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第百二十四話

「切り札、だと?」

 人狼が嘲笑と共に落とす。

 ラルウァは真っ赤になった長髪を風になびかせ、目だけを遺跡の入り口へ向けていた。

 弟子と仲間たちを飲み込んだ遺跡の小さな口。小さいといっても距離があるからそう見えるだけで、近づけばかなりの大きさがあるだろう。

 本来の役目を果たし終えた今は、ただ風を通すだけの薄暗い穴。

「・・・・・・これだけ離れていれば平気だな」

 呟き、埋まっている足を動かし、瓦礫を蹴るようにどかす。ガラガラと騒音を鳴らしながら小さく燃える炎が現れた。

「切り札とやらは体毛の色を変えるだけか? クカカ、片腹痛いわ! その身と、その小さき火で何が出来る!」

 ゆっくりと歩くラルウァの四肢にともる炎を見て、再度ライカニクスが嘲笑う。

 人狼の言うとおり、先まで両腕と両足全てを覆うほどだった業火は、手首と足首の先を弱弱しい火で包む程度になってしまっていた。

 だが、その言葉にラルウァはふっと笑いを返し、背を伸ばして真っ直ぐに立った。

「そう慌てるな。ちゃんと、見せてやるよ。俺の『切り札』を、な」

 不敵な笑みを浮かべるラルウァにライカニクスは三度の嘲笑を送ろうとするが、目の前で起こった次の変化でそれをすることは出来なかった。

 ラルウァの足元から熱気と熱風を撒き散らす極大の炎が天高く噴きあがり、超人の姿を隠してしまったからだ。

 先にあった変化とは比べ物にならないほどの激しい変化に、ライカニクスは後方へ飛び退く。

 轟炎は、大量の灰と少量の赤しかなかった世界と人狼に、紅蓮という色を与える。


 少しの間を置き、炎の柱は消えた。

 そして、ラルウァが次に人狼にだけ与えたのは、驚愕だった。

「何故だ・・・・・・何故貴様が超鎧魔術を使える!?」

 ライカニクスの目に映るラルウァの姿。それは、業火を全身に待とう超人。

 炎は額を隠し、胸を覆い、腰に巻きつき、肩から突き出し、腕を包み、足をくるむ。鎧を形こそしていなかったが、業火は明らかにラルウァに『装着』されていた。

 しかし、ライカニクスに与える衝撃はそれでは終わらない。

 炎を全身に身に着ける超人の背後の、半分ほどの位置。腰のすぐ後ろで炎の鞭が揺れ動いていた。

 炎の鞭はラルウァの腰から伸びていて、尖った先端を上へと向ける。そのまま(しな)るように振り下ろされ、破裂音と共に瓦礫の地へと叩きつけられた。

 ラルウァの腰から伸び、ラルウァの意思で動いているように見える炎鞭(えんべん)。まさに、炎の尾と言える。

「貴様、貴様ッ! 答えろッ! 何故超鎧魔術が使える! ニンゲン如きが!!」

 吼える人狼に、ラルウァは辛うじて覗ける瞳を細めた。額を隠す炎は前を少しだけ尖らせていて、真っ赤な長髪を抑えるように後ろへと流れている。

「何か勘違いしてるようだが、これは超鎧魔術じゃない。俺の切り札であり・・・・・・『サラマンダーイグニッション』という『人間の魔術』だ」

 対し、ライカニクスが牙を剥き出しにさせた。

「それが、だと? 貴様、我を欺く気か?」

 警戒の獣声を発しながら、人狼は体を前へ屈ませる。

 ライカニクスの中では『ニンゲンの魔術』と『超鎧魔術』は全くの別物、次元が違うものだった。

 さらに言えば、美しき者や目の前の超人が使う『サラマンダーイグニッション』は四肢に炎をともらせるだけの、脆弱な力だったはず。

 にも関わらず、今見ているその『脆弱な力』は『超鎧魔術』に匹敵するほどの力を感じる。

「これが、本当の『サラマンダーイグニッション』だと知るのは世界で数人しかいなかった」

 人型の獄炎が一歩を踏み出す。遅れて炎の尾が揺らめいた。

「その中で、完成された『サラマンダーイグニッション』が使えるのは、俺だけだ」

 歩くごとに業火が大気を燃やし、熱気が灰岩に宿る。

 あと数歩でライカニクスの前に立つというところで、ラルウァが足を止めた。炎から少しだけ見える顔の中で、唇がニヤリと歪む。

「そして、実際に全開を見られて生きている奴は、今はてめぇ以外でたった一人しかいねぇ」

 言い終わるのと同時に、炎の尾で背後の瓦礫を砕く。瞬間、紅蓮の殲滅者と、超鎧の人狼は風となった。

 片や炎塵を撒き散らし、片や禍々しい光を発しながら。


 瞬きの間で、二つの風は激突する。激しい破裂音が大気を(いなな)かせ、激突の衝撃は周囲の岩石と大地を跳ねさせた。

 衝撃の爆心地には、お互いの両手を掴み、額をぶつけ合う殲滅者と人狼。

 ミシミシと腕が不快な音を鳴らし、ギチギチと両手が奇怪な音を漏らす。その音を聞きながら、ラルウァが不敵に笑って口を開いた。

「俺が全力で相手してやるのを、幸運に思いながら死にな」

 至近距離で睨んでくる人狼が憤怒の表情で咆哮する。ラルウァは怒りの遠吠えを笑みで流し、ライカニクスの腹に右足の裏を引っ付けると思い切り前へと蹴り押した。

 人狼は勢い良く後方に吹き飛ばされ、ラルウァ自身も後ろに跳ねる。

 ラルウァは両足の炎で地面を抉り、止まる。ライカニクスも宙で後ろ向きに回転して四肢を地面に叩きつけ、止まった。

 そして、また風となる。

 お互いへの距離が零になった瞬間、人狼が右腕を突き出す。ラルウァはそれを左の甲で払い、同時に右の拳打をライカニクスの頬に叩きつけた。

 爆発音のような音が響き渡り、人狼は地面を砕きながら吹き飛ぶ。殲滅者が追い、さらに打撃を繰り出そうとするが、唐突に飛ぶ方向を逆にした人狼に殴り飛ばされた。炎が一瞬だけ散りばめられる。

 ラルウァの炎躯は巨岩にぶつかりそうになるが、飛ばされている間に回転して巨岩に両足を揃え着岩(・・)。足場にすると地にやるそれのように灰の岩石を蹴った。蹴った部分を中心に、岩石に亀裂が走る。

