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第百十二話

 ヘリオスとウラカーンも出て行った居間は、一気に静寂に包まれた。

 外から漏れ入る人々の喧騒が部屋の寂しげな雰囲気をより強いものにしていて、まるでここだけが世界から隔離されているように見える。

 そんな部屋の静寂を払うように、どこからか小さな水音が一つ響く。そして、その機会を逃さぬよう、家の奥に続く扉が、ぎぃ、と開いた。

 そこから一人の女性と、一人の少女が居間へと入る。

 女性は金髪金目で、豊満な肉体を白い服と黒のスカートで覆い隠し、黄色の髪と緑の瞳を持つ少女も、小柄な体に同じような服を身に着けていた。

 部屋に入ってきたのは、レリアとリシャだった。

 レリアが玄関に視線を向けながら、左に立つ少女の肩に手を乗せる。

「ヴァンちゃんは前に進もうと頑張ってるみたいね――――それで、あなたはどうするの?」

 言い聞かせるつもりはなく、ただ問うただけというような口調に、リシャが俯く。

 そんな少女に視線を落とすと、レリアは小さく微笑んでまた口を開いた。

「ゆっくり考えなさい。たどり着いた答えが、あなたにとって気持ちよくてすっきりできて・・・・・・後悔しないものであることを願うわ」

 優しい声で言い、リシャの肩に置いた手で頭を撫でると振り返って家の奥へと歩く。

 残されたリシャは顔を上げ、大きく息を吸って静かに吐き出す。もう俯くことはしなかった。





「そこはもっと右だぁ! 慎重にやれよぉ!」

 瓦礫の山となった外壁。そこにある破壊された魔獣除けの修復作業の場所で、一人の男が大声を張り上げている。

 周りにはその男の部下と見られる魔具師たちがそれぞれ命令に従ってあちこちに散らばっていた。

 さらに外壁外側には武器を携えた護衛剣士や冒険者が佇んでいて、魔獣の警戒に当たっている。

「ちっ、こりゃ時間がかかるな」

 大声を出していた現場監督らしい男が舌打ちをし、視線を動かして人数を数える。

 この町に来たのは魔具師は二十名で、今ここに居るのは男を合わせて六名。残りの魔具師たちは他の魔獣除けの点検と整備に向かっているはずだ。

 本来なら、町クラスの魔獣除けを修復するのに十人は必要になるが、哨戒の意味も含めての修復作業であるから、一つの魔獣除けに人数を集中させることも出来ない。


 ゆえに時間がかかるのも仕方がないのだ。だが、男が危惧するところは別にある。

 それは護衛と魔獣の数の差だ。

 ギルドと、あの『絶凰』の仲間の話によれば、町の周囲に潜んでいる魔獣の数はかなりのもののはず。

 それに対し、護衛剣士と冒険者は、合わせて五人。時間がかかれば魔獣に襲撃されるかもしれないのだが、その時、この人数ではなんとも頼りない。

 さらに言えば、この町にある大型魔獣除けは全部で六台。それも破壊されている可能性がある。

 他の魔具師たちが向かったが、ここと同じく人数不足に陥っているのは確実で、また、護衛の数も同じほどだろうから、出来れば素早く終わらせて応援に向かいたいのだ。

「ん? おい、そこ! そうじゃねぇ! もっと左だ!」

 男が部下の不手際を発見し、怒鳴りながら瓦礫に足を踏み入れる。


 同時に、悲鳴と怒声が響き渡った。


「な、なんだ!?」

 男が慌てて叫喚の方角へ目を向ける。

 視界に入ってきたのは、四肢の魔獣が森から飛び出して護衛の剣士や冒険者たちに襲い掛かっている光景だった。

 ここで、男の危惧していたことは、二つとも的中した。

 一つは、魔獣除け修復前に魔獣に襲撃されたこと。

 そしてもう一つは――その数が優に二十を超えていること。


 たった五人しか居なかった護衛たちは魔獣の波に飲まれ、肉を裂かれ骨を砕かれ、命を潰された。

 それを見て、男は、声をあげて逃げ出した。瓦礫に足を取られ、こけそうになっても必死に逃げた。

 目の端には自分と同じように逃げ惑う部下たちの姿が映る。ここで逃げたら、この大量の魔獣はまた町の中で暴れるだろう。

 しかし、男は逃げた。死にたくないのだから。そのことで、例え力無き者が襲われようとも。


 だが、魔獣はそんな男を嘲笑うかのようにすぐ背後まで追いつくと、振り向く男目掛けて跳びかかった。

 瞬間。

「伏せてください!」

 凛としながらも甘い声が男の耳に突き刺さり、男は言われるがまま頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 刹那。

