第百二十三話
正直な所、ヴァンは少しだけエーピオスたちに期待していた。
エーピオスは敵であるはずの自分たちに、テリオスを止めてほしいと望み、この遺跡のことも教えてくれたのだ。
共に戦ってくれるとまでは思わなかったが、行く手を阻むことはないだろうと、淡くも確かな期待を抱いていたのである。
それは仲間たちも同じ思いであったはずだ。ラルウァがライカニクスの相手をしている今、残る敵はテリオスのみという思いが皆あったはずだ。
だからこそ、先の会話でもアリアはテリオスを倒すことだけを考えろと言い、ヘリオスとセレーネもオートマータ三姉妹のことは何も言わなかったのだろう。
だがしかし、そのヴァンたちの期待は、エーピオスたちの出会い頭の攻撃により、文字通り儚く砕けてしまった。
両手に魔力剣を握るエーピオスと透明の炎を四肢に宿すドラステーリオスが、こちらに疾走してくる。
その後方からアペレースの発射した魔弾が五つ、二人を追い越して向かってきた。
それに咄嗟に対応できたのは、三人。ヴァンの左右を風が奔り抜き、背後から頭上を魔弾が通り過ぎる。
風の正体はヘリオスとウラカーンだった。
ウラカーンが走り際に両の手の先から鉤爪を飛び出させてエーピオスの両刃の剣を受け止め、人形の体ごと弾き飛ばす。
その隣では二振りの巨剣を出現させたヘリオスが、ドラステーリオスの行く手を遮るように巨剣を床に叩きつけている。
激突した二組両者の周囲で魔弾と魔弾がぶつかり合い、破裂音と共に四散していく。
魔弾が塵となる中、オートマータ二体が鉤爪手甲と魔族の剣士と距離をとるべく、後方へ高く飛んだ。
ヘリオスとウラカーンは追撃をせず、魔族は鋭い表情を、半獣は苦い顔でただ見据える。
二人の間に、黒いドレスを靡かせたセレーネが立つ。
三体と相対する三人の後ろで、ヴァンは痛みに耐えるかのような表情で呟いた。
「エーピオス・・・・・・」
その呟きに、ヘリオスが続く。鋭利な瞳がうつすのは、何の感情も見出せない、本当の人形。
「僕たちをこの遺跡に誘き寄せたつもりか。それとも、今の攻撃のために、油断させておくつもりだったのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
エーピオスは何も答えない。今度はセレーネが口を開く。
「あのときのあなたの悲しそうな顔も、言葉も、願いも、すべて嘘だったのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
やはり、人形は何も答えない。小さくため息をついて、セレーネが切なげに視線を落とした。
「あなたは、私たちを裏切ったのですか・・・・・・?」
「ふざけンなッッ!!!」
極大の怒声が、石造りの部屋を揺らす。渾身の憎しみがヴァンたちの体を貫く。
「エピがてめェらを裏切っただ? ふざけンな、ふざけんな、ふざけんじゃねぇぞ! てめぇらがエピを唆したりしなけりゃ、エピはッ、姉貴はッ、こんなになることはなかったんだ!!」
ここで初めて、ヘリオスたちの表情にも困惑の色が浮かぶ。
「・・・・・・そそのかした? なんのことー?」
普段のヘラヘラ顔の見る影もない、真剣な表情でウラカーンが尋ねる。
それに答えたのは、今にも泣きそうなアペレースだった。
「とぼけないでよ・・・・・・! おねえちゃんを呼び出して、おねえちゃんを騙して・・・・・・おねえちゃんにパパを殺させようとしたくせにっ!!」
叫ぶように言うアペレースの言葉に、ヴァンたちが目を見開く。
事実と全く違う糾弾。
「なっ、なんだそれは! 俺たちはエーピオスを騙していない!」
「そうよ、呼び出したとか、騙したとか、人聞きの悪いこと言わないでよね!」
ヴァンとアリアが叫び返し、フランがエーピオスに言葉を投げた。
「エーピオス、おぬし、一体何がしたいんじゃ?」
しかし、その問いかけにもエーピオスは何の反応も示さない。
怪訝な顔をするフランに、アペレースが怒りの顔を向ける。
