第百二十八話
突然現れたソレに、ヘリオスは、セレーネは、ウラカーンは、アペレースは、ドラステーリオスは、少しも体を動かすことが出来ず、ただ見上げていた。
腕に見えるところも、足に見えるところも、腰に見えるところも、肩に見えるところも、首に見えるところも、頭に見えるところも、無い。どこも無い。
真っ黒な肉の塊に見えるソレは、体中から巨大な触手を伸ばし、蠢かせ、さらに巨大になっていく。
「あれは・・・・・・なん、ですか・・・・・・?」
セレーネがぽつりと呟く。瞳に移るのは恐怖か。異形に対する嫌悪か。どちらにせよ、震える声は隠していなかった。
ソレは、それに対する問いへの答えではなかったのだろうが、ソレが見せ付けたそれは、結果として全員への答えとなる。
「オ、オオ・・・・・・オオオオオオオオオオオッ!!」
雄叫び。いや、悲鳴? 慟哭とも取れる叫び声を上げ、肉の塊の上部分、そこを突き破るように人の形をした何かが小さく現れた。
「・・・・・・パ、パ?」
遠く離れていたのに、壁が、天井が、床が砕け落ちる音が響いていたのに、ヘリオスたちの耳にはアペレースの声が聞こえた。
肉を突き破って、肉に埋まったまま、産声を上げたのは。
「テリオス・アフトクラトル・・・・・・ッ!」
にじみ出る憎しみを乗せてヘリオスが吐く。
「オオオ、オオオオオオオオオオオオオオオッ」
上半身だけを巨大な肉塊から出したテリオスが叫ぶ。大きく太い触手は暴れるように天井を砕き飛ばし、壁を無くし、地を陥没させていった。
一本の触手が、ヘリオスたちの真上の天井を横薙ぎに吹き飛ばす。アペレースの攻撃を流したことによって出来た大穴が可愛く見えるほど、圧倒的な破壊。それは、自分たちに落ちてくる瓦礫の少なさで実感できた。
そこで気づく。
あれがテリオスなら、あの巨大な肉の塊が鎮座する場所が、最奥の部屋なら。
「アリス、アリスはっ!?」
セレーネが叫び、駆け出そうとする。慌ててウラカーンが腕を掴み、止めた。
「ちょ、待ってセっちゃん! あいつ見えてるでしょ!? 近づくのやばいって!!」
「何を言ってるんですか、もしかしたらアリスたちが下敷きになってるかもしれないんですよ!?」
「助けるにしても、目の前にはまだアペレースたちだって居るし、それに・・・・・・!」
「二人ともッ、飛んでくる!」
言い争うセレーネとウラカーンに、ヘリオスが怒声を浴びせる。その視線が捕らえていたのは、アペレースたちではなく、ましてや異形でも無かった。
二人も目の先を追う。そして目を見張る。
「アリス!?」
「フラン! アリア!」
三人の目に映ったのは、両脇にアリアとフランを抱えたヴァン、が、凄まじい勢いでこちらに向かってくる光景だった。
「三人とも、どいてくれえええ!」
「わ、わ、ちょ、ちょー!?」
声を発したのはヴァンと、ウラカーン。セレーネとヘリオスはあわあわと動揺しながら腕を広げ、ヴァンの両脇に抱えられたアリアとフランはおもいっきり目を瞑っている。
そして、激突。
「ぐふッ!?」
これは腹にヴァンの頭が突き刺さったヘリオスのうめき声。
「きゃー!?」
これは正面から抱き合うようにアリアを受け止めて押し倒されたセレーネの声。
「ナイスキャッチだオレっち! そして何気に柔らかいフランのむ、どぅぶっはぁ!?」
「空気を読まんかこのバカタレ!!」
そしてこれが同じく正面から抱き合った直後のウラカーンと、そのウラカーンの腹に膝をめり込ませたフラン。
「ぐ・・・・・・ア、アリス、大丈夫か?」
「はらほろひれはれー・・・・・・」
ヘリオスが腹部の痛みを堪え、ヴァンの肩を掴んでしっかりと立たせる。だが、ヴァンは軽く脳震盪でも起こしているのかふらふらと体を揺らしていた。
横に視線を移せば、アリアの手を借りて立ち上がるセレーネと、フランに頬を引っ張られているウラカーンの姿が見える。
どうやら全員無事らしい。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、天井を砕く音も、壁を吹き飛ばす音も、地面が陥没する音も、何も消えなくなっていたのに気づいた。
言いようの無い感覚を得て、ヘリオスは顔を上げる。目に入ったのは、やはり肉の塊のように見える巨大な異形と、こちらに真っ赤になった目を向けているヘリオス、の形をした化け物。
先ほどまで全てを壊すといわんばかりだった暴虐が、今は嘘のようになくなっていた。何故動きを止めたのか、その前に、あれは意識を持っているのか?
