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第百十八話

 巨大な竜が左腕を振り上げる。体全体で見れば細めであるが長い腕は、振り上げられた力でしなり大気を揺らした。

 咆哮とともにヴァンとラルウァへ向かって振り下ろす。それに対し、ラルウァが竜の雄叫びに負けない声量で怒鳴りながら、両足を軽くまげて両腕を頭の上で交差させた。

「ヴァン、頭を狙え!」

「はいっ、師匠!」

 同じく大声で返すヴァンが跳躍する。竜の左腕の標的がラルウァ一人となった。

 ぶつかる超人と竜腕。一瞬の間ののち、轟音と地震が世界を支配する。

「おぉぉ!!」

 超人は竜の左腕を交差した両腕で押さえていた。衝撃でラルウァの立つ大地が割れ、陥没していく。

 抑えられた左腕に真っ白な髪の少女が、黒いドレススカートをはためかせて着地した。

 即座に駆ける。

 竜の腕は小柄なヴァンにとって、十分な広さを持っていた。跳ねるように前へと進み、また跳躍。

 鋭利な口先を持った竜の顔、その側面に右足を向かわせる。

「はああっ!!」

 脹脛ふくらはぎから魔力を放出。自らの右足が強烈な勢いで引っ張られるのを感じた。

 衝撃の破裂音が響き渡り、竜の頭が僅かに右へ動かされる。しかし、それだけだった。

 潰されている左目がこちらを睨んだように見えた。

 竜は再度咆哮を上げ、右腕をヴァンに向かって振り上げる。空中に身を出したヴァンは避けることができない。

「どっせぇぇい!」

 しかし、鱗に包まれた竜の右腕は下から飛び上がってきたウラカーンの蹴り上げによって微妙にずらされた。

 その僅かなズレを狙って、ヴァンが体を捻る。すぐ真上を巨大な竜腕が通過した。

 当たりこそしなかったが、竜の出す攻撃力の高さは体に襲い掛かる風圧で簡単に予想できる。直撃すれば魔装で守られている以外の肉が砕け散っていたことだろう。

 攻撃が外れたことに気づいた竜は、そのまま右腕を振り戻してヴァンを引き裂こうとする。

 だが、それもまた望んだ結果を出すことはなかった。

 いつの間にか高く飛び上がっていたヘリオスが、両に持つ二振りの巨剣を竜の眉間に叩きつけたからだ。

 先ほどの破裂音より大きく鈍重な音が響く。

 竜が前のめりに倒れそうになる。が、太い右足を前に進ませて耐えた。ズン、と聞き慣れてしまった地響きが周囲に流れる。

 竜はラルウァを押さえつけていた左腕を左に払い、超人を振り投げると、今度は首を軽く振り回してヘリオスに頭をぶつけた。

 さらに右腕を右に伸ばして風圧でヴァンとウラカーンを吹き飛ばす。

 そのまま突き出ている口を天にむけ、少しだけ開く。鋭い歯牙が並ぶ口に、ぼんやりと赤い光が煌く。

「いかん、ブレスだ!」

 投げ飛ばされたラルウァが着地しながら叫ぶ。それぞれ体勢を崩しつつも地面に降り立ったヴァンたちが苦い顔で竜を見上げる。

 ブレス。その単語だけで全員が理解した。

 竜種の息は破滅の呼吸。火炎。水流。雷撃。氷雪。岩石。およそ生物が体内で生成できないであろう力。竜種と呼ばれる所以となる力。

 その力が魔力で作られているのかも分からない。ただ一つ分かる事と言えば、防がなければこの場に居る力無き人間は消え去り、町が滅ぶということだけだ。

「くっ・・・・・・」

 ヴァンが両足に魔力をめぐらせるが、飛び掛るより速く、竜は大きく開けた口をこちらに向けるだろう。

