第二十七話
毎日二話ずつ更新が頓挫しました・・・悔しいです!
なので、今回はちょっと文章多くしました。
ギルドの中で掲示板を眺める。
部屋の間取りや形は、『ガレーラ王国』の支部とほとんど同じだ。違う点といえば、細かな装飾と二つしかない窓口くらいのもの。
「ふむ・・・・・・これは銅貨七十枚か。だが、時間がかかりそうだな」
掲示板を見上げ、独りごちる。
工房長は、夜になったら工房へ戻れと言っていた。なら、日暮れには終わりそうな依頼を選ばないといけない。
ヴァンは今までの経験上、すぐに終わる依頼というのを知っている。もっとも、それらは本当にその日の宿が取れれば良いほうという程度の報酬であることが多々だ。
「ねぇねぇ、ヴァン。これなんてどうかしら?」
アリアが掲示板に張られていたであろう依頼書をこちらに持ってきた。
「アリア、依頼書は掲示板から破り取るな。で、どんな依頼だ?」
たしなめながら、依頼書を受け取る。そこには、でかでかとこう書かれていた。
『君は勇者だ! さぁ今すぐこの依頼書を持って受け付けへ往け! 成功報酬:金貨五十枚!』
「・・・・・・・・・・・・」
そのまま下のほうへ視線を移す。そこにも文字がかかれてあったがかなり小さく、見落としてしまいそうなほどだ。
『※依頼内容はお会いしてからお話します。なお、この依頼を途中で破棄した場合、情報漏えいの為、命を頂戴する場合がございます。ご了承ください』
ヴァンはとても胡散臭そうな表情をしながら、アリアに依頼書を返した。
「却下だ。駄目だ。あり得ない。あまりにも怪しすぎる。夜までに出来る奴を選べ。あと、こういうのは経験上、S級魔獣討伐だとか、国家間の間諜とか、王族の暗殺だとか、そんなのばかりだ。ろくなものは無い。元の場所に戻しておきなさい」
「はーい」
予想通りの答えだったのか、アリアは渋るわけでもなく満足そうに依頼書を戻しに行った。
ヴァンは苦笑し、掲示板に目を戻す。
「ふぅ・・・・・・えーと、『うちの猫のお相手を探して』、銅貨三枚。・・・・・・そんなの適当に放し飼いすればいいだろう。次はー、『あの人に想いが伝えられないの。強力な媚薬をください』、銅貨二十枚。・・・・・・正攻法でいったほうが良いと思うぞ。あとはー『おれの料理は世界一だ! 誰か食べてくれ!』、報酬『俺の料理』。誰も食べてくれないのか・・・・・・? ていうか、こんなのしかないのか! ええい、次々! ん? なになに、『娘が寝たきりで、お話をしてくださる方を募集いたします』、報酬『お金が無いのですが、それでも精一杯お礼をいたします、たとえ私自身でも』・・・・・・あ、なんか切なくなってきた」
ヴァンは一つずつツッコミを入れながら読んでいき、顔を両手で覆う。
「ぐすっ、この最後のにしよう・・・・・・待っててくれ、娘さん。旅の話を沢山するからな」
そう言って、最後に読んだ依頼書に手を伸ばす。目には大粒の涙を蓄えていた。
「おい、聞いたか? あの変なエルフ、とうとう帰ってこなかったらしいぜ」
掲示板の向こう側から男の話し声が聞こえてくる。『エルフ』という単語にヴァンが反応し、手を伸ばした状態で動きを止め、聞き耳を立てた。
「なんだ、あれだけ偉そうなこといっといて、結局野垂れ死にやがったのか?」
「さぁな、死んだかどうかはしらねーが、自業自得だぜ」
声の数からして、掲示板の向こうに居る男は二人だろう。笑う男たちはそれ以上その話題を話さない。
アリアが側によってきて、耳打ちする。
「ヴァン、今の話・・・・・・」
うなずくヴァン。
「あぁ。『あの変なエルフ』とは、十中八九『フランガスタス』のことだろう。秘宝を求めるエルフは『変』だしな」