様々な思考が頭を流れるが、ヘリオスはそれ以上に気になることがあった。
こっちを、見ている・・・・・・?
「パパ! パパ!!」
悲痛な叫び声に、ヘリオスは思わず声の主を見た。掴んでいる肩が大きく跳ねた気がした。
「親父、なのか? 親父ッ、どうしたンだよ! そんな、そんな姿・・・・・・!」
激情の少女も叫ぶ。その声に、いつもの棘や暴れる色はなく、ただ悲しげだった。
二人の妹に両腕を掴まれている人形は、いつの間に振り返ったのか異形を見上げている。
「・・・・・・・・・・・・」
こちらからは見えないが、あの赤い瞳は今も揺れていてくれているだろうか。
ヘリオスは視線を異形に戻した。同時に息が詰まる。赤しかない目は、まだこちらを見ていたのだ。身を乗り出すように。
違う。見ているのは。
視線を落とす。今は土ぼこりで汚れているが、本来の輝きを失っていない真っ白で長い髪。普段と変わらず綺麗な紅い瞳は、恐らく異形を見据えているのだろう。
「アリス、あれは・・・・・・」
「テリオスだ・・・・・・・・・・・・いや、テリオス、だった、もの、だ」
問いを最後まで聞かず、妹は答えた。声に乗った感情にヘリオスは目を伏せたあと、確認するように視線を横に動かす。それぞれ汲んだ意図は違うだろうが、目のあった四人はそれぞれ頷いた。
「パパ! うそだよねっ!? エピは自分から消えたいって願ったんだよね!? パパは私たちにうそついてないよね!? 裏切ってないよね、私たちのこと、愛してくれてるんだよね!?」
焦燥と悲しみに満ちた叫び声が胸に突き刺さる。ただ聞いているだけのはずなのに、こんなにも心が痛い。
なのに、異形はこちらを見たまま、否、ヴァンをじっと見つめたまま、アペレースたちに視線を動かすことは無かった。
そこで、ヴァンが一歩足を踏み出す。離れる妹を追いかけようとしたヘリオスに、横から制止の声がかかった。
「動かないで!」
アリアの声にヘリオスだけではなくウラカーンとセレーネも体を硬直させる。
同じく歩みを一度止めたヴァンが、また一歩を踏み出す。
「エーピオス、アペレース、ドラステーリオス」
異形の目を見つめたまま、静かに声を落とした。ゆっくりと、だが確実に三人に近づこうとしている。
小さく振り返ったのは無邪気な少女と、激情の少女だけ。その表情はどこか期待があった。
「逃げろ。はやく」
しかし、次に出てきた言葉に、顔を大きくゆがめる。
「逃げろ、だ? なんでだよ、誰からだよ、なんでオレらが逃げなきゃなンねんだよ!」
体は異形に向けたまま、腕は姉を掴んだまま、怒声を飛ばす。
「お姉さま、どうしてそんなこというの? 私たちを助けてくれるんじゃなかったの? パパを殺すの? 私たちを、だますの?」
アペレースの問いかけに、ヴァンは頭を横に振り、表情を悲しみ一色に塗り上げる。視線は変わらず、テリオスとまじ合わせたままだった。
「違う、違うんだ。今のテリオスは危険なんだ。もう何も分かってないんだよ。ただ力だけ求めているんだ。だから、早く、早くこっちに」
じっとテリオスとだけ視線を合わせ、ゆっくりと歩く。しかし、進む距離は僅かずつで、今もヘリオスが手を伸ばせば肩をつかめる場所までしか歩けていない。
「いいから、はやくこっち来なさいって言ってるのよ!」
痺れを切らしたのか、アリアが怒鳴った。