 閃光が魔獣を貫き、四肢の体躯を吹き飛ばす。

 男が驚きで顔を上げて後ろへ顔を向けると、遅れて別の二匹の魔獣が襲い掛かってくるのが目に入った。

 驚きは恐怖の色に変わるが、それはまたすぐに驚きの色を濃くさせる。

 その驚愕は、魔獣の速さを大きく超える黒の風が赤い大気を纏って、男の頭上を一瞬で通り過ぎたことによるものだ。

 漆黒と紅蓮の風は魔獣を巻き込み地面に激突し、砂塵と熱風を撒き散らす。


 呆然とする男の前で、砂塵の中から一人の長髪の男が現れる。

 長髪の男は背を向けたまま魔獣たちと対峙し、両手と両足が激しく燃え上がる炎に包まれていた。

 長髪の男が立つ瓦礫の上では、風に巻き込まれた二匹の魔獣が頭を砕かれて絶命していた。

「大丈夫ですか?」

 燃え上がる炎と魔獣の死骸を交互に見つめていたところで、後ろから声がかけられる。

 凛としつつも甘い声。

 男が振り向くと、そこにいたのは真っ白で長い髪と、紅い瞳を持つ、美しい女性だった。

 女性は黒のドレスを身につけて淡い微笑みを浮かべている。

「ここは私たちに任せて、あなたは皆様と一緒に町の中へ」

 静かに優しい声音で告げる女性に、男は呆然と頷きを返して立ち上がり、すぐさま走った。


 男が去ったのを確認すると、女性はゆっくりとした足取りで長髪の男の隣に立つ。

「セレーネ、あまり無茶はするんじゃないぞ」

 長髪の男が視線を大量の魔獣に向けたまま言い、それを受けた女性はころころと笑った。

「ふふ、ありがとうございます。ですけど、ご心配には及びません。魔力は回復させておきましたから」

「そうか。それは頼もしいな」

 そこで初めて長髪の男が女性に視線を向ける。

 女性も見上げて微笑みを返したあと、魔獣に視線を戻して口を開く。

「では、お客様方のお相手をいたしましょうか」

 長髪の男も魔獣を見据えて唇をゆがめた。

「あぁ。ここで満足してお帰りいただくとしよう」

 足の下にあった瓦礫を砕く勢いで長髪の男が前へと跳び、魔獣の群れへ突っ込む。

 それを合図に、女性の体から無色透明の魔力が湧き上がった。




「せっ、はっ、ふんっ!」

 気合を発しながらのラルウァの拳打が、四肢の魔獣たちに叩き込まれていく。

「いきなさいっ」

 鈍い音とうめき声を鳴らして吹き飛ぶ魔獣を、セレーネが魔矢を放って貫く。

 戦闘開始からものの数分で、ラルウァが外壁のあった部分を境界線として侵入する魔獣を叩き飛ばし、それを少し後方に居るセレーネが魔矢で止めを刺すという構図が出来上がっていた。


 跳びかかる魔獣は、拳、蹴り、投げ、あらゆる打撃で宙に浮かされ、魔矢に貫かれ、絶命していき、結果、それは四肢の魔獣が全て息絶えるまで続いた。

 ラルウァが、一、二、三、と三度に分けて息を吐き構えを解く。セレーネもあふれ出る魔力を消してラルウァの側まで歩いた。

「数が多いだけだったか。これでは鍛錬に・・・・・・」

 言いかけ、ラルウァが境界線向こうの森を睨み、唇を歪める。

「と、言いたいところだが、どうやらメインディッシュが残っていたようだな」

 同じくセレーネもラルウァの視線の先を見据えて頷く。

「そのようですね・・・・・・ところで、何故そんなに嬉しそうなんですか?」

 不謹慎とでも言いたげな目で、セレーネがラルウァを見上げる。

 返答によっては怒りますと語っている瞳を見下ろしてラルウァはどう返そうかと思案した。

 男だから。強くなれる機会だから。どれほど強いか楽しみだから。もし強ければそれだけで戦いたいから。

 どれもこれも怒りそうだ。思えば最近はセレーネを怒らせてばかりのような気もする。

 ラルウァとしては、ヴァンの姉であるセレーネと険悪な関係になりたくはないのだが・・・・・・怒ったときのセレーネの言い分によると非はこちらにあるように思えるので、とりあえず無難な返答をしなければ。

 少し逡巡し、ラルウァは口を開いた。

「お前と一緒に戦ってるからだ」

 真っ直ぐ瞳を見返して言うラルウァに、セレーネは目を見開いて首から徐々に顔を紅くしていく。

「え、ええ!? えっと、そ、それは、その、ど、どういう」

「あぁ。私が言わずともお前は的確な援護を取ってくれるからな。ここまで流れるような戦闘はしたことがない」

 続けて聞いたラルウァの言葉を聞いたあと、セレーネの表情がぴきっと固まる。

 そのまま赤から何やらどす黒い色へとなっていき、眉を吊り上げてラルウァを睨み上げた。

 思わず少し離れてしまうラルウァ。

「ああ、そうですか、そういう意味ですか、そうですよね、そういう意味ですよね。分かってましたよ、えぇ、分かっていましたとも。ラルウァがそういう人だというのはとっても、とってもっ、分かっていましたとも!」

「セ、セレーネ? 何を怒っているんだ?」

 恐る恐る尋ねるラルウァ。

 それにセレーネは全身から魔力を湧き上がらせて怒鳴り返した。

「怒ってなんかいません!! 戦いやすいというならどうぞ!! はやく行ってください!!」

 セレーネがものすごい剣幕で森のほうを思い切り指差し、ラルウァは困惑の表情をしつつも逆らわないほうが良いと判断し、地を蹴って前へと奔る。

 何故かセレーネから逃げているような気分になっているのは、恐らく気のせいではないはずだ。


 しかし、と溜息をつく。

「また怒らせてしまったな・・・・・・何がまずかったのだろうか?」

 首をひねって呟くラルウァ。

 そのあたりの部分を弟子にも受け継がせてしまったのだが、当の本人たちがそのことに気づくことは無い。




「・・・・・・あら? 今あの人が面白い感じになってる気がするわ」

 どこかの傀儡くぐつ使いが妙な気配を察知したが、それはまた語られない別のお話。 


読んで頂きありがとうございます。

まずはラルウァとセレーネの二人からでしたー、ぱちぱち。

・・・はい、特に描写ということもない戦闘シーンでしたけれど、次は誰にしましょうかね。

メインディッシュのほうも出すべきか出さざるべきか・・・悩みます。

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