第十四話
はい、というわけで、村です。
周囲を森に囲まれ、ほそぼそと暮らす村人たち。住宅はすべて森から切り取った木材で作り、中心にある大井戸を囲むように建ててある。家畜を育て畑を耕し、出来た作物を王都や街に売りに出しに行く時もある。人口は約百人。それが『レーラの村』だ。村の四方には、街道に並んでいる魔獣除けの魔道具が置かれている。もっとも、大きさは街道のとは比べ物にならないほど大きい。
日は傾き、橙色が世界を包み、魔獣は動き出し、人は我が家に帰り愛する家族と食事を楽しむ時刻、だというのに中心にある大井戸の前に人が集まっている。人数にして十五人ほど。皆、畑仕事で体を鍛えられた男たちであった。表情は暗く、誰も話していない。
「今日が期限だな・・・・・・どうする?」
緑色の髪をした男が口を開く。それをきっかけに、男たちがザワザワと騒ぎ出す。
「どうするもなにも・・・・・・約束の日はもう今日だぞ? 今更どうしようというんだ」
「それでは、差し出すというのか!?」
「それしかないじゃねーかっ」
「だけど、それじゃあまりにも・・・・・・!」
「じゃぁ聞くが、おれらが束になって敵うのか?」
「それは・・・・・・」
「結局・・・・・・おれたちにできることなんて、なんもねーんだ」
その一言で、またシンと静まり返る。そこに、一人の若い男が慌てて大井戸の前に駆け寄ってきた。
「お、おい! 今この村に来る女のガキが二人向かってきてる・・・・・・!」
息を切らしながら報告する。
「なんだと!?」
男たちが再度ざわめく。緑髪の男がその場に居る人間を見渡し、口を開く。この男がリーダー格のようだ。
「その女たちを使おう」
その言葉に、男たちの顔が驚愕の色に塗られる。
「なっ、本気か!?」
「そんな、見ず知らずの旅人を・・・・・・!」
口々にもれるのは非難の声。緑髪の男が吼える。
「おれにはっ!!!」
その怒声に、男たちのざわめきが止まる。
「・・・・・・おれには、彼女を渡すことなんて出来ない・・・・・・!」
緑髪の男が、悲痛な声をもらす。それを聞き、その場に居る人間は何もいえなくなった。
「ここが『レーラの村』かぁ。ふーん」
村に足を踏み入れ、アリアが村をぐるりと見渡す。その後ろではヴァンが首を動かし、森を鋭い目で見つめている。
「ん、田舎って感じね」
ひとしきり眺めたアリアが失礼な感想を言う。
「・・・・・・せめて静かで落ち着きのあるところ、くらい言えないのか?」
ヴァンがアリアに視線を移し、呆れた顔でたしなめる。やわらかい目だ。アリアは波打つ金髪を手で払い、鼻を鳴らす。
「私、正直者だから」
ヴァンはため息だけつき、もう何も言わなかった。
「それにしても喉が渇いたわねー。あ、そういえば、宿ってどうするの?」
ヴァンはちらっとアリアを見ると短く言った。
「取れん」
取らん、でなく、取れん。今現在二人は無一文なのだ。宿屋に泊まれるはずがない。アリアが信じられないという顔でヴァンに顔を向けた。
「えぇ!? 村の中で野宿する気!? 何か考えがあったんじゃないの!?」
「あぁ、あったさ。あったとも。冒険者ギルドですぐに出来そうな依頼をもらってその報酬で安い宿を取ろうとおもってた! だが見ろ! ギルドの看板は見えるか!?」
珍しくヴァンが逆ギレである。アリアは再度、村を見渡す。今度は素早く目が動いている。住宅の影に隠れているのではとおもったが、普通ギルド支部は目立つようにと屋根の上に旗を立ててある。この村には、どこを見ても肝心の旗は見当たらない。
「あーもー! なんでそう行き当たりばったりなの!? 思えば川で釣りに行った時もヴァンの言うとおりにしたら魔獣に襲われたわよねっ、考えなしなの? 実は何も考えてないの!?」