「あんたたちのせいで、おねえちゃんはパパに記憶を返した。パパを殺そうとしたりとか、私たちを騙したのを悔やんで、おねえちゃんがパパにお願いしたの。だからもう、おねえちゃんは、私のことをレスって呼んでくれない。優しく微笑んでもくれない。困ったように怒ってもくれない。抱きしめてもくれない。何も、何も、何もしてくれない・・・・・・! お姉様たちのせいで、おねえちゃんは死んじゃったんだ!!」
最後は涙すら流し、震える声で叫ぶ。
ヴァンは一瞬で頭に血が上る。嘘だ、と思った。アペレースの言葉が、ではない。エーピオスが、記憶をなくしたくないと願った少女が、そんなことをするはずがない。
腹に力を入れ、目一杯の声量でそれを伝えようとするが、しかし、ヴァンが出すより早く、石造りの部屋に再度怒声が響き渡った。
「嘘だ! エーピオスが自分で記憶を返すはずがない!!」
叫んだのは、ウラカーンだった。
その怒りと悲しみの混じった声に、二人の妹が少しだけ後ずさる。たった一人、人形だけがヴァンたちを静かに見つめたままだった。
「う、うそじゃないもん! パパがそういってた! あんたたちのせいで、おねえちゃんは記憶と感情と、心を無くしたいと願ってしまったって!!」
「違う! エーピオスは誰よりも心があることを望んでいたはずだ! 記憶を無くしたくないと、心を消したくないと、自分が消えたくないと言っていたんだ! だからオレたちに助けを求めた。アペレース、ドラステーリオス、お前らも助けてほしいと、エーピオスは言っていた! それなのに、自分が消えるのを願うはずがない!!」
肺の空気を全部出し終えて、ウラカーンの呼吸が荒くなる。
「今回ばかりは、ウラカーンに全面的に同意します。あの時のエーピオスの涙、私はあれを疑いたくありません」
悲しげに眉をひそめ、セレーネがうつむく。
ヘリオスは幾分か鋭さを減らせた目でアペレースを見た。
「アペレース。君はエーピオスが本当にそれを望んだと思っているのか?」
聞かれ、無邪気な少女の瞳が、揺れる。
「だ、って、パパが、パパがいってたもん。パパがそういってたもん」
返ってきた震える声に、ヘリオスは首を横に振った。
「テリオスに言われた言葉じゃない。君は、本当に、エーピオスが自ら消えたいと願ったのだと、思っているのか?」
「・・・・・・てめぇ、何が言いてェんだ?」
ドラステーリオスが一歩前に踏み出し、犬歯をむき出しにして噛み付く。
「テリオスが君たちに嘘をついていると言っているんだ」
即座に返されて、二体のオートマータの表情が歪む。
「ち、がう。ちがう。パパは私たちに嘘なんてつかない。そんなことしない。だって、だって、パパは私たちを愛してるって言ってくれた! 大好きって言ってくれたもん! だか、ら、だからっ、パパは私たちを裏切らない、ぜったい、ぜったい裏切らない!!」
真っ白な髪を振り乱し、アペレースが顔を左右に勢いよく振る。
「そう、だ。そうだ、てめぇ、てきとーなこと言ってっと、ブチ殺すぞ!」
ドラステーリオスも吼えるが、先ほどまでの怒りが戸惑いに変わりつつあった。
もう話は終わりとばかりに、両手で剣を握る人形が歩き出す。
相対するヘリオスたちも構えを取り、三体を見据えながらヴァンに声を投げた。
「アリス、ここは僕たちが抑える。君はテリオスのところへ」
「な、何を」
自分も戦うと続けようとするが、セレーネにそれを制された。
「彼女たちと戦いたくないって、顔に書いてますよ」
そう言って、悲しみに歪む表情を指摘する。
隣でウラカーンが小さく笑った。
「ヴァンちゃんはわかりやすいからねー。というわけで、オレっちたちがこのバカムスメ三姉妹の目を覚まさせるからー、フラン、アーちゃん、ヴァンちゃんをお願いねー」
「あんたに言われなくても、わかってるわよ」
少しだけ怒気の含んだ声で返され、ウラカーンが肩を小さくすくめる。
「行くぞい、ヴァン。恐らく一番奥の部屋じゃろ」
フランに肩を叩かれたヴァンは、まだ悲しみの色を塗った表情で口を開いた。
「・・・・・・助けるって、アリスと約束、したんだ。だから、頼む。ヘリオス、セレーネ、ウラカーン」
アリス、という単語に、魔族の二人が振り向きそうになるが、何とか押しとどまる。
