第百二十五話
遺跡の中央部、二人の魔族と一人の半獣、そして、三体の人形が対峙する部屋。そこに甲高い音が何度も鳴り、怒声が響き渡る。
「エーピオス、止めろ! テリオスを止めたいんだろ!」
振り下ろされる魔力剣を両の鉤爪で弾きながら、ウラカーンが叫ぶ。
「・・・・・・・・・・・・」
だが、何の感情もうつさない瞳は、一瞬も揺れることはない。エーピオスは体を回転させ、両刃の剣を振り回した。
「くっ」
ウラカーンは上体を上下に動かし、それを避ける。それでも迫ってくる両剣を爪で受け止めた。
「エーピオス・・・・・・!」
金属が擦れ合う音が鳴る。剣と剣、爪と爪の間から睨むウラカーンの目に、全く表情を動かさないエーピオスの顔が映った。
ぐっと奥歯をかみ締め、両刃の剣を弾き、横蹴りを放つ。エーピオスは弾かれた勢いを利用して後方へ大きく跳び、標的を見失った蹴りは大気を裂くだけとなった。
水色のフリルドレスをふわりと浮かばせて、エーピオスが地に足をつける。同時に、何かを砕く音が聞こえた。
音源を見れば、ヘリオスが巨剣で石造りの床を砕いていた。無論、それは地面を狙ったのではなく、今は高く飛んでエーピオスの傍に降り立つドラステーリオスを狙ってのものだ。
「グラウクス」
ヘリオスが二体の人形を見据えながら短く言う。ウラカーンは頷きだけを返し、疾走のために両足に力をこめた。
瞬間、エーピオスとドラステーリオスが左右に跳ぶ。
思わず、ウラカーンとヘリオスは二体を目で追ってしまう。そのせいで、気づくのに遅れてしまった。
二体が壁となって見えなかった、もう一体のオートマータに。
二体の末妹、アペレースは自分の身長より大きく太い何かを右腕で抱きかかえ、右わき腹に添えて真っ直ぐ二人に向けていた。
何か、とははっきりと形が分からないからだ。それはまるで光っているかのように真っ白で、所々で光の強弱が違う。
かろうじて分かるのは、円柱状だということくらいだ。一番先に穴が開いていて、アペレースから近い部分に長い棒が横に突き出ている。
アペレースはその突き出ている棒らしきものを左手で握り、左足を前に伸ばし、右足を深く曲げた体勢をとっていた。
「死んじゃえ・・・・・・『メイミーム・ドラコブレス』」
短く、呟く。
円柱状の何かの一番先。開いた穴から強烈な赤光が発せられた。刹那、穴から獄炎が飛び出す。
大気を巻き込み、床を抉り、一直線に二人に向かう。
「ちょ、ちょっとちょっと、洒落になんないってっ!!」
「下がれグラウクス!」
ヘリオスの声に、ウラカーンは即座に後ろへ跳ぶ。それに合わせたのか、入れ替わりにセレーネがヘリオスのすぐ後ろに音無く降り立った
「姉さん!」
「分かってますっ」
ヘリオスは体を軽く沈めて両の巨剣を逆手に持ち、床に斜めに突き刺す。
後ろに立つセレーネが両手を突き出し、手のひらを屈んだヘリオスの顔より前に出した。
「セッちゃん! ヘリオス!」
獄炎が魔族姉弟の眼前に迫ったとき、ウラカーンが叫んだ。
ヘリオスたちから一拍もおかぬうちに叫びが返ってくる。しかし、それはウラカーンに向けたものではなかった。
「ハイレイン!!」
セレーネが叫ぶのと同時に開いた掌の前に円形の白く薄い障壁が現れ、地面に突き刺したヘリオスの巨剣に覆いかぶさる。
円形の障壁はアペレースから伸びる獄炎が触れた瞬間、包み込むかのようにへこむ。
獄炎がその障害を突き破ろうと、さらに激しさを増す。
「う、くぅぅっ、ヘ、リオス、今です!」
セレーネの口から苦悶の声と共に合図が落ちた。ヘリオスはすぐ目の前にある、獄炎を阻む障壁を見据えながら、叫んだ。
