第二十三話
まだ関所から出てません。ショボーン。
剣士と斧男が席に着くと、アリアがテーブルの真ん中に置いてあるメニューを手に取った。メニューは二枚あり、剣士も一つを取った。斧男が剣士が持つメニューを、ヴァンはアリアが見ているメニューを覗き込んでいる。程なくして給仕の男がテーブルに来た。
「私はこれとこれ、あとこれもお願いするわ」
メニューを給仕に見せ、一つ一つ指差す。給仕が確認を取りながら手にしているオーダーシートに書き込んでいく。
アリアがまだ選びかねていたヴァンにメニューを渡した。
「うーん・・・・・・」
メニューとにらめっこを続けるヴァン。その間、給仕は男二人からの注文を書き込む。
「決めかねてるの? じゃぁ私とおなじのにしたら?」
眉間にしわを寄せるヴァンを見かねて、アリアが言う。ヴァンはパタンとメニューを閉じると給仕に言った。
「それじゃあ、お姉さまと同じもので」
給仕がオーダーシートを修正すると、再度確認をとった。四人がうなずくと、一礼しメニューを持って受付カウンターの奥にある厨房に入っていった。料理が来るまでの間、テーブルの上を言葉が行きかう。もちろんアリアが話に加わることは無い。
最初に飲み物が運ばれてきた。黄金色の液体で満たされたグラスが四つ。ビールだ。
「・・・・・・お酒ですか?」
ヴァンが目の前に置かれるグラスを見て言う。剣士がにやっと笑った。
「あぁ。やっぱコレがねーとな。乾杯といこーじゃねーの」
「ちょっと、誰が酒飲むって言ったの? 勝手に私たちの分まで注文しないでよね」
アリアが剣士を睨む。剣士は怯みながらも反論する。
「ど、どうせおれらの奢りだろ? もしかして、飲めないんか?」
挑発するような言葉に、アリアの睨みが強くなった。
「バカにしないで。これくらいどうってことないわよ!」
がっとビールを掴むと一気にあおった。勢いの良い飲みっぷりに、剣士と斧男から歓声が上がる。ヴァンは驚いた顔でビールを飲むアリアを見上げた。
「んっ・・・・・・ぷはぁーっ、ああー、まずい! 給仕っ、もういっぱい!」
「良いねぇ、そうこなきゃ!」
ビールのおかわりはすぐに来た。今度は一気に飲まず、ちびちびと口につけるアリア。結局乾杯をするつもりはないらしい。剣士は仕方なく斧男とだけ乾杯した。
ヴァンは目の前にあるビールを両手で包み、アリアとビールを交互に見る。
「お姉さま、お酒飲めましたのね」
ヴァンの言葉にアリアがグラスから口を離す。一気飲みをしたせいか、頬が少し赤い。
「別に好きじゃないけどね。苦いし。でも別に飲めないわけじゃないわよ」
「君は無理すること無いぞ。つい全員分注文してしまったが、まだ子供だものな」
斧男がヴァンを見ながら言う。今年二十二歳になったのだが、今のヴァンの姿は十二歳前後にしかみえない。十歳も若返ってしまった。
男だったころも、酒を飲んだことは無いヴァン。興味が無いといえば嘘になる。
「・・・・・・」
おずおずとグラスを持ち上げ、少し口に含んだ。口内に苦味が広がる。飲み下すと喉に刺激が走った。小柄な少女がビールを飲むという姿は中々背徳感がある。
三人が見守る中、ヴァンが口を開く。
「・・・・・・んんー、変な味、ですね」
素直で普通な感想に、男二人は大口を開けて笑う。アリアが苦笑してヴァンのグラスに自分のグラスをぶつけ、乾杯、と小さく言った。
その後の食事はすごかった。ある意味で。
「あはははは! おいしー! これおいしー! 給仕さんもっとちょうだい〜っ」
食堂に響く声は、高く甘い少女の声だ。つまり、ヴァンのである。
「ヴァ、ヴァン、少し飲みすぎよ? ほら、他の人にも迷惑になるし・・・・・・」
他の人というのは男しかいないのだが、ついそんなことを言ってしまうほど、アリアは結構混乱していた。ヴァンのこんなハイテンションな姿を見るのがはじめてだったからだ。
男二人はビールをあおりながら、何が楽しいのかヴァンの笑いにつられて笑っている。今このとき理性を保ってるのはアリアだけだ。
「ええー? いーやー、もっと飲むの〜。お姉さまも〜ほら、これ〜おいしーよ?」
ろれつが回っていない声で、アリアにも酒を勧める。しっかりと呼び名は変えてある。
これだけ酔っ払っていても本来の言葉を使わず、女言葉で通す、といったのを曲げていない。酒に呑まれても大事なことは忘れない、というのは冒険者としてつちかってきた経験のなせる業だろうか?
