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第百二十一話

 気づくと、ヴァンは真っ白な世界に居た。右も左も、上も下も、全てが真っ白な世界だ。

 しかし、ヴァンはここがどういった場所なのか分かっている。何せ今が三度目なのだから。

 ここは夢の世界。

 アリスと会った、夢の世界。

 一度目は真っ黒で闇に包まれた世界で、二度目は白と黒が混ざった世界で、今は白だけの光の世界。

 どれも違う色だが、ヴァンには分かった。

 確信できる理由として、目の前に真っ黒なフリルドレスで身を包んだ小さな女の子が立っているからだ。

 女の子の顔は、鏡を見たときの自分の顔をもっと幼くしたようなもので、真っ白な髪と赤い瞳が印象的で可愛らしい。

 女の子は微笑んでいた。一度目は泣いていて、二度目は一回だけ微笑みをみせてくれて、今は綺麗な笑顔を見せてくれている。

「久しぶりだな、アリス」

 ヴァンは話しかけた。会った二度とも声が聞こえたことはなかったが、今回は違う。そう思った。

「うん、久しぶりだね、ヴァン」

 そして、それは当たった。アリスはクスクスと笑いながら右手を口に添える。

「やっとわたしの声が聞こえたみたいだね。前はわたし、独り言言ってるみたいだったんだから」

 言われ、ヴァンはバツが悪そうに頬をかく。

「仕方ないだろ。聞こえなかったんだから」

「うん、うん、そうだね。でも、聞こえてないほうがよかったかもね」

 そこでアリスは目を伏せる。

 首をかしげて、何故と問おうとするが、その前にアリスは顔を上げた。

「そのカチューシャ、かわいいね」

 言われ、自分の頭のカチューシャを触る。そういえば、アリスにはカチューシャがついてない。

「そうか? 俺は良く分からないが・・・・・・ほしいならあげるぞ」

「ほんと!?」

 思いのほか嬉しそうにするアリスに、ヴァンは苦笑しながらも「あぁ」といってカチューシャを外して頭につけてやった。

「む、むぅ・・・・・・こう、か?」

 しかし、普段はアリアがつけてくれていたため、綺麗につけてやることが出来ない。

 そんなヴァンにアリスは「だめだめだぁ」と言いながら、自分の手を添えて正しいつけ方を教えた。

「なるほど、こうか」

「うん、女の子なんだから、自分でつけられるようにならないとだめだよ?」

 なぜか説教を受けることになり、ヴァンが顔を顰める。

 その反応に満足したのか、幼い女の子は満足そうに頷いた。

「さてと、せっかくだから、何かおはなししよ? わたし、眠ってばっかりだから外のこと気になるの」

「ん、あぁ、いいぞ」

 聞いた返事にアリスが花の咲いたような笑顔を見せる。

 その場にぺたんと座り込み、隣を叩いてヴァンにも座るよう促した。

「そうだな、何から話そうか」

 促されるままアリスの隣に腰を下ろしたヴァンは、首を少し上げて記憶を掘り起こす。

「いっぱい! いっぱい聞きたい。最初から、全部!」

「最初からって・・・・・・」

 苦笑しながらも、その要求を飲む。

 自分が覚えている中で、一番古い記憶を呼び、ヴァンは口を開いた。



 どれくらい話しただろうか。ここが夢の世界で良かった。現実でこれだけ話せば喉が壊れてしまっていたかもしれない。

 アリスは時には真剣な表情で、時には笑いながら、時には心配そうにヴァンの話を聞いていた。

 男だったときの記憶はアリスに無いらしく、興味津々な顔で楽しげに聞いている。特に反応が良かったのは、自分が駆け出しの冒険者のときに女の子から受けた依頼だった。

 内容は、依頼主である女の子の大事な人形を取り返してほしいというもの。対象は獰猛な犬であった。

 取り返したときはボロボロで、泣きじゃくる女の子になけなしの路銀を使って新しい人形を買ってあげた。

 その時、女の子は自分の凶悪だった顔を見ていたにも関わらず笑顔を見せてくれたのを覚えている。

「そっか・・・・・・良かったぁ」

 アリスは最初、悲しい表情をしていたが、人形をあげたあたりでまるで自分のことのように安堵した。

 ここが夢の中だからなのか分からないが、口からはどんどん今までの記憶が言葉となって出てくる。

 そして、話題は自然とヴァンの失われた記憶、アリスがアリスであったときの、魔界での思い出話になった。

 そこでふと、ヴァンはたずねる。記憶はテリオスに奪われたのではなかったのか、と。

