第百十六話
「来たわね」
ヴァンたちが張る前線をすり抜けた魔獣どもが、唯一の穴であるここを目指して走ってくる。
アリアは向かってくる魔獣どもから視線を外し、左右に立つセレーネとフランに「まずは私からやるわ」と声を投げた。
頷きながらも準備をする二人を見て、両手を広げて呪文を紡ぐため口を開く。
「我が身に巡る魔の力よ、我が意思に通じ、炎となりて形を創れ」
それに合わせて胸の前に小さな火の玉が出現した。
「我求むは大地燃え上がらせる豪雨なり」
さらに続けると火の玉は徐々に大きくなり、最後にはアリアの身長を超える巨大な火球となる。
広げた両手はまるでその火球を抱きしめようとしているかに見えた。
しかし、アリアが広げた両手の間にある空間を狭めていくと、火球はゆっくりと前へと押し出される。
とうとう二つの掌は真っ直ぐ正面を向き、そのすぐ前で巨大な火球が浮遊する。今度は突き出した両手を徐々に上へと向け、火球も引っ張られるようにアリアの正面斜め上で上昇していった。
「フレアーレイン!」
叫び、突き出した両手をさらに前へと押し出す。その斥力に従って、巨大な火球は轟音と熱風を持って空へと打ち上げられた。
飛ぶ火球はアリアの狙った座標で停止する。すなわち、魔獣どもの頭上遥か上。
狙い通りの位置に行ってくれた巨大火球に、次の命令を下す。
「燃やし尽くせっ!」
再度叫び、突き出した両手を思い切り振り下ろした。
瞬間、巨大火球から細やかな炎が降り注ぐ。その姿はまさに豪雨だった。自然現象との違いは、それが極端なほど局地的で、触れれば燃え上がる業火であるだけ。
さらに、それらの雨はとてつもなく鋭い。
降り注ぐ火の雨は地面と魔獣に容赦なく突き刺さり、その度に燃え上がる。獣の断末魔は炎の轟音にかき消され、巨大な火球が削れ消える最後まで止むことはなかった。
雨がやむと、残ったのは黒く煤けた地面だけで、そこは先ほどまで浮いていた巨大な火球が堕ちたように丸く円形になっている。
完璧に魔術を行使出来たことによる満足感か、それとも十を超える魔獣を一掃出来たことの勝利感か、アリアは「うん」と満足そうに頷いた。
「さすがですね、アリア。魔術師としてここまでの力を持つ者は少ないのではないですか?」
左に立つセレーネがいつも通りの微笑みを浮かべて賞賛の声をかける。
褒められたアリアはどこか安堵した表情で嬉しそうに返した。
「そうよね。そうよね! ちょっと最近、私の炎が効かないのが居たからちょっと自信なくしてたんだけど」
波打つ金髪を手で払い、自信たっぷりな勝ち誇った笑顔を浮かべる。
「やっぱり私ってすごかったのね!」
腰に手を当てて今にも高笑いしそうなアリアに、セレーネは少し苦味がある微笑みを向けた。
しかし、それは一瞬ですぐに視線を正面に戻すと、第二波に備えて魔力を練り始める。
「では、次来たら私が・・・・・・」
「えぇ、任せたわ。ちょっと魔力使いすぎちゃったから、回復しとくわね」
そう言ってアリアは軽く深呼吸を繰り返す。こういうとき、魔術師は砲台となる。
しかも二人でやれば、一人が攻撃中にもう一人は休息に回れるので、弾切れのない砲台だ。
ふと、アリアの右側で退屈そうにリャルトーの弓をいじっていたフランが呟く。
「・・・・・・なんかあれじゃなぁ。おぬしとセレーネだけで事すみそうじゃのぅ・・・・・・」
ぽつりと落とされた呟きはアリアの耳に入り、その視線を右に動かさせた。その間も、ヴァンと共に習得した『魔力過吸収』を実践中だ。
「何言ってるの。適当に魔矢飛ばしたりできるでしょ」
「そうなんじゃがなぁ・・・・・・見てみい、皆、自分たちの仲間としか連携を取っておらんから、援護しにくいんじゃよ」
言われて戦場を見渡す。
確かに、全体で陣形や連携を組んでいるようには見えない。兵士たちはそれぞれ四人から五人で組んでいるようであるし、冒険者たちは二人組や三人組で戦っているようだ。
ならばとアリアが提案する。
「じゃあ、ヴァンたちの所に魔矢飛ばしたら?」
それを聞いたフランは一度だけ目をアリアに向けて、小さく溜息をつき、くいと顎でヴァンたちを指した。
アリアがヴァンたちを戦場の中から探し出せたとき、溜息の理由が分かった。
ヴァンとラルウァは魔獣の大群に囲まれて一見絶体絶命に見えるが、その実、絶妙な連携攻撃で次々と跳びかかる魔獣どもを吹き飛ばしている。
しかも驚くことに、ヴァンは魔力放出をかなりの頻度で使用しているようなのだ。それでも何の代償も払っていないのは、ラルウァのおかげだろう。
これまた驚くことに、なんとラルウァは魔力放出を使って勢いのつきすぎるヴァンを、柔を持って振り回しているのだ。