 だが、それよりもっと速く、セレーネの声がヴァンの耳に届いた。

「相殺させますっ、皆さん、衝撃に備えてください!」

 同時に竜が上へ向けていた頭を勢いをつけて下ろす。さらに限界まで開かれた口から獄炎を吐き出した。

 最初に体に当たった熱風は、皮膚が焼けるかと思うほど熱い。次に轟音が頭を貫き、最後に炎が全てを焼き尽くそうと迫る。

「ベルグランテ・クルテルッ!!」

 後方から魔の名の叫びと巨大な魔力の奔流が飛び出す。それはヴァンの頭上高くを突き抜け、竜の吐炎と激突した。

 ヴァンは来るべき衝撃を迎えるべく、右ひざを深く曲げて両腕を眼前で交じらせる。

 爆音、そして咆哮。遅れて来たとてつもない外力によって小柄な体はあっさり吹き飛ばされた。

「アリスッ」

 一番近くに居たヘリオスが慌てて手を伸ばすが、この衝撃の中では思うように動けないようだった。

 ヴァンは何度か地面に叩きつけられながら転がるように瓦礫の山へと飛ばされていく。

 衝撃が止む頃には、ヴァンは瓦礫の山の麓にぶつかってしまっていた。

「ヴァン、大丈夫かえー?」

 上からフランの声が落ちてきた。瓦礫の山は微妙に高くなっているので、自然と大声になっている。

「あぁ、なんとかな・・・・・・」

 ゆっくり立ち上がり、ドレスを軽くはたく。後頭部は両手で包んだので怪我はないが、少し眩暈がした。

 少し振り返ってアリアたちを視界に入れる。

 アリアとフランを衝撃から守ったのか、セレーネが両膝に手を突いて肩で息をしていた。隣ではフランが弓を構え、魔矢を生成している。

 その二人の後ろではアリアが両手を広げて目を瞑り、体中から火の粉を立ち上らせていた。


 あの衝撃で怪我を負っていないかと思ったが、どうやら平気らしい。視線を前方に戻す。

 ヴァンのように吹き飛ばされなかったラルウァ、ヘリオス、ウラカーンが目に入るが、否応無く目に映るのは大量の砂塵だ。恐らく、獄炎と魔力の激突で生まれたのだろう。

 しかし、生まれたばかりの砂塵は中から巨大な竜が飛び出してきたことにより、すぐに役目を終えてしまった。

 竜の巨躯は元々あった傷以外のものが増えている。所々、黒光りする鱗が焼けただれ、黒い煙を上げていた。

 セレーネの魔術で自身が吐いた炎をその身に浴びたのは明らかだ。しかし、竜はそのことを全く意に介さず、二足で前進してくる。

 軽く舌打ちし、ヴァンは奔った。それを合図にラルウァたちも駆ける。

 四人とも距離を取り別々の方向から、タイミングもずらしつつ跳躍して竜に攻撃を仕掛けた。

 ヴァンたちが地面から離れたのを確認し、呼吸を整えたセレーネとフランが何度も何度も魔矢と魔弾を竜の足にぶつける。黒い鱗が並ぶ太い足に小さな爆発が数度起きるが、傷を負わせることはできない。

 竜も、腕や首、尻尾を振り回して自分の躯体を駆け回る敵を排除しようとした。

「はっ!!」

 魔力を放出しながら放ったヴァンの右蹴り上げが竜の顎に直撃する。破裂音を鳴らし、竜の頭は強制的に上へ向けさせられた。

「あっ、なっ!?」

 しかし、攻撃を与えたヴァンのほうに異変が起きた。蹴りを出した空中で縦にグルングルンと回ったのだ。

 それはどう見ても魔力放出の勢いが生んだものだった。目が回りそうになるのを必死に我慢し、竜を目だけで見る。

 竜の突き出した口に淡い光が集まっていた。


 ブレス!?


