第二十六話
はい、ようやく街でございます。
『リモの街』は大きかった。高い壁で囲まれた街は活気に溢れ沢山の店が並んでおり、通りのそこかしこには露天商が座っていた。
『リモの街』に限らず『リモニウム共和国』は貿易で成り立っている。様々な物が流通し、様々な人が集まる国だ。
「すごい人の数だわ・・・・・・」
アリアが目の前に広がる市場通りをみて感想を述べる。ヴァンも口にこそ出さなかったが、人口の密度に驚いているようだ。
オイエスが笑い、自慢げに話す。
「そりゃそうさ。なんたって僕らの街は、首都、王都を除いた街の中で二番目におおきいんだからね」
一番目は北の帝国か、とヴァンが付け加えた。
「さて、じゃあ早速工房へいくかい? どうせこいつも報告をしないといけないしね」
エリュトがオイエスの頭をぐりぐりと撫でながら言った。アリアより頭二つ分ほど大きいエリュトは、アリアと同じくらいの身長しかないオイエスと並ぶと、姉弟のようだ。
「そうだな、日が傾くのもまだ時間があるし、頼む」
ヴァンの言葉に、オイエスがエリュトの手を払い、うなずく。
「じゃあついてきて。人が多いからはぐれないでね」
もう十分大人のヴァンは、そんなことを言われて苦笑した。実際、今は十二歳前後にしか見えないだろうから、仕方ないといえば仕方ないのだが、それでも子ども扱いされるのはやはり滑稽に思える。
オイエスたちの後ろを歩くヴァンとアリアは、しきりに首を動かし、周囲を見回している。
店の数より、露天商の方が多いようだ。宝石類、魔道具、素材、武器、服、と扱っているのは様々だったが、どの露店にも客がいて商品を吟味している。
「すごい数の露店ね」
アリアの言いたいことが分かると、ヴァンは苦笑した。
「今日はこの街で一泊するつもりだから、工房長から話を聞いたら少し街を見て回るか」
アリアが嬉しそうな表情をした。かくいうヴァンも、実は露店が気になっている。
「露店で買い物するつもりなら、銀貨三枚はほしいところだよ」
「え、そんなに? 今いくらあったかな」
「銀貨一枚届くかどうかくらいだったとおもうが・・・・・・」
エリュトの助言にアリアが貨幣袋をマントから取り出し、枚数を数える。
関所の宿屋で銅貨を十枚つかったので、今は銅貨五十枚。銀貨一枚の半分だ。
「銅貨五十枚? そんなんじゃ一番安いのがが一つ二つ買えるくらいさね。露店で売られてるのはどれも手作りな上に質が良いから、高いよ」
「・・・・・・言っておくが、アリア。その五十枚から生活費も出るんだぞ?」
「うー・・・・・・わ、わかってるわよ」
ヴァンから釘を刺されたアリアは、この後の露店巡りで何も買えないことにがっくりと肩を落とした。
オイエスが立ち止まり、ヴァンとアリアに顔を向けた。
「二人とも、ここがこの街の魔道具工房『テッタラ・ヒューレー』だよ」
そう言って目の前の建物を指差す。
工房は、横に広い一階建てで、三角屋根からは煙突が規則正しく並んでいる。そこからは黒い煙が空へ立ち昇っていた。
工房を見上げていた二人は、オイエスに促され中に入る。工房の中には作業机がたくさんあり、それら全ての机の上には魔道具の部品と思われるものが転がっていた。
作業机一つにつき二人ずつ、オイエスと同じ服をつけた人がおり、部品同士を組み合わせている。全員魔具師なのだろう。
「遅ぇぞ! オイエス、エリュト!」
怒声が響く。目を見開くヴァンとアリアだが、怒鳴られた当人たちは慣れているのか平然としている。
「親父、そう怒鳴るなって。客人がいるんだよ!」
エリュトが、作業机の間を闊歩しこちらに向かってくる大男に怒鳴り返した。
目の前まで来た大男は、エリュトと同じ赤い髪をしていて、ついでにもっさりと伸ばしたヒゲも赤い。
エリュトが、親父、と呼んでいたことから、この大男が工房長なのだろう。だが、その肉体は筋骨隆々としていて、身長もかなり大きい。
リーちゃんほどとは言わないが、少なくとも今のヴァンはこの大男の腰辺りまでしかない。
「客だぁ?」
じろりと茶色の目でヴァンとアリアを見下ろす。歴戦の猛者を思わせる顔で見られ、アリアが緊張する様子が伝わってきた。ヴァンも、男のころなら何とも思わなかっただろうが、小柄な体で見上げると、魔獣と相対している気分になってくる。
「親父、この二人には作業中、オイエスを助けてもらったんだ」
冷や汗をかく二人に、エリュトが助け舟を出す。それを聞いた工房長が、にかっと笑みを浮かべた。初老の男に似合う渋い笑顔だ