というか、アリアの目にはヴァンが武器になってラルウァに振り回されてるように見える。いや、そうとしか見えない。まさに絶妙な連携攻撃であった。
勢いだけでやってるように見えるせいで、もしあの中に援護攻撃を入れてしまってはその流れを無理矢理変えてしまいそうだ。
次にアリアはヘリオスを視界に入れた。
こちらは一人だから援護のしようがあるだろうと思っていたが、間違いだった。
ヘリオス自身が、逆に周囲の護衛の援護に奔走していたからだ。一箇所に止まっていないせいで、援護の魔矢を飛ばそうにもどこに飛ばしたらいいか分からないのだろう。
最後、ウラカーン。
まるで話にならないとはあのことだ。
大きな魔獣を一人で相手をしているので、一番援護しやすく、かつ援護が必要な状況であるはず、なのだが。
ウラカーンの場合――仕方ないが――相対する魔獣の周りを走り回ったり、その魔獣に飛びついたり、しかも巨躯を駆け回ったりと、ヘリオスの奔走より明らかに走っている量が多い。
あんな戦いをしている相手に魔矢を飛ばそうものなら、間違ってウラカーンに刺さってしまいそうだ。
仲間たちの戦闘を眺め終わり、アリアは深い溜息をついた。
なんとも援護のしがいのない仲間たちなのだろうか、と。
特にあの鉤爪手甲のヘラヘラ男だ。援護されるなんてこれっぽっちも考えてないような戦い方をして・・・・・・と考え、アリアはあることを思い出した。
「そういえば・・・・・・ねぇ、フラン」
「なんじゃ?」
そろそろ第二波が来るかもしれんのぅ。呟きながら戦場を見ていたフランがアリアに顔を向ける。
「ウラカーンとなんかあったの?」
唐突な、しかも戦場での質問とは思えず、フランはしばし固まった後、怪訝な顔で聞き返した。
「・・・・・・なんかとは、なんじゃ?」
「だってあいつ、フランのこと愛称・・・・・・かどうかはおいといて、呼ばなくなったじゃない。私とセレーネは、アーちゃんとセっちゃんのままだけど」
「あ、それは私も気になりますね」
どんな類の話と勘違いしているのか、セレーネが楽しそうな表情で話に入ってきた。赤が混じった黒いドレスを身に纏う体の周りに、二十数個の白く輝く球体を浮かばせている。
「な、なんもないぞい。というか、あやつがわしを名前で呼ぶからといって、なにがあるんじゃ?」
「ええー? だって、ねぇ? フランだけ名前で呼ぶってことはー、特別扱いしてるってことでしょー?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、「ねー?」とセレーネと顔を合わせるアリア。
対してフランは浅黒い肌の頬に赤みを差し、しどろもどろに口を開く。
「な、なにをいっておるんじゃ。名前なら、ラルウァとヘリオスも呼ばれておるじゃろ!」
「あれは男性同士だからじゃないですか。一時期男だったアリスですら『ちゃん』付けなんですよ?」
今度はセレーネから、「ねー?」とアリアと顔を合わせた。
フランは顔の赤みを増やしていき、爆発させる。
「な、なんもないわい! あるわけがない! セレーネ、ほれ、次が来ておるぞ!!」
「あらあら」
その噴火を受けて、セレーネは緊張感のない声で言うと、右手を左肩の前へ持っていく。同時に、体の周りを飛んでいた二十数個の白い球体が鋭利なものへと変わっていった。
そして、右手を払う。
命令に従って鋭利な魔力は次々と飛来し、一本一本、確実に魔獣どもに突き刺さった。しかし、
それでも鋭利な魔力は勢いをなくさず、刺さった魔獣を持ち上げて一箇所に集まっていく。空中に魔獣の団子が出来上がってしまった。それも、大きな。
最後、刺さらなかった魔力の矢がその団子を覆い隠し、無理矢理小さくなっていく。明らかにあり得ない小ささまで収縮すると、霧散してマナへと還った。
その光景を眺めながら、アリアがつまらなそうに言葉を落とす。
「仲間内で愛とか恋とかが芽生えてるのかなーって思ったんだけど、つまんないわね」
「つまらんって・・・・・・おぬし、男は嫌いなんじゃなかったのかえ?」
「それはそれ、これはこれ。甘酸っぱい女の子の想いとか、そういうのは聞いてて楽しいの!」
男嫌いと言っても、やはりそこは女の子。恋愛話は嫌いじゃない。それに、いつも自分ばかり二人に相談しているので、こちらのことばかり知られて何だか平等じゃない気がしている。
隣で呆れの溜息をつくフランを見て、何かあったとしても、今は教えてくれないだろうと踏んだアリアは左に顔を向けた。
少しだけ真剣な色を瞳に浮かべているセレーネが、真っ直ぐ戦場を見つめている。本当なら自らあの場に行きたいが、ここを護る者が自分たち三人しか居ないので我慢しているのだろうか。
