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第百十三話

「なぁなぁ、ヘリオスー」

 隣を歩くウラカーンが、両手を頭の後ろで合わせて声を投げる。

 いつものようにヘラヘラとした笑い顔をしつつ、目をあちらこちらに動かしていた。

「なんだ、グラウクス?」

 そんな友に聞き返しながらヘリオスも、倒れた家屋や忙しなく動き回る町の人々に視線を送っている。

 今二人が向かっているのは、六台ある大型魔獣除けの内、西に設置されている魔獣除けで、二人だけなのは仲間たちと手分けして復旧作業の護衛に回ることになったからだ。

 今朝の見回りで破壊されている魔獣除けは三台と確認し、それぞれ北と東、向かっている西のものだと判明している。

 東には姉とラルウァが向かい、アリアの実家から比較的近い北の方にはヴァンとアリア、フランの三人が着いているころだろう。


「ちょっとさー聞きたいことがあるんだけどー」

 ウラカーンが続けて言い、ヘリオスは視線を隣に移す。

「聞きたいこと? なんだ?」

「いやー・・・・・・ヘリオスが使ってた、あの鎧みたいな魔術さー、オレっちにも使えないかなー?」

 その言葉にヘリオスは立ち止まり、ウラカーンも遅れて歩みを止め、振り返った。笑みは無い。

 真っ直ぐ見つめてくる友の瞳を見返し、ヘリオスは口を開く。

「・・・・・・使えない、こともない、が・・・・・・」

 そこで一度息を吐き、顔を左に向けて空を見上げた。

「僕と姉さんは、習得に二十年かかったぞ」

 ウラカーンが何故その力を求めているのか、それを理解した上での返答。

 返事を受けて、顔にへらへらとした笑いを戻すと頬を掻きながら返す。

「そっかー、そりゃ間に合わないやー。十年くらい」

「半分のときで習得できるつもりか」

 さり気なく言う友に、ヘリオスが呆れた目で即座に言葉を投げた後、すぐに楽しげな笑みを浮かべて続ける。

「魔装くらいなら教えてやってもいいぞ」

「ええー・・・・・・ヘリオス、結構スパルタだからなー・・・・・・」

 げんなりと肩を落とすウラカーンだが、同じようにすぐヘラヘラの笑い顔をつくり、左目だけを開いてヘリオスを見やった。

 ヘリオスはその視線を鼻で笑って流して再び足を進ませ、それに続いてウラカーンも背筋を伸ばし、後を追う。

 その表情はヘラヘラなものではなく、唇をゆがめて犬歯を覗かせているものだった。




 所変わって町の北方。破壊された三台のうちの一つ、北の大型魔獣除けでヴァンとアリア、フランの三人は警戒に当たっている。

 アリアの実家が町の北側にあったので、他の面々よりは早く魔獣除けに着くことができたはずだ。

 崩れ落ちた外壁の境界線を越え、森を見据えて佇むヴァンたち。

 少し離れた位置にいる他の護衛が、武器を携えて三人の様子をちらちらと窺っていた。人数は四人しかおらず、護衛としてはやはり心もとない数だろう。

 背後からはこの場での現場監督と思われる男の怒声が聞こえ、時折何かしらの大きな音も響いてくる。

 振り返ればそこには魔具師が七人居て各々忙しそうに作業にかかっているだろう。

 本来、魔具師と護衛剣士は二人一組であるのだが、王都の剣士や冒険者は異常に増えた魔獣の討伐などに駆り出されてしまっていて、この町には少数しか連れてくることが出来なかったのだ。

 無論、増えた魔獣というのはライカニクスが隣国『リモニウム共和国』から引き連れてきた魔獣たちのことで、真相を知っているヴァン一行は思わぬ置き土産に苦汁を飲み干した気分を味わった。

