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第百二十二話

「・・・・・・かえってこないと、許さない、から」

 レリアの後ろに隠れて、リシャがたどたどしく呟く。

 小さい声で、下手をすれば風にさらわれてしまいそうなほどだったが、その音はしっかりとヴァンの耳に入ってきた。

「まだ、ヴァンから、何も聞いてない、し。私も、言ってない、こと、いっぱいある」

 そこでレリアの影から頭をひょっこりと出し、緑の瞳でヴァンを見つめる。

「だから、ぜったいに帰ってきてね」

 はっきりそう告げられたヴァンは、思わず涙をこぼしそうになったが、唇をきゅっと噤んで頷いた。

「お母さん・・・・・・」

 傍に立つアリアの声が上から落ちてきた。

 リシャに向けていた目をレリアに移すと、微笑む顔が見える。

「アリアの好きな料理作って待ってるから、冷めないうちに帰ってきなさいね?」

 口調こそ軽いが、少しだけ震える声には母としての感情があふれていた。

 そのまま、母親の顔のまま、ヴァンたちを見る。

「皆さん、アリアのこと、よろしくお願いします」

 静かに頭を下げるレリアに、ヴァンの後ろからフランとウラカーンの声が飛んできた。

「大丈夫じゃ。むしろアリアがやりすぎんように見んといかんのぅ」

「そうだねー、下手したら周囲の森が燃え尽きちゃうかもしれないしねー」

 二人の言葉を聞いて表情を和らげるレリア。隣からアリアの「どういう意味よ!」と怒鳴り声が、背後から姉と兄による宥める声が聞こえてくる。

「・・・・・・安心しろ。いざとなれば俺が命を懸けてでも守る」

 いつの間に移動したのか、ラルウァがヴァンのすぐ横に立っていた。

 レリアは目を見開かせて驚きの表情を作っていたが、すぐに嬉しそうに微笑む。

「えぇ、ありがとう。でも、あなたにはまだ返してないのがたくさんあるから、出来ればあなたも生きて帰ってきてほしいわ」

 その返事を受け、ラルウァが顔を顰める。

「・・・・・・相変わらず注文の多いやつだな、おまえは」

 少し乱暴な口調のものだったが、ヴァンたちには不思議と合っている気がした。

 その理由は恐らく、二人の表情がやわらかなものだったからだろう。


「いって、らっしゃい」



 最後にリシャにそう言われて、レリアとアリアの家を後にしたのが、ほんの数時間前。

 ヴァンたちは今、目の前に立ちはだかる人の形をした獣を見据えている。その獣人の背後には、壊れかけている遺跡。

 あそこに、テリオスが。ヴァンが奥歯をかみ締める。

「・・・・・・通してもらうぞ、ライカニクス」

 高めの少女の声を無理矢理低くさせてヴァンが言う。獣人ライカニクスは鼻で笑い、返した。

「通りたければ通るが良い。だが、無事に通れると思わぬこ」

 言い終わる前に、ライカニクスが右へ跳躍する。瞬間、漆黒の風が灰の地面を砕いた。

 軽く砂塵が舞う中、跳び蹴りで地をえぐったラルウァが口を開く。

「行け、こいつは私が相手をする」

 その赤い瞳が見るのは、うなり声を上げる人狼。

 ヴァンは迷うように師匠へ言葉を投げる。

「でも・・・・・・」

 しかし、次の言葉が出てこない。

 代わりに、ヘリオスが後ろから続いた。

「ラルウァ、そいつは曲がりなりにも超鎧を使える。相手なら僕が」

 それにラルウァは間髪いれずに返す。

「超鎧が使えるお前とセレーネは、ヴァンの次にヘリオスに対抗しうる者だ。フランとアリアの戦い方はこいつと相性が悪い。かといって、ここで人数を割くわけにもいかん」

 この間にも奴は力をつけている。と付け加える。