「ほおお、そうかそうか。そいつぁ世話になったな、嬢ちゃん達。小さぇのにやるじゃねぇか!」
ヴァンの頭に大きな手を置き、がはははと笑いながら頭をガシガシ撫でる。
普通、見た目ただの小娘にしか見えない二人が魔獣を倒したなんていうのは疑ってかかるはずだが、工房長はあっさり信じる。それは、娘に対する信頼の表れだった。
「あ、ああの、すすすいません、て、ててをどどけてくだ、いづっ」
頭をぶんぶん揺らされながら、ヴァンが言うが、舌を噛んだらしく手を口に当てた。
ちなみに敬語だったのは女の演技をしたわけではなく、単純に目上の人だったからだ。
「工房長、命の恩人を命の危機にさらしてどうするんですか」
オイエスがあきれた顔をした。工房長はさらに笑い声をあげる。
「がはははっ、いやー、すまねぇすまねぇ。おれのじゃじゃ馬も昔はこんなだったなと懐かしくなっちまって、つい、な。それはそれとして、うちのモンを助けてくれたお礼をしないといけねぇなぁ、よし、ちょっと来な」
実はどけていない大きな手で、ヴァンの頭を引っ張りながら奥へと歩く。ヴァンは何事か言いたそうだったが、舌が痛むようで何も言えない。その瞳は、微妙に涙目である。
「おい! 親父! 拉致るんじゃないよ!」
エリュトが怒鳴りながら、アリアは慌てながら、オイエスは溜息をつきながら、それぞれヴァンを連れ去る工房長を追った。
引っ張られて来たところは、工房一番奥の部屋だ。真ん中に低く長い机、それを挟む長椅子。さらに向こうには高そうな机に、これまた高そうな椅子がおかれてある。
部屋の右側には本棚があり、左側には魔道具と思われる物が飾られてあった。
工房長室と応接室をかねている部屋のようだ。
工房長がヴァンの頭から手を離し、ヴァンとアリアに座るよう勧めると長椅子に腰掛ける。その左右にオイエスとエリュトも座った。
ヴァンたちも促されるまま、反対側の長椅子に腰を下ろした。
「さて、改めて、うちのモンを助けてくれて、本当にありがとう」
工房長が頭を深々と下げる。左右の二人も同じように下げた。何だか、行く先々で頭を下げられているな、とヴァンは苦笑した。
三人はすぐに顔を上げると、工房長が唇だけで笑う。
「何か礼をしたいんだが、あいにく、おれが自慢できるのは魔道具だけでな。この部屋にある魔道具で気に入ったのがあれば、ぜひもらっていってくれ」
くいっとヴァンたちの後方にある壁をアゴで指す。振り返ればあの壁にかけられた魔道具が見えるだろうが、ヴァンとアリアは前を見ているだけだった。
「いえ、そんなつもりで二人に助太刀をしたわけではありません。代わりといってはなんですが、工房長さんにお聞きしたことがあります」
「おう、なんだ。おれなら独身だぞ」
またも、がははと笑う工房長。ヴァンは苦笑し、エリュトが頭を抱えていた。
オイエスが溜息をつきながらも、ヴァンにかわって話を進めてくれる。
「工房長、それは犯罪です。そうじゃなくて、二人が聞きたいのは、一週間前に工房に来てたエルフについてです」
印象に残っていたのか、工房長はすぐに答えた。
「あぁ、あのエルフか。確かに来てたな、そいつがどうかしたのかい?」
ヴァンを見ながら問う工房長。
「はい。俺たちはそのエルフを探しているのですが、会ったときにした話を、出来るだけ詳しく教えてくれませんか?」
詳しく、という条件に、工房長がうなる。思い出そうとしてくれているようだ。少しの間をおき、口を開いた。
「なにせ一週間前だからなぁ・・・・・・たしかあの時は、秘宝について聞いてきたと思うぞ。この工房に置いてないか、ってな。もちろん、置いてあるわけがねぇ。秘宝はつくるもんじゃねーからな。ありゃ存在るもんだ。あとは、近くの遺跡について話したな。このあたりに秘宝がありそうな遺跡はあるかどうか」
「それで、その遺跡のことを教えたの?」
アリアが口を挟む。ヴァンのように敬語ではなかったが、工房長は気にしない様子で続けた。
「あぁ、教えたぞ。だが、そこの遺跡は一応調査されててな。その時には秘宝はみつからなかったとも話した」
「それで・・・・・・その遺跡の名前は?」
ヴァンが聞く。名前自体に聞く必要は無いのだが、些細な情報でも関係するようなことなら聞いておいて損はない。
「名前? なんだったか・・・・・・オイエス、分かるか?」
工房長は知らないらしく、左に座るオイエスに顔を向けた。
「確か『スペーライオン遺跡』だったとおもいます」