「今のそやつは獣じゃ! ヴァンが気を引いている内に、はようこっちに来るんじゃ!!」
次いでフランも怒声を上げる。
アリスがずっと視線をテリオスから外さないのはそういうわけか。とヘリオスは内心頷いた。
しかし、力を求める? 獣? それが何故アペレースたちに逃がすということになるのか。
「うそ、うそだよ。だって、パパだよ? 私たちをつくってくれて、やさしくしてくれて、あいしてくれた、パパだよ? あぶなくないよ、ぜんぜんへいきだよ、いまだって、ただ・・・・・・そう、ちょっと怒ってるだけで」
無邪気な少女が首を振って一歩歩く。テリオスに向かって。
「待て、行くな、アペレース。テリオスに近づいたら駄目だ」
ヴァンの焦燥した声を無視して、今度は激情の少女が一歩歩いた。
「そりゃ親父に叱られたことは無かったけど、でも、謝ればきっと、きっと戻ってくれるよな、なぁ、あねき?」
二人の妹に両腕を引かれるエーピオスは、しかし、一歩も歩かない。
「止めろ、駄目だ、こっちに来てくれ! アペレース! ドラステーリオス! ――――エーピオス! お願いだから!!」
ヴァンは声を上げて必死に呼び止める。ずっと異形の目を見上げながら。
そのせいで。
「ヴァンっ!」
側でアリアが叫んだ。理由は、すぐに分かった。
崩れた瓦礫が、踏み出した足を引っ掛ける。
体が大きく前へと揺れた。
真っ白な髪が大気に煽られて踊る。
砕けた床にぶつかった膝や手のひらは、恐らく痛みを伴っただろう。
真っ赤な瞳で見たのは、赤とは程遠い、灰の瓦礫たちだっただろう。
一瞬の間を置いて、ヴァンは思い切り顔を上げた。真っ白な髪がまた踊る。
しかし、赤の瞳が交差することは、もう無かった。
「待て、待て! テリオスっ、俺を見ろ! こっちを見ろ! お前の相手は俺だ!!」
立ち上がって、声も上げる。思ったとおり膝や手のひらから血が出ていた。だが、ヴァンはそれを気にせず足を伸ばし、前へ進みながら異形を睨み上げた。
その先の赤い目が見下ろすのは、同じく紅い瞳ではなく、そのもっと、自身に近い、三体の。
「・・・・・・力の、塊・・・・・・」
隣の姉が呟いた。
瞬時に、理解する。地を蹴った。いや、蹴ろうとした。
出来なかった。言葉も発することが出来なかった。腕を動かすことも出来なかった。
何も、何も出来なかった。
「おねえ、ちゃ・・・・・・」
ごぷっと水音を鳴らしながら、無邪気な少女が姉を呼ぶ。真っ赤な水を滴らせ。
「あ・・・・・・っ」
激情の少女が姉にすがりつく。真っ赤な水を塗るように。
「レ、ス・・・・・・スーリ・・・・・・?」
そして二人の願いは届く。もう一度、名前で。
「あ、は、よかっ、たぁ・・・・・・おねえちゃ、ん・・・・・・」
無邪気な少女は姉の頬を撫でる。真っ白な肌が赤く染まった。
体を一度、二度と跳ねさせて激情の少女が姉の首に顔をうずめる。
「あねき・・・・・・あねきぃ」
「あ、ああ・・・・・・あああ・・・・・・」
二人の妹を抱きしめ、視線を落とす。二人の小さな体、その背中から、黒い何かが生えていた。震える手でその黒い何かを触る。
黒の何かは二人からずっと伸び続け、異形の塊に繋がっていた。
「あああ、ああああああっ!」
ぼろぼろと瞳から熱いものが落ちていく。
刺さって、違う、こんな、嘘です、だって、約束、そんな、嫌です、嫌です! 嫌ッ! いやぁ!