なんか一番望み薄そうだけど、聞いてみようかな。
アリアはそんな軽い気持ちで声をかけた。
「セレーネは好きな人って居る?」
恐らく、聞いても普段の読めない微笑みでやんわりと流されるかなと思っていたが、意外にもセレーネは勢い良くこちらに首を向け顔を赤くする。
「な、なな、なんでそんなことを!?」
顔を赤くして慌てるという、珍しいセレーネに面食らうアリアだったが、その反応に「おやぁ」とにんまり笑い、早速根掘り葉掘り聞くことにした。
「え、居るの? 居るの? だれだれ? 私が知ってる人?」
といっても、魔族であるセレーネの交友関係など全く知らない。
しかし、聞かずにはおれないものなのだ。それに、もし自分が知ってる人であれば、対象の特定はとても容易になる。お互いが共通して知ってる人物はかなり少ない。
こうやってゆっくり聞き出していくのだ。と、意気込んでいたにも関わらず、目の前で慌てふためく綺麗な女の人はあっさり答えを出してしまったのである。
「べ、別に、私はラルウァのことなんてなんとも・・・・・・!」
「え? セレーネ、ラルウァのことが好きなの?」
言ってから「しまった」という表情になるがもう遅い。アリアにしてみれば拍子抜けである上に、特に意外でもないような気がした。
「ふむ。確かに、よく話しておるのぅ」
そこにフランも加わる。
「あ、ああ、ち、ちがいます、私は、そんな、好きだなんて・・・・・・!」
「そっかぁ。師匠さんが好きなんだぁ。かっこいいもんね。なんか大人の人って感じ?」
「そうじゃなぁ。わしらの中ではかなりまともじゃしのぅ。少々親馬鹿すぎるきらいがあるが」
必死に否定しようとするセレーネを無視して、アリアはフランと頷きあう。
ちが、ちが、と繰り返す魔族の女に、フランが妙に真剣な顔で言葉を投げる。
「それに、わしのみたところ、ラルウァもセレーネのことを悪く思ってはおらんようじゃぞ」
その言葉でセレーネがぴたっと固まり、俯き加減でフランを見た。
「ほ、本当ですか?」
「セレーネと話してるときも楽しそうに見えるし、もしかしたら向こうも・・・・・・なんて」
さらにアリアが含み笑いで続き、思考を鈍らせる。
「・・・・・・え、えぇ、そ、そんなぁ、で、も、もしそうなら・・・・・・」
そこでまたセレーネの動きがぴたっと固まった。そのまま徐々に顔を赤らめさせていき、微妙な笑顔になる。
「あっ、やんもうっ、だめですよぅ!」
と、突然体をくねらせた。
さすがにその行動は予想外だったアリアとフランは、頬を引き攣らせて一歩下がる。
放っておいたらずっとくねくね動いてそうなセレーネに、フランが咳を一つならして口を開いた。
「あー、あれじゃ。おぬしら、少し気が緩んでおるぞい。一寸先は何があるかわからんのじゃし、警戒を、むぐ!?」
最後まで話せなかったのは、アリアがその口を両手で押さえたからだ。
「ダ、ダメよフラン! あんたが何か言うと本当に何か起こりかねないんだから!」
その言葉にフランはアリアの手を振りほどいて「どういう意味じゃ!」と怒鳴る。
さっきのことを引きずっているのか、意外に怒りを覚えてる様子のフランに、アリアは一抹の反省を覚え謝ろうと口にするが、
それより早く、またもやフランの予告は的中してしまった。
ズン、と地に着く足に振動が走る。
「・・・・・・こういう意味よ」
もう微塵も反省を感じることのなくなったアリアがフランを見上げた。ズン、と響く振動。
赤髪のハーフエルフは苦い顔をして視線をそらす。ドン、と響く振動。
「お二方、どうやらふざけている場合ではないようですよ」
声の主を見れば、もうクネクネ動いておらず鋭い瞳で森を見据えていた。ズン、と響く振動。
二人もそれに釣られて、森を見据える。ズン、と響く振動。
振動の間隔が、段々と短くなる。
ヴァンとラルウァも。ズン。ヘリオスも。ズン。ウラカーンも。ズン。戦っている冒険者も、ズン、兵士も、ズン、襲い掛かろうとしている魔獣も、ズン、全員が、ズン、ズン、森を、ズン、ズン、ズン、見つめた。
「・・・・・・どうやら、こっちがメインディッシュのようですよ、ラルウァ」
振動だけが聞こえる中、セレーネの落とした言葉がアリアの緊張を高めた。
読んでいただきありがとうございます。
さて、久しぶり(?)にいやらしいところで切ってみました!
ズンズンなる振動は一体なんなのか!セレーネが言うメインディッシュの意味は!
次回!『それでも君を守りたい』お楽しみに!!
はい、うそですごめんなさい。次回予告に意味はありません。