「上へ消えろ! アネルケスタイ!!」
瞬間、ヘリオスが握る二振りの巨剣が光り輝く。
そして、獄炎はその光を嫌がるように、前進を止めて垂直に天井へと軌道を変えた。
次いで轟音。獄炎は天井を破壊し、空へと消えていく。
視界から獄炎が消え、ヘリオスの目に入ったのは相変わらず円柱状の物を抱えたアペレースだった。だが、その表情には驚きが混じっている。
ヘリオスは地面から剣を抜き、立ち上がろうとした。
「う・・・・・・」
しかし、襲ってきた立ちくらみで軽くよろめく。背後でセレーネの声が聞こえ、布がこすれる音がした。
自分と同じく、強烈な視界の歪みを感じているのだろう。
アペレースが放った攻撃。何とか上へと逸らす事が出来たが、かなりの威力だった。あれはまるで、竜の――――。
そこまで考え、すぐに思考を中断する。敵はアペレースだけではない。すぐに次の。
「・・・・・・!?」
頭上にかかる気配に、ヘリオスは反射的に巨剣を振り上げて交差させた。甲高い金属音が響く。
遅れて顔を上げれば、手に持つ巨剣はエーピオスの二振りの両刃剣を抑えていた。人形の何の光も無い瞳が目に入る。
「ぐっ・・・・・・はぁ!」
両腕に力を込め、刀身の内側から魔力を放出させ、両手の剣を左右に広げた。人形を体ごと吹き飛ばす。
――飛ばされたエーピオスを飛び越えて、ドラステーリオスが姿を現した。
まずい。ヘリオスは目を見開いたまま動きを止める。
両の巨剣は大きく左右に振り広げてある。防御は間に合わない。だが、避けるわけにもいかない。後ろにはセレーネがいるのだ。
まだ回復していないだろう。自分より長くあの攻撃を受け止めていたのだから。ならば。
「グラウクゥス!!」
確信を持って、叫んだ。
「まかせろぉぉっ!」
そして返事は返ってきた。後方から何かが飛び上がる気配がする。
「ぜぇいっ!」
ウラカーンの伸ばす右足が、ドラステーリオスの腹部にめり込む。赤色のフリルドレスに包まれた小さな体が吹き飛ばされる。
宙を逆走するドラステーリオスをくぐり抜けるように、エーピオスが身を低くさせて奔った。狙いは空中で動きの取れないウラカーン。
だが、それは地を蹴ってウラカーンより前へ出たヘリオスの巨剣によって阻まれた。自身に振り下ろされる巨剣を、エーピオスは横に跳ぶ事で避ける。
着地したウラカーンと床から巨剣を振り上げたヘリオスが、エーピオスに追撃をかけようとするが、飛んできた魔弾のせいで機会を失ってしまった。
吹き飛ばされたドラステーリオスが宙で二回回転し、地面に降り立つ。
「チッ、レス、オレはあのババアをヤるぜ。テメェはヘリオスの兄貴を抑えな」
「・・・・・・・・・・・・うん」
魔弾を放った突き出した手を下おろしながら、アペレースが沈黙の後に頷く。
ドラステーリオスは振り向かずに続けた。
「おい、まさかヘリオスの兄貴が言ったこと、信じてるわけじゃねェだろうな?」
「そんなことない・・・・・・けど・・・・・・エピ、ほんとに消えたかったのかな・・・・・・」
弱弱しい声で返ってきた言葉に、激情の少女は表情を歪め、
「知るかよ――――『メイミーム・リュコス』」
唱えた。
ドラステーリオスの体を中心に、周囲に少しの衝撃が走る。軽く体を沈め、地面を蹴った。石造りの床に亀裂が走り、激情の少女は猛烈な速度で敵に向かっていく。
アペレースは、奔り行く次姉の姿を見つめたあと、俯いた。
「・・・・・・エピィ、わたし、私たち、どっちを信じたらいいの?」
震える声でつぶやくが、しかし、答えてくれる姉は、もうどこにもいない。
「はあああっ!!」