「まって、まってください、レス、スーリ、いま、いまぬいて」
ぐっと触手を握る。
同時に二人からぎゅっと体を抱きしめられた。
「・・・・・・だいすき」
同じ声で、同じ音で、同じ言葉で、違う口から。
ふっと体が軽くなった。二人の妹との距離が一瞬で広がり、そして小さな体は肉塊にめり込む。ずぶずぶと、あっという間に沈んでいく。
目に映る光景が徐々に動いていくのに、今自分が振り返ろうとしているのが分かった。
視界に入ったのは妹たちに、いや、自分たちにそっくりな少女。姉と呼べるべき存在。私たちの本当。
こちらに手を伸ばしている。奔りながら。泣きながら。喚きながら。でも、きっと、遅いから。
「おねえさま・・・・・・――――を、たすけて・・・・・・」
だから、これだけは。聞こえただろうか。もう声を出しているのかどうかも分からない。
私は、もう貫かれているから。
ほら、おねえさまのお顔に私の赤い水がたくさん。そんなに悲しそうになさらないで。
あぁ、でも、それでも手を伸ばしてくれるのですね。その手、その手をもっと、もっともっと早くに掴んでいれば・・・・・・。
今からでも遅くは無いのでしょうか・・・・・・でも、駄目ですね。
だって、ほら、届かない。
「やめろおおおおおおっ!!」
ヴァンは叫びと共に手を伸ばした。
まだ間に合う! 掴める! 助けられる! ほら、向こうだって手を伸ばしてくれてるじゃないか! 届く! 絶対届く! 届いてくれ!!
指先が触れる。
ぎゅっと握った手は、何もつかめなかった。
もう少しだったのに、今はもうこんなに遠い。
吸い込まれ、蹂躙され、消えていく少女。
「なんでだ・・・・・・なんでだ、なんでだ、なんでだっ!!」
何も掴めなかった手を握り締め、異形を睨み上げる。
「テリオオオオオオオス!!」
叫び、四肢に魔装を纏った。
「貴様ああああッ!」
「ブチ殺す!!」
後ろからヘリオスとウラカーンが飛び出してくる。ヴァンも大地を蹴って飛び上がり、マナを足場に異形へ奔った。
「オオオオオオオオオオオオ!!」
異形の肉塊からまた触手が生える。鋭利な角が生える。尖った牙が生える。鋭い爪が生える。筒が生える。剣が生える。
それらが一斉に三人を向き、全てが真っ直ぐに伸びてきた。
ヘリオスはそれらを砕き、ウラカーンはそれらを引き裂き、ヴァンはそれらを避けながら前へと進む。
背後から炎と魔力で出来た大量の矢と槍がヴァンたちを追い越していき、眼前に迫ってくる触手や剣を消し飛ばした。
「はあああっ!」
巨大な肉の塊までたどり着いたヴァンが、右拳をその真っ黒な表面にえぐり込ませる。突き入れた右腕をじゅるりと肉が包むが、マナを覆わせた腕は吸収されることはない。
これが・・・・・・こんな力があるからっ!