「帰ってこなかった、ってどういう意味なのかしら?」
「分からん・・・・・・詳しく聞いてみるしかないな」
ヴァンが掲示板の向こう側へ歩く。アリアが嫌そうな顔をしながらついていった。斧男たちやオイエス、工房長といった男たちには比較的普通に接していたが、やはりああいう手合いは嫌いらしい。
「すみません、少しよろしいですか?」
掲示板の向こう側にいる二人の男へ話しかけた。猫かぶりモードオン。なんだか段々と本当の女になってきている気がしてきたヴァン。だが、これは仕方ない。
話しかけられた男二人はヴァンとアリアを見る。二人とも腰に剣を差していて少し汚れた革服を着ていた。
「なんだい、嬢ちゃん。ここは子供がくるところじゃねーぜ」
奥に居る男が笑いながら言う。前の酒場でも同じようなことを言われた覚えがある。ヴァンは聞き流し、用件を伝えた。
「今話していた『変なエルフ』について、お伺いしたいのですが」
何故そのことを聞きたがるのだ、と男二人は怪訝な顔をしたが、ヴァンとアリアを舐めるように上から下まで眺めたあと、顔を見合わせ唇をゆがめるだけの笑みを浮かべる。
「あぁ、いいぜ。ついてきな」
「ここで話せば良いでしょ? なんでわざわざ移動しないといけないのよ」
男の言葉に、アリアが睨む。睨み返しながらもう一人の男が言った。
「従えないなら話せないな、他を当たりな」
「お姉さま、およしになって。失礼しました。どこへ行きますの?」
ヴァンがアリアを手で制し、微笑みを張った顔を男二人に向けた。
「ガキのくせに聞き分けが良いな。来な」
男二人は今だ唇を歪めたままギルドから出る。それについていこうとするヴァンの肩をつかみ、アリアが止めた。
「ちょっとヴァン! だめよ! 素直に教える気なんてありません、今からあなたたちに妙なことをします、ってめちゃくちゃ顔にかいてあったじゃない!」
だが、ヴァンはアリアの手に自分の手を乗せ、下ろさせる。
「確かに何かたくらんでる顔してたが、あいつら以外から同じ情報が聞けるとは限らない。直接会話をしたような話も出てたしな。もしかしたら居所も掴めるかもしれん」
「でも・・・・・・!」
ヴァンの言葉は正論だ。それでも、アリアは食い下がる。
「もし何かされてもぶっ飛ばせば良いさ。力では敵わない姿になったが、弱くなったつもりはない。それに、はやく秘宝をみつけたいだろう?」
微笑むヴァン。全て自分のためなのか、そう思うとアリアは何も言えなくなった。だが、危険だ。もし相手が予想以上に強かったり、数が多かったりしたらどうするつもりなのか。心配でならない。
「・・・・・・分かったわ。行きましょう」
「いや、お前はまってい」
「なに馬鹿な事言ってるの?」
ヴァンの言葉を遮ってアリアが低い声で怒る。その真剣な表情にヴァンは、頼む、とだけ言い、アリアを連れてギルドを出た。
「おせぇぞ」
ギルドから出てすぐ右に、男二人が立っている。苛立っているのか険しい表情だ。
「お待たせしてごめんなさい。行きましょうか」
男たちが歩き、ヴァンとアリアがそれについていく。
人ごみの中は歩きづらい。小柄になったヴァンは時折人にぶつかってしまう。その度に謝っているので進みも遅い。
見かねたアリアがヴァンより前に出る。ヴァンが人にぶつかることは無くなった。
「・・・・・・悪いな」
自嘲気味な笑みで言うヴァンに、アリアは振り返らず答えた。
「気にしないで。・・・・・・わたしのせいだもの」
最後の呟きは小さく、人々の喧騒に飲み込まれていき、ヴァンに届くことは無い。
しばらく歩くと、突然人ごみの波から出る。民家と民家の間をさらに歩き、少し奥まで誘導されていく。辺りは昼間だというのに薄暗い。
