第十一話
ヴァンが冒険者っぽい感じです。
会計を済ませ、二人は店から出た。かなり時間をかけて選んでいたので、すでに日は傾き、二人の姿が橙の光に照らされた。ヴァンは黒いフリルドレスを着て、アリアはヴァンが選んでくれた服。その上からマントを羽織っている。アリアの表情はかなりうれしそうだ。
「ヴァンって結構センスあるのね〜」
言いながら服に視線を落とすアリア。白い長袖の服とひざ上までの黒いスカートだ。先ほどまで着けていたのと似ている格好だったが、服の襟元から下までレースが一直線に編まれてあり、スカートの腰の右部分には、リボンが貼り付けられている。白と黒の取り合わせに、アリアの背中まで伸びる波をもった金髪がよく映える。格好だけ見ればどこかのお嬢様のようだ。清楚な感じが出ている。羽織っている黒いマントが風になびく。
「そうか? ・・・・・・それにしても、女の服はこんなに高いんだなぁ」
上機嫌なアリアに対し、ヴァンは暗い表情で貨幣袋を覗いている。ギルドからの報酬銅貨二十枚の他に、銀貨一枚があったのだが、二人の服の代金にさようならすることになった。一度は帰ってきてくれたのだが。
「そうでもないわよ? あれでも結構安くなってるんだから。着ていた服、下取りしてもらえたしね」
アリアの言葉どおり、先ほどまでつけていた服はお店に買い取ってもらった。ヴァンの服はともかく、アリアの服はかなり良質な物だったらしく、店長らしき人物が喜んでいた。
「本当に、良かったのか?」
「えぇ。あれには飽きていたし、ヴァンに買って貰った服のほうが私にとっては断然価値のあるものよ」
ニコニコと笑みを浮かべ、飽きもせず自らの服を眺めるアリア。
「そう言ってくれると、俺も嬉しいよ。さて、時間も良い具合だし、早速酒場へ行くか」
ヴァンは微笑み、歩き出す。黒いドレススカートが歩くごとに揺れた。
目的の酒場は思ったより近かった。魚屋を二店過ぎたところに建っている。ドアの上から鉄の棒が突き出ており、看板が垂れ下がっている。描かれているのは黄金色に満たされた大きなコップ。
「ちょうど今から営業時間みたいね」
酒場のドアを見ながらアリアが言う。
「みたいだな。客は少ないかもしれないが、男ばかりだぞ。外で待っていたほうが良いんじゃないか?」
男嫌いのアリアを気遣う言葉だ。アリアは少し嫌そうな顔をした。
「いえ、平気よ。私が探している物だもの。ヴァンにまかせっきりは出来ないわ」
アリアの声にヴァンは、分かった、と応え、ドアを押した。
呼び鈴が鳴り響く。中は思ったより奥行きがあり、丸いテーブルが二列に三つずつ並んでいる。テーブルはそれぞれ四つの椅子を従えていた。人の数は少ない。一番奥のテーブルに一人。右にあるカウンターに二人。紳士風の格好をした店員がコップを磨いている。
初めて入ったであろうアリアは物珍しげにキョロキョロと首を動かしている。ヴァンはそのまま足を踏み入れると、カウンターの椅子に座る。アリアもヴァンの隣に座った。店員が近づいてくる。
「いらっしゃいませ。何をお求めで? あいにくミルクは切らしていますが」
ヴァンとアリアの姿を舐めるように見ながら店員が言った。椅子二つ向こうに座っている男二人が笑う。
アリアが眉をひそめ、口を開こうとするが、ヴァンが手で制した。
「気にするな。俺はミルクが苦手なんだ。それより水のほうが欲しいな」
ヴァンの言葉に、近くの男がさらに笑う。それはそうだ。酒場まで来て水を注文するなど、おかしな話だ。だが、店員は笑うでもなく怒るでもなく、無表情。
「『水』は相席となります。奥のテーブルへどうぞ」
「そうか。まぁ仕方ないな」