もう何度目になるか分からない突進。
ヴァンは両足から魔力を放出させ、テリオスに向かって跳ぶ。右手で拳を作り、すぐに目の前まで来た異形の顔目掛けて突き出した。
そして、数本の触手が絡み合った壁にぶつかる。
「こ、の・・・・・・!」
何度も攻撃を仕掛けるが、それらは全てこの壁に阻まれていた。
まだ一撃もテリオスに当てていない。ヴァンは奥歯をかみ締め、突き出した右腕の肘から魔力を放出させた。
いや、正確にはさせようとした。だが。
「アリス、愛しいアリス。いい加減に機嫌を直してはくれぬか?」
一本の触手がヴァンの肘辺りを撫でる。それだけで、魔力は力なく体から外に逃げた。妙な倦怠感が触れられた肘辺りから感じられる。
「く・・・・・・」
こうして無力化されるのも、何度目だろうか。
ヴァンは幾度と無く、魔力放出を伴った打撃を繰り出した。しかし、魔力を放出させようとする部分をテリオスの触手に触れられただけで、その魔力は放出ではなく、ただ体から漏れるだけとなっている。
今感じたのと同じ、妙な倦怠感を持って。
ヴァンは、自身の拳がぶつかる触手の壁に足をつけ、跳躍しようと力を込める。蹴った。
だが、ヴァンの体は宙を舞うことが出来なかった。即座にばらけた触手が、その細く白い足に、腰に、腕に巻きつき引き寄せたからだ。
「こ、のっ!」
小さく幼い身体をくねらせ、触手の呪縛から逃れようとする。しかし、触手に持ち上げられて地面から浮かされている状態では力が入らない。
触手は徐々に上へ上へと絡みつくようにのぼってきた。服に包まれてない素肌の部分に、ぬるりとした微妙に湿った感触が這いずる。その触感に寒気が走った。
「離せ!」
戒めを解くため、全身から魔力を放出する。いや、した。
「愛しいアリス、私から逃げようとするな」
テリオスの言葉と共に、凄まじい虚脱感と疲労感がヴァンを襲う。
「かっ、はっ?」
何だこれは。突然襲ってきたそれに、頭が混乱する。
目を見開き、口をあけて空気を求める。
この感覚には覚えがあった。今すぐにでも眠りたくなるような、しかし、体には体力が残っている、そんな奇妙な感覚。
じわじわと、体のうちから何かが無くなっていくような、これは――――。
「ヴァンを離しなさい!!」
後方から怒声が聞こえ、ヴァンははっと我に返った。同時に、熱気が後ろから迫ってくる。
熱気は正体はヴァンの左右から飛び出してきた。炎の矢。アリアが得意としている魔術だ。
炎矢はヴァンを避けるように左右に分かれ、今、テリオスの顔目掛けて飛んでいる。当たらなくとも、隙は出来る。その時に。テリオスから距離を。
炎矢が自分を通り過ぎ、テリオスにぶつかるまでの間。その一瞬でするべきことを決めたヴァンだったが、次の瞬間、目に入ってきた光景のせいで動くことが出来なかった。
「ふん・・・・・・」
炎矢は、テリオスが一瞥しただけで、歪み、消えた。
いや、ただ消えただけではない。今のはあり得ない。一度消えた混乱が、またヴァンの頭をかき乱す。
「外した・・・・・・!?」
ヴァンが影となって見えなかったのか、アリアが悔しそうに呻いている。
「『オピス』!!」
次の声はフラン。ヴァンの視界の右から、光り輝く数本の矢が弧を描いて飛来してきた。
それらの矢は持ち主の狙い通り、ヴァンに当たらぬようテリオスの左半身に降り注ぐ。
今度こそ、当たる。ヴァンは確信した。
だが、またもヴァンの予想は裏切られる。
数本の矢は、確かにテリオスに着弾した。しかし、当たった瞬間、小さな波紋となって消えてしまったのだ。
まるで吸収されたように。
きゅう、しゅう?
