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第一話

進みは遅いです。

 衝撃の事態より少し前。

 海に面し、さまざまな魚介類を特産地とするガレーラ王国。通称『魚好きの天国』。その王都。さらにその中でも最も賑わい、最も問題が起こる大通り。一人の男が黒いローブで頭をすっぽり覆い、歩いていた。この暑い季節、中でも暑い昼飯時。そんな暑苦しい格好をしていれば、皆奇異の目で見る。

「・・・・・・うるさいな」

 男はぼそりとつぶやく。不機嫌そうな低い声だ。少し離れたところの喧騒に向けられている。近づくにつれ怒声の内容も分かってくる。

「離して下さい! いやっ、離して!」

「ぐへへ、ねえちゃんそんな嫌がるなよ、ちょっと遊ぼうってだけだぜ」

 どうやら三人の酔った男たちが、嫌がる町娘にちょっかいを出しているようだ。この大通りではそう珍しいこともない。ゆえに皆遠巻きに見るだけで、衛兵が駆けつけるのを待っている。ほどなくして、町娘は何のこともなく解放されるだろう。そこまでが、いつもの光景なのだ。

 だが、ここで逆に珍しい事態が起こった。ローブを着た男が、町娘に駆け寄り男たちの前に立ちはだかったのだ。

「あ? なんだ、てめぇ。英雄気取りか?」

 ザコAが男を睨みつける。ザコB、ザコCも同様だ。男は、ローブをすっぽり被っているのでその顔も表情も伺えない。

「嫌がっている。離してやれ」

 男は低い声で言った。ザコAはそれが気に障ったのか、男の胸倉を掴みあげる。その衝撃で男のローブがずれ、その顔が見えた。

「てめえ、ころ・・・・・・」

 ザコAは最後まで喋ることができなかった。それどころか、顔面蒼白にして、震えながら掴んでいる手を離した。声にならない声を出しながら、男を見るザコ三人組。

「俺を、どうするって?」

 またも男が低い声で言う。三人組は悲鳴を上げ一目散に逃げ出した。

 町娘は呆然としていたが、はっと我に返ると男に言った。

「あ、ありがとうございます、助かりました」

 男はその声にこたえるべく、振り返った。

「いや、気にするな」

「ひっ・・・・・・!」

 町娘は悲鳴を上げてしまった。理由は簡単。その男の顔のせいだ。

 男は、燃えるような赤い髪を全部後ろに寝かせ、つりあがった三白眼に、赤い眉毛は細く途中からぐんと米噛みにむかって伸び、浅黒い肌に薄い唇、ゆがんだ隙間から見えるのは鋭い犬歯、いうなれば、というか、まさに、というか、とてつもないほどの悪人面なのである。

「ご、ごごごごめんなさいっ、許してください! 命だけは!」

 ガタガタと震え、涙を流し哀願する町娘。そもそも命をとるつもりなら助けはしないのだが。

「・・・・・・ふぅ」

 男はため息をつくと、ローブを被りなおし、町娘から離れた。危機が去ったと思った町娘は、力なくその場にへたり込み、命があることに感謝した。

 そう、この男、ヴァン・グラシアードは、そのあまりにも恐ろしい顔により数多なる誤解を招き、人助けも満足にできない可哀相な青年なのだ。ローブでも被らないと、大変なことになる。町を歩けば人は逃げ、店に入れば金を差し出される。衛兵に見つかれば、牢屋を通り越して死刑判決だ。

「いくらなんでも、命ばかりは・・・・・・っていうのはなぁ」

 がっくりうなだれながら、ヴァンは歩き町並みを眺める。武器屋、防具屋、薬屋、魔具屋、魚屋に魚屋に魚屋に魚屋・・・・・・さすが『魚好きの天国』。だがヴァンは肉派である。

 それらの中で、ひときわ目立つ赤い建物がある。

 冒険者ギルド。

 冒険者のためのギルドで、路銀に困った冒険者たちに仕事を与える場所だ。仕事の内容はそれぞれだが、魔獣の討伐が主である。村から村、町から町、国から国。それらを繋ぐ道に出没する危険を取り除く仕事。ほかにも、失せ物探しや浮気調査、猫の捜索、道中の護衛、子守などなど、あげたらきりが無い。

 ともあれ、冒険者であるヴァンもお金に困ったときは重宝している。そして今はお金に困っている。ヴァンは目の前の赤い建物に入った。

 鈴の音が響く。中は広く、正面に窓口が四つ並んでいて、女性が四人座っている。右手の掲示板も四つ。部屋の四方に観葉植物がちょこんと置いてあった。

「・・・・・・なんで四ばっかりなんだ」

 嫌な予感をひしひしと感じるが、お金が必要だ。ヴァンは窓口にはいかず、掲示板に向かう。まずは掲示板から受けたい依頼を選び、窓口に登録してもらうのだ。

 一つずつ吟味しながら眺めていく。と、ある依頼が目に入った。魔獣討伐だ。

「A級魔獣か・・・・・・」

 魔獣にもランクがあり、最下級がF級、最上級がS級だ。といっても、強さで級が決まるわけではなく、強さと今まで受けた被害の多さで決定される。強さだけで高級になる魔獣は稀で、それこそ伝説級といえる。それゆえ、このA級魔獣から受けた被害が大きんだな、とヴァンは思った。もっとも、被害を与えた時点で討伐されてないので、それなりの強さをもっているのだろう。

「へぇ・・・・・・これはなかなか」

 ヴァンは目を見張った。その目は報奨金を凝視している。金貨三十枚。かなりの高額だ。金貨一枚あれば、あの通りの魚を全種一匹ずつ買える。三十枚もあれば、通りの店を一店舗買える。

 だが、そんな大金は邪魔になるだけ。それを解消するのが、さらに下に書いてある一文だった。

『協力分配』。つまり、複数の冒険者と協力して倒し、報酬は頭割りということだ。

「よし、これにするか」

 まだ掲示板に書いてあるということは、まだ応募中だろう。ヴァンは二番目の窓口に近づくと、魔獣討伐の登録を頼んだ。受付嬢は座ったまま優雅にお辞儀をした。

「はい、いつもご利用ありがとうございます。お名前をお願いします」

 ヴァンはいわれたとおり、名前を口にする。

「はい、ヴァン・グラシアード様、確認いたしました。A級魔獣『レガベアード』討伐に参加、間違いございませんか?」

「ああ、頼む」

「かしこまりました、ヴァン様で規定人数が埋まりました。他九名の冒険者の方々と討伐にお向かいくださいませ」

 受付嬢がすらすらと言葉を発する。

「ギリギリか。運が良い」

 ヴァンは笑いながら言う。受付嬢はそれにつられて微笑んだ。ヴァンの顔を見てないからそれができるわけで。

「他の皆様はすでに準備ができており、二階の待合室にて待機なさっております。一応出発は一時間後となっておりますが、ヴァン様の準備がよろしければ、二階の皆様にご連絡し、すぐに出発してもかまいません。準備のほうはいかがですか?」

「大丈夫だ」

間髪いれずにヴァンが答える。

「かしこまりました、それでは、少々お待ちくださいませ」


ほどなくして、他の九人が降りてくる。自己紹介など何もせず、ヴァンを含めた十人は王都を出た。


読んでいただきありがとうございます。まだまだ続きます、長いです。

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