席を立ち奥に向かうヴァン。アリアはわけが分からないといった顔でついていった。
奥のテーブルには先客がいる。無精ヒゲをはやしたどこにでもいそうな男だ。男は、腰を深くして椅子にもたれかかっている。目の前のテーブルには水のはいったコップだけがのっていた。男が二人に目を向ける。
「よう嬢ちゃん。どうかしたのかい」
ヘラヘラと笑う男と向かい合うように席に座るヴァン。アリアも椅子を動かしてヴァンの隣にちょこんと。
「いや、『水』が飲みたくてね」
「そうかい、それじゃあこの水はどうだい? まだ口をつけてねーぜ」
「いや、俺が飲みたい水はそんなにキレイなもんじゃない。もっと濁って色んなものが混ざった『水』さ」
「そうかい、だけど、そんな汚れた水じゃー不味いんじゃねーか?」
「美味いかどうか、決めるのは俺だ」
流れるような問答。これは合言葉なのだとアリアは気づいた。男が姿勢を正す。
「驚いたな、嬢ちゃん。その年でおれたちのことを知っているとは。どこのモンだ?」
その顔はもう笑っていない。あまりの豹変振りにアリアが目を丸くする。
「俺が何者かはどうでもいいだろう? お前らはいつから『聞きたがり』になったんだ?」
ヴァンは高く甘えるような声で言い、不敵に笑った。
「言ってくれるじゃねーか、嬢ちゃん。まぁいい。で、何のようだ?」
「あぁ。俺たちはある秘宝を探してるんだが・・・・・・『フォカーテの香水』っていうやつだ。何か知らないか?」
秘宝という言葉に顔をしかめる男。
「フォカーテの香水ねぇ・・・・・・聞いたことねーな」
「そうか・・・・・・なら、秘宝についてでもいい。何かないか?」
「秘宝について、ねぇ・・・・・・おれたちゃ土いじりしてる暇はねーからなぁ」
アゴに手をかけ、うなる男。このまま何も情報を得られないのだろうかとヴァンは落胆した。と、男が、あっ、と声をあげる。
「ん? 何か知ってるのか?」
「いや〜、秘宝っていえば、あるエルフが秘宝について調べてるって噂を聞いたことがあるぜ」
「エルフ? なんでエルフが秘宝なんて探してるわけ? 見つけても使えないのに」
アリアが横から口を挟む。口調は刺々しい。そこでやっと男はアリアの顔をみた。
「あれ? 嬢ちゃん、あんたどっかで会ったことないか?」
アリアが目尻をきっと鋭くさせる。
「あるわけないでしょ。そんなことより、なんでエルフが探してるのかさっさと教えなさいよ!」
あまりに剣幕に男がたじろぐ。ヴァンがため息をついてアリアの肩をおさえた。
「アリア、少し外で待ってろ」
なんで! と噛み付いてきたアリアだが、ヴァンの目を見ると勢いをなくし、すごすごと席から離れた。
「すまんな。それで、そのエルフは?」
男に軽く謝り、話の続きを促す。
「あ、あぁ。名前を『フランガスタス・フォン・ペトリ』。エルフが秘宝探しっていうのも珍しいんで、おれたちの間でも結構噂になってる。何でも秘宝を見つけることに一生を費やすって明言してるらしい」
「それで、そのエルフは今どこに?」
「さぁ、居場所までは知らないが、ここから北東の『リモニウム共和国』で見たってきいたことがあるぜ。誰彼構わず秘宝について聞きまくってるんで、目立ってるらしい」
ヴァンは今までの会話を頭の中で反芻させる。
「そうか。分かった。ありがとう」
短く礼を良い、貨幣袋を机に置こうとし、
「今回はあまり力になれんかったしな。お代は銅貨四十枚でいいぜ」
ピタっと動きを止めた。男が怪訝な顔をしたあと、ジト目で見てくる。冷や汗をたらしながら、ヴァンはアリアを大声で呼んだ。
「はい、ちょうど四十枚。毎度〜。今後とも『情報師の集い・水』をごひいきに」