「しかし」

「ここはラルウァに任せてオレっちたちは先を急ごうよー」

 まだ何か言いたげなヘリオスを制したのは、ウラカーンだった。手を友の前に出しながら、ヴァンの瞳を見返している。

 少し焦っている風なのが気になったが、ヴァンは頷き、走り出す。仲間たちもそれに続いてきた。

「・・・・・・師匠、ご武運を」

 ラルウァの側を通り過ぎる間際、ヴァンが呟く。

 弟子の言葉に、師匠はふっと笑った。




「よくあっさり通したな」

 横目でヴァンたちを見送った後、人狼に声を投げる。

 言われたライカニクスはくぐもった笑いを出し、次に呪文を詠唱した。

「ライカン・スロープ」

 最後に一言、強く魔名をつむぐと、人狼からまばゆくも歪んだ光が発せられる。光の強さにラルウァは目を細めるが、閉じることはしない。

 光が消え、出てきた人狼の姿には変化があった。胸と肩、そして腰に鋭利な鎧が現れ、両腕と両足にもそれぞれ大きな手甲と脛当てがつけられている。

 前にも一度見せられた、ライカニクスが行使する超鎧魔術。そして、その時は手も足も出なかった。

 人狼もそれを覚えているのか、くつくつと嗤う。

「貴様をさっさと殺せば、何も問題がないからな」

 一瞬、何を言っているのかと眉をひそめたが、どうやら先の言葉に対する返事らしい。

 ラルウァは鼻で笑い、四肢に炎を灯らせる。両手両足だけでなく、両腕、両足すらも包もうとする炎は、ヴァンが使っていたそれよりも強大だ。

「一度見せたものが、二度も同じように通用するとは思わんことだ、なっ!」

 声の終わりには気合を乗せ、立つ大地には蹴りを入れ、ラルウァが疾走する。

「負け惜しみを!」

 人狼も吼えて地を駆けた。両者の間が一瞬で零になるが、進んだ距離はライカニクスのほうが多い。

 手甲で包まれた右の狼腕が迫る。ラルウァはそれを燃え盛る左手の甲で弾き、同じく燃えている右拳を人狼の顔に向かわせた。しかし、その拳はライカニクスが頭を軽く左にずらしたことで空を切ることになる。

 それを機とした人狼は、握った左手でラルウァの右わき腹を突こうと動かす。だが、拳はラルウァがあげた右膝にぶつかって止まった。

 拳を止めたままの膝を伸ばし、今度は逆にライカニクスの左わき腹へ蹴りを放つラルウァ。人狼は後ろに軽く飛ぶことで蹴りから逃れる。

 距離をとろうとするライカニクスをラルウァが追う。わき腹に当たらなかった蹴りは代わりに地を蹴った。

「ぜぇぇいっ!!」

 奔りながら両手で幾つも拳打を放つ。ライカニクスの顔、肩、腕、胸、腹、わき腹、腰に向かって。

 炎を纏う腕はあまりの拳速に火の粉を散らし、赤い閃光となった。しかし、人狼は頭を動かして鎧をつける両腕も使い、全て捌いて後方へと移動する。

 途中で拳打を止め、右回し蹴りをライカニクスの頭へと向かわせるが、それも頭を軽く下げられたことによって空を切ることとなった。

「ふっ!」

 蹴りの勢いでそのまま回転。左の(かかと)を再度狼の顔に向かわせる。今度は確かな手ごたえを感じた。

 しかし、それはライカニクスが左手の掌で踵を受け止めたことによるものだった。目で確認した後、瞬時に足を引こうとするがそれより早く人狼の掌が閉じ、左踵を掴まれてしまう。

 さらに力を入れるが動かず、左足の燃え盛る炎も超鎧を燃やすに足りない。そこで、ライカニクスの裂けた口がさらに深まる。

 瞬間、ぐんと体が引っ張られ人狼の頭上に高々と持ち上げられた。そのまま勢い良く振り下ろされるのを感じる。その行動が何につながるのか理解すると、ラルウァは両肘を曲げ、後頭部を両手で包む。