 再度、一瞬で人狼との距離を零にし、強拳を送った。ライカニクスの頭が自らの体を引っ張り、灰の岩石に激突する。

 砂塵が舞い、次の瞬間には風となった人狼によって霧散していた。ラルウァの胸に叩きつけられる衝撃。また吹き飛ばされる。

 そして、三度奔り、勢いをつけてライカニクスに拳を見舞う。

 人狼も同様に、吹き飛ばされても即座に反転してラルウァに打撃を喰らわせた。

 紅蓮の風と、歪んだ光風が、何度も激突しては離れ、離れては激突を繰り返す。その度に鈍重な轟音と小気味良い破裂音が鳴り響いた。

 永遠に続くかと思われるほどの風の激突。


 しかし、変化はすぐに訪れた。

 ラルウァが与える拳打より、ライカニクスが喰らわせる打撃のほうが多くなってきたのだ。

 それは歪んだ光風が、紅蓮の風を追いかける数と同等。

「ニンゲンごトきガアアア!!」

 人狼が吼え、右の拳をラルウァの鳩尾にめり込ませた。炎の鎧が陥没し、殲滅者の体がくの字に曲がる。

 ライカニクスは突き出した拳を振りぬく。それがもたらしたのは、人型の炎が巨岩を三つ砕くという結果だった。

 息を荒く吐き、自らが生み出した結果を眺める。突き出て横に裂かれている口が、さらに深くなろうとした、その時。


 一番奥の瓦礫から、爆発的な炎の柱が現れた。

 炎の柱は、先と同じように短い内に消える。代わりに見えたのは、今殴り飛ばしたばかりの、殲滅者。

「ふ・・・・・・ふふ・・・・・・」

 紅蓮の殲滅者が、炎が飛び出す肩を震わせた。

 人狼が低くうなり声をあげ、睨む。

「ふはは――――ははは、はははははっ」

 とうとうラルウァは、我慢できないとばかりに顔を上げて笑った。そして、何の動きも見せず、人狼に向かって一直線に跳んだ。

「はははははっ!!」

「ガアアアアア!!」

 ライカニクスが方向と共に迎え撃つ。両者にとって、距離は無意味だった。

 お互いが右の拳を突き出す。それは両者の狙い通り、相手の頬に激突した。しかし、それで止まることはない。

 右拳を即座に引き戻し、またお互いの左腕を突き出す。今度は、相手のわき腹へ向かって。

 鈍重な音が地を揺らす。

 さらに引き戻す。再度右腕を真っ直ぐ伸ばした。鈍重な破裂音が両者の顔面から鳴り響いた。

 また腕を引き、片方を出す。小気味良い音が空気を通り過ぎた。

 拳打を叩き込むごとに、拳撃を打たれるごとに、衝撃は大地を削り、灰岩を揺らす。

 だが止まらない。叩き込む叩き込む叩き込む。

「ははははっ、ははははは!!」

 鈍重な音を鳴らしながら、聞きながら、ラルウァが唇を歪めて殴る。

「ガアアアッ、ニンゲンン!! なにガおかシイイイ!! ナぜわらウウウ!!」

 小気味良い音を響かせながら、聞きながら、ライカニクスが怒りの表情で殴る。

「はははっ! 何故っ? 何故だとっ? てめぇは楽しくねぇのか!! 今が! これが! 肉が潰れ! 骨が軋み! 血が滾る、このっ、殺し合いがっ!!」

 人狼の腹にラルウァの左拳がめり込み、ついで顎が打ち上げられた。

「ガグゥッ、グガアア!! ふユかいダ! ふゆカイだッ! ニンゲンンンッ!!」

 そして、ライカニクスの拳が、ラルウァの胸の炎を抉り、右のこめかみを突き抜ける。

 無理矢理自身の左下を向かされたラルウァは、楽しげに笑みを浮かべて血を吐き捨てた。


「そりゃそうだよなぁっ、与えられるだけの畜生が!」

 頭を振り上げるのに合わせ、左の拳でライカニクスの顎を殴り上げる。

「ゴ、ガッ」

 右の拳で人狼のわき腹を突く。

「自らの手で掴んだ力を!」

「ゴフッ!?」

 同時に引いていた左腕を横殴りに前へ動かし、左頬を殴る。

「試せる機会の!」

 右の拳打でライカニクスの顎を打ち抜く。

「楽しみが!」

 左蹴りをわき腹に叩き込む。

「分かるっ、わけっ!」

 即座に左足を引き戻し、右、左と順に拳を人狼の顔に向かわせた。