男がヘラヘラと笑う顔で貨幣袋を二つ握りながら言った。男は情報屋。『情報師の集い』というのは、情報屋同士の組織で、分かっているのは、合言葉を使わないと情報を売ってくれないことと、酒場に末端を置いているということだけの、謎に包まれた組織だ。
いつの間にか客が増えていた酒場を出て、二人は大通りを歩いた。すでに日は落ち、ヴァンたちを照らすのは住宅からでる人工の光だ。
「結構、高かったわね。ヴァンは計算苦手なのかしら?」
あきれた声で言うアリア。ヴァンは自分の体に鋭い何かが刺さったような感覚を覚えた。
「し、仕方ないだろ。情報は時価だ。俺が前に買った情報は銅貨五枚だったんだぞ」
弱弱しい声で反論するヴァン。ふんわりとしていた上着とスカートが、心なししおれている気がする。
「それ、いつの話?」
アリアのツッコミにヴァンが少し沈黙すると、口を開いた。
「・・・・・・三年前」
ぼそっと呟く。アリアは盛大なため息をついた。ヴァンの小柄な体がさらに小さくなっていく。
二人は目的の建物の前に立ち止まった。今日二度目の冒険者ギルド。ドアの左右の窓から明かりが漏れている。まだ人がいるようだ。
ヴァンが少しだけドアを開き、中を覗き見る。冒険者は誰も居ない。窓口には見知った姿が見えた。呼び鈴を鳴らし、中に入る。
「あら? どうかなさったんですか?」
呼び鈴の音に気づいた二番窓口の受付嬢が二人を見る。
「いや、ちょっと・・・・・・まだ仕事してたのか?」
ヴァンが頭をかきながら言う。
「えぇ、少し残った書類を。それにしても、お可愛らしい格好ですね」
マント少女から、精巧な人形になったヴァンを見て目を細める受付嬢。褒められているのは分かるが、複雑だ。とりあえずお礼をいうヴァン。
「あ、ありがとう。それで・・・・・・そのー」
もじもじと胸の前で指をいじり、口をもごもごと動かす。なかなか言い出せないヴァンにかわって、アリアが口を開いた。
「実は、ちょっとした手違いでお金すっからかんになっちゃって。今日一日、泊めてくれないかしら?」
あっさりというアリアに、ヴァンは俯いて静かになった。受付嬢は頬に手を添えた。
「あらあら、大変ですわね。えぇ、もちろん構いませんよ。二階の宿泊室にお泊りくださいな」
快く了承してくれる受付嬢。ヴァンが顔をあげ表情を明るくする。
「ありがとう。助かる」
「はい、どうぞ」
ヴァンが鍵を受け取りながら、もう一つお礼を言い、アリアをつれて階段に向かう。
「あ、忘れてました」
受付嬢の言葉に振り向く二人。
「お二方は絶対になさらないとおもいますが、窓口には近づかないでくださいね。夜は防犯のための魔道具を作動させるので、近づいたら黒こげになっちゃいますから」
何により、とは言わず、ニッコリ笑う受付嬢。なるほど、それがあるから今日知り合ったばかりの二人でも泊めてくれるのか。
「あぁ。部屋から出ないようにするよ」
最初からそんなつもりは毛頭ないヴァンは、ただ苦笑した。
部屋に入った二人は、五つあるベッドのうち壁際の二つを占領し、向かい合って座った。アリアに壁際をすすめられたヴァンは、壁に背を向けている。
「じゃぁ、話をまとめると、私たちは『フランガスタス・フォン・ペトリ』っていう秘宝を探しているエルフに会うために、ここから北東にある『リモニウム共和国』へ、徒歩で! 向かうわけね」
徒歩の部分を強調して話すアリア。マントははずしてたたみ、枕元においてある。マントで隠されていた体は細く、胸や腰あたりのふくらみがその存在を際立たせていた。
「・・・・・・そういうことになる」
申し訳なさそうに俯くヴァン。座っているベッドの上でドレススカートが花の様に広がっていて、さらにスカートの上に蒼い髪が散乱している。