 ヴァンは気づいた。竜は蹴り上げられて頭を上げたのではなく、火炎を吐くために自分から頭を上に向けたのだと。

 そして、ヴァンはさらに驚愕する。

 竜は頭を上に向けたまま、獄炎を吐き出したのだ。炎は弧を描くように伸び、そして・・・・・・。

 終着点はすぐに分かった。あのまま行けば、炎流はアリアたちに直撃する。

 フランとセレーネが迎撃しようとし、先に地面に降り立ったラルウァとヘリオスが駆けようとし、ヴァンとウラカーンが宙で何かを叫び、そして、アリアが碧眼を見せて不敵に笑った。

「出てきなさい」

 短く言い、瞳を鋭くさせて叫ぶ。

「イフリィィィトッ!!」

 アリアの身体から炎が猛烈な勢いで噴き暴れ、金髪の魔女を中心に巨大な炎の柱となる。

 さらに炎柱は自らの中心少し上辺りから左右にまた炎を吹き出し、十字架のような姿をとった。

 そして、竜からの獄炎が直撃したとき、炎の十字架は本来の姿になる。

 人のような形をした、炎の魔神。

 上半身だけの形は筋骨隆々とした大男にみえ、頭の部分からは二本の角が後ろに伸びていた。

 炎神は竜の獄炎を両腕で抑えると、抱き込むようにして吸収する。竜はこれ以上は無駄だと分かったのか、口を閉じてブレスを吐くのをやめた。

「よーし、今度はこっちから行くわよ!」

 その言葉に、地面に降りたヴァンとウラカーンが慌てて竜から離れる。アリアは魔術の加減が出来ないので、あれを使って攻撃するとなると竜の真下にいるヴァンたちにも被害が及ぶからだ。

 しかし、どうやって攻撃をするのだろうか。とヴァンは奔りながら考えた。もうこの際、あの魔術に対する驚きは後にしておくことにする。ゴーレムという非常識なものも見たし、いちいち驚いていてはきりが無い。

 それはともかく、アリアと竜の位置はかなり離れている。竜のブレスは届くが、竜の腕は届かない。

 そして、魔神の大きさは竜と同じくらい。

 総じて、アリアから湧き出るように存在している上半身だけのイフリートは、腕を伸ばしても竜に届かない。

 しかし、そんなヴァンの杞憂はあっさりと吹き飛ばされた。

「えーいっ、イフリートパァンチ!!」

 凛として澄んだ声が出すにしては微妙すぎるセンスの単語を叫び、アリアが思い切り右腕を突き出す。

 同時に、ヴァンは結局驚かされた。

 イフリートがアリアと同じように右腕を突き出すのは良い。だが、その突き出した右腕が思い切り伸び、竜の顔を殴りつけたのだ。

「相変わらずむちゃくちゃだねー・・・・・・アっちゃんは」

 そんな呟きが隣を走るウラカーンから発せられた。ヴァンは、心の底から同意した。

「さらにっ、イフリートキィック! って、こいつ足無かったんだったわ」

 ブンっと空を切るアリアの蹴り。頭上のイフリートは両手を広げてやれやれと首を横に振っている。

 ・・・・・・まさか意思があるのか?