「考えなしだと!? お前に言われたくない! なんの情報も持たずに秘宝探してるってならまだしも、全財産の銀貨二枚使ってわざわざ高い宿をとってたお前にはな!」
今更ながら分かった事実。ヴァンが言っているのは、ヴァンが目覚めた宿屋のことである。アリアは全財産が銀貨二枚にもかかわらず、そこにヴァンを運んだのだ。他にも宿屋があったのに。
「なっ! あれは高い宿のほうが衛生的にいいかなって思ったからあの宿に行ったのに! ヴァンのためだったのよ!? それなのにその言い草・・・・・・つっ、げほっげほっ」
喉が渇いていた上に、大声でがなりたてたせいで、とうとう喉を痛めてしまったアリア。その途端、ヴァンの頭に上った血が一瞬で引き、アリアに歩み寄る。
「大丈夫か? あ、あそこに大井戸がある。もしかしらら水がもらえるかもしれない。行こう」
心配そうにアリアの背中をさするヴァン。アリアも先ほどまでの熱はどこにいったのか、素直に、こくり。もう何だか何だかな二人である。はたから見て。
村の中心にある大井戸につくと、一人の男の子が水を汲んでいた。年のころは六歳ほどだろうか。身長が小柄なヴァンの胸あたりまでしかない。二人に気づいた男の子が、ヴァンとアリアを交互に見る。
「少年、その井戸の水は飲めるか?」
つとめて優しい声で、ヴァンが男の子に聞く。男の子は顔を赤くするとコクコクと頷く。
「そうか。このおねえちゃんが喉が痛いっていうんだ。飲んでも良いかな?」
男の子はまたコクコクと頷くと、自らが汲んだ桶を差し出した。ヴァンは一瞬目を丸くしたが、すぐに細め、微笑んだ。
「ありがとう」
お礼を言いながら桶を受け取り、アリアに渡す。アリアは桶の水を手のひらですくい口に運ぶ。そこで、ヴァンの微笑みに見惚れていた男の子が、急に叫んだ。
「ど、どういたしまして! 女神様!」
「ぶー!」
アリアが口に入れた水を噴き出した。ヴァンは目が点。男の子は何か悪いことを言ってしまったかという表情で口ごもる。ヴァンは我に返ると自分を指差した。
「め、めがみさまって、もしかして俺のことか?」
男の子の表情が明るくなり、勢いよく縦に二度振られる。何ともいえない顔のヴァン。
「いや、少年、俺は女神様じゃないぞ?」
「えっ、だ、だって、にーちゃんが女神様はとっても綺麗で優しいって・・・・・・」
その言葉に今度は複雑な表情をするヴァン。助けを求めるようにアリアをみると、顔を背けている。マントに覆われている肩が震えていた。明らかに笑っている。男の子に視線を戻すと、なぜか悲しそうな顔をしている。ヴァンは、仕方ない、とため息をつき、しゃがむ。長く蒼い髪が地面の上にばら撒かれる。男の子を見上げる形になり、苦笑の表情で口を開いた。
「あー、その、なんだ。そう、俺は女神様なんだ。実は今、お忍びの旅行に来ていてな」
頬をかきながら嘘を並べるヴァン。男の子は真剣な顔でコクコクと頷きまくっている。
「それで、俺が女神様だってばれたら、せっかくの旅行が台無しになってしまう。だから、このことは君と俺だけの秘密だ」
もう何を言ってるのかヴァンは全く分からなくなってきたが、二人だけの秘密、というのに目を輝かせた少年は元気に返事をした。
「はい! わかりました、女神様!」
分かってないような気がするが、これで一応夢を壊さずに済んだようだ。ヴァンが立ち上がると、アリアが桶を抱きながら、ヴァンにすすっと近づき、耳元でささやく。
「大変ですわね、女神様」
じろりと睨むヴァンにアリアはニヤニヤとした顔を返した。
「トーニャ!」
男の叫ぶ声が背後から聞こえた。振り向くと、緑色の髪をした男を先頭に、十数名の男たちが立っていた。アリアの顔が嫌そうな顔をする。
