第百十四話
「あー・・・・・・その、なんだ、各々、今日の報告とかをしよう、と思う、のだが・・・・・・」
エキーア母娘の家の居間、全員で大きな丸いテーブルを囲み遅めの夕食を取っている最中、ラルウァが自身の位置から斜め右に座っているヴァンを伺うように言う。
その口調は歯切れが悪く、微妙な間を持っているものだ。
ラルウァの言葉に耳を傾けているレリアとセレーネ、ヘリオスも戸惑いの色を塗った表情でヴァンに視線を向けている。
現在進行形で微妙な距離感のあるリシャですら、料理を口に運びつつもちらちらとヴァンを視界に入れていた。
「・・・・・・・・・・・・」
それらの視線を一身に受けているヴァンは、頬を膨らませて不機嫌に眉をひそめながら料理を咀嚼するという何気に器用なことをしている。
明らかにとてもご機嫌ナナメで、さらにその心情を全身で表していた。それが皆の戸惑いの理由だ。
普段拗ねたり怒鳴ったりすることは多めのヴァンだが、それらはすぐに収まって苦笑や笑顔になることが常である。
しかし、今回は帰って来たときからすでに不機嫌で、料理を作ってる時もそれが直る事はなく、食事を取る今に至っても機嫌が真っ直ぐになる気配がない。
しかも、そのことをセレーネやヘリオス、レリアがそれとなく尋ねても、アリアやフランにジト目を送るだけで答えてくれないのだ
ならばと、逆鱗に触れたであろうアリアとフランに聞いても、体を震えさせて思い出したくないとばかりに口を紡いでしまう。
そんなわけで、ラルウァたちは少々重苦しい雰囲気のまま食事を進めてきたのだが、何も話さないというわけにもいかないので、ラルウァが冒頭の言葉を食卓の場に投げ入れたのだ。
「え、えぇと、それじゃあ、私たちのところから・・・・・・」
ラルウァとヴァンを交互に見てからセレーネが口を開く。手に持つスプーンを目の前のスープの中に沈ませていた。
「私たちが向かった魔獣除けですが、魔獣の襲撃で修復が大幅に遅れてるみたいです。襲ってきた魔獣はほぼ殲滅したので明日からは問題なく進められると思います」
小型の魔獣除けも設置してましたし、と続けて言いヴァンに目をやる。
「アリ・・・・・・えっと、ヘリオス、あなたたちのところは?」
次はヴァンにつなごうとしたセレーネだが、その刺々しいオーラにくるっと弟のほうを向いて言い直す。
「あ、あぁ、僕たちの所には魔獣は襲ってこなかった。魔具師の話によると、この調子で行けばあと三日ほどで修復が終わるらしい。今は小型の魔道具を複数設置して凌ぐそうだ」
ヘリオスが話し終わった途端静寂が訪れ、食事の音だけが部屋に響く。
今度は残った三人の報告になるのだが、アリアとフランはヴァンを覗き込むように見るだけで何も話さない。
ラルウァたちもこういうヴァンにどう切り出したら良いのか分からず、仕方なく食事だけを進めた。
微妙な沈黙が少しだけ続いた後、ヴァンが口に運んでいたスプーンを皿に戻し、顔を上げて口を開く。
「俺たちが護衛についた魔獣除けも、ヘリオスとウラカーンが行った所と同じで魔獣の襲撃はありませんでした。フランの道具袋にいれたままだった試作の強力魔獣除けを置いてきたので、夜の間に破壊されることもないと思います」
そこで一つ息を吐き、アリアとフランに流し目で見ると唇を妖艶に歪ませた。
「そうですよね、ペトリさん、エキーアさん?」
何故か敬語で、しかも姓で呼ぶヴァンに、事情を知らないラルウァたちは目を丸くさせる。
声をかけられたアリアとフランは、びくっと肩を震わせて愛想笑いを浮かべ肯定した。何かを思い出したのか、二人は冷や汗を流しながら二度三度と首を縦に振っている。
「え、えぇ、そ、そうねっ」
「うう、む、そのとおりじゃっ」
まるで他人行儀なやり取りに、ウラカーンが怪訝な表情で横から口を挟む。
「ヴァンちゃんー?」
「ん? なんだ、グラウクス?」
まるで当てつけが如くウラカーンを名前で呼び、さらに驚きの雰囲気を部屋にもたらせるヴァン。しかもアリアたちに向けた妖艶な笑みではなく、花の様な微笑みをして。
それを見てアリアとフランが泣きそうな顔になるが、ヴァンは全く見向きもせずに再度ウラカーンに「ん?」と聞く。
「あー・・・・・・いやー、そのー」