オイエスが事も無げに言い、場所までは知りませんけどね、と付け加えた。
ヴァンがアゴに手を当て、聞いた話を頭の中で整理する。
遺跡の話をしたのが一週間前なら、もし『フランガスタス』が遺跡を調べていったとしても、もうこの街には居ないだろう。以前、『フランガスタス』について聞いた情報屋からの話では、『リモニウム共和国』にいる他の情報屋の噂になっている、ということだったから、すでに首都へ滞在、もしくは通過したと考えるほうが自然だ。
もちろん、首都を通過してこの国で最後に寄ったのがここ『リモの街』という可能性もあるのだが・・・・・・。関所でも聞いておけばよかったな、とヴァンは少し後悔した。
考えをまとめ終えると、工房長たちを見た。
「ありがとうございました。仕事中にすみません。俺達はこれで失礼します」
椅子から立ち上がると、アリアも遅れてそれに倣う。そこでオイエスが呼び止めた。
「ちょっと待って。君たち、今日の宿はどうするの?」
「適当に宿を取ろうかと思っているが?」
オイエスに答えるヴァン。エリュトが横から口を出してきた。
「でも、高い宿しか取れないかもしれないよ」
首をかしげるヴァンとアリアだが、オイエスの説明に合点がいく。
この街、というよりも国は、交易で成り立ってるだけあって、旅人や商人たちがかなり滞在しているそうで、安い宿屋などはすぐに満杯になるらしく、空いている所といえば、王族や貴族などが泊まる高級なホテルだけなのだそうだ。
「もちろん、普段は安い宿も空いてるときはあるけど・・・・・・各地を回って商品を集めてきた商人達が戻ってくる時期だからね、今は。運が悪かったねぇ」
その言葉に、二人は思い出す。そういえばあのとき斧男たちが護衛していたのも商人だったはず。あの商人もこの国に戻る途中だったのか。
「よし、恩人たちを業突く張りな奴らのところに泊まらせるわけにゃいかねぇ。嬢ちゃんたち、今日は家に泊まりな」
「いえ、そこまでしてもらうわけには・・・・・・」
遠慮するヴァンだが、工房長は聞いてない。
「そうと決まりゃあ、エリュト、今夜のメシは豪勢に行くぞ! オイエス、仕事はもういいからエリュトを手伝え。家に戻ったら客間の掃除も忘れんなよ!」
ヴァンたちを置いてけぼりにして、工房長は娘と青年に指示を飛ばした。
エリュトは、合点だ と元気良く返事をし、オイエスはやれやれと肩をすくめながらもそれに従い、二人は部屋から出て行った。
「いや、だから、」
「嬢ちゃんたち、この国は初めてか? 宿事情を知らねぇみたいだったが」
工房長の豪快な声に、自分の声をかき消されたヴァンは、聞かれたことを肯くしかできなかった。
「そうかそうか。なら、折角だから観光でもいってきな! 日が沈んだ後にでも工房に戻って来い。おれが我が家まで案内してやる」
「・・・・・・分かりました、ありがとうございます」
ヴァンは、もう何を言っても無駄だと悟り、工房長の好意に甘えることにした。
「わぁ、これ可愛いなぁ」
「これは・・・・・・花の髪飾りか?」
アリアが露店の前、商品が並べられている物の中の一つを指差し、ヴァンが聞く。
これが少し前から繰り返される二人のやり取りだ。そして途中から、つけられた値札をみてアリアが肩を落としヴァンが慰める、という流れが加わっている。
「やっぱりエリュトの言うとおり、高いわねぇ」
ため息をつき、がっかりした表情で歩くアリア。その隣ではヴァンが苦笑していた。
「何か欲しいものでもあったのか?」
「えぇ。二、三個ほどだけどね・・・・・・はぁ、残念だわ」
あまりの落ち込みように、それほど気を落とすことなのか、と思いつつもヴァンが打開策を提案する。
「じゃあ、夜まで時間もあることだし、ギルドで簡単な依頼受けるか? 銀貨一枚とまではいかないが、露店の物を一つ二つ買えるくらいの報酬はもらえるかもしれない」
ヴァンはそう言って、少し離れたところにある屋根からのぼるギルドの旗を見上げる。
「まぁ、観光は終わるけどな」
「うーん・・・・・・そうねぇ、このまま見て回っても手に入らない悔しさを味わうだけだし・・・・・・良いわ、行きましょう」
そして二人は、『リモニウム共和国』で初めての冒険者ギルドへ向かった。
読んで頂きありがとうございます。さて、ギルドへ往くヴァンたち!そこに待ち受けるのは更なる試練だった!
ごめんなさい、嘘です。
感想批評、大歓迎にございます。それではぁ、ジャン、ケン、ポン!うふふふふ