り口は四角くなっていて、幅広い階段が地下へと伸びている。草原の上に作られたようにみえたが、足の下から伝わる硬い感触と草花の間から少しだけ見える白っぽい色で、入り口周辺の地面も石造りだということが分かる。

 大きな口を思わせる入り口の周りには、小さい石柱が所々にあり、ある柱は折れていたり、かけていたりしている。全てに共通していることは、長い間風雨にさらされたせいで色あせてコケがへばりついているところか。

 ヴァンが入り口周辺の地面を見渡す。何かを探しているようだ。

「どうしたの、キョロキョロして?」

 不思議そうな顔をしてアリアがたずねた。

「あぁ、ちょっとな。・・・・・・どうやら、誰かが最近ここにきたみたいだな」

 ヴァンの発言に、目を見開くアリア。

「え? なんで?」 

「そこ、見てみろ」

 促されるままヴァンの指差す地面を見る。だが、アリアにはそこが他の地面と何が違うのか、さっぱり分からない。

「・・・・・・なに?」

 首をかしげ怪訝な顔をするアリアに、ヴァンが苦笑した。遺跡のほうから順番に、こちらのほうへ人差し指をずらしていく。

「あそこと、そこと、ここ。微妙に生えてる草が折れてるだろう? 折れている所はある程度の直線でつながってるし、真っ直ぐ遺跡の入り口に向かっている」

 目を凝らすと、確かに。ちょうど人の歩幅ほどに折れてる草が見える。だが、それは言われなければ気づかないほど、小さな違いだった。

「ほんとだわ・・・・・・!」

 感心した表情で地面を見つめるアリア。

「工房長の話では、この遺跡は調査し終わっているらしい。そんな遺跡にくるなんて、『変』だ。そして、俺達が探しているのは『変なエルフ』・・・・・・『フランガスタス』がここに来たのは間違いないな」

「・・・・・・ヴァンって、いろんなことしってるわよね、すごいわ」

 アリアが感嘆の声をあげ、ヴァンを尊敬のまなざしで見つめる。

 そう手放しでほめられると、さすがに照れる。

「んんっ・・・・・・そうなると『フランガスタス』は本当に危ない目にあってるかもしれない。さぁ急ごう」

 わざと咳をしてごまかすと、遺跡の階段へ向かう。

「ふふっ、照れちゃって」

 アリアも笑いながら、後を追った。



読んで頂きありがとうございます。いかがでしたでしょうか、あと少しで宝塚的な何かになってしまいそうでしたが。

さて、お次はダンジョン編(?)です。

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