オートマータたちに目を向けながら、しっかりとうなずいた。
「あぁ、分かった」
「任せてください――――ヴァン」
そして、ヘリオスとウラカーンが奔り出し、セレーネが魔力を開放する。
二拍遅れて、ヴァンたちも駆け出した。
「よくぞ来た。愛しいアリス」
ヘリオスたちのおかげで突破できた部屋を飛び出し、少しだけ続く廊下を走り抜いた先。
先の部屋よりは狭いが、それでも十分な広さを持つ遺跡の最奥部。
そのさらに一番奥の大きな椅子に、それは居た。
薄暗い部屋ではぼんやりと『何か』が居るとしか分からないが、ヴァンたちにはそれが誰なのかは分かっている。
「テリオス・・・・・・!」
低い声を捻り出すヴァン。同時に、四肢が透明な炎を覆われた。傍に立つアリアが肢体から大量の火の粉が噴出させ、反対側でフランがリャルトーの弓を構える。
「ふむ、不機嫌なようだな、アリス。しかし、それも仕方がないな。すまなかった」
人の形をしていない人影は椅子から立ち上がり、人の姿であれば優雅であっただろう礼をした。
いきなりの敵の謝罪に、ヴァンだけではなく、アリアとフランも面食らう。
だが、次に出てきた言葉で、また表情に鋭さを戻した。
「本来であれば私が完全になってから迎えに行く予定であったのだが、何を思ったのか人形が先走ってしまってね。そなたに苦労をさせたようだ。あぁ、だが、安心したまえ。もう人形の記憶も心も消し終わっている。今後、勝手なことはしないだろう」
テリオスは恐らく、それをヴァンたちに伝えることがどういう意味をもたらすのか、分かっていなかったのだろう。
ゆえに、怒気を爆発寸前まで高めたヴァンたちに、怪訝な表情を向けるしかできなかった。
「どうして・・・・・・エーピオスの心を消した・・・・・・?」
「これは異なことを。愛しいアリス、主人の意に沿わぬ人形は存在する意味がないのだぞ?」
「ふざけるな! エーピオスは意思も、心も、感情もあった! 人形じゃない、人間だったんだ!」
吼えるヴァンに、テリオスはさらに怪訝な顔をする。
しばし何か考える仕草をした後、納得したように頷いた。
「なるほど。アリスは人形に遊び相手としての役割を求めているのだな? ならば、二番目と三番目が良いだろう。一番目はもう直せぬが、二番目と三番目ならば、擬似感情の怒りで戦闘能力の上昇を狙っているからな。退屈はしないだろう」
ヴァンの頭に衝撃が走る。
擬似感情の怒り? 戦闘能力の上昇?
目の前の男の言っていることの意味を、ヴァンは分かってしまった。
「・・・・・・それ、は、アペレースとドラステーリオスの心を消さなかったのは・・・・・・わざわざ、嘘をついたのは・・・・・・」
「無論、君を手に入れるために邪魔な連中に憎しみを持たせるためだ。擬似感情とはいえ、憎しみは戦闘能力の上昇につながる。もちろん、強力な魔術を行使するのに必要な、柔軟な形象をさせるために『意思』を持たせておく、というのも理由にあるがね」
つまり、あの二人の、エーピオスへの想いを、利用しているに他ならない。
「あんた・・・・・・最低だわ」
アリアが軽蔑しきった瞳でテリオスを見据え、吐き捨てる。
「稀に見る悪党じゃな。ようもそこまで良心を無くせるものじゃ」
フランも同じく、嫌悪感の詰まった声で言う。
二人の言葉を受けて、テリオスが心底つまらないといった口調で返した。
「くだらん。そこのハーフ。貴様はそのリャルトーの弓に何がしかの感情を持つのか? 例えばそれが壊れたとしても貴様は、もったいない、程度の感情しか持たぬだろう? 同じことだ。あれらは人のように振舞っていても、所詮は人形なのだよ。喜びも悲しみも怒りも憎しみも、全て偽物なのだ」
「じゃあ、じゃあ何であいつらに記憶を与えたんだ! 偽物だと、人形だというなら、感情を持たせなければ良かっただろう!」
怒鳴るヴァンに、テリオスは微笑みをもって答える。
「愛しいアリス、そなたのためだ」
最初、ヴァンは返答がどういう意味なのか、全く分からなかった。
赤い瞳を困惑に揺らす少女。テリオスは気にせずさらに続ける。