「あああああああっ!!」
右拳から魔力を放出する。ズドンと音を響かせて突き入れた肉が震えた。まだ足りない! さらに魔力を放出する。何度も何度も何度も。
その度に肉が震え、目に見えて崩れていく。
「まだだ!!」
さらに魔力を叩きつけようとするが、それは肉の表面から飛び出してきた剣によって遮られた。舌打ちをして右腕を引き抜き、真っ黒な表面を蹴って跳ぶ。
腕を突きこんでいた部分の肉は、陥没して崩れていたものの、すぐに周囲の肉を集めてその穴を埋めた。
「くそ・・・・・・!」
これでは攻撃の意味が無い。ならば、とむき出しになっているテリオスの形をした部分に目をやる。
「ヘリオス、ウラカーン、あれを狙う!」
迫り来る触手を空中で出鱈目に飛び跳ねながら避け、二人に向かって叫んだ。今まさに攻撃の意味が無いことを確認しているヘリオスと、爪を肉の塊に突き刺しているウラカーンがこちらに目を向けて頷いた。
筒から発射される魔力の塊をアミュンテーコンの障壁で防ぎ、振り返る。
目に入るのは、それぞれ魔矢や炎矢、魔槍を放っている三人。
「アリア、フラン、セレーネ! 俺たちはあれを狙う! 援護を頼む!」
叫び、テリオスの形をした部分を指差す。アリアたちは声を返さずに頷きを見せた。
「行くぞ!!」
最後、もう一度叫んで空中を奔る。同時にウラカーンも肉の上を奔り、降りたヘリオスは再度跳んだ。
触手や剣、魔力の塊が迫ってくるが、それらは全て無視だ。その信頼に答えるように、それらは全てアリアたちによって撃ち落されている。
結果として、ヴァンとヘリオス、ウラカーンの三人は同時にテリオスの前にたどり着けた。
ヴァンが右拳を突き出し、すぐ後ろでウラカーンがまだ折れていない両爪を横薙ぎに振り、さらに上からは両手の巨剣を逆手に持ったヘリオスが切っ先を突きたてようと振り上げている。
それに対しテリオスの形をした部分は、犬歯をむき出しにしてただ睨むだけ――――ではなかった。
尋常ではないほど大きく口が開かれる。
「なっ!?」
最前にいたヴァンの目に、開かれた口の奥で禍々しく濁り光る魔力が見えた。
即座に両の手のひらを差し出し、
「守れ、アミュンテーコンっ!」
眼前に障壁を出現させる。
瞬間。
ヴァンたちの視界が闇に覆われた。
次に来た衝撃で、この闇はテリオスの形をした部分の口から発射された魔力の光線だと気づいた。
ヴァンの体は膨大な力にあっさりと押され、さらにヴァンの後ろに居たヘリオスとウラカーンもついでとばかりに押し出す。
マナで自分の体を押し、闇の光線を阻む。
「ううう!」
マナと光線にはさまれる形になり、ギシギシと骨がきしむ。それでもヴァンはマナで自分を押した。
刹那、ピシリ、と目の前の障壁に亀裂が走った。慌てて操れるだけのマナを全て障壁に集める。これが無くなってしまったら自分は愚かその後ろのヘリオスたちまで消し飛んでしまう。それだけは避けねば。
しかし、それに必死になるせいで、ヴァンは自分たちを押さえるために使っていたマナを薄れさせてしまった。
「ぐっ、ああああ!?」
唐突な後ろへの加速。闇の光線に押され、ヴァンとその後ろの二人は意思に関係なく高速で後方に飛ばされる。
そして、衝撃。
同時に、すぐ背後から聞こえてきたアリアたちの悲鳴で、ヴァンは自分たちが後方の三人に激突したのだと分かった。
何度目の激突だ、などと思う間もなく、ヴァンの意識は闇の光線に塗りつぶされた。
「が、は・・・・・・」
頭に残る闇を振り払い、ヴァンは辺りを見回す。体中に激痛が走るが、それにかまってる暇は無い。
「う、くぅ」
「は、あ・・・・・・」
うめき声の主たちは、思いのほか近くに居た。そのせいで、皆の怪我がひどいのだとも、すぐに分かってしまった。
「み、んな、無事か・・・・・・?」
「・・・・・・このくらい・・・・・・アリアの手料理を食った、ときに比べれば、なんともないぞい」
「ちょ、っと、どういう、意味よ。これよりは、だいぶ、マシよ・・・・・・!」
「は、ははー、オレっち、今後一生アーちゃんの。料理食べないと、今誓うよー」
「グラ、ウクス・・・・・・それに、僕も乗ろう・・・・・・」
「・・・・・・帰ったら、私も、アリスと一緒に、りょう、り、おしえますよ、アリア」