もうヴァンはアリアの前を歩いていた。
「このへんでいいか」
男二人が立ち止まり、振り返る。ヴァンたちも足を止めた。
「では、お話してくださいますか?」
微笑みを消し、目を鋭くして男二人を見るヴァン。
男が笑う。元男のヴァンからみても、嫌悪感を持つ嫌な笑みだ。
「あぁ、そうだな、お楽しみのあとでな!」
男二人の後方、暗い民家の間からもう一人男が現れた。
「あっ! ちょっと! 汚い手で触らないで!」
アリアの声に、ヴァンが思い切り振り返る。蒼い髪が暴れた。
視界に入ったのは、両手を後ろ手に掴まれたアリアの姿。その腕を掴むのは、どこに隠れていたのか二人の男だ。
こうしてヴァンとアリアは、五人の男に囲まれた。
「アリア!」
ヴァンがアリアを救うべく奔ろうとし、前に進めない。後ろから腕を掴まれたのだ。そのままアリアと同じように両腕を掴まれる。
「・・・・・・言ったでしょ、ヴァン。こいつら、素直に話す気ないって」
「あぁ。そうみたいだな」
危機的状況にもかかわらず、平然と会話をする二人に男たちは強がっていると勘違いした。
「嬢ちゃんたちもちゃんとたのしませてやるからな」
アリアの両腕を掴んでいる男が、アリアの耳に口を近づけ言う。気持ちの悪い寒気がアリアを襲った。
「気色悪い! ファイアーッ、むぐ!?」
魔術を唱えようとしたアリアを、腕を捕まえてないもう一人の男が慌てて口を押さえた。
「あぶねぇあぶねぇ。知ってるぜ、魔術を使うには必ず口に出さないといけないってな」
冷や汗をぬぐいながら言うが、それは間違いだ。
魔術とは、心の中で唱えるだけでも発動できる。もちろん、口に出して詠唱するほうが、効果や威力の高い魔術が使える。その理由として、口に出したほうが頭の中での魔術の形象をより現実に思い描けるからだ。それにより、魔力も無駄なく使え、さらに強力な魔術に出来る。
ゆえに、アリアもすぐに心の中で唱えられたはずだ。たとえ、威力は激減しても、人の肌を焼くには十分なほどのものが。だが、様子がおかしい。
「ん? おいおい、このガキ、泣いてやがるぜ」
アリアの口を押さえている男の言葉と、アリアの顔を見て、ヴァンの目が大きく見開かれた。
その碧眼からは、ぼろぼろと涙が流れ落ちていて、口を押さえる男の手を濡らす。体を大げさなほど震わせ、目を閉じれず、ただ泣いていた。
普段、男に対して攻撃的な態度をするしか見たことの無いアリアに、ヴァンは分かったことが、一つだけあった。その分かったことから、感情と混乱が一気にヴァンに押し寄せる。
アリアが傷ついている。何故? 何故だと? それなら、何故俺は気づかなかった?
アリアの言葉を思い出せ。アリアは言っていた。『私に近づいてくる男なんて、みんな体目当て』と。
何故? 何故それで過去、心を裂かれるようなことをされただろうと考えなかった?
アリアは傷つくことなく、今まで生きてきたと思ったのか?
アリアが言わなかったから? 思い出したくないことを話す人間がどこにいる?
そうだ、俺が気づくべきだった。俺が気づかなければならなかったんだ!
では、今アリアが心の傷を思い出し、泣いて、声の無い悲鳴を上げているのは、誰のせいだ?
あの男のせいだ。この冒険者たちのせいだ。違う。
本当に?
違う、違う、違う!。
それでは、この男たちがここにいるのは何故だ?
俺が、奴らから情報を聞き出そうと、ついてきたからだ。
それは誰のせいだ? 俺だ。
そうだ、俺のせいだ。俺が、情報を求めるあまり、招いたことだ。アリアは止めた。俺を止めた。
それどころか、心配してついてきてくれた。心の傷がまた開くかもしれないのに。
では、誰のせいだ? 誰のせいで、アリアは傷ついている?