 そう、セレーネとヘリオスの話によれば、小さかった自分――つまりアリスはテリオスにさらわれて『蹂躙の法』と呼ばれる術で記憶を奪われたらしいのだが。

 聞くと、アリスはまたクスクスと笑った。

「ヴァン、思い出はね、ココロにあるの。記憶を奪われても、思い出は消えないよ」

「・・・・・・そうか」

 その意味は分からなかったが、それならそれで良かったとヴァンは嬉しくなる。ヘリオスとセレーネに教えたら、きっと喜ぶだろう。

 アリスは二人を、二人との思い出を忘れていないことを。

 あぁ、それならむしろ。

「ごめんな、アリス」

 いきなり謝るヴァンに、幼い少女が目を丸くする。

「なにが?」

「俺がずっと表に出てるから、お前はヘリオスやセレーネと会いたくても会えないんだろ? ずっとここで・・・・・・眠ってたんだろ?」

 言うにつれて気が重くなってきた。

 しかし、アリスは三度クスクス笑い出す。

「なんだぁ、そんなこと? だいじょうぶだよ、だってわたし、何度か出たもん」

 今度はヴァンが目を丸くする番だった。

 まるで悪戯を白状するかのように、アリスは笑いながら続ける。

「ヴァンって、お酒を飲んだ後の記憶ないでしょ」

「あ、あぁ」

「わたしが出てるもん。ヴァンってお酒すっごく弱いんだね。わたしたちのお家ってそうなのかなぁ。セレーネおねえさまも飲めないって言ってたし」

 なにやら難しい顔でぶつぶつと続けるアリスだが、ヴァンはほとんど聞こえていなかった。

 記憶がない理由が、アリスが前に出ていたというのであればいい。しかし、こんな見た目幼い少女に、酒が弱いと指差されては何かとショックである。逆を言えば、アリスのほうがヴァンよりお酒が強いという意味であって・・・・・・。 

「ヴァン、聞いてる?」

「え? あ、す、すまん。なんだ?」

「もー。話せるのってこれが最後かもしれないんだから、ちゃんと聞いててよね」

 言って、頬を膨らませるアリス。また、少女の言葉が引っかかった。

「最後って、どういう意味だ?」

 だが、アリスはそれに答えず小さく微笑むだけだった。

 ヴァンから視線を外し、膝を抱える。そのまま顎を膝の上に乗せて口を開いた。

「わたしはね、まだ良いほうだよ。もっとかわいそうになっちゃった子がいるの」

 首を少し動かして目だけをまたヴァンに向ける。

「その子をね、助けてあげて」

 アリスが誰のことを言っているのか、ヴァンには分からない。

「その子って、誰だ?」

 聞いても、しかし、アリスは首を横に振る。

「わかんない。でも、いるの。ひどいことをされちゃった子が。分かるの」

「・・・・・・分かった。もしそんな子を見つけたら、助ける」

 少しの間をもって、ヴァンがうなずく。

 アリスは嬉しそうな笑みを浮かべ、立ち上がった。

「ありがと。実はね、今話せてるのも、わたしがそのことを伝えたいって強く願ったからなの」

 ほんとは話しちゃいけないかもしれないんだけど。と続けて振り返る。

 歩き出すアリスに、ヴァンが慌てて立ち上がって呼び止めた。

「待ってくれ。どういうことだ、話しちゃいけないって」

 アリスは振り返らない。小さな背中を見せている。

「もう起きないとだね。みんな心配してるよ」

 答えない。アリスは自分が知りたいことを何も話してくれない。

 言いたくないのか――聞いてはいけないのか

 ヴァンはため息をつくと、後ろを向いたままのアリスの頭に手を置いた。

「・・・・・・約束は、守るよ」

「――ありがとう、ヴァン。またね」

 その言葉と同時に、視界が光に染まる。眩しい。あまりの眩しさにきつく目を瞑る。意識が光に飲み込まれていく。

 瞬間、体が浮遊感に包まれた。次いで、小さな声が聞こえる。

「わたしもてつだうね」

 何を。思ったが、どうせ答えてくれないだろうなと光に塗りつぶされる意識の片隅で、ため息をついた。




 レリアたちの家。その居間をアリアが落ち着かない足取りで行ったり来たりを繰り返していた。

「アリア・・・・・・少し落ち着かんか」

 フランが呆れを含んだ声で言う。両手は目の前のテーブルに置かれたリャルトーの弓を布で磨いている。

 その言葉に、アリアが立ち止まって苛立ちを爆発させた。

「落ち着け? 落ち着いていられるわけないわ! ヴァンは二日も目を覚まさないしっ、あの変態の居場所が分かってるのに襲撃にもいけないしっ。うかうかしてたら逃げられるかもしれないのよ!?」