まさか名前で呼ばれるとは思ってなかったのか、面食らったウラカーンが泣きそうな二人を横目で見つつ口ごもった。
その視線を受けて、アリアが意を決して声をかける。
「あ、あの、ヴァ、ヴァン?」
「なんですか、エキーアさん?」
上ずった声で恐る恐る尋ねるが、返ってきた言葉にそのままの表情で固まる羽目になった。
ここで、アリアとフランは確信する。
まだヴァンからのお仕置きは終わってないのだ、と。先ほど受けたのは思い出したくもないほどだが、これはこれでまたかなり効く。
二人の視界がじわりと歪み、湧き上がる衝動に従って思い切り椅子から立ち上がる。
そのままヴァンの方に走っていき・・・・・・。
縋るように抱きついた。
「わあああん! ごめんなさいーっ、もうあんなこと言わないから許してー!」
「わしらがっ、わしらが悪かったー! も、もう勘弁してくりゃれー!」
椅子に座るヴァンの左右から、膝立ちで囲むように抱きつくアリアとフラン。
二人分の圧力を感じながらも少女は憮然とした表情で両脇を見下ろして口を開く。
「反省したか?」
その言葉に二人はだばーっと涙を流しつつも何度も何度も首を上下に動かす。
どうやら本当に堪えたらしいアリアとフランを見て、ヴァンは金髪と赤髪に両手を置いた。
「うん、許す」
未だに不機嫌な色は消えていないが一応の許しを出すヴァンに、二人は安堵の表情を浮かべて顔を脇腹に押し付ける。
三人の間に何があったのか分からぬままの面々。代表してレリアが尋ねるが、ヴァンは考えるような仕草をした後、唇の前に人差し指を立てて一言だけ告げた。
「秘密です」
「・・・・・・それで、結局何があったんですか?」
食事を終えた後の見回りとして北に位置する大型魔獣除けへと足を進めながら、セレーネが隣を歩くアリアとフランに尋ねる。
聞かれた二人は、それは、と口にするものの、青ざめた顔でがくがくと震えるばかりで先を話せない。
これは聞き出すのは無理そうですね。内心呟いてから溜息をつき、その話題を終わらせてやることにした。
「まぁ、許してもらえたみたいで良かったですね」
その言葉に、二人は肩から力を抜いてほっと息を吐く。
セレーネは、あの優しい妹をここまで怯える二人を見て、何があったのか本当に気になったが、話題を自ら締めてしまったので諦めることにする。・・・・・・本当に気になったが。
当たり障りのない会話をしながら歩いていると、北の大型魔獣除けに着いた。
見上げるほど大きな、塔のような魔獣除けは所々砕かれ、折られ、剥げ落ちている。その周囲には壁の境界をなぞるように小型の魔獣除けが設置されており、淡い光を発していた。
少し離れた場所には、剣士や兵士の姿が見える。皆二人や三人で組んでおり、時折「交代だ」と言って寝そべっている仲間を起こす姿があった。
町の景色を背にして、森を眺める。フランが魔獣除けの一つに腰掛け、アリアは瓦礫に尻を置いた。立っているのはセレーネだけだ。
ぼんやりとしながらも、森の隙間から魔獣の姿がないかを確かめる。木々が月明かりに照らされ、かぜに揺られてざわざわとささやく。
まるで目の前に居る自分たちの噂話でもしているようだ。
東に向かったヴァンとラルウァ、西に行ったヘリオスとウラカーンも、こうして森の前で噂をされているのだろう。
いつの間にか沈黙が流れている。それを破ろうと、セレーネが口を開いた。
「・・・・・・二時間交代にしましょうか。今は私が起きてますので、お二人はお休みになってください」
特に異を唱えるでもなく、アリアとフランは頷く。
「では、わしは少し眠らせてもらうとするかのぅ」
フランがそう言って、魔族の秘宝『テッタラ袋』から大き目の敷物を引き抜いた。素材は動物の毛皮のようで、見てくれもかなり暖かそうだ。
その様子に、アリアが呆れた表情で溜息をつく。
「あんた、その中に一体どれだけ入れてるの?」
「んっふっふー、そりゃ旅をするのに必要なものは全部じゃて。便利じゃぞ。食い物がいれられんのが玉に瑕じゃがな」
敷物を座っていた魔獣除けのすぐ隣に広げ、靴を脱いで上に寝転がる。横になった状態でぽんぽんと敷物を叩いた。
「ほれ、隣に寝るがええぞい」