俺の、俺のせいだ。オレノセイデ、アリアハキズツイテイル。
「・・・・・・るな」
ヴァンが小さく低い声で喋る。
「あぁ? なんだって?」
ヴァンの腕を掴んでいる男が、自らの耳をヴァンに近づけた。瞬間、ヴァンが吼えた。
「アリアに、触るなああああああ!!」
ヴァンの体から、魔力が溢れた。
「なっ!? つ、つめてぇ! てめぇも魔術師だったのか!」
ヴァンの体から発せられる凍るような冷気に、腕を掴んでいた男は慌ててヴァンから離れる。ヴァンは男の言葉を無視した。いや、聞こえてなかった。
「サラマンダァァァイグニッション!!」
路地裏が激しい緋色に染まる。ヴァンの四肢からは普段より爆発的に燃える炎が宿っていた。
「お、おかしいだろ・・・・・・こんな燃えてるのに、なんで寒いんだよ!」
そう、今路地裏は異様なほど寒い。まるで極寒の地のよう。
ヴァンが奔る。その速度は目で負えない。
「ぎゃぁぁぁ!」
アリアを掴んでいる男を飛び越えながら、男の頭を掴む。焦げる臭いが漂ってくることは無い。
ヴァンが手を離し、地面に降り立つ。そのまま地を蹴り、アリアの口から手を離すところだった男の腹に、跳び蹴りをぶち込む。
男がくぐもった声を出し、吹き飛ぶ。壁にぶつかり、意識を絶った。
解放されたアリアは、体を両腕で抱き、座り込んだ。その震えが止まることは無く、恐怖の宿る目は地面を見つめている。
ヴァンはそんなアリアを悲しみに彩られた表情で見下ろした。
「お、おまえ、何者なんだよ」
それを呆然と見ていた残りの男三人。倒れる二人を見ると、ヴァンが触れたところが凍り付いている。
男の声に、ヴァンが三人を見る。
その四肢に宿る炎が、赤く燃え上った。
一歩踏み出す。長く、蒼い髪がゆらめく。妖精のような顔立ちにはめこまれているている蒼石の瞳には、殺意の感情しか読み取れなかった。
「ひっ、ま、まて。わかった、話す。エルフはこの街から西にある遺跡に行った! い、いまから二日前の話だ!」
男がヴァンを恐れ、聞きたかった情報を勝手に話す。
「・・・・・・そうか」
ヴァンから冷静に聞こえる声がした。男三人が胸をなでおろす。助かった、と思ったのだろう。
だが、ヴァンは止まらない。
「今さらそんなことを聞いても、アリアの傷は塞がらない。俺のせいだ。だから、俺は、お前らを・・・・・・!」
ヴァンからさらに冷たい魔力がほとばしる。強烈な殺意に、男たちは悲鳴をあげ、硬直した。
「ヴァ・・・・・・ン・・・・・・」
そこで、弱弱しい小さな声がした。ヴァンは声の主、アリアを見下ろす。
「アリア・・・・・・」
アリアは深呼吸を、二、三回すると立ち上がり、ヴァンを見る。無理をしていると分かるほどの笑みを浮かべた。
「駄目よ、殺したら。人を殺したら、ヴァンはきっと、後悔するから。私はそんなの嫌よ」
ヴァンの体から出る冷気が急激におさまっていく。目の前の少女は、自分の心の傷より、ヴァンが後悔しないよう心配してくれている。
それほどまで自分を想ってくれるアリア。それを守れなかった自分・・・・・・ヴァンの胸に、心臓が潰れそうな痛みが走る。
悲痛な表情のまま、男たちに視線を向けると、ヴァンが叫んだ。
「こいつらを連れて・・・・・・今すぐ俺たちの視界から消えろ!!」
男たちは悲鳴を上げながらも、ヴァンたちの脇をすり抜け、仲間を抱えて逃げていった。
ヴァンたちは路地裏で二人だけになった。ヴァンは四肢から炎を消し、アリアを見上げている。
「ヴァン、あなた、すごい顔になってるわよ」
アリアが苦笑する。ヴァンの表情は、色々な感情が入り混じっている。
ヴァンは気づいた。アリアの肩がまだ震えていることに。
「ごめんなさい・・・・・・私、足手まといになっちゃったわね」
悲しそうに笑うアリアに、ヴァンは、今度こそ、泣いた。
アリアの顔が驚きに塗られる。まさか、ヴァンが泣くとは全く思わなかっただろう。
だが、次のヴァンの行動に、アリアはさらに驚かされる。
「アリア・・・・・・ッ!」
ヴァンが思い切りアリアに抱きついてきた。アリアの胸ほどしかないヴァンの頭はその豊満な胸に埋もれる。
普段なら顔を真っ赤にして離れたりするヴァンだが、今回はそんな余裕が無いようだ。
アリアの白い服を涙で濡らし、声を押し殺して、泣いている。
本当なら、泣くのはアリアのはずなのだが・・・・・・。
「・・・・・・でも、こういうのも良いかな」
口の中で呟き、ヴァンの小さく柔らかい体に手を回す。
ヴァンが、代わりに泣いてくれている。アリアは、それだけで十分だと思った。
読んで頂きありがとうございます。ヴァン、キレる。炎なのに冷気。それの意味することとは!?次回、『あなたの心にフレイムアロー☆』おたのしみに!
嘘です、ごめんなさい。ちゃんと心情描写できてるか不安です・・・。
感想批評、大歓迎でございます!