「まーまー、どうせヴァンちゃんが起きないとテリオスのとこにはいけないんだしー」

 フランの隣に座るウラカーンが、ヘラヘラ顔でなだめてくる。しかし、アリアの一睨みで肩を上げて黙った。

 次に声を出したのは、フランたちの反対側に座るヘリオスだ。

「そうだな。眠ったままのアリスを置いて僕達だけで行くわけにはいかないし」

 それにセレーネが同意する。

「えぇ、裏をつかれてアリスが狙われるとも限りませんものね」

「どちらにせよ、今の我々で、数多の秘宝を吸収しているテリオスに対抗できる可能性があるのは、同じく秘宝を吸収できるヴァンだけだ」

 壁にもたれて腕を組むラルウァが続けて言う。

「私も竜との戦いで魔力があまり残ってないの。だから、ヴァンちゃんを守っているというのもできないわ」

 ハーフ二人と魔族姉兄に挟まれて座る母も、困ったような表情でアリアに告げた。

 母と仲間たちに言われ、アリアは頬を膨らませるが、渋々と椅子に座る。

 しかし、アリアが焦るのも無理は無い。ヴァンとの魔力吸収特訓を受けていないレリアは魔力が回復できていないが、アリアたちはもう準備が万端で、いつでもテリオスの元に行けるのだ。

 だが、肝心のヴァンが眠り続けているのでお預けを喰らったようなものだ。


 そして、一番の不安。それは、ヴァンがもし目を覚まさなかったら、ということ。

 以前も長く眠り続けていたときもあったが、今回は恐らく、頭への衝撃が原因のはずだ。治癒術が使える自分は、少なからず医療の知識がある。

 下手をすれば、一生目を覚まさない可能性もあるのだ。

 そんなのは嫌だ。

 ぎゅっとスカートを握るアリアの耳に、トタトタと廊下を走る音が聞こえてくる。

 まさか、とアリアが皆と目を合わせた。同時に、家の奥に続く扉が勢いよく開かれた。

「み、んなっ、ヴァンがっ、ヴァンが!」

 足音の主はヴァンを看病していたリシャだった。走ってきたので呼吸が荒くなっている。

 アリアは弾かれたように立ち上がり、部屋を飛び出した。



「ヴァン!!」

 壊すほどの力でヴァンが眠っている部屋の扉を叩き開ける。

 視界に入ってきた光景に、アリアは息を呑んだ。

 部屋の中に、少女が居る。真っ黒なフリルドレスに身を包み、背筋を伸ばして真っ直ぐ立っている。真っ白な髪は光を受けて銀に輝き、少女のふくらはぎの後ろで揺れ、真っ赤な瞳は鋭さを持って窓の外を見つめている。

 その幻想的な美しさに、アリアは言いたかった言葉が喉を通らない。

 ヴァンがゆっくりと振り向き、赤い瞳と視線が交じる。

 心臓が高鳴った。

「・・・・・・心配、した・・・・・・」

 やっと出た声は、それだけだった。たくさん言いたいことはあったのに、この一言で全てのものがつまってしまった。

「悪かった」

 ヴァンが見せてくれる苦笑に、アリアの体から力が抜ける。声を聞いて、嬉しさがこみ上げる。さっきまであった不安は全て吹き飛んだ。

 床を蹴ってヴァンに駆け寄り、思い切り抱きしめた。

「むぐ! アリ、ア、苦しいって」

 豊満な胸に顔を埋めたヴァンが真っ赤な顔で呻く。こんな反応も、今まで通り。

 伝わる体温をじっくり味わいつつ、ヴァンが目覚めたことを実感していった。

「心配させた、罰よ!」

 とりあえずヴァンをおとなしくさせるために、適当なことを言ってみたりして。



「寝坊じゃぞ、ヴァン」

 アリアと共に居間に戻ったヴァンを迎えた第一声はそれだった。

「そうだな・・・・・・少し寝すぎた」

 小さく笑って返すヴァンに、ウラカーンが声を投げる。

「これだけ寝たらー体を動かしたくて仕方ないんじゃないー?」

「あぁ、かなり暴れたい気分だ」

 ヘリオスとセレーネが椅子から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。

「アリス、それならちょうどいい相手がいるな」

「そうですね、ヘリオス。アリス、ストレス発散はいかがですか?」

「それは良いな。もちろん、皆も一緒にやるんだろ?」

 フランも椅子から立ち上がり、リャルトーの弓を肩に担ぐ。

「無論じゃ。わしらもちーっとばかし暴れたい気分なんでのぅ」

「私たちの準備は出来ているぞ」

 ラルウァが言い、指と手首の骨を鳴らす。

 最後は、傍に立つアリアが口を開いた。

「行きましょ、ヴァン。私もう我慢するつもりなんてないんだから」

 ヴァンが頷き、仲間たちの顔をそれぞれ見ていく。

 見終わると、ドレススカートのポケットからフリルが編まれたカチューシャを取り出し、頭につける。左右にリボンがついたかわいいやつだ。

 しっかりつけられたのを確認し、真剣な表情で唇を動かした。

 決めたことを成すために。約束を、果たすために。


「行こう、決着をつけに」



読んで頂きありがとうございます。

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