「まさか、そんな、あり得ない・・・・・・」
ヴァンが赤い瞳を大きく見せ、呆然と呟く。
「何が、あり得ないのだ? 愛しい、アリスよ」
鼻がくっつきそうなほど顔を近づけ、テリオスが唇をゆがめた。
背筋にぞくりと悪寒が張り付く。
「あんた、ヴァンを離しなさいっていってるでしょ!!」
またアリアが怒鳴り、炎が燃え上がる音が聞こえた。
ヴァンはテリオスから逃げるように顔を背け、目一杯後ろに視線を向ける。
「駄目だアリア! 魔力が吸収される!!」
「え!?」
アリアが表情をこわばらせたが、もう遅い。術師の手から離れた炎の矢は真っ直ぐにヴァンの背中へ向かう。
浮かされているヴァンの体が水平に横に移動し、テリオスが一歩前へ踏み出す。
そして、そのまま右手を前に突き出し、手を開いた。炎の矢を迎えるように。
「さすがは私のアリス。この短い間に良くぞ解った」
炎矢はテリオスの手にぶつかり、ぐにゃりと歪んで、消えた。
アリアとフランが、先のヴァンと同じように目を見開くが、すぐに表情を怒りのものへと変える。
「それはちと反則気味ではなかろうか」
フランの言葉を、テリオスは鼻で笑って返した。
「ふっ、力無き者は有る者を非にしたがる。私は気にせぬが、しかし、私のアリスを唆すのはやめてもらおうか。アリスが被害者、などと」
呆れを含むテリオスの声を遮って、アリアが声を響かせる。
「非にしたがる? そそのかす? あんた、自分が悪いって自覚ないわけ? はっ、お笑いだわ。ヴァンをさんっざん傷つけておいて、よくそんな事が言えるわね!」
「私が、アリスを傷つけた、だと?」
遮られたことによるものか、その内容によるものかは分からないが、テリオスの声は今度は怒気を含んでいた。
「えぇ、そうよ。あんたはただヴァンが欲しいってだけで、ヴァンを拉致したり、変な術をかけようとしたり、ヴァンの家族をひどい目に合わせたり、手下に町を襲わせたり、しかもエーピオスの記憶を奪っておいて、それが全部ヴァンのため? ふざけないで! あんたはその全部を! ヴァンの『せい』にしてるのよ! それがどれだけヴァンを苦しめてきたか・・・・・・どれだけ、ヴァンを傷つけたか・・・・・・どうして分からないの? どうして、あんたは、そんなことが平気でできるのよ!」
最後は、悲痛な叫びだった。
傍に立つフランも同じ想いで、ただテリオスを見据えている。
「分かったら、さっさとヴァンを離しなさい! このバカ!」
体中から火の粉を噴き出しながら、再度叫ぶ。
しかし、テリオスはヴァンの戒めを解くことなく、ただアリアを見下ろしていた。
「ヴァンを離せって・・・・・・!」
「では、貴様はどうなのだ?」
三度怒声を発しようと口を開くアリアを、今度はテリオスが遮る。
問いの意味が分からず、アリアとフランが眉をひそめた。触手に絡まれたヴァンですら、怪訝な顔をテリオスに向けている。
そんな三人の視線を意に介さず、テリオスは続けた。
「貴様は愛しいアリスを、女に変えたな? 男が嫌いだから、という理由で」
アリアの表情が固まる。
「アリスが欲しいという理由でアリスをかどわかした私と、男が嫌いだが、アリスは欲しいという理由で、アリスの意思を無視し、勝手に女に変えた貴様。一体何が違うというのだ?」
「そ、れは・・・・・・」
青ざめた顔をしたアリアの、瞳が揺れる。そこで、アリアの瞳とヴァンの瞳がぶつかった。
ヴァンの表情は、怒りのままで変わっていなかった。
赤い瞳が視界から外れる。もしかして、ヴァンもそう思っていたのか。不安が胸中にあふれた。
ヴァンの瑞々しい小さな唇が、開く。
「・・・・・・違う」
発せられた声は、唇同様小さなものだったが、それでもはっきりとした否定の言葉だった。
「お前と、アリアは、全然違う」
テリオスが驚きの顔でヴァンを見る。
真っ赤な瞳は鋭さを持ってそれに返した。