誰か気絶していないか不安に思ったが、すぐに返ってきた声に安堵の息を漏らす。
軽口こそ叩いているが、立ち上がれないほどの傷と痛みを受けたはずだ。ヴァン自身、今すぐ立ち上がるのは難しい。
だが、そんなことは言っていられない。両腕に力を込め、体を持ち上げる。灰の瓦礫や粉塵が赤く染まっていく。
膝を地面に立てるが、そこにはちょうど瓦礫があったのか抉りこまれるような痛みが頭を貫き、また倒れた。
自分の周りで、皆が動く気配がする。痛みに耐えるような声がいくつも聞こえてきた。その声や気配に支えられるように、ヴァンは再度両の手のひらを瓦礫の上に乗せる。
それより早く、ヴァンに影がかかった。うつ伏せの状態で顔だけを上げる。
「・・・・・・ヘリオス、セレーネ・・・・・・?」
二人は誰よりも早く立ち上がり、ヴァンを守るように立っていた。姉の黒のドレスは片腕の袖がなくなり、スカートは不恰好に短くなり、兄の黒の皮服は引きちぎれ、その下に覗く皮膚は切り裂かれている。
それでも二人は、背筋を伸ばして立っていた。
「・・・・・・私、アリアに謝らないといけません」
ぽつりと呟くセレーネ。ヘリオスが続いて声を落とす。
「僕もグラウクスに謝らないとな」
真っ直ぐ異形だけに視線を向ける二人に、名を呼ばれた二人のうち、アリアが顔をゆがめる。
「な、にを言ってるの? 謝られないといけないことなんて、なにも」
真っ白な長い髪が静かに左右に揺れた。
「いいえ、私、アリアに嘘ついちゃったんです。本当のことを、隠したんです」
「僕も、本当のことを言わず、ごまかした」
「二人とも・・・・・・? 何言ってるんだ?」
ヴァンが困惑の表情で見上げるも、やはり二人は振り返らない。
「アリス、ごめんなさい、アリス。無茶はするなって前に叱っちゃいましたけど、私たちもアリスを叱る資格なんて無いですね」
「そうだね、姉さん。アリス、すまない。もっと色々話したいことがあったんだけど、もう話せそうに無い」
「・・・・・・おぬしら、死ぬ気、かえ?」
フランの問いにも、二人は答えない。
「・・・・・・おい、おいおい、待てよ、どういうことだよ。何言ってんだよお前ら、死ぬ気? フランも何言ってるんだよ。違うだろ、なぁ、おい、違うだろ! 違うって言えよ!!」
ウラカーンの怒声も、ただ響くだけ。
セレーネとヘリオスは、魔力を練り上げることで、マナが見えるヴァンにだけ、答えた。
ヴァンには見える。二人の中の魔力が、何かと同化していくのが。何か、が何か、ヴァンには分からない。だが、それは使ってはいけないということだけ、分かった。
「二人、とも、それ、駄目だ。使うな、使うな!!」
床の瓦礫を掻くようにして二人に近づきながら、ヴァンが叫ぶ。腕を伸ばしてもやっぱり足りない。
その叫びの、指す意味が分かったのはアリアだけだった。
「まさか、違うわよね、セレーネ? あの時、違うって言ったじゃない! 超鎧魔術は命を削らないんだって、言ったじゃないの!!」
そこでやっと、二人は振り返った。
浮かべているのは、穏やかな微笑み。
なのに、ヴァンは体中の血が凍った気がした。
セレーネとヘリオスは、また異形に目を向ける。
「――――我の力は護るために」
違う口で、違う声で、違う音で、同じ言葉を。
「――――我の力は戦うために」
ヴァンは立ち上がらない足を掻き毟った。
「――――我が身に巡る魔の力よ」
もう誰も失いたくないのに。
「――――思いを力に変えたまへ」
自分のために、誰かが傷つくのは嫌なのに。
「――――愛する者に仇なす者を」
絶対に守る。今度こそ守る。
「――――滅する力」
ほら、手は届く。
「――――我が身に宿せ」
俺が、皆を守るから。
「――――テアー」
「――――ファン」
だから、その力を俺にくれ。
二人の声が止まった。
ぎゅっと握った二人の手は、とても温かかった。
「俺が、守るから」
刹那。
セレーネとヘリオスの体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
自身の変化に戸惑いながら、ヘリオスがヴァンを見上げる。
「アリ、ス、何を・・・・・・!?」
震える声。握られた手から何かが抜け出していく感覚。