 次に来た衝撃で、大地に叩きつけられたのだと分かった。灰の地が砕ける音と、全身を貫く鈍痛が脳に集中する。

 また足が引っ張られる感覚。体を捻り、掴まれていない右足で人狼の腕を蹴り上げた。超鎧と炎がぶつかり、高い金属音を響き渡らせる。

 左足首にかかる圧力が緩まるのと同時にまた体を捻った。

 ライカニクスの手から左足を引き抜き、地面に手を突いて体を跳ねらせ、右足をライカニクスの顎に向けて振り上げる。

 その蹴りはまたも空を切る結果となったがラルウァは構わずに両足を振り回し、手の平を何度も地面に当ててさらに体を捻り、炎を周囲に散らす。

 十分に勢いをつけた後、また体を跳ねらせて灰の大地に降り立つ。


 両腕を軽く前に出して構える。

 ライカニクスは腕を垂らして自然体のまま、立ちはだかっていた。その表情は、嘲笑がべたりと張り付いている。

「カカ、その程度か。先までの威勢はどうした? まさか口だけではあるまい?」

 嗤いを加えての言葉に、ラルウァが唇をゆがめた。

「ふっ、弱い犬ほどよく吼えるとは、先人は上手いことを言ったものだな」

 返された声を受け、人狼からの嗤いが途絶える。足を曲げて姿勢を低くし、両腕を左右に軽く広げ、その状態のまま口を開いた。

「減らず口を。今それも叩けなくしてくれるわッ!」

 咆哮と共に疾駆する。一瞬でラルウァの視界から消え、背後で風が起きた。考える前に体が動く。思い切り前へと屈むと、頭上の大気がねじ切られた。

 前屈みのまま右足を後ろに振り上げる。恐らくそこにあるであろうライカニクスの顎を狙って。

 しかし、それは勢いをつけて引き戻された人狼の右腕で弾き飛ばされた。自分で出した以上の力で無理矢理戻された右足。

 ラルウァは逆にその勢いに乗って、体を回転させる。ライカニクスによって弾かれた右足はラルウァの体を中心に一回転し、人狼の左頬へ向かう。だが、それはライカニクスの左拳で防がれた。

 先ほど激突したときよりも大きな金属音が響き、炎がはじけ飛ぶ。

 次の瞬間、宙で横になる格好のラルウァに、人狼の右回し蹴りが襲い掛かった。両腕を交差させてそれを迎えるラルウァ。

 ズドン、という音が空気を揺らし、さらにラルウァが揺らされた大気を突き抜けていく。

 一度、二度、と灰の大地に叩きつけられながらラルウァの体は跳ねる。何とか勢いを殺そうとするラルウァに、ライカニクスが追いつく。

 再度、蹴りがラルウァを襲った。交差した両腕の炎が吹き飛ばされそうになり、今まさに吹き飛ばされているラルウァの体は加速する。

「がっ!」

 途中にあった大き目の岩の頂点に激突し、さらに回転が加えられた。代わりに速度が激減する。

 弧を描くように宙を回転して飛ばされるラルウァ。追い抜いたライカニクスが反対側から飛び上がり、左の拳を無防備なラルウァに叩きつけた。

 どこに当たったのかも分からないほど、全身に激痛が走る。今度は逆の方向へ吹き飛ばされ、また二、三度地面に叩きつけられた。

 終着点は一際巨大な灰の岩石だった。勢い良くラルウァの体が激突すると、その見た目とは裏腹に巨大な岩石はあっさりと破砕される。

 粉々になった岩石は、ラルウァを飲み込んで瓦礫の山と化した。

 