「ヴァンの言うとおりじゃ」
次に飛んできた声の方を、テリオスは睨む。
目に入ってきたのは、あざ笑うかのような笑み。
「おぬしとアリア、どう違うかじゃと? かっか、全く違うではないか」
よいか? と前置きし、フランは真剣な顔で続けた。
「おぬしは、ヴァンを傷つけた自覚をもっておらん。おぬしがしたことがヴァンに何をもたらせたのか、それを分かっておらん。おぬしはただ、一人で突っ走っておっただけじゃ」
そこで一呼吸おいて、アリアを見る。
「じゃが、アリアは、違う。ヴァンを女にしたことを、悩んでおった。自分がしたことで、ヴァンが傷つくのを恐れた。ヴァンに許された後も、悩んでおったのを、恐れておったのを、わしは知っておる。この違いが、何か、おぬしに分かるかえ? 否、分かろうはずもない。アリアは、ヴァンを愛しておるのじゃよ。おぬしとは違う」
テリオスはつまらなそうにしながらも、最後の部分で声を荒げて反論した。
「愛? 愛だと? 私もアリスのことを愛している! この世で! どんなものよりも! ゆえに私はアリスを手に入れるのならばどんなことでもしてみせたのだ! 何を犠牲にしてでもアリスを手に入れるために!!」
「違う!! それは愛じゃない!!」
テリオスの動きが止まる。すぐ傍から上げられた、遠くに響くようで近くでささやくような甘い声によって。
ゆっくりと左を向き、声の主を見た。触手に囚われた、妖精と見間違えるほど美しい少女を。
「愛しいアリス・・・・・・今、なんと?」
真っ赤な瞳が交差する。方や戸惑いを、方や怒りをもって。
「それは絶対に、愛なんかじゃない」
しっかりと敵を見据え、思い出す。
「俺が知っている愛は・・・・・・旅をしてきた中で見た愛は、そんなものじゃなかった」
ある村の、青年と。その青年が愛する家族の姿を。
「ある男は、自分の愛する者のために、間違いだと分かりながらも手を汚そうとした。でも、最後は自分の体を張って、愛する者を守るために戦った」
次に思い浮かぶのは、魔獣のであるのに、人を愛した者。
「ある魔獣は、不器用でも、勘違いしても、必死に愛する人に近づこうとがんばってた。たとえ殺されそうになっても、人に近づけるようにって、殺さないようにって・・・・・・」
今度は、人の良さそうな笑顔を持つ父娘と、その付き人のような青年。
「あの人たちだってそうだ。大切な故郷を守るために命をとして魔獣除けを設置して、愛する故郷を守るために、沢山の魔獣を相手に戦った」
三人の姿が消え、ヘラヘラ顔が頭をよぎる。同時に、ヴァンはフランに目を向けた。
「・・・・・・フランとウラカーンからは・・・・・・直接言ってもらったわけじゃない、けど、でも、それでも俺のことを大切に思ってくれてるのは感じる。自意識過剰かもしれない。でも、優しくしてくれてるっていうのは分かる・・・・・・」
「もちろん、アイシテおるぞい?」
そう言って笑うフランに苦笑する間際、二人の人影が浮かんできた。セレーネとヘリオスだ。
「セレーネと、ヘリオスは・・・・・・記憶の無くなった俺を、愛してると言ってくれた。記憶がなくなっても、家族だと、愛してると言ってくれた。思い出が無くなった俺に、守れなくてごめんって、謝ってもくれた・・・・・・」
謝ることじゃないのに、な。付け加え、父の背中を思い出す。
「師匠も、たまたま俺を拾っただけの師匠も、俺のことを我が子のように可愛がってくれた。愛してくれた。本当は知っていたんだ。師匠が俺から去ったこと・・・・・・俺に普通の生活をしてほしかったからなんだって。俺に危険がないような人生を送ってほしかったんだって。師匠は、俺のために悲しい別れを選んでくれた・・・・・・!」
最後、アリアを見つめる。