 ヴァンの頭の中に疑問が浮かび上がるが、背後から迫る地響きに意識を向けた。

 首だけ見れば竜種が二本足で奔ってきている。あれだけの巨体で二足走行が出来るとは驚きだった。

「っとと、ふざけてる場合じゃないわね。えいっ、やあっ」

 これまた何とも微妙な掛け声を上げつつ、アリアが右、左と拳を突き出す。それに合わせて、炎の魔神も右、左と豪腕を突き出した。

 しかし、竜は見切ったと言わんばかりに首を左右に振ってその拳打を避けた。どれだけこの魔術が強大でも、操るアリアに格闘経験が無いので効果は芳しくない。

 だが、全くの無駄というわけでもなかった。その証拠に、拳打を避けるのに竜が足を止めた間にヴァンとウラカーンは走行線から逃れられた。

 とは言え、このままではどうすることも出来ない。アリアが魔術で攻撃している間、ヴァンたちは竜に飛び掛れない。

 かといって、見ているだけではいずれアリアの魔力が底をつくだろう。

 ならば。

 竜から視線を外し、アリアに顔を向けて叫ぶ。

「アリアッ、右下から右腕を振り上げて、すぐに左腕も振り上げろ!」

 大声で言われ、アリアは一瞬ヴァンを見るが、慌てて言われた通りに腕を動かした。

「こ、こう!?」

 そして、同じように魔神も腕を動かし――左腕が竜の顔に直撃した。

「よし!」

 ヴァンが目を竜に向けて思わず右手を握り締める。アリアも同じように喜ぼうとしたが、今度はラルウァに怒鳴られた。

「左腕を引いて右腕を振り下ろす! すぐに右を引いて左をまっすぐ突き出せ!」

「え、あ、は、はい!」

 これも慌ててアリアは言う通りに動き、またイフリートも同じく動き――再度左拳が竜に直撃。

 今度こそ声を上げようとしたアリアに、次はヘリオスが叫んだ。

「左手で前を掴めっ、引っ張りながら離して右拳を顎にぶつけろ!!」

「わっ、わっ」

 わたわたと左手を広げて掴むような仕草をし、自分に引っ張りながらぱっと広げて即座に右拳を斜め前に突き出す。

 当然、同じ動きをしているイフリートは竜の頭を鷲づかみにして引き寄せ、右拳を顎に叩きつけた。

 間髪入れずにウラカーンが声を出す。

「次はー右肘を曲げてー顔の横に持っていってー。左腕も一緒に突き出してねー」

「え、えっ、こんなかんじ?」

 慣れてきたのか素早く行動に移るアリア。

 上を見れば、竜が左腕を突き出してきていた。しかし、アリアと同じ行動を取っていた魔神は、顔の横に持ってきた右拳で竜の左腕を弾くと、炎の左腕で竜の顔面を殴りつけていた。

「良いぞ!」

 ヴァンが両手を握り締めて笑みを作る。

 そう、アリアが格闘経験がなければ、それがある自分たちがフォローすればいいのだ。しかも、今この場には肉弾戦上級者が四人もいる。一人が指示している間に他の三人が次を読み、交代して指示を出せば隙も無い。

「いける!」

 それは誰の叫びだったか。いや、全員の胸中の言葉だったのかもしれない。

 しかし、竜は誰も予想できないほど、強大であったのだ。


 殴られた衝撃でふらりと後退した竜が、潰れてないほうの赤い目で魔神を睨む。

 次の瞬間、思い切り右足を振り上げて地面を踏み潰した。凄まじい地震が大地に立つ者たちから自由を奪う。

「うわっ?」

 地響きを生んだ右足は、自身の周囲の地面を隆起させ、さらにはひび割れを大地に刻みつけた。

 その地割れを意思を持っているかのように瓦礫の山へと向かい、崩しにかかる。

「きゃっ」

 体勢を崩した瓦礫の上に立つ三人。無論、アリアから伸びている魔神も、宿主と同じように揺らめいた。

 刹那、竜が廻る。地面に両手をついた状態で、ヴァンが大声を上げる。

「まずいっ、アリア、防げ!」

 しかし、その叫びも空しく、長く太い尻尾は上半身だけの魔神を両断した。

 瞬間、座り込んだアリアの身体が跳ねる。

 背を弓なりに反って呼吸を求めるかのように口を開き、碧眼を大きく見開かせた。

「かはっ、はっ、かっ」

 魔神の炎が掻き消えるのと同時に、アリアが勢いをつけて俯く。荒い息を繰り返し、肩を何度も震わせた。

「アリアッ!!」

 まだ地面が揺れているような錯覚を覚えつつ、ヴァンがアリアの元に奔ろうと立ち上がる。

 しかし、また一つ、ズン、という地響きでそちらを向いてしまう。

 見えたのは、獄炎を吐こうとする竜の姿。

 二回見たその光景で違うのは、開かれた口が真っ直ぐヴァンたちを向いていることと、大地が大きく隆起したこと。

 そして、隆起した大地と共に現れた、金色の魔女の姿があることだった。



読んで頂きありがとうございます。

今回、結構難しかったです・・・大型生物との戦闘。しかも竜。さらに全員で。ということで、微妙に活躍できなかった人が出たり出なかったりで・・・。

困りましたね?(←

それはさておき、次回はもちろんあの方でございます!

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