「・・・・・・」

 ヴァンは腕を組み、森を睨む。

 とにかく、今は魔獣除け修復をする魔具師たちを全力で守らなければ。そうすれば、あとは森の中に潜んでいる魔獣除けを破壊できる魔獣を倒すだけだ。

 一つ、大きな風が吹きすさび、ヴァンの真っ白で長い髪とフリルのスカートをふわりと浮かせる。

「ヴァン、手でおさえるくらいはしなさい」

 呆れの溜息をつきながら屈み、ヴァンの浮いたドレススカートを右手で押さえつけるアリア。もちろん、自分のスカートも左手でおさえつつだ。

 不思議そうな顔で隣に立つアリアを見上げて首をかしげるヴァン。

「なんでだ?」

 目を丸くさせるヴァンに、アリアは眉をひそめて返そうとするが、開きかけた口から出たのは諦念の溜息だった。

 風が止んだ後の儀式として、顔にかかった金髪を払ったり衣服の乱れを直しながら言葉を落とす。

「いえ、なんでもないわ。これからずっと私がフォローすればいいだけのことだしね」

 ますます首をかしげるヴァンだが、アリアはそれ以上何も言わずにそっぽを向く。反対側に立つフランが、そんな二人を見て楽しげな笑みを浮かべた。

 そこに、一人の護衛剣士が三人に近づいてくる。

 最初に気づいたのはフランで、次にヴァンが、最後にヴァンに釣られてアリアが剣士に目を向けた。

 茶髪に青い目をした若い青年で、小奇麗にまとめられた革服と形を整えるのに時間がかかりそうな髪型の、いかにも軟派な青年といった風体をしている。

 青年はどこかで見たようなヘラヘラとした笑顔でヴァンたちに話しかけた。

「君達、ここは今から戦場になる。危険だから町の中にいたほうがいいよ」

 その言葉と笑みと声に対し、アリアが鼻を鳴らして勢い良く青年から顔を背ける。

 ヴァンはアリアを見上げつつ、金髪の男嫌いが取った反応に目を見開かせていた。いつもならここで、考えうるありとあらゆる罵詈雑言を飛ばし、最悪魔術すら飛ばしているはずだからだ。

 ヴァンたちと旅をして、アリアの男嫌いが――ほんの少しではあるが――和らいでいるのを目撃した瞬間である。


 そして今まさにアリアどころかヴァンにすら無視された青年はというと。

「あ、はは、嫌われちゃったかなー」

 引き攣った笑顔で頭を掻きながら、フランのほうに声をかけていた。

 フランは何も言わず、無表情のままじっと青年を見つめ、何かを思い出したかと思うと一つ息を吐いて呟く。

「似ておると思ったが、全然似ておらんのぅ・・・・・・」

「え? なに?」

 青年が聞き返すが、フランは首を振って違う答えを返した。

「気にするでない。おぬしも護衛なら森のほうを警戒したらどうじゃ?」

「はは、もちろん警戒してるさ。でも、それより君達みたいな美しいお嬢さん方を危険な目にあわせるわけにはいかないからね。さ、町までぼくが送ってあげるよ」

 その言葉にフランはアリアのものとは違った呆れの溜息をつき、さらに返す。

「わしらのことなら心配無用じゃ。ある程度の修羅場はくぐっておるしの。分かったらおぬしも魔獣を警戒せい」

 言うに合わせて右手を払い、左手に持つリャルトーの弓を肩にかけるフラン。

 青年はその物言いに一瞬だけ顔を歪めるが、すぐにヘラヘラとした笑みに戻すと頭を掻きながら三人から離れていく。

 完全に離れたとき、ヴァンが青年の姿がないことに気づいた。

「あれ? さっきのやつは? なんの用だったんだ?」

「さぁのぅ」

 リャルトーの弓を指で軽く撫でながら答えるフラン。

 ヴァンは首をかしげたあと、まぁいいか、と森の方に視線を戻した。



 追い返された青年が肩を落として三人から遠ざかっていくと、他の護衛の冒険者や剣士が笑いながら青年を指差す。

「なんだ、振られたのかぼっちゃんよぉ」

 フランの不躾な言葉には何も怒りを表さなかった青年だが、同性にはそうでもないのか睨みつけて怒鳴る。

「うるさい!」

「へっ、てめーみてーな甘ちゃんじゃあ落とせる女も落とせねーよ。女を落とすには数で攻めるもんだぜ」

 青年の怒声を頬を歪めるだけの笑みで受け、男が他の冒険者に目で合図を送る。

 他の二人の冒険者と剣士が頷き、男三人は足をそろえてヴァンたちの方へと向かった。



 今度は三人の男がこちらに来るのを見て、アリアとフランが剣呑な雰囲気を纏う。

 真ん中の男が手を上げて何かを言う前に、フランが先手を取って聞く。

「何か用かえ?」

「おっと、そう邪険にすんなって。おれたちゃ何も取って食おうとか思ってるわけじゃねーんだからよ」

 大げさに両手を前に突き出す男に続いて、左右の男が笑い声を漏らす。

 それらの笑いは敵意がないのを表すものだったのかもしれない。しかし、ヴァンとフランはともかく、アリアに対してその選択は間違いだった。

「下品な笑い方しないでくれるかしら。耳が腐れるわ」

 もはや我慢の限界と言わんばかりに睨みつけるアリア。

 好意の欠片も感じられない言葉を投げられ、三人の男から少し笑みが消えかける。

 その魔女の隣で、ヴァンが額を押さえ小さく溜息をつき、一先ず場を(なだ)めようと口を開くが、それより先に声を出したのは意外にも普段は傍観するときが多いフランだった。