「ねぇよなぁっ」

 最大の威力を出すため、腰を回して左足だけ一歩踏み出し、右腕を後ろへと引き絞る。

「だから、てめぇは弱いっつったんだよ」

 炎の尾が、地面に振り下ろされた。破裂音が響くと同時に、ラルウァは右拳を突き出す。

 獄炎を纏う拳が、人狼の鎧を砕く。それでも炎拳の勢いは衰えず、ライカニクスの胸に突き入った。

「ゴガ、ガアアアアア!!」

 ラルウァは拳を限界まで突き出し、人狼の体躯を弾き飛ばす。今度は、ライカニクスがラルウァのように巨岩を破砕する側となった。

 巨岩は崩れ、破片が人狼に覆いかぶさる。岩石の欠片で見えなくなる瞬間、ラルウァの目に禍々しい光が消えるのが見えた。

 燃え盛る業火に身を包みながら、ラルウァは石の集合体を見つめる。 

 そして、一つの欠片が、からからと音を立てて転がった。

「・・・・・・しぶてぇ野郎だ」

 刹那、ラルウァが構える。同時に瓦礫を吹き飛ばしながら、人とも狼とも取れぬ姿のライカニクスがラルウァに向かって四肢をもって疾走した。

 距離が無くなるのに合わせ、ラルウァが右拳を一番前に出ている魔獣の額に叩き込む。

 だが、魔獣は奔るのをやめずラルウァに飛び掛った。

 ラルウァは少しだけ後ろへ跳びながら、左から来る鋭利な爪を炎の手甲で受け止める。

 しかし、次に来た攻撃をラルウァは防ぐことが出来なかった。


 魔獣が、口を大きく開けてラルウァの肩に噛み付いたのだ。

 その獣のような攻撃に、ラルウァは目を丸くさせる。

 自らの爪と牙を持ちながら、魔術を使うことに拘り、さらには拳をも使ったライカニクスが、今更そのような攻撃を使うとは予想していなかったのだ。

「ぐ・・・・・・っ!」

 炎の上から、圧力がかかる。気を抜けば炎鎧はあっさりと貫かれるだろう。

 空いている右腕を、ライカニクスの口と肩の間に入れ、何とか開かそうとする。

 そこで、気づいた。

 魔獣の口は、ラルウァの炎で焼けていた。獣毛は灰になり、歯茎は(ただ)れ、肉は変形すらしている。

 それでも噛み砕こうと顎に力を入れる魔獣を、ラルウァは見た。見てしまった。

 赤かったはずの目は、白く濁っている。肩からは骨が突き出ていて、左腕は人とも狼とも取れぬ曲がり方をしていた。

 背中が不自然に盛り上がり、だが、下半身は人の形のまま。

「・・・・・・ライカニクス・・・・・・」

 もう、目の前の敵は、ただの化け物になっていた。

 肩にかかる圧力はいつの間にか弱まっている。恐らく、焼けすぎて筋肉が動かなくなっているのだろう。

 しかし、魔獣の白く濁った目は、顎は、噛み砕こうとしている。

「・・・・・・・・・・・・」

 ラルウァが口を開いた。だが、言葉は何も出てこない。そのまま口を閉じ、目を瞑った。


 何かが肉を貫く音が耳に入る。そして、肩にかかる力が、完全に無くなった。

 目を開き、入ってきたのは。


 炎の尾が、魔獣の喉を突き破っている光景だった。


「――さらばだ、人になりそこねた獣よ」

 声は、一気に魔獣が燃え上がる音に、かき消された。



「・・・・・・はやく、ヴァンたちを追わなければ」

 地に伏せる、燃え上がるモノの側を歩く。が、その歩みはそれ以上進むことは無かった。

 側にあるモノと同じように、ラルウァの体が地面と密着する。

 側にあるモノと同じように、ラルウァの瞳が閉じられる。

 側にあるモノと違い、ラルウァの体から燃え上がる炎が消え去った。



読んで頂きありがとうございます。

はい、ラルウァとライカニクス戦、終わりました。

ちょっと途中ハイテンションになったりしてましたが、最後は何だか妙な寂しさが残りました。


こんなコヅツミですが、最後までお付き合いください。

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