「君が幼い頃、私と初めて出会った時だ。君は誰かからプレゼントされた人形に向かって話しかけていたな? 子供に良くある、一人遊び。君は私の存在に気づくと、見られてしまったのを恥ずかしそうにはにかんだ。その時の可憐さは、私の語彙では表しきれぬ・・・・・・」
その時のことを思い出しているのか、ぼんやりとしか見えない人影から発せられる声は、微妙にうっとりとしていた。
ヴァンたちは頬が引きつったのを感じた。テリオスの話はまだまだ続く。
「――――そして私は尋ねた。人形から返事をもらったことはあるか、と。しかし、君はとても悲しそうに首を横に振るだけだった。答えはそれで十分であった。私は、君に何とか笑顔を取り戻してほしいと、聞いた。お話ができる人形はほしくないか、と」
そこで、話の結末は分かった。
「君は期待にあふれた表情で、頷いた。そして私は約束をしたのだ。いずれ君にお話のできる、一緒に遊べる人形をプレゼントしようと!」
ヴァンは、背中に何かが這いずる感覚を覚える。
「それが・・・・・・あの三体だ。気に入ってくれたかね? と、いっても、すでに一体、壊れてしまっているが」
あぁ、またか。と、ヴァンは思った。
また俺のせいで、悲しみを生んでしまったのだ、と。
幼少の頃の記憶はヴァンには無いが、それでも、彼女たちが生まれ、結果、エーピオスの心が消されたのは、幼い時のアリス――つまり自分がした約束のせい。
気を緩めれば、泣いてしまいそうだ。
「お前は・・・・・・俺にどれだけ罪を背負わせる気なんだ・・・・・・?」
言った瞬間、後頭部に衝撃が走り、部屋に「スパパーンッ」と小気味良い音が二つ、響いた。
目を見開かせ、驚きの表情でキョロキョロと左右を見る。
視界に入ったのは怒った顔のアリアとフラン。
「ヴァン、あなたまた自分のせいとか思ったわね?」
「全く、おぬしは本当に頑固というか何と言うか・・・・・・」
「え、え、ていうか、今叩いた・・・・・・?」
状況がつかめずに首をかしげるヴァンに、二人が呆れのため息をつく。
「えぇ、叩いたわよ。何度言っても分からないおバカさんにはお仕置きが必要だもの」
「うむ。良いか、ヴァン。あれは誰じゃ」
言いながら、フランがテリオスを指差す。
ヴァンはどう答えようか迷いつつも、おずおずと口を開いた。
「えっと・・・・・・俺が倒すべき者」
「違う! 変態じゃ!!」
前かがみになって顔をヴァンに思い切り近づけ、叫ぶ。
「へ、へんたい?」
「そうよ、変態よ。それも最低最悪、存在自体がセクハラの超ド級な変態よ」
反対側でアリアがヴァンの肩に手を置きながら続く。
「そしてヴァン、おぬしは被害者。これがつまり、何を意味するか分かるかえ?」
フランの気迫と、肩に置かれたアリアの手が少しずつ強くなっていくのに恐怖しつつ、ヴァンは今までの二人に言われてきたのを思い出しながら呟いた。
「え、えーと・・・・・・お、俺は悪く、ない?」
目の前のフランの瞳が細くなり、アリアの手の握力が強まる。
「ひっ」とヴァンが身を硬くするが、それらは一瞬でフランは顔を離してニヤっと笑い、アリアの手から力が抜けた。
「うむうむ、どうやら分かってきたようじゃな」
「あとは、あの変態をぶっ飛ばしたら、合格ね」
満足そうに頷く二人を交互に見上げる。妖精と間違えそうな小さな顔は困惑の色が強かったが、最後、置いてけぼり感が出ているテリオスを見据えた時には、少しだけ強気なものになっていた。
「テリオス!!」
びしっと指差して、不敵に笑う。
「そういうわけで、お前が全面的に悪い! らしいっ! よって、俺は今からお前を全っ力でぶっ飛ばす!」
言いながら両足に魔力を込め、小さく膝を曲げる。
「覚悟しろっ!!」
吼えるのと同時に、ヴァンは魔力を放出させた。
読んで頂きありがとうございます。
そしてごめんなさい。シリアスに徹し切れませんでした・・・。
ま、まぁ、ほら、あれですよ。これがヴァンたち、ひいてはこれが狼殺しということで・・・。
それにしても、ウラカーンがなんか主人公っぽくなっちゃったなぁ・・・なんでだろ?(おい