「まぁいいけどね。徒歩。健康にも良いし、何より旅って気分にもなるし? えぇ、全く問題はないわよ。国から国を歩いて渡るのも、楽しそうでいいわねー」
小さいトゲが全身にチクチクと刺さってくる気分をヴァンは味わっていた。
「うぅ・・・・・・」
もはや何もいうことができず、俯くしか出来ない。アリアがくすっと笑う。
「ふふ、ごめんなさい。冗談よ。元はといえば、私の探し物だし。ヴァンには感謝している。私だけだったらきっと、ここまでこれなかったわ」
スカートの上に乗っているヴァンの手に、自分の手を伸ばし重ねる。ヴァンが顔を上げた。その表情は安堵の色で塗られている。アリアはそんなヴァンを見て微笑むと、すぐに真剣な表情になった。
「それにしても、エルフ・・・・・・エルフねぇ。エルフが秘宝を探すって妙な話ね」
ヴァンも眉をひそめ、手でアゴをおさえる。
「確かに・・・・・・秘宝といっても所詮魔道具だ。エルフに使えるとは思えないが」
その言葉どおり、エルフと呼ばれる種族は、魔道具の類を使えない。魔道具の原動力は注ぎ込まれる魔力にある。エルフは、体内にある魔力こそ強大だが、それらを練り、『魔術』として使うことができない。エルフの使う力は、精霊の助けを借りて発動する『精霊魔法』。自らの魔力は精霊が必要な分だけ勝手に取ってくれるので、自らコントロールする必要がないのだ。
魔道具を使用するには、魔力を注がなければならない。だが、エルフに魔力をコントロールする術はない。つまり、魔道具である秘宝を手に入れても、猫に小判豚に真珠宝の持ち腐れなのである。
「なにより、エルフは創られた力を嫌う習性があるわ」
精霊の力を借りるエルフは、自然と密接な関係にある。考え方も自然第一で、人工的に創られた力、つまり魔道具などの類を嫌っているのだ。
ヴァンがため息をつく。
「かなり胡散臭い話ではあるが、今のところそのエルフを見つけるしかない」
「そうね・・・・・・ところでヴァン」
「なんだ?」
「あなた、そのままで寝る気?」
「ん? あぁ、そのつもりだが」
「ダメよ、しわになっちゃうわ。脱いで」
「・・・・・・え?」
「聞こえなかったの? 今日買ったばかりなのに、しわくちゃにしちゃもったいないじゃない。あ、それとも手伝って欲しいの? それならそうといってくれれば良いのにぃ」
「なっ、なんでそうなる! いい! てつだわなくていい! 向こう向いててくれればいいから!」
ヴァンの言葉を無視し、両手をワキワキと動かしながらベッドから降りるアリア。
「もう、いつまでそうやって恥かしがってるの? いい加減慣れなさいよね」
「慣れるかっ! ま、まて、くるなっ、ベッドにあがるな! 一人で出来るから!」
ヴァンはベッドの上で座りながらずりずりと後ずさり、それを追い詰めていくアリア。ヴァンの背中にドンと壁があたる。
「はっ! しまっ、っ、まさか! こうなることを予測して壁際をすすめたのか!?」
アリアがニヤリと笑った。
「さぁ、なんのことかしら。覚悟は良い?」
「ひ、一人で出来るって言ってるだろう! 近づくなっ!」
体を両手でしっかりと抱き、足もまげて丸まり叫ぶヴァン。もうそんな姿が、アリアには直球ど真ん中ストレートなわけで。
「あぁ、もう、脱がすだけでとまれるかしら。じゅるり」
「よだれ!?」
しかも不穏な言葉も混じっている。
「じゃ、いただきまーすっ」
アリアがヴァンに魔手を伸ばす。
「く、くるなぁぁぁぁ!」
冒険者ギルドの宿泊室に、ヴァンの絶叫が響いた。
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