「あ、にーちゃん!」
トーニャとは、この男の子の名前らしい。それでもって、あの緑色の髪の男が、男の子に夢をあたえた男であるらしい。緑髪の男が短く、こっちに来い、という。男の子・・・・・・トーニャは、困惑の表情を浮かべ、ヴァンと緑髪の男を見比べた。
「はやくこい!」
しびれをきらした緑髪の男が再度叫ぶ。トーニャはびくっと体を震わせ、一度ヴァンを見る。ヴァンは苦笑し、行け、と優しく言った。それでもトーニャは少し迷いながらも、男の下へ走り、兄の足にしがみついた。
「で? なんか用なわけ?」
アリアが刺々しい口調で男たちに聞く。この村の者達だというのに、声は強気に溢れている。緑髪の男は怯んだ様子を見せず、口を開く。
「悪いが、お前たちに死んで欲しい」
突然の物騒な言葉に、ヴァンが聞き返す。その表情は涼やかだ。
「ほぅ。いきなり死んで欲しいとはな。それなりの理由があるだろう? 聞かせてもらえないか?」
「いいえ、理由なんていらないわ。やられる前にやれっていうでしょ、ヴァン。私があいつらを消し炭にしてあげるわ!」
叫ぶアリアの顔は怒り爆発寸前。その女性らしい体から火の粉が立ち上っていく。本気のようだ。慌ててアリアの肩を掴む。
「お、おいおい、落ち着け、アリア。殺しはさすがにやばいから!」
次に響いたのはトーニャの叫びだ。
「に、にーちゃん! どうして!? 女神様、何もわるいことしてないよ!」
早速、共有の秘密をばらしているトーニャをみて、ヴァンが苦笑する。
そのトーニャは、泣きそうな表情で、必死に兄の服を引っ張る。緑髪の男は、そんな弟を苦痛に耐えるような顔で見下ろす。だが、それは一瞬だった。すぐに二人を睨むと、叫ぶ。
「とらえろ!」
その言葉を合図に、十数人の男たちが二人に向かって走ってきた。両者の距離はそれなりにある。アリアが右手を振り上げる。
「うふふ、いいわよ。せめて痛みを感じさせないうちにころし、むぐっ!」
最後まで喋れなかったのは、ヴァンが口を押さえたからだ。
「落ち着け。何か理由があるみたいだ。とりあえず俺が戦闘不能にさせる。いいか? お前は手を出すなよ? 絶対出すなよ?」
何度も念を押すヴァン。アリアが不満そうな顔をしている。後ろから男たちの雄たけびが近づいてくる。アリアがヴァンの手をほどく。解放された唇から声が出た。
「いやよ! 死ねっていうやつが死ぬのよ! 私は間違ってないわ!」
「そんな、バカっていったやつがバカだ、みたいな屁理屈持ち出してもな。お前が手を出したら、あいつら本当に消し炭になってしまうだろう?」
「あら、本気を出したら蒸発させることができるわよ」
悪戯っぽく笑うアリア。だが、目が本気だ。さらに男たちの雄たけびが近くなる。
「そういうことじゃなくて・・・・・・!」
段々と焦ってきたヴァン。それを見てアリアの目が光る。もちろん、妖しい意味で。
「じゃぁ、あとで何でも言うこと一個聞いてくれるんなら、手を出さないであげるわ」
焦っていたヴァンは、その意味を深く考えず、あっさり了承した。
「分かった分かった! それでいいから、手を出すなよ!」
「約束よ。うふ」
アリアの嬉しそうな顔が見えたが、そんなことを気にしている場合じゃない。もう男たちはすぐそこまで来ているはずだ。振り向き、ヴァンが奔る。そして思った。なぜ俺が、襲ってくる男たちの命を助けるために、こんな苦労をしないといけないのかと。
読んで頂きありがとうございます。苦労するのは主人公だから。がんばれヴァン!
誤字脱字報告、感想批評、大歓迎です。左胸を開け放って心臓ばっくんばっくんでまってます。
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