第百十五話
魔獣の大群の襲撃から三日。
大破していた大型魔獣除け三つの内、東と北の二つは修復が完了し、残るは西の魔獣除けだけとなっている。
他の二つと違い西の修復が遅れている理由は、ラルウァとセレーネが護衛に回ったときにあった襲撃が原因だ。
しかし、襲撃もその一度だけであり、さらに二箇所の魔具師たちも西の魔獣除けに集中し始めたので、遅れの分を巻き返して作業は順調に進んでいる。
町の雰囲気も、魔獣除けが直ったということで明るいものへと変わっていて、出歩く人は兵士や魔具師、冒険者たちだけでなく一般人の姿も多く見られた。
大型魔獣除けと森を背にして、ヴァンは町を見渡す。
魔獣からの襲撃の可能性は場所でこうして背を向けていられるのは、自分の周囲にアリアを始めとする仲間たちがいるからだ。
と言っても、その仲間たちも各々雑談をしたり修復作業を眺めたりと思い思いの時を過ごしているが。
ゆっくりと左から右へと顔を動かし、瓦礫の上で自分たちと同じように護衛に回っている剣士や冒険者たちを視界に流しつつ、森へと視線を定める。
その胸中にあるのは、やっと、という思い。
ここの魔獣除けの修復が完了すれば、ヴァンたちはテリオスを探すことに集中できる。
「魔獣除けが壊れている状態で私たちが森の魔獣を狩ろうと町の外に出ては、私たちという抑止力がなくなってしまう。そうなれば、魔獣が町へ殺到するはずだ」
ラルウァのこの言葉で一先ず大型魔獣除け修復の護衛についていたのだが、思いのほか時間がかかってしまっている。
しかし、それも今日まで。修復作業に目を向ければ、日が暮れる前には元の姿を見せてくれるだろう。
町が大型魔獣除けに守られれば、いざ森の中の掃除に取り掛かったとき、取りこぼした魔獣が町に逃げ込むという事態もないはずだ。
早く早く。
これからなすことを考え、ヴァンの心が揺れ動く。
三日だ。魔獣襲撃から三日も経った。この間にテリオスは力をつけるかもしれない。いや、もしかするとライカニクスを使ってまた何かをするかもしれない。
与えた刻として、三日は多すぎた。
無意識に親指の爪をかじり、右足で地面にたんたんと叩きつける。だが、どれだけヴァンが焦っても、作業の速度が上がるわけではない。
作業中の魔具師たちから視線を外し、右に立つラルウァを見上げた。
「師匠、やっぱり手分けしてテリオスの捜索と、森の魔獣の排除を・・・・・・」
ラルウァは隣のセレーネとの会話を打ち切りヴァンを見下ろす。
そして、この三日間、毎日必ず一度は提案する弟子の言葉に、同じく必ず返すセリフを口にした。
「慌てるな、ヴァン。私たち護衛は今、作業をしている魔具師と、町の人々の命を背負っているんだぞ。安全の底上げに全力を尽くさないといけない。分かるな?」
つまり、戦力を分断させることなく、最大戦力を持って事に取り掛かること。昨日も一昨日も聞いた返事に、ヴァンは力なくうな垂れる。
それはヴァンも分かっていた。十分承知していた。
だが、この間にもテリオスは力をつけているはずなのだ。何としても倒さなくてはならないのに、もし、あれ以上の強大な力を手にしていたら・・・・・・。
そのことを思うと、どうしても気が逸る。
ぽん、と頭に重みがかかった。見上げると、ラルウァの大きな手が真っ白な髪を押さえている。
「冷静になれ。そんなに気ばかり急いていては、いざというとき実力が発揮できんぞ」
言われるが、小さく俯いてもう一つの不安を口にした。
「でも・・・・・・もしかしたら、他の町とかも襲われてるかもしれないじゃないですか」
しかし、それは即座に返される。
「いや、恐らく他の町や村が襲われることはないだろう」
何故そんなことがわかるのか。また見上げて首をかしげると、ラルウァを壁にしていたセレーネが頭をひょこっと出して疑問に答えた。腰まである真っ白な髪が日光で銀色に変化する。