 超鎧がぶつかり合う音を鳴らしつつ地面に降り立ったライカニクスは、ゆっくりと瓦礫の山に近づく。

 その歩みが、止まる。

 瓦礫が崩れ落ち、一人の男が現れたからだ。項垂れているせいで下へと垂れる黒の長髪から、赤い雫がぽたりぽたりと落ちていた。

 血は粉々の灰の鮮やかな彩色となる。力なく佇むその姿に、ライカニクスは勝利の笑みを浮かべた。

「クク、どうやら、本当に口だけだったようだな。ん? ニンゲンよ」

 ラルウァは何も言わない。ただ俯き、鮮血で灰に色を与え続けるだけだ。

 立ったまま気絶でもしているのか、とライカニクスが再び歩き出す。だが、それもすぐに止まることとなった。

 今度は、また瓦礫が崩れて誰かが現れたからでも、目の前の男が走り出したかでもなく。

 違和感を感じたからだ。

 それは小さな、見落としそうな違和感だったが、しかし、徐々に存在を増していく。周囲の空気も変わるような、そんな感覚。

 確信に変わったのは、それが終わったのと同時だった。

「貴様・・・・・・なんだ、それは」

 ライカニクスのうなり声に警戒の色が含まれる。そこで初めて、ラルウァは顔を上げた。

 鮮血とは違う、赤の色を持って。

「知らねぇのか? 切り札ってのはな、ここぞというときに出すから意味があるんだぜ?」

 血の筋を顔に塗りながら不敵に笑うラルウァ。風に流れるのは、血でも、黒髪でもない。

 燃え盛る炎のような、『紅蓮』の真っ赤な髪だった。




 遺跡独特の冷たい空気を、ヴァンは頬に感じていた。石造りの廊下を走る六人分の足音は、同じく石造りの壁や天井に響いている。

 ちらりと後ろを見れば今まで走ってきた廊下が見えた。光がほとんど入っておらず仄暗い。

 あの人狼が追ってこないところをみると、ラルウァと戦いを繰り広げているのだろう。

「・・・・・・師匠・・・・・・」

 思わず口から出た言葉。師匠の実力を微塵も疑ってはいないが、戦いに絶対など無いというのもまた、師匠の教えだった。

「ヴァン、心配なのは分かるけど、今はあの変態を倒すことだけを考えてね」

 隣を走るアリアがヴァンの呟きに返す。

 さらに後ろを走る姉兄も声を飛ばしてきた。

「テリオスを早く倒せば、ラルウァの助けにもなる」

「そうですよ、アリス。それに、ラルウァはとても強いですし、大丈夫ですよ。勝てないにしても生き延びることは出来るはずです」

 ヴァンは三人の言葉に、「あぁ」としっかり頷き、走る足を速めた。


「む、光が見えるのぅ」

 前方に四角の光を見つけ、フランが声を上げる。

「廊下にしては長かったねー・・・・・・何考えてこんな長くしたんだかー」

 この遺跡を建てた者へのウラカーンのぼやきを聞きながら、ヴァンたちは光に飛び込んだ。


 光の先は、とても広い部屋だった。走ってきた廊下も、ウラカーンの言うとおり廊下にしては広く長かったが、この部屋はそれ以上だ。

 今まで見てきた遺跡も同じように広かったのだろうが、それらは全て崩れていたり植物に埋められたりと本来の姿を持っていなかった。

 しかし、この遺跡は違う。恐らく昔とほとんど変わってないはずだ。その証拠に、石造りの床は、多少砕けているものの綺麗なものだし、天井も崩れているところが無い。もっとも、そのせいで光が窓からしか入ってこないのだが。

 部屋の壁の上部には正方形の形で穴が開いており、それらは等間隔で部屋全体に行き渡っている。

 見渡せば右側の壁中央に暗い正方形が見えた。反対側にも同じような正方形がある。この部屋の左右にも部屋があるようだ。

 そして、今立つこの正方形の真正面。そこにも例に漏れず暗闇に包まれた正方形があった。だが、ヴァンたちはそれ以上に、その正方形の前に立つ三人の人影を注視する。

 ぼんやりとしか見えないが、人影が誰かは分かっていた。ヴァンより少しだけ高い背に、ヴァンと同じ真っ白で長い髪と真っ赤な瞳を持ち、そして、ヴァンと同じ顔を持つ、オートマータ。

 違うのは、身に纏うフリルドレスの色と、頭にカチューシャをつけていないことだけ。


 向かって右に真っ赤なフリルドレスの少女。左手には黄色の少女。

 そして、二人の少女に挟まれている、水色のフリルドレスを来ている少女。

 赤と黄は、一度しか会っていないのに、憤怒と憎しみの表情でこちらを睨んでいる。

 しかし、つい先日会った水色の少女は、エーピオスは、その顔に何の色も持っていなかった。

 いつか見せた悲しげに微笑む顔も、哀しみに覆われた顔も、ほっと安堵したような顔も、楽しげな笑顔も、そのどれも無い。何も無い。

 何の感情も見出せない表情のまま、エーピオスが静かに口を開いた。



「シンニュウシャ、シニン。ハイジョ、ヲ、カイシ、スル」



読んで頂きありがとうございます。遅くなってごめんなさいでござる・・・。

これからもうちょっと速いペースで更新!・・・・・・できたら、いいなぁ(願望かよ

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