「うんうん、おいしいわ。でも、そろそろおなかいっぱいじゃない?」
アリアの言葉に、ヴァンが小首をかしげる。目が眠そうにトロンとしており、アルコールのせいで顔どころか体まで赤くなっていた。元々肌が白いだけに、赤くなるとすぐ分かる。
「おなか、いっぱい? おねえさま、おなかいっぱい?」
アリアを見上げ子供のように聞いてくるヴァンは、穢れを知らない乙女そのもの。こんな可愛いところを見せられたら、アリアとしては我慢ができないはずだが、今はそんな余裕が無い。
「えぇ。おなかいっぱいよ。ヴァンは? まだ食べたい?」
アリアが蒼い髪が伸びる頭を撫でながら聞き返す。ヴァンは撫でられる感触に目を細め、少しうつむき首を横に振った。
「ううん、おなかいっぱいです、お姉さま」
「そう、じゃぁ部屋にいって休みましょうね?」
酔ったヴァンは子供のようで、本当に姉になった気分がしてくる。つい口調もお姉ちゃんっぽくなってしまう。
ヴァンはこくんと頷くと席を立った。剣士が不満の声を上げる。
「おー? なんだよー、もう言っちゃうのかぁ? もうちょっと飲もうぜヴァンちゃんよ〜」
ヴァンはふらふらと頭をゆれ動かし、剣士を見た。
「ごめんなさい、アルガーさん、バルートさん。これでしつれいします〜」
ガクン、と頭を下げる。ちなみに、アルガーは剣士、バルートは斧男の名前だ。今更出てくる二人の名前に乾杯。
「あぁ。しっかり休めよ〜」
少し砕けた話し方になった斧男、バルートが手を振る。
「それじゃ、二人ともありがとう。ご馳走様」
自然と口から出てくる礼の言葉。言った後、アリアが驚きの表情で唇に手を当てる。二人も少し驚いた顔をしたが、アリア自身、自分が男に礼を言ったのに戸惑っているようだったので、茶化した。
「『狼殺し』に礼をいわれるたー、出世できそうだぜ。なぁ相棒」
「全くだな、今度もでかい依頼をうけてみるか。相棒」
笑いあう二人。アリアは一瞬、むっとした顔をしたが、すぐに力を抜きため息をつく。
「えぇ。ぜひ受けなさい。言っておくけど、そこまで言ったんなら、実現させなさいよ」
そういって、唇をゆがめた。剣士が、こりゃ大変なことになった、と肩をすくめる。斧男はグラスを傾けながら、すっと手を上げた。
アリアはもう何も言わず、フラフラ揺れるヴァンを引っ張って借りた部屋へ向かう。
鍵にぶら下がってる番号札を見ながら、部屋を探す。すぐに見つかった。
扉をあけ、中を見る。当然ながら明かりはついておらず、暗い。ヴァンがおぼつかない足取りで入っていき、アリアも後を追う。後ろ手で扉に鍵をかけなおした。
「ヴァン、待って。何かにぶつかるわよ」
「平気だ・・・・・・」
口調がいつものに戻ってる。気を抜いたか酔いが引いたのか、声に覇気が無い。
暗い中をフラフラと歩いているヴァンがぼんやりと見える。アリアは壁伝いに進み、壁についてあったランプを見つけ、火をつける。
室内に明かりが広がるのと同時に、ヴァンがぼふっとベッドに倒れこんだ。闇が狭まった部屋の中は広くない。ベッドが二つ縦に並んでいて、間に棚が割り込んでいるものの、一杯一杯だ。ランプがつけられている壁の正面、アリアが立っている左側にはドアがある。掛けられた板に、『トイレ&浴室』と書かれてあった。
「ヴァン、だいじょうぶ?」
アリアがランプの下にある金具にマントをかけながら、ベッドでうつ伏せになっているヴァンへ声をかけた。
「・・・・・・」
返事が無い、ただの屍のようだ。
「死んでない死んでない」
アリアがベッドに近寄り、腰を下ろす。
「寝てるの?」
手を伸ばし、長く蒼い髪を撫でる。指に絡みつかず、サラサラと流れていく。
「起きてる・・・・・・。なぁ、アリア」
「なに?」
ヴァンが仰向けになり、右腕をまだ赤い顔に乗せる。
「酒を飲んだ後から記憶が曖昧なんだが、俺は下手なことをしてないか?」
「それは、正体がバレてないかどうか、という意味? それとも、ちゃんと女の子してたかという意味?」
ヴァンが視線を少しアリアに向ける。
「・・・・・・両方だ」
アリアが少し面食らう。後者のほうは冗談だったのだが。