「全く」

 まだ一言目だが、ヴァンはほっと胸を撫で下ろす。フランならばこれ以上この場を悪くすることはないだろうと思ったからだ。

 しかし、それは見当違いだったのだと、続けられたフランの言葉で思い知ることになる。

「おぬしら、やる気はあるのかえ? 今わしらは町を護る魔獣除けの復旧作業、その護衛についておるのじゃぞ? 森を警戒するでもなく話しかけてきおって。わしらが今どれだけ重要な仕事についているのか分かっておるのか!? 遊び気分なら町の中で手伝いでもしておれ! 邪魔じゃ!!」

 最後には声を荒げるフランに、ヴァンとアリアは目を丸くさせた。

 普段の姿から、彼女がここまで声を荒げるのが想像できなかったからだ。どうやら、緊張感の感じられない他の護衛に先ほどから苛立ちがつのっていたようだ。

 しかし、今のフランの言葉で、男三人の表情が敵意のものへと変わってしまっている。


 正直、ヴァンは焦った。

 例え緊張感がなくとも、彼らも護衛の数に入っている。今ここでこの男三人を叩き伏せるのは簡単だろうが、そうなってしまってはアリアとフラン、そして今は遠くに居る青年の四人で魔具師たちを守らなければならない。

 その前に、下手に怪我などをしては護衛すらままならなくなる可能性もある。

 さらに言えば、戦ってしまった場合、その『気』に当てられて来なくてもいい魔獣が来るかもしれない。

 もっと言えば、魔力がもったいない!


 そこまでを一瞬で考え終わり、するべきことを、ヴァンはした!!


「ごめんなさい、今フランさんは気が立っているのです。どうか許してもらえませんでしょうか?」

 発せられた声と言葉に、フランが思い切り振り返ってヴァンを見下ろす。

 その口調だけでも驚きなのに、ヴァンの姿を見たフランはさらに驚愕の表情をすることになった。

 ヴァンは、少し涙を浮かべて困り顔で眉を八の字にし、さらに両手を胸の前で絡み合わせて、小さく上目遣いで見上げるという『技』をしていたのだ。

 男三人はそのヴァンの姿を見て、目を大きく見開いたかと思うと、鼻の下を伸ばして何故か大声でお互いに言葉を投げあった。

「な、なぁに、魔獣が来るかもしれない場所だしな! 苛立つのも仕方ないさ! なぁ!」

「あ、あぁ、そうだとも! それに、その女の言うことも一理あるしな!」

「だ、だよな。おれたちも警戒心が足りないように見えたかもしれないしな!」

 そんな男三人に対し、ヴァンは花が咲いたような笑顔を見せると、首を少しだけ傾けた。

「ありがとうございます。でも、皆様、お強そうですし、もし魔獣が来てもすぐに倒してしまわれそうですねっ。本当はわたし不安だったんです」

 そう言ってうるっと瞳を潤ませ、不安の色を顔に塗るヴァン。

 男たちはそんなヴァンを微塵も疑いもせず、いかに自分たちが強いかとか、魔獣が来ても安心だとか、絶対に町は守ってみせるぜ等等を話し続ける。

 ヴァンも男三人の話に一つずつ反応を示してやり、何とか衝突を避けようと返答を続けた。


 その空間からフランがよろりとよろめいて脱出する。

 足元が覚束ないフランはアリアに背後から支えられ、軽く押してもらって直立不動になったあと、そのままくるっと回転してアリアの肩を思い切り掴む。

「・・・・・・な、なんじゃあれは。驚きすぎてツッコミすら出来んかったぞい・・・・・・」

「私も初めて見たときは本当に驚いたわ」

「・・・・・・女といわれるのを嫌がる素振りをみせておったが、あれはもしや」

「えぇ、恐らく、この趣味を知られないが為の演技だと思うわ・・・・・・!」

 アリアが握り拳を作って自分の推理を熱く語り、フランも冷や汗を流しながら力強く頷いて同意を見せる。

 そこにヴァンが声を投げかけた。

「あら、お姉様、フランさん、楽しそうに一体なんのお話をしていらっしゃるの、で、す、か?」

 地獄からひねり出されたような声と、地響きに似た謎の幻聴に、二人は体を飛び上がらせる。

 大量の冷や汗を流しつつ、ゆっくりと振り返って・・・・・・。




 結局、作業中に魔獣が襲ってくることはなく、日が暮れる前には大型の魔獣除けは元の姿に戻っていた。

 後に、護衛に当たっていた四人の冒険者はどんな依頼も真剣にこなすと評判になるのだが、彼らが何故そうなったのか、知る者は誰も居なかった。




「・・・・・・私、もっと・・・・・・もっとヴァンのことが知りたいわ・・・・・・主に、何が逆鱗に触れるのかとか・・・・・・!」

「・・・・・・わしもじゃ。命に関わりそうじゃからのぅ・・・・・・」



読んで頂きありがとうございます。

今回、なにゆえこんなお話になったのか、コヅツミ自身よくわかりません。

確か魔獣と戦わせるつもりだったのですが・・・どこで間違えたんでしょうか。はて?

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