「ラルウァたちはライカニクスと戦ったそうですから、テリオスもアリスがこの町に居るのは分かっているはずでしょう。もし奴がその気ならこの町に攻め込んでくるでしょうね」
そうなればこちらとしても手間が省けるのですが。と付け加えて真剣な瞳で森を睨む。
ヴァンの左側から土を踏みしめる音がし、次いで声も飛んでくる。
「もちろん、この町に攻め込んできたら無理矢理外殻にでも引っ張っていくけどな」
目を向けなくとも、声の主がヘリオスであることが分かった。別の声が「そーそー」と同意している。
目を向ければそこに並び立つヘリオスとウラカーンが視界に入るだろうが、それが出来なかったのは背後から抱きついてきたアリアのせいだ。
「それに、もし手分けしてるときに見つけちゃったらテリオスを殴れない人が出ちゃうじゃない。みんなあの変態をぶっ飛ばしてやりたいんだから」
軽い口調の言葉には、例え強くなっていたとしても、絶対に負けないという気持ちが詰まっている。
その思いに気づいたヴァンは、自分を囲む仲間たちを見回す。
「・・・・・・あぁ、そうか、そうだな。絶対に負けないな、俺たちなら」
そう言って、静かに微笑んだ。
絶対に、負けない。
テリオスがどれだけ強くなろうとも、絶対に倒せる。
皆が一緒だから。
「・・・・・・おぬしら、そうやって絆を深めるのはとても美しいものとはおもうんじゃがな」
そんなヴァンたちに、二歩分離れた位置からフランが声を投げかけた。
一塊の六人が一斉に残る一人の仲間へと視線を注ぐ。
フランは呆れだけではない混ざった色を顔に浮かべて溜息をついた。
「護衛が全員集まって油断しとるようじゃが、魔獣をあまり侮るでないぞい?」
そう言って右の人差し指をピンと立てる。左手を腰のベルトに引っ掛け体を少し動かし、腰より下に伸びる三つ編みの赤髪を揺らした。
「おぬしらは強い。そりゃあもうその辺の魔獣は歯牙にもかけんほどにはの。わしも秘宝を手にしてからは軽く屠れるようになったが、元々か弱いわしの体験談としてはじゃ」
「・・・・・・かよわい・・・・・・?」
話の途中でウラカーンがぽつりと呟くが、フランは完全に無視して先を続けた。
「彼奴らはたまに予想もせんことをしてくる。二百年以上魔獣の巣窟である遺跡をめぐっておったわしがいうんじゃ、間違いない。例えば・・・・・・」
立てた人差し指で森を指差し、今から冗談を言うぞいと言う笑みを浮かべる。
全員が釣られて森に目を向けたのを確認して、フランは口を開く。
「町の周囲に隠れておった魔獣の全てが、そこから大挙して押し寄せてくるとかのぅ」
瞬間。
それは現実となった。
「う、うわああ、魔獣の大群だあああ!」
「な、なんでこんなにたくさん・・・・・・!」
「陣形を崩すなぁ! 雑兵の意地を見せろぉ!」
「一歩も町の中に入れるんじゃないぞおおお!」
怒声と咆哮が響く。森から出てくる四肢の魔獣、胴体だけの魔獣、二本足で立つ巨大な魔獣、地面を這う魔獣。
今までヴァンたちが戦ってきた様々な魔獣が、次々と森から飛び出してくる。
先ほどまでの穏やかな雰囲気はあっさり掻き消え、唐突に戦場の空気へと変わり果てていった。
「・・・・・・フラン・・・・・・」
それらの光景から視線をフランに戻すウラカーン。
その白い目を受け、慌てたように両手を前に突き出して左右へぶんぶん振り回す。
「わ、わしのせいじゃないぞい! そんな目で見るでないっ!」
ラルウァが二人を見て溜息をつき、両手と両足に炎を宿す。
燃え上がる音と熱風がヴァンたちの肌に叩きつけられた。それを合図にヴァンは透明な魔力の炎で両腕と両足を包み、ヘリオスも二つの大剣を出現させる。
「そんなことを言っている場合か。私たちは前線を押し上げる。ここの防御を頼む」
「はい、分かりました」
セレーネとアリア、フランが頷きを返すのを見やると、四人の前衛が駆け出す。
ヴァンとラルウァが先行し、ヘリオスとウラカーンが両翼に追従する。