「い、けません・・・・・・アリ、ス・・・・・・」
もう一方の手を握られているセレーネが力なく声を落とす。今にも意識を失いそうだ。
ヴァンは無言で握った手を離し、歩き出す。体中から嘘のように痛みが無くなり、胸の奥から力があふれ出そうだった。
後ろからの制止の声を振り切って、ヴァンは自分の手を見下ろす。
これは、奪ったことになるのかな。
ぼんやりとそんなことを思い、そして、次に浮かんできた考えにヴァンは苦笑した。
そのまま振り返って二人の顔を見る。二人の泣きそうな顔は良く見るなぁと口の中で転がして、浮かんできた言葉だけを出した。
「二人とも、これは馬鹿なことしようとしたお仕置きだからな?」
まるでアリアみたいだ。
まるで自分みたいなことを言う。
一瞬そんなことを考えて、目の前で起こったことを直視していないことに、アリアは気づいた。
今ヴァンは何をした? いきなり立ち上がったと思ったら、セレーネとヘリオスの間に行って、二人の手を握って・・・・・・それから、二人が崩れて・・・・・・。
それに、セレーネたちのあの言葉。まさか。
「ヴァン!!」
無意識に出た叫び。その先に何が言いたかったのか分からない。
しかし、ヴァンはアリアに目を向けて、小さく微笑んだ。セレーネとヘリオスが見せた、あの穏やかな微笑みじゃない。
アリアにはそれだけで十分だった。
「いっちょ、すごいの見せなさい!」
拳を突き出しながら、言う。
ヴァンが一瞬だけ目を見開くが、すぐに鋭い笑顔を見せて唇を動かした。
――――任せろ。
いきなりあふれ出た大量の魔力と、それによって生じた風、そして衝撃。そのせいで声が聞こえることは無かったが、ヴァンは確かに、そう言った。
真っ黒なフリルドレスが、真っ白で長い髪が、小柄な体からの極光で埋め尽くされる。光は柱となって天を貫き、愛しい少女の姿を隠した。
瞼を閉じても瞳を焼く激しい光。だんだんと目に闇が戻り、アリアは恐る恐る目を開けた。
だが、そこには誰も居なかった。
心臓が一度跳ねる。
「そんな・・・・・・アリス・・・・・・」
目の前で崩れるように座り込むセレーネから絶望した声が落ちた。傍のヘリオスもただ俯いている。
こちらからは見えないが、フランとウラカーンもそんな顔をしているのだろう。
でも、アリアは自分の頬が緩んでいるのが分かった。
「ヴァン」
自然と口から漏れた。大丈夫、ヴァンは約束を絶対に守る。私との約束も、エーピオスとの約束も、フランにウラカーン、ヘリオスとセレーネ、ラルウァ・・・・・・それにここに来るまでだって、いろんな人たちと少なからず、ヴァンは約束をしている。それを全部放り投げるわけが無い。
そうでしょ、ヴァン。
ふわり。
アリアの鼻に柔らかく白いモノが乗った。
「・・・・・・?」
首をかしげながら手に取る。それは羽だった。純白の羽。
「羽・・・・・・?」
それは自分以外の呟きだった。見れば小さな羽が空から降ってきている。皆もそれに気づいたようだった。
一瞬の迷いもなくアリアは顔を上げる。
真っ先に目を引いたのは、一対の純白の翼。大きく広げられた真っ白な羽は持ち主の体より広い。
次に見えたのは、細い足を覆う金色の鋼。それから僅かに見える太もも。その上ではドレススカートがふわりと揺れていた。両側に白銀の板がつけられているにもかかわらず、やはりふわりと揺れている。
ドレススカートの左右に見える両手には金色の手甲がつけられていて、翼の付け根には、同じく白銀の鎧。両肩は丸みを帯びていて、真っ白で長い髪がそれを撫でていた。
そして、妖精と見間違えるような小さな顔の額には、黄金に輝く額当。額当からは三本の小さく細い角のようなものが真上に伸びており、中央には白銀の宝石が埋め込まれていた。
「・・・・・・綺麗・・・・・・」
思わず、アリアは声を出していた。
仲間たちは皆声も出せず目を奪われているのだろう。あの異形ですら、身動き一つ取っていない。
神々しく輝く天使は、瑞々しい唇を動かして甘く囁くように言った。
「さぁ、テリオス。悲しみを終わらせよう」
読んでいただきありがとうございます。
というわけで、いかにもありきたりな感じで羽を生やさせてもらいました。コヅツミはこういうのが大好きです。