第十二話
少しずつですが、ちゃんと進めることが出来てます、はい。もうしばらく行けば次の舞台へ突入!かも?
「いらっしゃいませ。いつもご利用ありがとうございます」
ガーレラ王国王都ギルド支部、二番窓口受付嬢は目の前にいる冒険者に向かって話す。その後ろは大勢の冒険者でごった返している。いつもの朝の風景。変わらない仕事の空気を受付嬢は肌で感じていた。そこに、日常を破壊する非日常が登場する。
「ふにゃああああああっ!!」
少女特有の高い声で甘えるような音の悲鳴が、二階の宿泊室から響いてきた。冒険者たちが何事かとざわめき、二階に続く階段に見る。受付嬢も例に漏れず、階段に視線を向けていたが、皆と違うのは優しげな苦笑を浮かべているところだ。
ドタドタと激しい足音を響かせて、誰かが二階から駆け下りてきた。それは少女であった。ただの少女ではない。美しい少女。乱れる長く蒼い髪は光を受けてきらめき、フリルをふんだんにつかった黒いドレスは走るごとに揺れる。受付嬢はその者を知っていた。
「ヴァン様、昨夜はよくお休みになられましたか?」
受付嬢の声に、ヴァンは走る足を止め、声をあげる。
「あぁ! 昨日は助かった、ありがとう!」
階段の手すりを掴み、片手を振り上げ大きく左右に動かす。そんな何でもない仕草も可憐だ。冒険者たちは、ヴァンを呆けた顔で見ている。
「ヴァンー! まちなさーい!」
階段の上から凛として澄んだ声が落ちてくる。またも激しい足音がし、一人の少女が飛び出てきた。これまた美しい少女。白い服に黒いスカートに、黒いマントを羽織っているという一見地味な格好だが、波うつ金髪と細い体から突き出した豊満な胸とふくよかな腰の部分が、その言葉で形容することを許さない。
「ひっ! 来た! じゃ、じゃあな! 部屋、本当にありがとう!」
ヴァンは再度走り出しながらもう一つ礼を言うと、立ちすくんでいる冒険者たちの間をすり抜けていく。通った後には甘い香りが残り、男たちは無意識に鼻をひくつかせていた。そこに雷のような怒声が響く。
「邪魔よっ!! どきなさい!!!」
階段を下りながら叫ぶ金髪の少女。あまりの剣幕と声の大きさに冒険者たちは戦き、慌てて道を譲る。人垣が割れ用意された道を、アリアは全速力で走りぬける。
「受付嬢さん! 部屋ありがとね! はいっ、鍵!」
途中、受付嬢に向かって鍵を投げる。足を止める気配は無い。鍵は受付嬢が差し出した手にすっぽり収まった。
「いえいえ、またいつでもきてください。お気をつけて〜」
片手をひらひらと振り、ものすごい速度でギルドを出て行く二人を見送った。あまりの出来事に冒険者たちはただただ呆然とするしかなかった。
ギルドから少し離れたところ、昨日買い物をした『ラブリーフェアリー』の前ほどでヴァンは捕まった。後ろから抱きつくアリアから逃れようともがくが、両腕も一緒に押さえられているため、無駄な抵抗である。
「おいっ、離せっ、人が見てるっ」
言葉通り、通り行く人々が二人をチラチラと見ていた。
「見られてると興奮するの?」
ヴァンの耳元に唇を近づけ、アリアがささやく。その声は頭の芯で反響し、ヴァンの顔を赤らめさせた。
「ふざけるなー! はーなーせー!」
体をくねらせて暴れる。今のヴァンは見た目と違わず非力で、暴れてもさほど効果はない。
「はいはい、分かったわよ。でも、ヴァンが逃げるから悪いのよ?」
腕をはなし、ヴァンを解放するアリア。ヴァンは蒼い髪を振り回しながら、即座にアリアと向き合った。
「逃げるに決まってるだろう! 朝から、あんな・・・・・・」
距離をとりながら顔を背ける。朝の出来事を思い出してるのか、全身が赤くなってきている。・・・・・・何があったかは、ご想像にお任せする。
「私に全部任せてくれたら、気持ち良くなれたのに」
「あいにくと、お前のおかげで貞操を守るっていう観念を持てるようになったからな。・・・・・・それに恥ずかしいじゃないか」