それを目で追いながら後衛も変化を身に纏う。二人は全身から魔力の粉を噴出させ、一人は
弓に寄せた右手を引き、魔力の矢を装填した。
防衛線が始まる。
「ウラカーンは左、ヘリオスは右、ヴァンは私と中央だ!」
ラルウァが叫びながらさらに速度を上げた。ヴァンも追いつこうと地を蹴る足に力を込める。
両翼の二人は応を行動で示し、二人から離れていった。
魔獣の大群との距離はもうほとんどなくなっている。
ラルウァが大群の先頭に這っていた魔獣を踏み潰し、次いで跳びかかってくる四肢の魔獣を右手で掴み上げて投げた。
さらにラルウァに向かう別の四肢の魔獣は、後方から飛び上がったヴァンの跳び蹴りによって吹き飛ばされる。
投げられた魔獣と蹴り飛ばされた魔獣が空中でぶつかり、鈍い音を立てて大群の中に落ちていく。
絡み合った二体は大量の魔獣に踏み潰され、見えなくなってしまった。
跳び蹴りを放ったヴァンが大群の中に行かぬよう、ラルウァが左手で左腕を捕まえる。
そのまま思い切り自身の左側にひき下ろした。そこにはちょうど襲いかかろうとしている地を這う魔獣。
ヴァンが地面に引っ張られる勢いすら利用してその魔獣に右の拳打を叩きつける。同時にラルウァは左手を離し、正面から迫ってくる胴体だけの魔獣を左拳で突き破った。
さらに突き破った魔獣の足元を這っていた魔獣に右拳を叩き落す。
そこでヴァンが前かがみになったラルウァの背中の上を転がるように移動し、反対側から跳びかかってきた四肢の魔獣に横転の回し蹴りをぶつけた。蹴り落とした魔獣の後方に、別の四肢の魔獣が飛び上がったのが見える。
一瞬だけ宙に浮いたヴァンは、地面に降り立つと同時に思い切り身を屈めた。刹那、ヴァンの頭上をラルウァの左足が勢い良く通過し、先ほど見えた飛び上がった魔獣の頭を左の踵で粉砕する。
そのまま回転を止めず完全に左側を向き、立ち上がったヴァンと背中合わせに構えを取った。
見れば、いつの間にか魔獣の大群は前身を止めてヴァンとラルウァを取り囲んでいる。
「・・・・・・中々に多い。ヴァン、いけるか?」
背中越しの師匠の言葉に、弟子は不敵な笑みを浮かべた。
「師匠、弟子を軟弱者に育てたつもりですか?」
返ってきた背中越しの弟子の言葉に、師匠も不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ、お前も言うようになったな。では、行くぞ!!」
「はいっ!」
ヴァンとラルウァが、同時に地を蹴った。
走り回るウラカーンに、二足で立つ魔獣が太い腕を振り下ろす。
「おっとぉ」
その狂腕が自らに直撃する前に、走っている軌道とは全く別の方へと飛び上がった。
魔獣の腕の先端に生える三本の爪が土を抉り、一拍もおかず腕自身が地面を陥没させる。
ウラカーンは軽やかに地面に降り立つと、一回、二回と後方へ大きく飛び上がり、相対している魔獣と距離をとった。
魔獣が陥没した地面から腕を引き抜くのを見て、口を開く。
「あらー・・・・・・あんなん食らったらホントにぺちゃんこだなー」
ヴァンちゃんの胸みたいに。と小さく呟く。
「まぁ、ヴァンちゃんはまだ成長途中だしねー。セっちゃんを見る限り将来有望ではあるよねー。うんうん。そこをいくと、フランは絶望的かなぁ・・・・・・もう成長しきっちゃってるもんねー。でもあれかな、やっぱり大きさとかは関係ないよね。形も別にだよね。重要なのは、感度だよ! あんたもそう思うでしょー?」
そう言ってすぐ隣で四肢の魔獣を剣で押さえている冒険者に話を振った。
冒険者は苦しげな表情で一度ウラカーンを見て、また魔獣に目を戻し、再度ウラカーンに顔を向ける。
「なにが!?」
またまた魔獣に視線を戻した冒険者は、呻きながら必死に魔獣の爪を剣で押し返す。
「だからー、おっぱいの話だよー。あんたも好きでしょー、そういうの」
「は、は? そ、そりゃ、きらいじゃないが、ぬ、ぬぉぉっ、そんなことより手伝ってくれ!」