「ありがとう。でも今は良いわ、あまり眠くなくて」
アリアの返答に、フランは「そうかえ」とだけ落とすと体勢を変えて目を瞑る。
少しの後、小さな寝息が聞こえてきた。
「・・・・・・寝つき良いわねー」
「ふふ、そうですね」
フランに向けていた視線を、再度森へと定める二人。
何も話さず森の子守唄に耳を傾ける。
そこで、アリアがその子守唄を中断させた。
「ねぇ、セレーネ」
「なんですか?」
目を森から左に移動させ、金髪の魔女を視界に入れる。アリアは膝の上に肘を置き、両手で頭を支えて真っ直ぐ前を見ていた。
「・・・・・・超鎧魔術、ってなに?」
セレーネの顔から、常の微笑みが消える。
魔女から視線を外し、黙ってしまった森を代わりに目に入れ、口を開いた。
「それを知って、どうするのですか?」
どこで聞いた、とは聞かない。恐らく、ウラカーンかフラン、ラルウァ・・・・・・この三人の誰かから聞いたのだろう。
弟のヘリオスは、自分からこれを話すことはしないはずだ。
知れば、妹のために戦ってくれる仲間たちは、目指すから。
この力を。妹を守る為に。
だが、これだけは教えられない。
本当は、この力は、。
「知って、どうするっていうか・・・・・・」
「身に着けようとでも? 私とヘリオス、二人で二十年かかりましたよ」
なるべく突き放すつもりで言ったが、アリアは特に気にした風もなく返した。
「そう・・・・・・でも、別に欲しいってわけじゃないの。だって二人とも、それを使ったから倒れたんでしょ? 大丈夫なの?」
しかし、返ってきたのはセレーネの予想とは違う、憂慮の声。
また魔女を視界に入れる。今度は真っ直ぐと、セレーネを見つめていた。瞳に揺れるのは、不安か。
「・・・・・・はい。超鎧魔術は使用者の身体能力、魔力、形象力を大幅に上昇させる魔術で、行使後は魔力が底をつくほどのものです」
それの意味することとは。
アリアの瞳がさらに揺れる。
「なんか、全然大丈夫そうに聞こえないんだけど・・・・・・いかにも、その・・・・・・」
使用者に負担を。最後まで言わず、目を泳がせた。
だが、セレーネはアリアの言いたいことが良く分かる。その上で、心配してくれることが嬉しかった。
「大丈夫ですよ。確かに、行使後はとても疲れますし、魔力もなくなりますが・・・・・・一時的なものですから」
そう言って微笑み、さらに安心させるために続ける。
「それに、私たちもここぞと言うときにしか使いませんから。別に命を削ってるとか、そういうわけではないですよ」
アリアが言いにくかった言葉をセレーネは平然と口にした。
それに対して、逆に安心感を覚えたのか、アリアはここに来て初めて柔らかい笑みを浮かべた。
「・・・・・・そう、そうよね。折角ヴァンにも再会できたのに、そんな危険なことするわけないもんね。良かった」
あはは、と笑って両腕を伸ばして背伸びをする。
「ふう、なんか聞きたいこと聞けたら眠くなってきちゃった。交代するときはフランから先に起こしてね」
片目を閉じて悪戯っぽく言うアリアに、セレーネは微笑みを深くして返した。
「えぇ、そうします」
返された声を背に受けて、アリアはフランの隣に寝転ぶ。
セレーネは睡眠の呼吸がもう一つ増えるまで、波打つ金髪を見つめた。
妹の周りにいる人たちは、優しい人たちばかりだ。
出来る事なら、戦い終わった後も、この人たちとは共にいたいとすら思う。
それを叶える為には、あの憎きテリオスを何としてでも倒さなければ。
しかし、対抗できる力は、自分と弟が使える超鎧魔術くらいになるだろう。
もちろん、出し惜しみはしないつもりだ。
だが、仲間たちには、これを教えることは出来ない。
例え、教えたことによって有利に戦えたとしても、絶対に出来ない。
そこまで考え、妹を愛してくれる人に、申し訳なく思った。
嘘を言ったことを、申し訳なく、思った。
本当は、この力は、命を、。
・・・・・・それでも。
セレーネは星の瞬く夜空を見上げ、胸の前で小さく拳を作った。
読んでいただきありがとうございます。
とうとう週間になっちゃった!・・・・・・orz
えー、はい、今回はー・・・えー、たぶん、セレーネの決意のお話です!・・・たぶん!(大事なことなので二回使いました)