「どっちも全然平気よ。あの剣士なんて、『ヴァンちゃん』とか呼んでたし」
そうか、とだけヴァンは言い、目を瞑った。アリアがヴァンの頬を撫でる。熱い。
「もう眠る? お酒、初めてだったんでしょ?」
「ん・・・・・・眠くない」
少し甘えるように言うヴァン。なんだか様子がおかしい。アリアが立ち上がり、ベッドとベッドの間、棚の上に備え付けてあった水差しの水をセットで置いてあるコップにいれる。
「はい、水。お酒飲んだ後には水がいいのよ」
「ありがとう・・・・・・お姉さま」
ヴァンはコップを受け取り両手で持ってゆっくり飲んでいく。アリアはヴァンが喋った言葉に対し、固まっていた。
「・・・・・・まさか、ヴァン、まだ酔ってるの?」
コップを下ろし、小首をかしげるヴァン。その瞳は眠そうにしていて、潤っている。
「酔ってないよ・・・・・・?」
ヴァンがコップを返してくる。アリアはそのコップを棚の上に戻しながら確信していた。絶対まだ酔ってると。
ぼーっとしているヴァン。と、上着に手をかけた。
「暑い・・・・・・脱ぐ」
「え? あ! 待ってその脱ぎ方じゃ・・・・・・!」
アリアが止めるのも聞かず、ヴァンは思い切り上着を持ち上げた。だが、ヴァンが着ている服は、フリルを大量につかったドレス。捲るように上へ上げても脱げない。というか、引っかかる。
「んっ、んんーっ」
無理矢理、逆向きになった上着から首を引っ張った。逆さまになった襟の穴から、サラサラと蒼い髪が流れ落ちてくる。
ドレスの胸と腹の部分は裏返っているが、袖は、肩の丸みが邪魔をして腕を引っ張っても抜けない。自然と両腕を高く上げたままになる。何だか両手を服で縛られているような感じだ。
ドレスという鎧が無くなった体は、まだ肌が見えない。その代わり、アリアが選んだワンピースタイプの下着が姿を現している。ピンクの可愛いやつを選んだのは正解だったようだ。
アリアがごくりと生唾を飲む。
「んー! 腕が・・・・・・っ、抜けないー。・・・・・・ふぁっ」
ヴァンが尚も暴れて腕を引き抜こうとするが、効果のほどは皆無だった。それどころか、暴れすぎてバランスを崩してしまう。両手を上げている状態では体を支えることもできず、仰向けに倒れこんでしまった。
黒いドレススカートが少し捲り上げられ、肌を上気させた細い足が見える。
上は下着姿で、両手を縛られたような状態でバンザイの格好をしているヴァンは、凄まじいほどに扇情的だった。
ドレスと格闘するヴァンを呆然と見ていたアリアだが、この姿にはさすがに負けた。鼻血が盛大に噴き出しそうになる。右手で鼻を押さえ、何とか耐えた。
そんなアリアに、ヴァンが頬を紅くし潤んだ瞳で見上げて、弱弱しく言った。
「アリア・・・・・・脱がしてくれ」
・・・・・・耐えられるわけが無かった。
「喜んでー!」
がばっとベッドに飛び乗ると、ヴァンの上で馬乗りになる。ワキワキと両手を動かし、明らかに脱がす以上のことを考えている顔でヴァンの艶かしい肢体を見下ろした。
「うふふ、今回は同意の上だものね。あとで酒に酔ってたからって言っても聞かないわよ?」
心底嬉しそうに言うと、魔手をヴァンに伸ばし・・・・・・途中で止めた。規則正しい呼吸が聞こえたからだ。
「・・・・・・え、なに、もしかして」
ヴァンの顔を見た。その瞳はしっかり閉じられ、胸を見るとゆっくり上下している。
「ね、てる・・・・・・?」
愕然とし、がっくりと肩を落とすアリア。このまま寝込みを襲うこともできるのだが、それは無理矢理しようとしているのと同義。男を嫌う理由の一つに、そういう輩もいるから、というのをリストアップしているアリアにとって、そんな真似は死んでもできなかった。
「うっ、うっ、寝てる相手を襲うなんて、出来るわけ無いじゃないの・・・・・・」
これじゃあ生殺しよ、とさめざめ泣いた。
このあとアリアは、寝苦しそうにするヴァンのドレスを脱がすという忍耐の苦行に挑むことになる。南無。
読んで頂きありがとうございます。いかがですか、酔ったヴァン。うふ。
感想批評、大歓迎でございます!
「だからお前はダメなんだ」から「ここはこうすべきだろ!」まで何でもバッチコーイです!