「そして・・・・・・俺に愛がどういうのかを教えてくれたのは、アリアだ。確かにアリアは俺を勝手に女にした。でも、そのことで俺が傷ついてすぐ、アリアは泣いて謝ってくれた。絶対に元に戻すと約束してくれた」
結果として、俺は元々女だったんだが。間に入れて、続ける。
「アリアはこんな俺を愛してると言ってくれた。怪我をしたらすごく心配してくれて・・・・・・俺だけじゃない。セレーネのことも、フランのことも・・・・・・男嫌いなのに、ウラカーンもヘリオスも、師匠も・・・・・・。みんな、みんなのことを大事に思ってくれてる!」
悲しげな瞳でテリオスを見やる。
「誰かを愛するって、そういうことじゃないのか? 好きな人にも、他の人にも、優しくなれる。優しく出来る・・・・・・それが、愛するってことじゃないのか?」
沈黙が、訪れた。
交差する真っ赤な瞳は、どちらも動かない。
どれほどの時、静寂が流れたか。
それを破ったのは、テリオスの呟きだった。
「・・・・・・貴様の、せいか?」
瞳はヴァンに向けられたままだが、その声は明らかにアリアへ向けられている。
「貴様が、愛しいアリスの毒となったのか?」
そして、顔もアリアに向けられた。ヴァンの表情が悲痛なものとなる。
何一つ、何一つ伝わらなかった。伝われば、分かり合えれば、良かったのか? 否、それでテリオスがしたことが消えることは無い。
それでもヴァンは、分かり合いたかったのだ。もしかしたら、戦う以外の道もあるのではと、今更ながらに望んだのだ。
だが、そんなヴァンの愚かしいほどの優しさは、次のテリオスの言葉で踏みにじられる。
「・・・・・・大人しく、あの人間に殺されておけば良かったものを」
「な、に?」
「あの人間? 誰のこと言ってんのよ!」
ヴァンの呟きが小さすぎたのか、アリアの怒声が大きすぎたのか、テリオスはヴァンの声など聞こえていないかのように吐き捨てた。
「私が直々に理性の歯止めを緩めてやったというのに、狂うだけ狂って貴様を殺せんかった、役立たずの事だ」
ヴァンたちの頭に衝撃が走る。まるで鈍器で殴られたようだ。
テリオスが言った事が、その意味が一瞬理解できなかった。
「おぬしが、オスマンを狂わせたというのかえ?」
逸早く混乱を抑えたフランが、問う。
テリオスは嘲笑を浮かべて答えた。
「私が? 否、私は少し後押しをしてやっただけだ。欲望に忠実になるようにな」
「何故じゃ?」
「何故? 決まっている。愛しいアリスに付きまとう目障りな人間を消したかったからだ」
テリオスがアリアを見据え、右手を突き出す。
呆けていたアリアが睨み返し、両手を前へと出した。
「あんた・・・・・・吐き気がするほど最低だわ・・・・・・!」
「結構。私に対する評価が何であれ、ここで貴様等が死ぬのは変わりない」
両者の掌から同時に魔力が放たれ、合わせてフランが魔矢を射る。
アリアの手から飛び出した炎の槍が、フランの魔矢と共に飛ぶ。テリオスの手からは細い矢がゆっくりと射出される。
その違いすぎる力の顕現に、ヴァンは全身に冷や水をかけられたような寒気を感じた。
どう見ても、テリオスが放った魔矢はアリアのそれより小さすぎる。
何故。アリアの炎の槍に対して、あれだけで十分だと思ったのか? そもそも、魔術の魔力を吸収出来るなら、迎撃する必要など・・・・・・。
「・・・・・・っ! 二人とも避けろおおお!!」
ヴァンは思わず、叫んでいた。
それと同時に、魔矢を従えた炎の槍と、細い矢が接触する。
瞬間。
ぐにゃりと炎の槍が歪み、魔矢は巻き込まれ、細い矢を包み込む。
そして、炎の塊は、アリアとフランに向かって飛んだ。あり得ない光景に、表情と体を固まらせた、二人に。
「フランッ! アリアァァァァッ!!」
ヴァンの声が、響いた。
読んでいただきありがとうございます。
更新が結構遅れてしまいました・・・。ていうか、今回長っ。勢いづいて切のいいところまでと書いていたらこんなに・・・・・・てへ(←