最後の言葉は聞こえないようにつぶやく。だが、もちろん、しっかりとアリアの耳には届いていた。アリアがいきなり鼻をおさえる。
「? どうした?」
「いいえ、なんでもないわ。ちょっと飛び出しそうな熱いパトスをおさえてるだけ」
くぐもった声で答えるアリア。ヴァンは不思議そうな顔で首をかしげる。
「よく分からないが、頑張ってくれ。・・・・・・とりあえず、ガレーラの関所を目指そう」
ガレーラの関所とは、目下の目的地である『リモニウム共和国』との国境にある関所のことだ。
そして、今向かっているのは東門。大通りの両端には、西門と東門がそれぞれ立てられてあり、西門はギルドの依頼で魚を捕まえに行ったときに通った門で、今歩いている方向とは逆にある。
「わかったわ」
鼻を押さえているアリアが頷いた。同時に、アリアのお腹から音が漏れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・腹、減ったのか?」
ヴァンの言葉にアリアが再び、こくん、と頷く。今は片手ではなく、両手で顔を覆っている。確かに二人は昨日の夜から何も食べていない。というか、恥ずかしいって思うこともあるんだな、とヴァンは内心思った。
「とりあえず、メシはあとで調達するから、もう少し我慢してくれ」
アリアは顔を覆った手のひらを外さず、三度こくんと頷き、
「・・・・・・ぜんぜん平気だから」
と短く言う。その声はどこか上ずっていた。
しばらく歩くと、大通りの十字路が見えてきた。真ん中には大きな噴水がある。大通りを両断するように伸びる横道は、それなりに広い。左を見ると上り坂になっていてその先には大きな城がみえる。この国の王が、あの大きな建物の中で、豪華な椅子に座りふんぞり返っていることだろう。右をみると港が遠くに帆船が並んでいた。ガレーラ王国自慢の港。さらに船の向こうに青い海が見えた。綺麗だ。ちらほらと釣りをしている人がいる。さすが『魚好きの天国』。
よどみなく歩き続けるヴァン。それにとことことついていくアリア。見た目では逆だと思えるが、中身でいえば正解。
そういえばご飯を調達すると言っていたが、お金が無い今、どうするのだろうとアリアは首をかしげる。ヴァンはそんなアリアの思いを知ってか知らずか、ただ歩き続けた。
結局、それらしい行動をとることなく、東門をくぐってしまう。西門に似ている大きな門だが、こちら側には橋がかけられていた。街道を進む。道の左右にはぼんやりと明かりを出す魔道具が、ある程度の間隔をとり規則正しく並べられている。魔獣除けの魔道具だ。
そろそろ空腹でお腹と背中がくっつきそうになってきたアリア。ヴァンはというと、歩きながら、しきりに首を左右に振り、森を眺めている。
「ねぇ、ヴァン。お腹が空きすぎて痛くなってきたわ」
腹部を両手でおさえながらアリアが言う。もう恥ずかしいとか言ってられない状況らしい。ヴァンが振り向き、苦笑する。
「そうだな。街からも結構離れたし、このあたりならいるかもしれない。さっそくメシにするか」
色々と気になる言葉があったが、ご飯にする、という部分で顔を明るくするアリア。が、続けて聞こえてくるヴァンの声に、その表情が固まる。
「それじゃ、適当に乾いた枝を拾ってきてくれ。俺は獲物をかってくるから」
もちろん、買ってくる、ではない。狩ってくる、だ。
「・・・・・・え? な、なにを?」
アリアが不安げに聞いてくる。ヴァンは、何が楽しいのか目を鋭くさせて笑い、答えた。
「何をって、決まってるだろう? そこらへんにいる食えそうなやつらをさ」
「え、ええええええっ!!?」
もはやアリアは叫ぶことしか出来なかった。
読んで頂きありがとうございます。次はヴァンが冒険者らしいところを少し見せてくれるかもです。たぶん。誤字脱字報告、感想批評、ビックバン大歓迎です!