生死の境をさまよう戦闘中に、まさかそんなことを聞かれるとは思ってなかったらしく――当然だ――思わず素で返した冒険者は徐々に魔獣に押されていく。
ウラカーンはその救いの言葉が耳に入ってないかの如く、うんうんと頷いた。
「だよねー。やっぱ男はおっぱい人間であるべきだよねー。だけどなー、ヴァンちゃんの感度がすごく良さそうって言うのは分かったんだけど、他の三人のを調べようとしたら本当に殺されかねないしなー・・・・・・」
言いながら、ヴァンが秘宝を吸収した日のことを思い出す。
あの時は爪を引っ込めることが出来なかったので、指で突けなかった。今でも悔やまれる。
はぁ、と溜息をついて右の鉤爪を振り上げた。その軌道にあった四肢の魔獣を引き裂き、絶命させる。
冒険者は目の前の魔獣が倒れ伏すのを、荒い息で見下ろした。
「す、すまねぇな。というか、もっとはやく助けろ!」
もっともである。
しかし、ウラカーンはその怒声をヘラヘラ顔で受け流し、それより、と前置きして左手の指を前に伸ばす。
「アレ、倒すの手伝ってくれないー? ちょっと囮になってくれるだけでいいからさー」
冒険者は眉をひそめながら指の先に目を向け、表情を青ざめさせる。足を逆方向に伸ばし、大声を上げながら走り出した。
「冗談じゃねぇ! おれはちいせぇのを相手するぜ!」
間抜けな風の音を背景に冒険者は走り去る。ウラカーンはそれを見送った後、こちらに近づいてくる魔獣を見据えて唇を歪めた。
「嫌われてるみたいだねー。あんまり気にしちゃダメだよー・・・・・・でもまぁ、君、顔怖いし、仕方ないよね」
首を左右に動かし骨を鳴らして、軽く跳ねて肩をほぐす。
両爪を地面に向けたままゆらゆらと揺らし、近くまで来た魔獣を見上げた。大きさはウラカーンの三倍はありそうだ。
そういえば一人だけで戦るは久しぶりだなぁ。靄がかかった頭でそんなことを考え――。
「楽しもうぜ」
無意識にそう口にして、青い瞳を獰猛に揺らめかせた。
「ふんっ、ぜぇい!」
振り下ろした左の巨剣で這う魔獣を地面の一部にし、振り上げたもう一振りの巨剣で跳び上がる四肢の魔獣を両断する。
さらに迫ってくる魔獣に巨剣の歓迎を味あわせた。
立て続けにあったヘリオスへの襲撃が、少しの間収まる。その間に周囲を見回し、状況の把握に努めた。
「ちっ、全て抑えることは出来ないか・・・・・・!」
苛立たしげに吐き捨て、再開された襲撃の迎撃に当たる。
一応、他の剣士や冒険者、兵士も魔獣を抑えてはいるが、いかんせん数が違いすぎた。今この瞬間にも、一人、また一人と脱落者が出ている。
そして、その穴には取りこぼした魔獣どもが我先にと入り込もうとしていた。
だが。
ヘリオスが笑う。
魔獣どもが町に侵入するためには、破壊された大型魔獣除けがある部分の瓦礫の群れを通るしかない。そこだけが外壁が破壊されているからだ。
他は高い壁によって昇り上がることなどできないだろう。もちろん、外壁に穴を開ける時間もやるつもりもない。
ゆえに、その破壊された外壁の部分を通るしかないのだが。
恐らく、否、絶対にそこを通れはしないだろう。
何故なら、唯一侵入できるそこには。
「お前たち、ここで僕にやられていたほうがいいぞ。うちの女性たちは、微塵も容赦してくれないからな」
隙をみて前線を突破する魔獣どもに、ヘリオスは哀れみの微笑を向けている。
恐らくあの魔獣どもは、肉片すら残さずにこの世から消えてしまうのだろうと、ヘリオスは確信した。
読んでいただきありがとうございます。
さて、また来ましたよ魔獣の襲撃。ヴァンとシッショさんのコンビネーション書いてて大変で楽しかったです。でも戦闘シーンを書くとき、コヅツミははたから見たら変態です。
ウラカーンはそのまま変態です。書いてて楽しかったです。
ヘリオス・・・あぁ、ヘリオス、あなたはどうしてヘリオスなの?(意味分からん