第二十一話
ヴァンノリノリですか?
「その年で冒険者か。すごいな」
「全くだぜ、おれらは試験依頼はかなり大変だったよなぁ」
「ギルドから依頼を少し甘くしていただいたのだと思ってますわ。でなければ、わたしのような若輩者が依頼達成なんてできるはずありませんもの」
「なにいってんだ。ギルドは平等だぜ」
「うむ。君自身の実力だ。誇っていいとおもうぞ」
ヴァンは男二人の言葉に頬を少し染めてうつむき、呟いた。無論、演技である。
「ありがとうございます・・・・・・」
男二人の心臓に何かが突き抜けていく。
「・・・・・・どこで覚えてきたんだか。私にもしてくれないかしら」
アリアが、ヴァンたちから三歩ほど後ろを歩き、聞こえないよう独り言ちた。目の前のヴァンは、二人の冒険者に挟まれている。情報を聞き出すためとはいえ、ヴァンの隣に自分ではなく男が居ると思うと、胸の奥で何か黒いものができ、口から産まれそうな気分になった。
「まぁ、それでは、お二人は『リモニウム共和国』のお生まれなのですか?」
ヴァンの声が聞こえてくる。口調は相変わらず。
「あぁ、そうだ」
「ギルドに登録してから、こっちまで出張ってきたんだぜ」
「そうでしたの・・・・・・『リモニウム共和国』はどんなところなのですか?」
「よくぞ聞いてくれた。まずな、森がねぇ」
「森が?」
ヴァンが大げさなほど驚いた表情をつくる。いや、内心でも少しは驚いているが。
「うむ。どこまでも広がる草原だけがある」
「それは・・・・・・でしたら、魔獣もいないんですか?」
「やー、それが世の中そう甘かねぇ。いるんだよ、地面の、下に」
剣士が地面をタンタン、と足踏みする。
「地面から襲われるんですか?」
ヴァンは怯えた表情を顔に貼り付け、恐る恐るといった感じで剣士を見上げる。斧男が自信ありげに答える。
「まぁ何も知らずに草原を歩けば、そうなるときもある。だが、街道はしっかり造られてあるから、その上を歩けば問題ない。この辺との違いは、木が大量にあるかどうかだけだ」
「そうそう、なんだったら関所から次の村まで送っても良いんだぜ?」
言いながら、剣士がヴァンの肩を抱く。自らの右肩におかれた剣士の手を見下ろすが、ヴァンは何も言わず、そのまま会話を続けた。
「ふふ、平気です。お姉さまも一緒ですから」
剣士を見上げながら微笑む。そのお姉さまは、後ろからずんずんと距離を詰めてきた。剣士の腕を思い切り掴むと、投げ捨てる。もう片方の手でヴァンをこれまた思いっきり引っ張ると、抱き込んだ。射抜き殺さんとばかりに剣士を睨む。
「私の妹に馴れ馴れしく触らないでちょうだい」
剣士はあまりにも憎しみのつまった表情に、
「わ、わかったよ」
としか言えなかった。ヴァンはアリアの腕の中で目をぱちくりさせている。斧男が鼻で笑う音が聞こえた。
夕暮れ時に関所へついた。関所というよりは、砦に近い建物だ。左右対称の形をしており、石で造られた外壁は長年の風雨で欠けているところが見える。中央にある大きな門は木造の扉で閉め切られており、前には鎧を着けた兵士が二人立っていた。中に入るには、門の右下にある普通のドアを通るしかなさそうだ。
結局、その後はアリアが男二人、特に剣士を威嚇する道中が続き、あれ以降話をすることはできなかった。
「・・・・・・ごめんなさい」
去っていく荷馬車と冒険者二人を見たアリアは、ヴァンの言葉を思い出して謝る。
「いや、気にするな。何に怒ったのか分からないが、俺のためなんだろう?」
ヴァンの口調は元に戻っている。アリアは肯くことができなかった。ただの嫉妬だったからだ。自分のためであるとしか言えない。
「それに、情報はもう手に入れた。『リモニウム共和国』には行ったことがないから知らなかったが、もし知らずに草原を歩いてしまったら危なかったかもしれない」
だが、手に入れた情報はそれだけだ。その事実に、アリアはうなだれる。ヴァンはそんなアリアに苦笑し、頭をポンポンと二回叩く。
「さて、もう遅いからな。通行証は出してもらえないだろうし・・・・・・」
「通行証?」
アリアが首をかしげて聞く。
「ん? もしかして他の国へ行った事無いのか?」
「そ、そうよ? 悪い?」
ヴァンは何と無しに聞いたのだが、アリアは噛み付いてきた。きっかけが少しあれだが、元気が出たアリアを見て微笑んだ。
「悪くは無いさ。通行証のことだが、戦争はなくなったが、一応ここは関所だからな。隣の国に入るために許可証が必要になる」
「ふぅん・・・・・・それってすぐもらえるの?」
「一応な。誰でもってわけじゃないが・・・・・・まず、危険物や持ち込み禁止になってるのを持ってないかとかを調べられる」
危険物って何を指すんだろうか? とアリアは思う。武器などが危険物とされては、冒険者のほとんどが関所を通れなくなってしまう。
「あとは、そうだな、何故その国へ行くのかという理由も聞かれるときがある」
「そんなことまで聞くの? 別になんだっていいじゃない。聞いたってそれが本当か嘘かもわからないんだし」
アリアがため息をつきながら言う。ヴァンがその物言いに笑った。
「確かにそうだな。まぁどちらにしろ出発は明日になる。今日は関所の中にある宿屋に泊まろう」
関所は、冒険者や旅人のために、中で宿を経営している。運営資金を増やすためというのも理由の一つだ。
宿屋という言葉に、アリアが碧眼を光らせる。
「そうね、楽しみだわ」
ヴァンはそのままの意味に受け取り、苦笑した。
「他の関所と同じだとすれば、宿に期待するのはやめておいたほうがいいぞ」
歩き出したヴァンは、アリアの顔を見ることはできない。その唇は妖しくつりあがり、口の中で呟く。
「二人きりになれればいいのよ・・・・・・」
危険な発言が聞こえなかったヴァンは、急な寒気に体を震わせるだけとなった。
読んで頂きありがとうございます。こんなヴァンも良いですね。これからちょくちょく出しちゃおうかな。
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